「サプライチェーン」とは、原材料の調達から生産、加工、流通、販売により消費者に提供されるまでの一連のプロセスを表す用語です[*1]。
水素エネルギーや洋上風力発電など、次世代の再生可能エネルギー技術を普及させるには、サプライチェーンの構築が重要です。
現在、政府は再生可能エネルギーのさらなる導入拡大に向けて、サプライチェーン構築支援を実施しています。
なぜ、再生可能エネルギーの普及にサプライチェーンの構築が重要なのでしょうか。また、どのような取り組みが行われているのかを詳しくご説明します。
日本における再生可能エネルギーの導入状況
2012年7月のFIT制度(固定価格買取制度)開始等により、再生可能エネルギーの導入量は大幅に増加しています。2022年度時点の再生可能エネルギーの発電電力量は2,189億kWhで、その電源構成比は全体の21.7%を占めています[*2], (表1)。
表1: 再生可能エネルギーの導入状況出典: 資源エネルギー庁「再生可能エネルギーの導入状況」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/pdf/063_s01_00.pdf, p.2
政府は、太陽光発電等の再生可能エネルギーの導入を推進していますが、2050年カーボンニュートラル(温室効果ガスの排出を全体としてゼロにすること)の実現に向けて、水素の社会実装など様々な施策を進めています[*3]。
水素は、様々な資源から作ることができ、化石燃料から作る場合にはCO2を排出しますが、再生可能エネルギーから作る場合にはCO2を排出しないエネルギーです。また、使用時にCO2を排出しないため、燃料電池自動車や火力発電における燃料などへの活用が期待されています。
世界の水素等需要量(アンモニアや合成燃料などその他の次世代エネルギーを含む需要量)は今後の増加が見込まれており、2050年には2022年の約5倍に増加すると推測されています[*3], (図1)。
図1: 世界の水素等需要量の予測
出典: 資源エネルギー庁「目前に迫る水素社会の実現に向けて~『水素社会推進法』が成立 (前編)サプライチェーンの現状は?」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suisohou_01.html
近年では、洋上に風車を持っていき、そこで発電を行う洋上風力発電も注目されています。洋上は陸上と比べて一般的に風が強く安定的に吹くため、発電量が多くなるというメリットがあります。また、生活エリアから離れており、騒音や景観問題がより少ないため、世界では洋上風力発電の開発に向けた動きが進んでいます。[*4, *5], (図2)。
図2: 世界の洋上風力発電の導入実績
出典: 公益財団法人 自然エネルギー財団「洋上風力発電の動向」
https://www.renewable-ei.org/pdfdownload/activities/202310_Offshorewindinfo.pdf, p.2
サプライチェーン構築の重要性
再生可能エネルギーのさらなる普及に向けて、水素や洋上風力発電などの、サプライチェーン構築が求められています。
例えば、水素の普及に向けては、供給設備の大型化による供給コストの削減など、大規模なインフラ投資が不可欠です。しかし、現状では長期的な水素需要量が不確実であるため、民間企業はインフラ投資に踏み出しにくいという課題があります[*6]。そのため、水素供給量を増大させるとともに、水素需要を創出するというサプライチェーン全体での取り組みが求められています。
また、洋上風力発電における風車製造から運用、保守までサプライチェーン全体の関連部品等の数は、約3万点にのぼるとされています[*7], (図3)。
図3: 洋上風力サプライチェーンの全体像
出典: 資源エネルギー庁「再生可能エネルギーに関する次世代技術について」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/pdf/057_01_00.pdf, p.26
数多くの部品等で構成される洋上風力発電をさらに普及させるためには、サプライチェーンの最適化を進め、低コスト化等を推進することが重要と言えます[*8]。
水素サプライチェーン構築の動き
水素サプライチェーンとは
先述したように、水素のさらなる普及には、水素需要の創出と、それを満たす供給の確保が不可欠です。水素を「つくる」「ためる・はこぶ」「つかう」というサプライチェーンの構築が求められています[*9], (図4)。
図4: 水素サプライチェーンの全体像
出典: 環境省「水素社会実現を目指す官公庁の取組」
https://www.env.go.jp/seisaku/list/ondanka_saisei/lowcarbon-h2-sc/demonstration-business/index.html
まず、水素を「つくる」方法としては、化石燃料から作る方法と、再生可能エネルギーから作る方法の2種類が主流です。化石燃料から作る場合にはCO2を排出しますが、再生可能エネルギーから作る場合は、水電解装置を通して水を電気分解して水素を取り出すため直接的にCO2を排出しない水素ができます[*3]。
