自然災害の激甚化によって重要性が高まる電力レジリエンス 災害に強い電力ネットワークをつくる取り組みと法整備

近年、これまでに経験したことのないような豪雨災害や大型台風が頻発しており、被災地では長期間に及ぶ停電が発生しています。

生活や命を脅かす停電被害の拡大を受けて、国内では「電力レジリエンス」に注目が高まっています。
電力レジリエンスとは、災害が発生しても維持できる電力インフラの「強靭さ」を表す言葉です。

電力レジリエンスを高めるために、災害に強い電力ネットワークの構築やリスク分散のためのマイクログリッドの導入が進められています。
マイクログリッドとは、再生可能エネルギーを有効活用してエネルギーを自給自足できる小規模な電力ネットワークのことです。

電力レジリエンス強化のための法整備も進められており、政府も推進に力を入れています。
この記事では、電力レジリエンスが推進される背景と国内の動向について解説します。

 

なぜ電力レジリエンスが求められるのか

レジリエンスとは、日本語で「強靭性」と訳される言葉で、突発的に困難が発生しても強く、しなやかに対応できる力のことです。

電力インフラのレジリエンスに対する議論が高まっているのは、近年の自然災害による停電の大規模化・長期化が背景にあります。

歴史的に見ても日本は地震や台風などの災害が多い国ですが、世界規模で進行する気候変動の影響によって、近年では大規模な洪水や土砂災害が毎年のように発生しています。

特に2010年以降は土砂災害が増加傾向にあり、2018年は過去最多の3,459件を記録しました[*1], (図1)。

図1: 土砂災害の発生件数の推移
出典: 国土交通省 国土交通白書2020「第1節 我が国を取り巻く環境変化」(2020)
https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/r01/hakusho/r02/html/n1115000.html

もともと、日本は世界の中でも停電が極めて少ない国です。
1990年以降は送配電ルートの多様化や最新の発電機の導入などにより、日常生活において停電が発生することはほぼなくなっています[*2]。

しかし、地震や大型台風、豪雨災害が発生すると、電柱や電線の破損、電気設備の浸水、発電機の停止などによって停電が発生します。

2018年に北海道で発生した日本初の全域停電(ブラックアウト)、2019年の台風15号による千葉県内の長期停電は記憶に新しいでしょう。

2019年に発生した台風15号の暴風による停電では、ピーク時は停電世帯が約93万戸、電柱の損壊が約2,000本に達し、千葉県内では停電が長期化しました[*3], (図2)。

図2: これまでの台風被害における停電戸数の推移
出典: 内閣府「大規模災害時における停電対策について」(2019)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/resilience/dai51/siryo2-1.pdf, p.5

台風15号では特に設備の損傷が激しく、復旧作業が難航したため、完全に復旧するまでは16日間という長い時間を要しました[*4]。
これは近年の停電被害の中でも突出しており、既存の送配電網の脆弱性が浮き彫りとなった事例です。

生活に不可欠な電気が使用できない大規模停電は、市民生活に深刻な影響を与えます。さらに長期に及ぶことで体調を崩し、命を脅かすこともあるでしょう。
いつ発生してもおかしくない自然災害のリスクから、電力の安定供給を守るために、電力レジリエンスの強化が求められています。

また、地政学リスクの高まりや国際情勢の変化という観点からも、電力レジリエンス強化が必要です。地政学リスクとは、地理的な位置関係によって懸念される政治的・社会的なリスクのことです。

日本は石油やLNGなどのエネルギー資源に恵まれておらず、エネルギー自給率も他国と比較して低い水準となっています[*5], (図3)。

図3: 主要国の一次エネルギー自給率比較(2017年)
出典: 資源エネルギー庁「2019—日本が抱えているエネルギー問題(前編)」(2019)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/energyissue2019.html

エネルギー資源を他国へ依存している状態では、国際情勢によって燃料の調達ができなくなると、電力の安定供給が難しくなってしまいます。

そのため、エネルギー自給率向上の観点からも、化石燃料からの脱却などの電力レジリエンス強化の取り組みが必要です。

 

電力レジリエンス強化にむけた新制度

電力インフラのレジリエンス強化のために、2020年6月に国会で可決されたのが「エネルギー供給強靭法」です。

「エネルギー供給強靭法」の正式名称は「強靱かつ持続可能な電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律」と言い、以下に示す図4の3つの法律の法改正が含まれています[*6]。

