カーボンニュートラルの実現に向けて、現在、国内外で再生可能エネルギーの導入が進んでいます。一方で、例えば土地を広範囲にわたって占有する太陽光発電には、導入時に自然環境に配慮して設置しないと生物多様性を損なうリスクがあることが指摘されています[*1]。
そのような状況で近年は、「ネイチャーポジティブ」と呼ばれる考え方が浸透しつつあります。
ネイチャーポジティブとはどのような考え方なのでしょうか。また、それらを意識した再生可能エネルギーの導入とはどのようなことなのでしょうか。取り組み事例と併せて、詳しくご説明します。
ネイチャーポジティブとは
ネイチャーポジティブとは、「自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させる」ことを指します[*2, *3], (図1)。
図1: ネイチャーポジティブの考え方
出典: 株式会社野村総合研究所「カーボンニュートラルからネイチャーポジティブへ」
https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/knowledge/report/cc/mediaforum/2023/forum360.pdf?la=ja-JP&hash=D8AF51AA45B3D81802D95C06482FB41B4F0B5D74, p.3
現在の地球は、過去1,000万年間の平均と比べて、10倍から100倍もの速度で生物が絶滅しています。また、世界経済フォーラムの報告書によると、世界のGDPの半分(44兆ドル)以上が、これら自然の損失によって脅かされる可能性があるとされています[*2]。
生物多様性の損失の速度が速いため、従来の自然環境保全の取り組みだけでは生物多様性を改善することが困難です。そこで、これまでの自然環境保全の取り組みだけでなく、経済や社会、政治、技術など全てにまたがって取り組みを進めるネイチャーポジティブ経済を推進することが求められています。
ネイチャーポジティブ経済に移行することで、3億9,500万人の雇用創出と年間10.1兆ドルの取引が見込まれ、生き物のみならず、人々にとってもプラスになります。
このように、経済や社会等が一体となって改善を促していくことで、自然が豊かになっていくプラスの状態にしていこうというのがネイチャーポジティブの趣旨と言えます。
ネイチャーポジティブに関する国内外の動向
ネイチャーポジティブは、2022年12月に開催されたCOP15(生物多様性条約第15回締約国会議)などで掲げられるなど、近年その考え方が浸透し始めています[*2]。
国内では、2023年3月に閣議決定した「生物多様性国家戦略2023-2030」において、2030年までにネイチャーポジティブを達成するという目標が掲げられました[*2, *4] , (図2)。
図2: 「生物多様性国家戦略2023-2030」の全体像
出典: 環境省「生物多様性国家戦略2023-2030の概要
https://www.env.go.jp/content/000124382.pdf, p.1
また、生物多様性に配慮した再生可能エネルギー導入の実現に向けた第一歩として、環境省が事務局を務める「2030生物多様性枠組実現日本会議」は、企業や自治体等に、「ネイチャーポジティブ宣言」を表明してもらうよう呼びかけています。
ネイチャーポジティブ宣言とは、その実現に向けて、様々なステークホルダーに未来にむけた活動を表明してもらい、一歩前進してもらうための宣言のことです[*5]。
2025年03月27日時点で、延べ参加企業・団体数は699団体となっており、企業や自治体など様々な主体が表明しています[*6]。
再生可能エネルギー導入による生物多様性への影響
ネイチャーポジティブ経済への移行によって日本で創出されるビジネス機会の規模は、世界経済フォーラムをベースとした推計によると、2030年時点で約47兆円とされています[*7], (図3)。
図3: ネイチャーポジティブ経済への移行によるビジネス機会推計
出典: 環境省 自然環境局 生物多様性主流化室「ネイチャーポジティブ経済移行戦略 参考資料集」
https://www.env.go.jp/content/000213094.pdf, p.27
そのうち、約25兆円が再生可能エネルギーの拡大などのエネルギー・採掘活動となっており、エネルギー分野での取り組みが今後もさらに活発化することが見込まれています。
一方で、再生可能エネルギーの導入は、場合によっては生物多様性へ負の影響を与えてしまう可能性があることも懸念されています[*1]。
冒頭でも紹介したように、太陽光発電は自然環境に配慮した形で導入をしないと、生物多様性の損失につながる可能性があります。
例えば、国内では、0.5MW以上の太陽光発電設備(2020年時点)の建設によって、農地などを中心に229,211平方キロメートルもの生態系が喪失し、鳥獣保護区などの保護地域でも開発が進んでしまっていることが指摘されています。