現在、再生可能エネルギーを利用した水電解装置による水素製造の取り組みが加速しており、日本でも様々な企業が開発を進めています。
次に、水素を「ためる・はこぶ」についてです。水素は、常温常圧では気体のため体積が大きく、燃えやすい性質を持っていることなどから、そのままでは運ぶことが困難です。液体や水素化合物などに変換して運搬する必要があり、水素輸入等の促進に向けて、貿易相手国との連携が求められています。
先述したように、水素の供給体制の構築のみならず、水素需要の創出も重要です。水素を「つかう」取り組みとして、燃料電池自動車などのモビリティ分野や、産業分野、発電分野での利用促進が求められています。
例えば、燃料電池自動車の普及台数は2024年5月末時点で8,408台であり、水素需要の拡大に向けては、その導入拡大を支援する必要があります。また、燃料電池自動車の普及には、燃料を補給するための水素ステーション設置が欠かせません。しかしながら、2024年7月末時点の設置数は全国で163か所(整備中含む)のみのため、さらなる設置促進が求められています[*3], (図5)。
図5: モビリティ分野における水素需要の動向
出典: 資源エネルギー庁「目前に迫る水素社会の実現に向けて~『水素社会推進法』が成立 (前編)サプライチェーンの現状は?」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suisohou_01.html
発電分野においては、火力発電所で使用する燃料を天然ガスから水素に置き換えることで、CO2排出を低減することができます。近年、三菱重工業株式会社が、大型タービンで水素を10%混焼する燃焼器を開発するなど、日本は水素発電の分野で技術的に先行しています。
水素サプライチェーン構築に向けた最新動向
水素サプライチェーンの構築に向けて、日本政府は2017年に世界で初めてとなる水素の国家戦略「水素基本戦略」を策定し、2023年には同戦略を改定しました[*10]。
同戦略にて、政府は水素の輸入促進に向け、北米や中東、豪州、アジアなど資源国との連携強化を図るとしています。また、国内での水素製造に向けた製造基盤の確立を図るため、政府は民間企業等への支援も進めています。
例えば、環境省では、各地域由来の水素サプライチェーン構築の実証を推進しています[*9]。
同事業に基づき、横浜市と川崎市、トヨタ自動車株式会社等は、京浜臨海部での燃料電池フォークリフトの導入と風力発電由来の水素製造を行う一体的な実証事業を実施しました[*11], (図6)。
図6: 京浜臨海部での燃料電池フォークリフト導入とクリーン水素活用モデル構築実証
出典: 環境省「京浜臨海部での燃料電池フォークリフト導入とクリーン水素活用モデル構築実証」
https://www.env.go.jp/seisaku/list/ondanka_saisei/lowcarbon-h2-sc/demonstration-business/PDF/demonstration_01_20210113.pdf
同実証事業では、京浜臨海部にある風力発電所敷地内に、水素を製造・貯蔵・圧縮するシステムを整備しました。ここで製造された水素を簡易型水素充填車により横浜市・川崎市内の青果市場や工場等の燃料電池フォークリフトで使用することで、地域内における水素サプライチェーン構築を実現しています[*12], (図7)。
図7: 実証事業における水素の配送と利用
出典: 環境省「地域と一体となった低炭素な水素サプライチェーン構築を目指して」
https://www.env.go.jp/seisaku/list/ondanka_saisei/lowcarbon-h2-sc/demonstration-business/PDF/demonstration_detail_01_1.pdf, p.2
洋上風力発電サプライチェーン構築の動き
洋上風力発電を取り巻く国内の現状
政府は、洋上風力発電を2030年までに10GW(稼働ベースで5.7GW)、2040年までに30~45GWの案件形成目標を掲げており、全国各地で設置が検討されています[*13, *14], (図8)。
図8: 洋上風力発電の設置に向けた区域の状況
出典: 資源エネルギー庁 省エネルギー・新エネルギー部「洋上風力政策の現状」
https://www.renewable-ei.org/pdfdownload/activities/S3-METI_HInoue_20240314.pdf, p.5
国内では、実際の稼働はまだ先となる区域が多いのが現状ですが、既に稼働を開始した洋上風力発電所もあります。例えば、石狩湾新港洋上風力発電所は、2024年1月1日から商業運転を開始しました。8MWの洋上風力発電機を14基設置し、一般家庭約8万3,000世帯分の年間消費量に相当する電力を発電可能です[*15]。
洋上風力発電サプライチェーン構築に向けた最新動向
このように、洋上風力発電の設置に向けた動きが活発化していますが、洋上風力発電のサプライチェーンにおける関連部品等の数は約3万点と多いため、サプライチェーン整備が洋上風力発電普及のカギとなります[*7]。