図4: エネルギー供給強靱化法に含まれる法改正
出典: 資源エネルギー庁「『法制度』の観点から考える、電力のレジリエンス ①法改正の狙いと意味」(2020)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/denjihokaisei_01.html

図4のうち電気事業法の改正では、近年の自然災害での被災状況を教訓とし、災害時の連携強化と電力ネットワークの強靭化を二つの軸としています。

また、災害に発生するコストを送配電事業者間で事前に積み立てておき、復旧を資金面からサポートする相互扶助制度も創設します。

再エネ特措法は、再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT制度)を定めた法律で、今回の法改正によって再生可能エネルギー導入の系統整備やFIP制度が導入されます[*7]。

FIP制度とは固定買取ではなく、市場価格に連動して一定のプレミアを交付する買取制度です[*8], (図5)。

図5: FIT制度とFIP制度の違い
出典: 経済産業省 資源エネルギー庁「FIP 制度の開始に向けて」(2022)
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/pdf/039_01_00.pdf, p.2

電力インフラのレジリエンス強化の一環として、再生可能エネルギー主力電源化のための法律が改正されるのには理由があります。

再生可能エネルギーを活用したマイクログリッドは、大規模集中型のエネルギーシステムと比較して災害に強いという特性を持っています。

マイクログリッドとは、大規模発電所に頼ることなく、地域でエネルギーを地産地消できる自立・分散型の小規模電力網です。

マイクログリッドであれば、災害発生時に電力系統から切り離しても、自立してエネルギーの自給自足が可能になります[*9], (図6)。

図6: 大規模集中型エネルギーと自立・分散型エネルギーの比較
出典: 埼玉県「自立分散型エネルギー社会の構築に向けて」
https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/40570/04tokusyu.pdf, p.5

JOGMEC法は、海外で資源開発をおこなう独立行政法人JOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)について定めた法律で、緊急時の燃料調達や安定供給の確保などが主な法改正のポイントです[ *7]。

エネルギー自給率の低い日本において、中東情勢の変化などの地政学リスクを低減することを目的とした法改正です。

 

電力レジリエンス強化の取り組みとマイクログリッドの推進

電力レジリエンス強化に向けた主な取り組みとして、災害時の連携強化、電力ネットワークの強靭化、マイクログリッドの推進が挙げられます。

早期復旧に向けた災害連携強化

過去の災害復旧の教訓や反省をもとに、災害時に送配電事業者や自治体、自衛隊などの連携をスムーズに行うために、「災害時連携計画」が策定されました。

この「災害時連携計画」に盛り込まれているのが、停電時に配備する電源車の一元管理です。

2019年の台風15号被害による長期停電では、電源車の運用体制が整っていなかったことから、配置や接続に時間を要し、対応が遅れたことが報告されています[*10]。

浮き彫りとなった課題を解消するために、被害状況や復旧情報の迅速な情報共有、電源車の最適配置などを可能にする電源車の一元管理システムを開発します[*11], (図7)。

図7: 電源車の一元管理システム
出典: 経済産業省 資源エネルギー庁「始まった、電力レジリエンスのための新制度~停電の長期化を防ぐために」(2020)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/electric_resilience.html

このシステムでは、GPSによって電源車の位置情報や稼働情報を取得し、電源車による復旧迅速化を目指します。

電源車に必要なガソリンや軽油の調達に関しても、各電力会社において各地域の石油販売業者または小売販売店と優先供給に向けた協定が進められています[*12]。

また電源車の一元管理以外にも、復旧方式の統一や手順の整備、共同訓練などによって災害復旧に対する連携を強化していきます。

 

既存の送配電網の強靱化

既存の送配電網を強化するために、停電発生や電力供給不足の際にエリア間で電力融通が可能な地域間連系線の増強が計画されています[*13], (図8)。

図8: 地域間連系線の増強計画
出典: 経済産業省 資源エネルギー庁「再エネの大量導入に向けて ~『系統制約』問題と対策」(2017)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/tokushu/saiene/keitouseiyaku.html

