日本経済が成長軌道を取り戻すために欠かせないのが、勢いのあるスタートアップの出現。政府は、2022年をスタートアップ創出元年と位置づけ、様々な施策を推進しています[*1]。
特に最近では、GX(グリーントランスフォーメーション)分野におけるスタートアップが注目されています。
GXとは、化石燃料をできるだけ使わず、クリーンなエネルギーを活用していくための変革やその実現に向けた活動のことです[*2]。
なぜGXスタートアップ育成が求められているのでしょうか。国内外のGXスタートアップの現状や課題、事例と併せて、詳しくご説明します。
GXスタートアップ育成の社会的意義
経済産業省は、日本経済が力を取り戻すため、既存の大企業等の競争力の向上に加え、スタートアップの育成が重要であるとしています[*1]。
米国では、GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)のような企業が大きく成長しています。日本と米国における過去10年間の株式市場のパフォーマンスを見ると、GAFAMの成長によって米国の株式市場は大きく成長しています[*3], (図1)。このように、新たな担い手が参入することで、経済の活力が高まるのです。
図1: 日本(TOPIX)と米国(S&P)における直近10年間の株式市場のパフォーマンスの推移
出典: 経済産業政策局「事務局説明資料(スタートアップについて)」
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/pdf/004_03_00.pdf, p.1
スタートアップの中でも、近年、GXスタートアップの推進が重要な課題となっています。
現在、国内外の政府や企業、市民が地球温暖化防止に向けて温室効果ガスの削減に取り組んでいます。日本は、2050年に温室効果ガスの排出量と吸収量を同じにする「カーボンニュートラル」の実現を目指しており、その実現に向けては、GX領域の取り組み推進が求められています[*2]。
グローバルなGXの実現に向けて必要なソリューション・製品を提供するスタートアップのことをGXスタートアップと言いますが、スタートアップの中でもGX領域は特有の難しさを抱えています[*4]。
具体的には、必要投資額が大きく、事業化までの期間が長いことや、政策等への依存度が高いこと、技術・プレイヤーが多様であるため投資や事業連携を考えている主体にとって目利きが難しいことなどが挙げられます[*4], (図2)。
図2: GXスタートアップ推進に向けた課題
出典: 経済産業省「GXスタートアップの創出・成長に向けたガイダンス~初期需要確保とファイナンスの多様化~」
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/gx_startup/gx_guidance.pdf, p.9
GXスタートアップの商用化年数の事例をみると、カナダのSystems Carbon Engineeringは15年、米国のLanzaJetは13年かかっており、期間を要することが分かります。
GXスタートアップを推進するためには、これらの課題の解決に向けた支援等が不可欠と言えるでしょう。
国内外のGXスタートアップの現状
海外におけるGXスタートアップの現状
スタートアップへの投資金額は、米国で特に多くなっています。2020年のスタートアップ投資額を見ると、米国は1,429億ドルで日本の約33倍。また、欧州各国における投資額も日本より多く、英国は132億ドル、ドイツは56億ドル、フランスは54億ドルとなっています[*3], (図3)。
図3: スタートアップ投資額の国際比較(2020年)
出典: 経済産業政策局「事務局説明資料(スタートアップについて)」
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/pdf/004_03_00.pdf, p.32
米国のVC(ベンチャーキャピタル。将来性のあるスタートアップ等に対して出資してリターンを得る投資会社のこと)の規模は、日本のVCと比較して大きくなっています[*3], (図4)。
図4: 日米の主要VCファンドのファンド・ディールサイズ比較
出典: 経済産業政策局「事務局説明資料(スタートアップについて)」
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/pdf/004_03_00.pdf, p.33
GX領域におけるスタートアップの成功事例も増えており、10億ドル以上でExit(投資家がスタートアップに出資した資金を回収すること)したケースも各国で増加しています[*4], (図5)。
図5: 10億ドル以上でExitした海外のGX分野の企業数推移
出典: 経済産業省「GXスタートアップの創出・成長に向けたガイダンス~初期需要確保とファイナンスの多様化~」https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/gx_startup/gx_guidance.pdf, p.12
例えば、鉛蓄電池のリサイクル事業を展開する韓国のSEGI RETECHは、2023年に48億ドルでExitしました。また、米国で廃棄物を燃料に変換するRNG(再生可能な天然ガス)施設を建設・運営するARCHAEA ENERGYも、2023年に48億ドルでExitしています[*4], (図6)。
図6: 直近の10億ドル以上のGX企業のExitの事例