そこで政府は、2020年度補正予算のサプライチェーン補助金によって、計14社に設備投資支援を実施しました[*13]。
また、民間企業間の連携も進んでいます。株式会社東芝とGEは、2021年5月に洋上風車分野での提携を発表しました。同提携では、風車のナセル(タワーとブレードをつなぐ中間部分)の製造・組立を行い、風車134基への供給を予定しています。また、風車発電機にはTDK株式会社の永久磁石を使用するなど、各社の連携を深めています[*14], (図9)。
図9: 洋上風力サプライチェーン等形成における取り組み事例
出典: 資源エネルギー庁 省エネルギー・新エネルギー部「洋上風力政策の現状」
https://www.renewable-ei.org/pdfdownload/activities/S3-METI_HInoue_20240314.pdf, p.6
その他、基礎部分構築や設置時のオペレーション、人材育成等に関する取り組みが活発化しており、サプライチェーン構築が進んでいます。
GXリーグを通じたサプライチェーン形成
GXリーグとは
GX(グリーントランスフォーメーション)リーグとは、カーボンニュートラルへの移行に向けた挑戦を果敢に行い、国際ビジネスで勝てる企業群が、GXを牽引する枠組みのことです[*16]。
なお、GXは化石エネルギーを中心とした現在の産業構造・社会構造を、クリーンエネルギー中心へ転換する取り組みです[*17]。
GXリーグでは、サプライチェーン上での排出削減への取り組みを促進するためのルール形成等を行っています。経済産業省が設立した枠組みで、2024年4月時点で日本のCO2排出量の5割超を占める企業群が参画しています[*16], (図10)。
図10: GXリーグにおける取り組み
出典: 経済産業省「成長志向型カーボンプライシング構想」
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/GX-league/gx-league.html
GXリーグを通じた取り組み
GXリーグ参画企業には、サプライチェーンでの炭素中立に向けた取り組みが求められています。具体的には、サプライチェーン上流の事業者に対する2050年カーボンニュートラルに向けた排出量削減の取り組み支援や、サプライチェーン下流の需要家・生活者に対する自らの製品・サービスへのカーボンフットプリント表示等の取り組みを通じて、意識醸成等を行うことが求められています[*18]。
例えば、GXリーグ参画企業である川崎重工業株式会社は、水素発電を軸とした自主的な取り組みにより、国内において2030年カーボンニュートラル実現を目指しています[*19], (図11)。
図11: 川崎重工グループのCO2排出量削減目標
出典: GXリーグ事務局「川崎重工業株式会社」
https://gx-league.go.jp/initiative-introduction/khi/
また、同社は社会全体でのカーボンニュートラル実現に向けて、取引先や消費者等との連携を深めていくとしています。具体的には、材料や部品の調達先におけるCO2排出量を80%削減することを目指したり、全事業においてCO2フリーの製品を標準ラインナップにしたりしています。
まとめ
再生可能エネルギーの普及拡大に向けたサプライチェーン構築の取り組みを紹介しました。
関連産業における大規模かつ強靭なサプライチェーン形成には、政府と産業界の連携がカギとなると言えるでしょう。
参照・引用を見る
※参考URLはすべて執筆時の情報です
*1
株式会社日立ソリューションズ「サプライチェーンとは? 具体例やマネジメントをおこなうメリットなどを解説」
https://www.hitachi-solutions.co.jp/salesforce/sp/column/what-is-supplychain/
*2
資源エネルギー庁「再生可能エネルギーの導入状況」https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/pdf/063_s01_00.pdf, p.2
*3
資源エネルギー庁「目前に迫る水素社会の実現に向けて~『水素社会推進法』が成立 (前編)サプライチェーンの現状は?」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suisohou_01.html
*4
国立研究開発法人 産業技術総合研究所「洋上風力発電とは?」https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20221109.html
*5
公益財団法人 自然エネルギー財団「洋上風力発電の動向」
https://www.renewable-ei.org/pdfdownload/activities/202310_Offshorewindinfo.pdf, p.2
*6
国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構「大規模水素サプライチェーンの構築https://green-innovation.nedo.go.jp/project/hydrogen-supply-chain/
