2024年6月、エネルギー政策基本法の規定に基づき、「令和5年度エネルギーに関する年次報告 (エネルギー白書2024)」が公表されました。
エネルギー白書とは、国内外のエネルギー動向や前年度に講じたエネルギーの需給に関する施策の状況について記載された報告書です。
「エネルギー白書2024」では、それらに加え、福島復興の進捗、カーボンニュートラルと両立したエネルギーセキュリティの確保、GX(グリーントランスフォーメーション)・カーボンニュートラルの実現に向けた課題と対応にフォーカスした内容になっています。
そこでは、カーボンニュートラルやGXの取り組みや進捗についてどのようにまとめられているのでしょうか。
「エネルギー白書2024」の概要
経済産業省が発行する「エネルギー白書」は、例年3部構成の報告書となっています。第1部がエネルギーを巡る状況とそれに対する対策、第2部が国内外のエネルギー動向、そして第3部が2023年度のエネルギー需給に関して講じた施策の状況です[*1], (表1)。
表1: エネルギー白書2024の構成
出典: 経済産業省「エネルギー白書2024について」(2024)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2024/pdf/whitepaper2024.pdf, p.1
2024年版のトピックには、毎年取り上げられている福島復興の進捗に加えて、「カーボンニュートラル」「エネルギーセキュリティ」「GX」などがあります。
今回は、「エネルギー白書2024」第1部の内容から、カーボンニュートラルやGXの実現に向けた世界の動きや日本のエネルギー政策のポイントを紹介します。
カーボンニュートラルと両立したエネルギーセキュリティの確保
近年、エネルギーを巡る世界情勢は、不確実性を増しています。ロシアによるウクライナ侵攻をはじめ、パナマ運河の通航制限やイスラエル・パレスチナ情勢悪化など、エネルギー需給に影響を与える事象が世界各地で発生しています[*2], (図1)。
図1: 近年発生したエネルギーに影響を与える事象例
出典: 経済産業省 「エネルギー白書2024」(2024)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2024/pdf/whitepaper2024_all.pdf, p.34
ロシアによるウクライナ侵攻はいまだに予断を許さない状況で、LNG(液化天然ガス)や原油などのエネルギーの価格は2023年度以降も高い水準で推移しています[*2]。
このように不透明な状況が続いていることから、世界的にエネルギーセキュリティ確保に向けた取り組みの重要性が増しています。
エネルギーセキュリティとは、必要なエネルギーを安定的に適正価格で確保することです。「エネルギー白書2010」においては「国民生活、経済・社会活動、国防等に必要な量のエネルギーを受容可能な価格で確保できること」と定義されています[*3]。
近年は、世界的なエネルギー価格の高騰に加え、円安が進行したことで、日本の化石エネルギー輸入金額が急増しています[*2], (図2)。
図2: 日本の化石エネルギーの輸入金額・輸入量の推移
出典: 経済産業省 「エネルギー白書2024」(2024)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2024/pdf/whitepaper2024_all.pdf, p.43
化石エネルギー輸入金額の急増は、日本全体の貿易収支にも大きな影響を与え、2022年には過去最大の貿易赤字となっています[*2]。
経済活動に必要不可欠である電気やガス、ガソリンなどの価格高騰は、企業や家庭にとって多大な負担となります。企業や家庭の負担を軽減するため、政府はガソリン価格抑制のための原資支給や電気料金の値引きなどの激変緩和対策事業を実施し、一定の効果が得られました。しかし、多くの予算が必要となるこれらの支援はあくまでも一時的な措置であり、長い間継続していくことは、現実的に困難です[*2]。
また、エネルギー安全保障を巡る新たな課題として、「エネルギー白書2024」では、今後の電力需要増大の可能性についても取り上げています。
電力需要が増える要因の一つとして考えられているのは、生成AIの普及をはじめとしたDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進によるデータ処理量の増大です。電力広域的運営推進機関が2024年1月に公表した今後10年の想定では、家庭部門は人口減少や節電・省エネによって電力需要が減少する見込みであるものの、産業部門の電力需要の大幅な増加によって、結果的に全体の電力需要は増加すると予測されています[*2], (図3)。
図3: DXの進展による電力需要増大
出典: 経済産業省 「エネルギー白書2024」(2024)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2024/pdf/whitepaper2024_all.pdf, p.49
世界的なエネルギー価格高騰に加え、今後国内の電力需要が増加する可能性も指摘されており、日本のエネルギー需給に影響を与えるリスクはますます増加していきます。エネルギーセキュリティ確保のためにも、化石燃料を海外から輸入している現状から脱却し、国際情勢に左右されない強靭なエネルギー需給構造への転換を着実に進めていくことが求められています。
GX・カーボンニュートラルの実現に向けた課題と対応
気候変動問題に対する世界的な意識の高まりを受け、日本を含む多くの国が2050年までにカーボンニュートラルを実現することを宣言しています。エネルギーセキュリティを確保しながら、温室効果ガス削減の技術を経済成長につなげていく「GX」の実現に向けた取り組みも世界中で加速しています[*2]。
日本は、2030年度までに2013年度比で温室効果ガスを46%削減するという排出削減目標を掲げています。2021年度の温室効果ガスの削減実績は21%で、目標ラインに沿って着実に削減が進んでいます[*2], (図4)。
