環境問題や貧困格差など社会課題解決のためには、行政のみならず企業による取り組みも求められています。現在、社会課題の解決に取り組む企業も増えていますが、企業が投資家などから資金調達を行う際、リターンを求める投資家からの利益追求へのプレッシャーによって、社会課題の解決という当初の目的が果たせなくなってしまう危険性があります。
そこで近年、ESG投資やその手法の一つとしてインパクト投資が増加しています。それは、投資家へのリターンだけではなく、社会課題の解決などを投資判断の基準とした投資です。
それでは、ESG投資、インパクト投資とはどのようなものなのでしょうか。また、新たな資金調達法として注目を集めているインパクトIPO、ソーシャルIPOは、一体どのような資金調達法なのでしょうか。詳しくご説明します。
ESG投資とは
ESG投資とは、財務情報のみならず、環境(Environment)、社会(Social)、企業統治(Governance)に対しても配慮している企業を重視・選別して行う投資方法です[*1], (図1)。
図1: ESG投資とは
出典: 大和証券株式会社「ESG投資とは?」
https://www.daiwa.jp/products/fund/201802_ev/esg.html
近年、欧州や北米を中心に浸透しており、2016年には、世界全体の投資額の約4分の1(26.3%)をESG投資が占めています。また、日本においても、2015年に年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)が投資にESGの視点を組み入れることなどを原則に掲げる国連責任投資原則(PRI)へ署名したことを受けて広がってきています[*1, *2], (図2)。
図2: 世界各地域のESG投資残高推移
出典: 大和証券株式会社「ESG投資とは?」
https://www.daiwa.jp/products/fund/201802_ev/esg.html
ESG投資の延長としてのインパクト投資
環境等に配慮した経営に投資するESG投資は国内外で広がっていますが、その手法の一つとして、「インパクト投資」と呼ばれる投資方法も浸透してきています[*3]。
インパクト投資とは、財務的リターン(収益)と並行して、ポジティブで測定可能な環境的・社会的インパクト(効果)の創出を同時に実現することを意図する投資です。2020年の投資額は、世界で7,150億ドル、日本で5,126億円に達しました[*3], (図3)。
図3: 世界全体のインパクト投資残高推移(10億ドル)
出典: 一般財団法人 社会変革推進財団「『インパクト投資』-その意義と推進-」
https://www.fsa.go.jp/singi/sustainable_finance/siryou/20210325/02.pdf, p.6
ESG投資とインパクト投資には重なる部分があり、全くの別物というわけではありませんが、ESG投資は、環境・社会・企業統治の要素を念頭においた長期的な企業価値の最大化と、リターンを得ることを重視するのに対して、インパクト投資は、特定の社会課題解決を目的とするという明確な意図を持った事業に対する投資であり、社会的・環境的なインパクトを起こすことをより重視しています。その課題解決度は、インパクト評価(事業によって社会にもたらした変化を測定する手法)で可視化したうえで行われます。
新しい資金調達法として注目を集める「インパクトIPO」
インパクト投資には、マイクロファイナンス(小規模企業家等に対して小口の融資などの金融サービスを提供すること)やコミュニティ投資(低所得者層向け住宅投資のような、地域社会開発を目的としたコミュニティに根ざした活動に対する投資)など様々な種類の投資方法がありますが、その内の一つとして近年「インパクトIPO(新規株式公開)」が注目を集めています[*3, *4]。
インパクトIPOとは、新生企業投資と社会変革推進財団が共同運営する「はたらくFUND」が定義した言葉で、ポジティブなインパクトの創出を意図している企業がIMM(Impact Measurement & Management:インパクトの測定およびそのマネジメント)を適切に実施していることを示しながらIPOを実現し、持続的な企業価値向上を目指すものです。
社会課題をビジネスで解決する企業の新規上場が増えている中、上場後の事業成長の維持や、株主からの短期的な利益目線のプレッシャーなど、企業側が抱える悩みは多くあります。
一方で、投資家側も投資判断の材料不足やインパクトへの理解度に差があることなど課題がありました。
こうした状況を踏まえて、インパクトの追求とIMMを継続的に実施できるよう、当該企業を取り巻くステークホルダーに対してインパクトおよびIMMの状況を説明し、インパクト志向の資金提供者からの資金調達を目指すのがインパクトIPOです[*5]。
インパクトIPOの事例
