国際情勢の変化や自然災害の激甚化などによって、日本では電力不足や電気料金の高騰が問題となっています。
電力の安定供給が脅かされる背景には、化石燃料への依存やエネルギー自給率の低さなどのエネルギー問題があります。
日本が抱える複雑なエネルギー問題を解決するため、エネルギー政策の基本方針として掲げられているのが、「S+3E(エスプラススリーイー)」です。
「S+3E」とは、安全性(Safety)を大前提として、安定供給(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境適合(Environment)を同時に実現する考え方です。
この記事では、日本のエネルギー政策の基本方針である「S+3E」について解説します。
S+3E(エスプラススリーイー)とは?
「S+3E」とは、エネルギーの安全性(Safety)を確立したうえで、「安定供給」「経済効率性」「環境適合」の3つのE(Energy Security・Economic Efficiency・Environment )を同時に実現することです[*1], (図1)。
図1: S+3Eとは
出典: 経済産業省 資源エネルギー庁「2022—日本が抱えているエネルギー問題(前編)」(2023)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/energyissue2022_1.html
災害に強く安全性の高いエネルギーシステムを構築し、発電コストを抑えながら安定供給を実現させ、さらに環境への負荷を抑えることが、日本のエネルギー政策の基本となる「S+3E」の考え方です。
現状の日本では、この4つの要素全てを満たす理想的なエネルギーは存在しないため、異なるエネルギーを活用した「エネルギーミックス」が必要です。
「エネルギーミックス」とは、「S+3E」を重視した電源構成のことで、火力発電、水力発電、原子力発電、再生可能エネルギーなどの複数の発電方法を効率的に活用できるように組み合わせます。
これらの発電方法にはそれぞれに異なる強み・弱みがあるため、相互補完関係を構築することで、「S+3E」を実現することができます。
次の図2は、将来の一次エネルギー供給及び電源構成の見通しです[*1]。
図2: 一次エネルギー供給/電源構成
出典: 経済産業省 資源エネルギー庁「2022—日本が抱えているエネルギー問題(前編)」(2023)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/energyissue2022_1.html
一次エネルギーとは、石油や天然ガス、風力、太陽光など、自然から直接採取できるエネルギーのことです。
2021年度の電源構成は、天然ガスや石炭、石油などの化石燃料が割合の多くを占めており、そのほとんどを海外からの輸入に頼っている状態です。
海外への依存度が高いとエネルギーの安定供給が国際情勢に左右されやすくなり、発電コストの増大にもつながります。
さらに、化石燃料は気候変動の原因となっている二酸化炭素などの温室効果ガスを多く排出します。
「S+3E」を実現するため、日本のエネルギー政策では、2030年度に再生可能エネルギーの比率を36%〜38%程度まで引き上げることを目指しています。
化石燃料への依存から脱却し、エネルギー自給率を向上させるためには、再生可能エネルギーの普及拡大が重要な役割を担っています。
「S+3E」に基づいたエネルギー政策
「S+3E」は、日本のエネルギー政策の基本となるもので、具体的な政策にも反映されています。
安全性(Safety)
「S+3E」の大前提となる安全性(Safety)は、日本のエネルギー政策の原点となるものです。2011年に発生した東日本大震災での原発事故を教訓とし、日本のエネルギー政策においてもっとも優先すべきものとして考えられています。
さらに近年は、気候変動の影響によって自然災害が激甚化しているため、エネルギーシステムの安全性確保の重要性が増しています。
2018年以降に発生した大型台風や集中豪雨などの自然災害によって、図3のように全国各地の電力設備や熱供給インフラが損壊しています[*2]。
図3: 台風・豪雨による電力・燃料供給インフラの損壊
出典: 経済産業省 資源エネルギー庁「日本のエネルギー 2022年度版 『エネルギーの今を知る10の質問』4.安全性」(2022)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/pamphlet/energy2022/004/#section1
激甚化する自然災害に対応していくために、2020年6月「エネルギー供給強靭化法」が閣議決定され、「電気事業法」、「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法(再エネ特措法)」、「独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構法(JOGMEC法)」の3法が改正されました。
「エネルギー供給強靭化法」によって、エネルギーシステムのレジリエンス(強靭性)を向上し、再生可能エネルギー導入拡大の加速、さらにそれに伴う国民負担の抑制を目指します[*3]。
事故や災害に強いエネルギーシステムの構築は、電力の安定供給にもつながります。
安定供給(Energy Security)
化石燃料などの資源に恵まれていない日本のエネルギー自給率は、OECD諸国と比較しても特に低い水準で、エネルギー資源は海外からの輸入に頼っています[*4], (図4)。
図4: 主要国の一次エネルギー自給率比較(2020年)
出典: 経済産業省 資源エネルギー庁「日本のエネルギー 2022年度版 『エネルギーの今を知る10の質問』1.安定供給」(2022)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/pamphlet/energy2022/001/
2022年2月に発生したロシアによるウクライナ侵攻や、それ以前から続くコロナ禍も影響し、世界ではエネルギーのインフレーションが起こっています。エネルギー自給率の低い日本も影響をダイレクトに受け、需給ひっ迫やエネルギー価格の高騰が問題となっています。
このような背景もあり、2022年12月22日に今後10年を見据えた「GX実現に向けた基本方針」がまとめられました。
「GX」とは「グリーントランスフォーメーション(Green Transformation)」の略で、化石燃料への依存から脱却し、二酸化炭素を排出しない太陽光発電や風力発電などのクリーンエネルギーに転換していくことです。
「GX実現に向けた基本方針」に盛り込まれたエネルギー政策では、エネルギーの安定供給を大前提として、GXに向けた脱炭素に取り組む取り組みが示されています。