出典: 経済産業省「GXスタートアップの創出・成長に向けたガイダンス~初期需要確保とファイナンスの多様化~」
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/gx_startup/gx_guidance.pdf, p.12
日本におけるGXスタートアップの現状
日本でも、スタートアップ向けの投資額は増加傾向にあります。2013年には872億円であった投資額が、2021年には7,801億円にまで増加しました[*3], (図7)。
図7: 国内スタートアップ向け投資額の推移
出典: 経済産業政策局「事務局説明資料(スタートアップについて)」
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/pdf/004_03_00.pdf, p.31
しかしながら、先述したようにスタートアップ投資額は、米国等と比べて低いのが現状です。ユニコーン企業と呼ばれる企業価値10億ドル超の非上場企業数も、米国のみならず中国やインドにも及ばず、世界との差が開いている状況です[*3], (図8)。
図8: 国内スタートアップ向け投資額の推移
出典: 経済産業政策局「事務局説明資料(スタートアップについて)」
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/pdf/004_03_00.pdf, p.2
一方で、GX領域の技術で日本は比較的競争力を有しています。蓄電池、水素、半導体の領域に強く、発電分野におけるアンモニア利用技術の開発では世界をリードしています。また、カーボンリサイクル化学品の素材系技術等でも、特許の質は海外と比べて高いものとなっています[*4], (図9)。
図9:トータルパテントアセット総和比較(2010年から2019年まで)
出典: 経済産業省「GXスタートアップの創出・成長に向けたガイダンス~初期需要確保とファイナンスの多様化~」
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/gx_startup/gx_guidance.pdf, p.13
ただし、GXスタートアップについては、投資額等で海外と大きな差がついています。例えば、2021年のGX関連分野のスタートアップに対する投資額は、米国で566億米ドルであった一方で、日本は5億米ドルとなっています。また、脱炭素関連分野の革新的スタートアップ100社が選ばれる「Global Cleantech 100」(2021年版)において、日本企業は選出されませんでした[*5], (図10)。
図10: GX分野のスタートアップに関する国際比較
出典: GX実行推進担当大臣「我が国のグリーントランスフォーメーション実現に向けて」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gx_jikkou_kaigi/dai10/siryou1.pdf, p.41
さらに、研究開発をベースにした大学発のスタートアップ数は増加傾向にありますが、環境テクノロジー・エネルギーなどGX領域のスタートアップ数は伸び悩んでいます[*4], (図11)。
図11: 日本における事業分野別の大学発スタートアップ数の年度別推移
出典: 経済産業省「GXスタートアップの創出・成長に向けたガイダンス~初期需要確保とファイナンスの多様化~」
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/gx_startup/gx_guidance.pdf, p.14
これは、GX分野の主な顧客が大企業であること、利益が出るまでに長期間かつ多額の投資が必要であることが要因と言えます。
以上のように伸び悩みを見せるGXスタートアップですが、近年、日本でもGX分野に特化したVCの取り組みが増加しています。
例えば、太陽光や風力、蓄電池、水素などを投資対象とするANRI株式会社は、研究開発段階から支援することで、世界をけん引するGXスタートアップ創出を目指しています。運用期間を最長15年と従来よりも長めに設定することで、利益まで期間を要する領域への投資を実現しています。
国内外のGXスタートアップの事例
海外におけるGXスタートアップの事例
GXスタートアップがExitするまでの年数は、海外・日本ともに8年~15年程度とされています。軌道に乗るまで期間を要するなかで、既に成長しているGXスタートアップは、どのように成長してきたのでしょうか[*4]。
2009年に米国で設立されたRIVIANは、EVやその部品、半自動運転車の開発・製造・販売等を行う企業です。2011年にはEVに経営資源を集中する戦略に転換し、2017年には三菱自動車の製造工場を購入することで、大規模投資のリスク低減を実現しました[*4], (図12)。
図12: RIVIANにおける成長の軌跡
出典: 経済産業省「GXスタートアップの創出・成長に向けたガイダンス~初期需要確保とファイナンスの多様化~」
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/gx_startup/gx_guidance.pdf, p.34
また、RIVIAN は2019年に、Amazonとオフテイク契約(提供予定の商品等の全部または一部を購入・販売するための取り決め)を締結しました。同契約は、2030年までに配送用バン10万台を納入する取り決めであり、初期の納入から4年間にわたり独占販売契約を結ぶものです。