地震によって発電所が停止すると、エリア内の需給バランスが崩れ、ブラックアウトを引き起こしてしまいます。

2018年の北海道胆振東部地震に伴うブラックアウトの再発防止においても、北海道と本州を結ぶ北本連系線の増強が課題となっています。

送配電網を強化することは、災害時の停電リスク軽減だけでなく、再生可能エネルギーの導入も促進します。

風力発電や太陽光発電のポテンシャルが高いエリアで発電した電気を、遠方のエリアへ融通しやすくなるためです。

さらに、地域間連系線の強化だけでなく、鉄塔や電柱の基準見直しや、無電柱化の推進も議論されています。

 

分散型電源・マイクログリッドの導入拡大

2019年の台風15号・19号の被害では、災害復旧が困難な山間部などで停電復旧までに時間を要しました。

このような課題を踏まえて、災害に強い独立系統であるマイクログリッド導入の必要性が高まっています。

マイクログリッドは平常時は主要系統とつながり再生可能エネルギーを有効活用しつつ、災害時は独立系統として自立して運転することが可能です[*14], (図9)。

図9: 地域マイクログリッドのシステムモデル例
出典: 経済産業省 資源エネルギー庁「地域マイクログリッド構築のてびき」(2021)
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/energy_resource/pdf/015_s01_00.pdf, p.12

システムモデルは都市部や郊外、半島部、山間部、離島などによって分類され、その地域の特性から災害復旧のしやすさを考慮して構築されます。

マイクログリッドは災害時のレジリエンス向上だけではなく、まちづくりと一体化して進められることで地域活性化にもつながります。

 

まとめ

激甚化する自然災害に適応していくためには、災害が発生しても安定的な電力供給を可能とする電力インフラのレジリエンス強化が急務です。

電力レジリエンス向上のための法整備も進められ、過去の災害を教訓として、復旧手順の見直しや送配電網の増強が進められています。

既存の電力ネットワークを強靱化していくことに加え、再生可能エネルギーを軸としたマイクログリッドを推進していくことも重要です。

エネルギー自給率向上にも貢献する再生可能エネルギーの主力電源化を進めることが、長期的に見た電力レジリエンス向上につながるでしょう。

 

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参照・引用を見る

*1
国土交通省 国土交通白書2020「第1節 我が国を取り巻く環境変化」(2020)
https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/r01/hakusho/r02/html/n1115000.html

*2
電気事業連合会「停電の少ない良質で安定した電気」
https://www.fepc.or.jp/enterprise/supply/antei/index.html

*3
内閣府「大規模災害時における停電対策について」(2019)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/resilience/dai51/siryo2-1.pdf, p.5

*4
国土交通省「台風15号に伴う停電復旧対応の振り返り」(2020)
https://wwwtb.mlit.go.jp/kanto/content/000167401.pdf, p.5

*5
経済産業省 資源エネルギー庁「2019—日本が抱えているエネルギー問題(前編)」(2019)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/energyissue2019.html

*6
資源エネルギー庁「『法制度』の観点から考える、電力のレジリエンス ①法改正の狙いと意味」(2020)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/denjihokaisei_01.html

*7
経済産業省 「エネルギー供給強靭化法案について」(2020)
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/hoan_shohi/denryoku_anzen/pdf/022_02_00.pdf, p.1

*8
経済産業省 資源エネルギー庁「FIP 制度の開始に向けて」(2022)
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/saisei_kano/pdf/039_01_00.pdf, p.2

*9
埼玉県「自立分散型エネルギー社会の構築に向けて」
https://www.pref.saitama.lg.jp/documents/40570/04tokusyu.pdf, p.5

*10
国土交通省「台風15号に伴う停電復旧対応の振り返り」(2020)
https://wwwtb.mlit.go.jp/kanto/content/000167401.pdf, p.10

*11
経済産業省 資源エネルギー庁「始まった、電力レジリエンスのための新制度~停電の長期化を防ぐために」(2020)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/electric_resilience.html

*12
電気事業連合会「電力システム強靭化へ取りまとめ案環境変化を踏まえ具体策提示」(2020)
https://www.fepc.or.jp/enelog/focus/vol_40.html

*13
経済産業省 資源エネルギー庁「再エネの大量導入に向けて ~『系統制約』問題と対策」(2017)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/tokushu/saiene/keitouseiyaku.html

*14
経済産業省 資源エネルギー庁「地域マイクログリッド構築のてびき」(2021)
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/energy_resource/pdf/015_s01_00.pdf, p.12

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