図4: 日本における温室効果ガスの削減状況
出典: 経済産業省 「エネルギー白書2024」(2024)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2024/pdf/whitepaper2024_all.pdf, p.60
日本の温室効果ガス削減は順調に進んでいますが、世界全体の温室効果ガス排出量は、いまだに増加傾向です[*2]。2023年にアラブ首長国連邦で開催されたCOP28の決定文書には、パリ協定の目標達成に向けて、一定の進捗はあったものの、1.5℃目標の達成には隔たりがあること、そして目標達成に向けて緊急的な行動が必要であることが強調されています[*2]。
GXの実現に向けて、世界では、水素やCCS(二酸化炭素回収・貯留技術)などの脱炭素技術のマーケットの成長・拡大への期待が高まっています。燃焼時にCO2を排出しない脱炭素燃料である水素は、発電部門だけでなく、産業部門や運輸部門などの脱炭素が難しい分野での利活用も期待されています。IEAのレポートでは、2050年までに世界の水素需要量は約5倍に急増すると想定されています[*2], (図5)。
図5: 世界の水素等の需要見通し
出典: 経済産業省 「エネルギー白書2024」(2024)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2024/pdf/whitepaper2024_all.pdf, p.73
CO2排出が避けられない分野に有効なCCSに関しても、導入拡大に向けて、技術開発や環境整備が進められています。CCSとは「Carbon dioxide Capture and Storage」の略で、発電所や化学工場から排出されたCO2を分離して、地中深くに貯留する技術のことです[*4], (図6)。
図6: CCSの流れ
出典: 経済産業省 「知っておきたいエネルギーの基礎用語 ~CO2を集めて埋めて役立てる『CCUS』」(2017)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ccus.html
民間企業によるCCS事業も活発化しており、鉄鋼、化学、セメントなどの世界のCO2多排出企業がさまざまな取り組みを実施しています[*2], (表2)。
表2: 世界のCO2多排出企業におけるCCSに向けた取り組み
出典: 経済産業省 「エネルギー白書2024」(2024)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2024/pdf/whitepaper2024_all.pdf, p.75
2023年度、日本ではGXを実行フェーズに移行していくための法整備が進められ、GXの進捗評価や必要な見直しを法律によって定める「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律(GX推進法)」や、脱炭素電源を利用促進しつつ電力安定供給を確保するための「脱炭素社会の実現に向けた電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律(GX脱炭素電源法)」などが成立しました[*2]。
そして、2023年12月に開催されたGX実行会議では、16の重点分野における「分野別投資戦略」が取りまとめられました。16の分野とは、鉄鋼、化学、紙パルプ、セメント、自動車、蓄電池、航空機、SAF、船舶、くらし、資源循環、半導体、水素等(アンモニア、合成メタン、合成燃料を含む)、次世代再エネ(次世代型太陽電池・浮体式等洋上風力)、原子力、CCSのことで、各分野での官民によるGX投資を加速させていきます[*2]。
さらに、経済成長が著しいアジア全体でのGX実現に貢献するため、日本は「アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)」の枠組みの中で、技術支援などの様々な取り組みを進めています[*2]。
「エネルギー白書」で見えてくるエネルギーの「今」と「未来」
カーボンニュートラルの実現に向けて、日本におけるGXは検討フェーズから移行し、実行フェーズへと突入しています。
世界のエネルギー需給を巡る不確実性はここ数年で高まっており、エネルギー需給構造の転換を急速に進めていくためにも、GXの取り組みをますます加速させる必要があります。
「エネルギー白書2024」では、他にも、国内外のエネルギー需給動向や、再生可能エネルギーや水素などに関する具体的な施策についてもまとめられています。日本と世界のエネルギーの「今」と「未来」を学ぶことができる「エネルギー白書2024」を、ぜひ読んでみてはいかがでしょうか。
参照・引用を見る
*1
経済産業省「エネルギー白書2024について」(2024)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2024/pdf/whitepaper2024.pdf, p.1
*2
経済産業省 「エネルギー白書2024」(2024)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2024/pdf/whitepaper2024_all.pdf, p.34, p.43, p.43, p.44, p.45, p.49, p.58, p.60, p.71, p.73, p.75, p.76, p.78, p.84, p.85
*3
経済産業省 「第3節 構造変化を踏まえたエネルギーセキュリティの評価」https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2021/html/1-3-3.html
*4
経済産業省 「知っておきたいエネルギーの基礎用語 ~CO2を集めて埋めて役立てる「CCUS」」(2017)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ccus.html