また、風力発電施設では、風車と鳥との衝突事故(バードストライク)も問題となっています。バードストライクにより死亡する鳥の数は、アメリカ全体で年間最大40万羽にのぼるという推計があります[*8]。
日本においても、日本野鳥の会の調査によると、国内22カ所の施設で2000年からの10年間で、計102件のバードストライクが確認されました。このうち、およそ3分の1がオジロワシやオオワシなどの絶滅危惧種であり、絶滅リスクの増大が懸念されています。
ネイチャーポジティブを意識した再生可能エネルギーの導入
これらの問題を克服するために、再生可能エネルギーの設置時にはネイチャーポジティブを意識することが重要です。そこで近年、ネイチャーポジティブ型の再生可能エネルギーの可能性に注目が集まっています[*1]。
ネイチャーポジティブ型の太陽光発電
ネイチャーポジティブ型の太陽光発電とは、生物多様性への影響の回避・低減に加え、施設内において在来植物の植栽や野生動物の生息地創出など自然の復元・再生に取り組み、開発前と比較して自然へプラスの影響をもたらす発電施設のことです[*1], (図4)。
図4: ネイチャーポジティブ型の太陽光発電の概念図
出典: みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社「ネイチャーポジティブ型の太陽光発電の可能性を探る」
https://www.mizuho-rt.co.jp/business/consulting/articles/2024-k0061/index.html
欧米で大手再生可能エネルギー事業者が既に導入を開始している事例を紹介します。アメリカのENGIE North Americaは、発電所敷地内に送粉昆虫のための植生帯を整備する取り組みを実施しています。
こうした取り組みを広げようとする動きもあり、欧州の事業者団体であるEurelectricは、ネイチャーポジティブ型の太陽光発電のガイドラインを公表しました。
各国では、事業会社の取り組みを推進するための政策も整備されつつあります。イギリスでは、土地開発において生物多様性を10%増やすことを義務付ける「Biodiversity Net Gain(生物多様性ネットゲイン)」が施行されており、太陽光発電施設もその対象となっています。
ネイチャーポジティブ型の太陽光発電の管理手法は、欧米の取り組みやガイダンス等を踏まえると、大きく3つに分類されます。
1つ目は、太陽光パネル下を含む発電施設内の植生管理です。これらの草地は、昆虫や鳥類の生息地になる可能性があります。そのため、除草剤を使用せず、ある程度の高さの草丈を維持するよう管理することが求められます。また、その管理は鳥類の営巣時期など保全上重要な時期を避け、低頻度で行うことが望ましいとされます。
2つ目は、発電敷地内の空きスペースにおける生息地創出です。欧米では、施設内のパネル非設置部分で、野生生物野生息地となるような草地帯を設ける事例が多くなっています。具体的には、蜂や蝶などの送粉昆虫です。
3つ目は、発電施設の境界部分の緑化です。施設の周囲はフェンスなどで覆われることが多いですが、動物の移動障壁となり、生息に影響を及ぼす可能性が指摘されています。フェンスの代わりに生垣などを植栽することで、動物の移動が可能になります。
国内におけるネイチャーポジティブ型太陽光発電事例
海外では既に活発化しているネイチャーポジティブ型の太陽光発電ですが、国内でも実証事業が始まっています。
2024年6月27日には、東急不動産株式会社、株式会社石勝エクステリア、株式会社リエネが共同で実施する実証事業が、環境省が公募する「令和6年度 ネイチャーポジティブとカーボンニュートラルの同時実現に向けた再生可能エネルギー推進技術等の評価・実証事業」に採択されました[*9]。
同実証事業は、太陽光パネル下部の植生管理を適切に行うことで、植物の蒸散作用を生かしたパネル温度の低下や、施設周辺の自然生態系を豊かにする取り組みの導入拡大を目的としています[*9], (図5)。
図5: 実証事業予定地
出典: 東急不動産株式会社「環境省『令和6年度 ネイチャーポジティブとカーボンニュートラルの同時実現に向けた再生可能エネルギー推進技術等の評価・実証事業』に採択」
https://www.tokyu-land.co.jp/news/uploads/0a4483863aaacf7f1dc66ed6361a068163918604.pdf, p.1
同実証試験は、千葉大学や東京都市大学など専門知見を持つ産学の連携により検証が行われる予定であり、実証結果を通じた将来的な国内での展開が期待されています。
ネイチャーポジティブにつながるバイオ炭生産技術の確立
農地の生産性向上や生物多様性を促進することで、ネイチャーポジティブな取り組みに貢献できるバイオ炭生産技術の研究開発も進んでいます[*10]。
国立研究開発法人産業技術総合研究所は、2024年にバイオ炭の生産性向上と廃熱を回収して発電を行うシステムの設計コンセプトを確立しました[*10], (図6)。