*7
資源エネルギー庁「再生可能エネルギーに関する次世代技術について」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/pdf/057_01_00.pdf, p.21, p.26
*8
国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構「洋上風力の産業競争力強化に向けた技術開発ロードマップ」https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saiene/yojo_furyoku/dl/roadmap/roadmap20210401.pdf, p.1, p.2
*9
環境省「水素社会実現を目指す官公庁の取組」
https://www.env.go.jp/seisaku/list/ondanka_saisei/lowcarbon-h2-sc/demonstration-business/index.html
*10
再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議「水素基本戦略」https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/suiso_seisaku/pdf/20230606_2.pdf, p.3, p.4, p.13, p.14, p.15
*11
環境省「京浜臨海部での燃料電池フォークリフト導入とクリーン水素活用モデル構築実証」https://www.env.go.jp/seisaku/list/ondanka_saisei/lowcarbon-h2-sc/demonstration-business/PDF/demonstration_01_20210113.pdf
*12
環境省「地域と一体となった低炭素な水素サプライチェーン構築を目指して」https://www.env.go.jp/seisaku/list/ondanka_saisei/lowcarbon-h2-sc/demonstration-business/PDF/demonstration_detail_01_1.pdf, p.2
*13
資源エネルギー庁「これまでの洋上風力政策の進捗」https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/yojo_furyoku/pdf/024_01_00.pdf, p.1, p.3
*14
資源エネルギー庁 省エネルギー・新エネルギー部「洋上風力政策の現状」https://www.renewable-ei.org/pdfdownload/activities/S3-METI_HInoue_20240314.pdf, p.5, p.6
*15
石狩市「石狩湾新港洋上風力発電所の商業運転が始まりました」https://www.city.ishikari.hokkaido.jp/soshiki/kouwank/86268.html
*16
経済産業省「成長志向型カーボンプライシング構想」
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/GX-league/gx-league.html
*17
株式会社朝日新聞社「GX(グリーントランスフォーメーション)とは 政府や企業の取り組みを解説」
https://www.asahi.com/sdgs/article/15029672?msockid=0a6597da993b6dd20eac85b298416c64
*18
GXリーグ事務局「GXリーグ参画企業に求める取組に関するガイダンス(事業会社向け)」https://gx-league.go.jp/aboutgxleague/document/02_1_GX%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B0%E5%8F%82%E7%94%BB%E4%BC%81%E6%A5%AD%E3%81%AB%E6%B1%82%E3%82%81%E3%82%8B%E5%8F%96%E7%B5%84%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%80%E3%83%B3%E3%82%B9%EF%BC%88%E4%BA%8B%E6%A5%AD%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E5%90%91%E3%81%91%EF%BC%89.pdf, p.4
*19
GXリーグ事務局「川崎重工業株式会社」
https://gx-league.go.jp/initiative-introduction/khi/
*20
GXサプライチェーン構築支援事業事務局「『GXサプライチェーン構築支援事業』 第二回公募 公募要領」
https://gx-supplychain.jp/assets/pdf/kouboyouryou0917_gx-supplychain.pdf, p.1, p.4