将来にわたって安定供給を実現していくために、徹底した省エネに加えて、再生可能エネルギーの主力電源化、原子力発電の活用などの取り組みを実施する方針です[*5]。
経済効率性(Economic Efficiency)
発電コストの増加は電気料金の値上げに直結するため、エネルギーの経済効率性を追求することは、私たちの生活に深い関わりがあります。
2011年に発生した東日本大震災以降、火力発電への依存が高まり、電気料金の値上げが続いています。2014年〜2016年に原油価格が下落により電気料金が値下げした時期もありましたが、再び上昇しています[*6], (図5)。
図5: 電気料金平均単価の推移
出典: 経済産業省 資源エネルギー庁「日本のエネルギー 2022年度版 『エネルギーの今を知る10の質問』2.経済性」(2022)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/pamphlet/energy2022/002/
そして、先ほども触れたように2022年以降は世界情勢の影響によって燃料の需給が逼迫し、エネルギー価格も高騰しています。
さらに、再生可能エネルギーの導入拡大に伴い、再生可能エネルギーの買取に充てられる賦課金の負担も増加しています。
賦課金の負担軽減と再生可能エネルギーのさらなる導入拡大に向けて、2022年度からFIT制度(固定買取価格制度)に加え、市場連動型のFIP制度が導入されました。
市場取引によって再生可能エネルギーの価格競争が発生することで、国民負担が軽減されることが期待されています[*7]。
環境適合(Environment)
エネルギー由来の二酸化炭素排出量は、日本の温室効果ガス排出量全体の約85%を占めています[*8], (図6)。
図6: 日本の温室効果ガス排出量(2019年度)
出典: 経済産業省 資源エネルギー庁「エネルギー政策を考えるための、4つの理想」(2022)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/s_3e.html?ui_medium=lpene
そのため、生産から消費までの一連のライフサイクルで排出される二酸化炭素を削減する「環境適合」は、エネルギー政策のなかでも特に重要度が高く、エネルギーの脱炭素化が進められています。
2021年10月に発表された「第6次エネルギー基本計画」では、2050年カーボンニュートラル実現に向けたエネルギー政策の道筋を示しています。
電力部門においては、再生可能エネルギーや原子力発電所などのすでに実用化されている脱炭素技術の活用に加えて、水素やアンモニアを使用した発電や二酸化炭素を回収・貯留するCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)、カーボンリサイクルなどのイノベーションを追求していくことが不可欠であると考えられています[*9]。
まとめ
「S+3E」は日本のエネルギー需給構造が抱える独自の課題を解消しつつ、気候変動対策を進めための指針となるものです。
日本のエネルギー政策では、カーボンニュートラルを推進しながら、安全で安価なエネルギーを安定供給することを目指しています。
エネルギー安定供給のためには、事故や災害に強い安全性の高いエネルギーシステムを構築したうえで、再生可能エネルギーの導入を促進し、化石燃料からの脱却を図ることが必要です。国内のエネルギー自給率を向上させることで、国際情勢に左右されにくくなり、電気料金の高騰を防ぐこともできます。
さらに、再生可能エネルギーの導入を拡大することは、温室効果ガスの排出削減につながり、気候変動の抑制にも貢献します。
このように「S+3E」はそれぞれが独立した要素ではなく、相互にプラスの作用をもたらします。
「S+3E」を実現するには、1つのエネルギーに依存するのではなく、再生可能エネルギーをはじめとした多くの選択肢を持つことが重要です。
今後は、再生可能エネルギーの導入も加速し、日本のエネルギー需給構造は大幅に変化していくでしょう。
参照・引用を見る
*1
経済産業省 資源エネルギー庁「2022—日本が抱えているエネルギー問題(前編)」(2023)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/energyissue2022_1.html
*2
経済産業省 資源エネルギー庁「日本のエネルギー 2022年度版 『エネルギーの今を知る10の質問』4.安全性」(2022)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/pamphlet/energy2022/004/#section1
*3
電気事業連合会「強靭で効率的な電力システム構築へエネルギー供給強靭化法が成立」(2020)
https://www.fepc.or.jp/enelog/focus/vol_43.html
*4
経済産業省 資源エネルギー庁「日本のエネルギー 2022年度版 『エネルギーの今を知る10の質問』1.安定供給」(2022)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/pamphlet/energy2022/001/
*5
経済産業省 資源エネルギー庁「「GX実現」に向けた日本のエネルギー政策(前編)安定供給を前提に脱炭素を進める」(2023)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/gx_01.html
*6
経済産業省 資源エネルギー庁「日本のエネルギー 2022年度版 『エネルギーの今を知る10の質問』2.経済性」(2022)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/pamphlet/energy2022/002/
*7
経済産業省 資源エネルギー庁「再エネを日本の主力エネルギーに!「FIP制度」が2022年4月スタート」(2021)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/fip.html
*8
経済産業省 資源エネルギー庁「エネルギー政策を考えるための、4つの理想」(2022)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/s_3e.html?ui_medium=lpene
*9
経済産業省 資源エネルギー庁「2050年カーボンニュートラルを目指す 日本の新たな「エネルギー基本計画」」(2022)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/energykihonkeikaku_2022.html.html