図6: バイオ炭・電気のコプロダクションシステム
出典: 国立研究開発法人 産業技術総合研究所「ネイチャーポジティブな循環型社会を創る! 発電型のバイオ炭生産技術」
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20241031/pr20241031.html
バイオ炭とは、大気中のCO2を長期間固定するネガティブエミッション技術のことです。バイオ炭は、土壌の水分保持能力を向上させ、養分の保持に役立つ構造を持ち、今回開発されたシステムでは、916kgのCO2の長期的な固定が可能です。生産されたバイオ炭を地域の農地等の土壌改良に利用することで、生物多様性を促進することができます。
なお「CO2排出量1tは1世帯における半年間の電力消費量」と言われているため、それに近いCO2の固定が可能と言えます[*11]。
また、従来の設備では、炭化時の廃熱が有効利用されず大気中に排出されているという課題がありました。そこで同システムは、廃熱を活用した発電を実現しています。
今回の研究では、1,093kgの木材から8時間の運転時間でバイオ炭を生産すると仮定した場合、7.4kWhの電力回収が可能と試算されました。これは、100W型のLED電球約90個の同時点灯に相当します。
今後は、更なる高性能化を目指すとともに、実際の森林残滓を使った実証実験を実施し、様々な条件下での性能評価を進めるとしており、今後の実用化が期待されます。
まとめ
再生可能エネルギーには、今回紹介してきたように不適切な設置によって生物多様性に負の影響を及ぼす可能性が指摘されています。一方で、ネイチャーポジティブを意識した導入を行うことで、生物多様性にプラスの影響を与えることも可能です。
脱炭素化と生物多様性の両方を同時に実現するため、近年浸透しつつあるネイチャーポジティブ。再生可能エネルギーを導入する際は、ネイチャーポジティブを意識してみてはいかがでしょうか。
参照・引用を見る
※参考URLはすべて執筆時の情報です
*1
みずほリサーチ&テクノロジーズ株式会社「ネイチャーポジティブ型の太陽光発電の可能性を探る」
https://www.mizuho-rt.co.jp/business/consulting/articles/2024-k0061/index.html
*2
環境省「ネイチャーポジティブ」https://www.env.go.jp/guide/info/ecojin/eye/20240214.html
*3
株式会社野村総合研究所「カーボンニュートラルからネイチャーポジティブへ」https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/knowledge/report/cc/mediaforum/2023/forum360.pdf?la=ja-JP&hash=D8AF51AA45B3D81802D95C06482FB41B4F0B5D74, p.3
*4
環境省「生物多様性国家戦略2023-2030の概要」
https://www.env.go.jp/content/000124382.pdf, p.1
*5
J-GBFネイチャーポジティブ宣言事務局「ネイチャーポジティブとは」https://www.jgbf-npdeclaration.iucn.jp/about
*6
J-GBFネイチャーポジティブ宣言事務局「参加団体一覧」
https://www.jgbf-npdeclaration.iucn.jp/list
*7
環境省 自然環境局 生物多様性主流化室「ネイチャーポジティブ経済移行戦略 参考資料集」
https://www.env.go.jp/content/000213094.pdf, p.27
*8
公益財団法人 山階鳥類研究所「風力発電が鳥類に及ぼす影響」https://www.yamashina.or.jp/hp/yomimono/windpower_and_birds.html
*9
東急不動産株式会社「環境省『令和6年度 ネイチャーポジティブとカーボンニュートラルの同時実現に向けた再生可能エネルギー推進技術等の評価・実証事業』に採択」
https://www.tokyu-land.co.jp/news/uploads/0a4483863aaacf7f1dc66ed6361a068163918604.pdf, p.1
*10
国立研究開発法人 産業技術総合研究所「ネイチャーポジティブな循環型社会を創る! 発電型のバイオ炭生産技術」https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20241031/pr20241031.html
*11
一般社団法人 環境エネルギー事業協会「CO2 1トン・1kg削減はどのくらいかを分かりやすく解説」
https://ene.or.jp/uncategorized/co2-reduction/