このように、製品ができる前から顧客と契約を結ぶことなどが、資金調達ができないという課題を克服するためのカギと言えます。
日本におけるGXスタートアップの事例
諸外国と比較すると件数の少ない日本ですが、GXスタートアップの成功事例は着実に増えています。
2007年に設立された株式会社JEPLANは、衣類・PETボトル等のリサイクル事業を展開しており、既存工場の買収やオフテイク契約の締結等により、事業を加速させています[*4], (図13)。
図13: 株式会社JEPLANにおける成長の軌跡
出典: 経済産業省「GXスタートアップの創出・成長に向けたガイダンス~初期需要確保とファイナンスの多様化~」
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/gx_startup/gx_guidance.pdf, p.36
2018年にはペットリファインテクノロジーを買収することで既存工場を入手し、2019年には一部の大手飲料メーカーとオフテイク契約を締結しました。その結果、工場の稼働に向けた大規模な融資調達も実現しました。
転換社債(一定の条件下で株式に転換できる社債)や新株予約権付融資(発行した新株予約権を金融機関等が取得する代わりに、必要な資金を無担保で供給する仕組み)などのベンチャーデットを活用する動きも広がっています[*6]。
ベンチャーデットとは、成長中のスタートアップが株式による資金調達の直後に株式の価値を薄めずに資金にアクセスできる融資のことです。米国では、ベンチャーデットの件数・金額ともに増加傾向にあり、2022年には2,484件活用されています[*6], (図14)。
図14: 米国におけるベンチャーデットの件数・金額推移
出典: 経済産業省「GXスタートアップの創出・成長に向けたガイダンス【抜粋版】 ファイナンス多様化~融資の活用~」
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/gx_startup/gx_guidance_debt.pdf, p.2
日本でもその活用が広がっています。例えば、環境負荷の少ない金属インクジェット印刷技術を用いたプリント基板の量産等を行うエレファンテック株式会社は、設備投資においてリスクの高い初期投資を新株発行などエクイティ調達、規模拡大等に向けてはデット調達による設備投資を行うことで、大規模な調達を実現しました[*6, *7]。
具体的には、中小企業基盤整備機構の公的債務保証制度を活用し、金融機関側の利益は確保したままリスクを低減させることで、融資実行の可能性を高めることに成功しました[*6], (図15)。
図15: エレファンテック株式会社による公的債務保証制度のスキーム
出典: 経済産業省「GXスタートアップの創出・成長に向けたガイダンス【抜粋版】 ファイナンス多様化~融資の活用~」
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/gx_startup/gx_guidance_debt.pdf, p.29
まとめ
技術や事業が確立するまでの資金や時間を要するなど、課題が山積しているGXスタートアップですが、米国を見ると分かるように、経済成長にスタートアップの推進は不可欠です。
特に、GXスタートアップは長期的な視点で支援を行う必要があり、スタートアップが迅速かつ大きく育つ環境が整備されることが求められています。
参照・引用を見る
※参考URLはすべて執筆時の情報です
*1
経済産業省「スタートアップ創出元年、『5か年計画』で政策をギアチェンジ」
https://journal.meti.go.jp/p/22377/
*2
経済産業省「知っておきたい経済の基礎知識~GXって何?」
https://journal.meti.go.jp/p/25136/
*3
経済産業政策局「事務局説明資料(スタートアップについて)」
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/pdf/004_03_00.pdf, p.1, p.2, p.31, p.32, p.33
*4
経済産業省「GXスタートアップの創出・成長に向けたガイダンス~初期需要確保とファイナンスの多様化~」https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/gx_startup/gx_guidance.pdf, p.9, p.12, p.13, p.14, p.22, p.24, p.32, p.33, p.34, p.36, p.40
*5
GX実行推進担当大臣「我が国のグリーントランスフォーメーション実現に向けて」https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gx_jikkou_kaigi/dai10/siryou1.pdf, p.41
*6
経済産業省「GXスタートアップの創出・成長に向けたガイダンス【抜粋版】 ファイナンス多様化~融資の活用~」https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/gx_startup/gx_guidance_debt.pdf, p.2, p.10, p.29
*7
エレファンテック株式会社「会社情報」
https://elephantech.com/company/