現在、海外では社会課題の解決に積極的な企業による上場が進んでいます。例えば、アメリカにあるVital Farmsは、「倫理的に生産された食べ物を食卓に届ける」というミッションを掲げ、持続可能な農業と家畜の人道的な扱いを支援することをインパクトとして、2020年に米NASDAQ市場に上場しています[*6]。
主な事業としては、平飼いで鶏卵を生産する250以上もの小規模農家と連携し、ホールフーズなど18,000店舗の小売店への卸販売や自社サイトでのオンライン販売を行っており、卵の小売金額では全米第2位のブランドとなっています[*6], (図4)。
図4: Vital Farms のビジネスモデル
出典: GSG 国内諮問委員会「インパクト企業の上場コンセプトペーパー」
https://www.siif.or.jp/wp-content/uploads/2022/07/concept-paper_final.pdf, p.5
アメリカで生産される卵の90%はケージで飼われた鶏のものであり、一羽当たり約0.42平方フィートしか与えられない狭い室内環境での飼育が一般的です。一方で、放牧・平飼いで育てられた鶏は健康的な食生活を送ることができ、品質の高い卵を産むことができるとされます。Vital Farmsは、独自に定義した倫理的な生産方法を生産者に守ってもらうことで品質を保ちながら、社会的なインパクトの創出を目指しています[*6], (表1)。
表1: Vital Farmsによる倫理的な生産方法のフレームワーク出典: GSG 国内諮問委員会「インパクト企業の上場コンセプトペーパー」
https://www.siif.or.jp/wp-content/uploads/2022/07/concept-paper_final.pdf, p.6
インパクト評価として「連携農家数」と「1羽あたりの面積」といった指標を提示することで、投資家が投資判断を行いやすいようにしています[*6], (表2)。
表2: 可視化したインパクト評価出典: GSG 国内諮問委員会「インパクト企業の上場コンセプトペーパー」
https://www.siif.or.jp/wp-content/uploads/2022/07/concept-paper_final.pdf, p.6
また、2017年にはデラウェア州でPBC(Public Benefit Corporation:企業形態の一つ。株式会社と異なり、株主価値の最大化ではなく、社会への利益・恩恵が及ぶような経営を掲げる形態)として登録し、事業の目的と、社会やステークホルダーに対するコミットメントを明確に示す情報発信を行っています。
ソーシャルIPOとは
インパクトIPOと同様に社会的なインパクトを重視した資金調達法として、「ソーシャルIPO」と呼ばれる手法も近年国内で注目を集めています。ソーシャルIPOとは、中高生向けのIT教育事業を実施するライフイズテックによる造語です。国内市場での上場を想定し、収益性だけでなく、事業がもたらす社会的なインパクトを示し、株主が納得できる形で社会的インパクトを計測する点が特徴です[*7]。
同社はサービスを受講した2万8000人以上の中高生の一部を対象に調査を実施し、進路の変更、アプリのリリース、起業など、受講生の人生と社会に与えた影響を計測し、独自の指標化を進めています。ソーシャルIPOではこれまで可視化されていなかった社会的な影響にも焦点を当てています。
ソーシャルIPOによる上場を目指す企業
ソーシャルIPOによって資金調達を目指す企業には、例えば、ITを使って保育施設で働く保育士の業務効率化を支援するユニファ株式会社があります[*8]。
2013年の設立以来、第一生命ホールディングスなどから累計88億円を調達したユニファは、2021年時点で、幼児の睡眠や体温を管理するシステムを累計13,000件以上導入しています。書類業務を簡略化することで、業務時間を65%、月100時間削減できるとしており、その分子供と接する時間に充てることができるため、同サービスは保育士の仕事へのモチベーション向上にもつながるとされています。
また、アメリカや欧州では既に、「Bコープ」の認証を受けた企業の中で、ソーシャルIPOを果たした企業が登場しています。Bコープとは、アメリカの非営利団体Bラボによる認証で、企業が公益を重視しているかなど300近い項目について審査を経た上で受けることができる認証です。
世界でBコープの認証を受けた企業4,500社以上のうち、上場した企業はまだ40社強だけであるのが現状ですが、オンライン教育や、再エネ供給事業、食品メーカーなどソーシャルIPOを行う企業は海外で着実に増えています。
インパクト投資がエネルギー分野に与える影響
株主の利益優先ではなく、環境問題など社会的課題の解決や、社会への影響を指標にして行われるインパクト投資は、エネルギー分野における課題の解決に向けた資金調達の手段としても広く活用されています。実際に、世界におけるインパクト投資による投資先を見ると、エネルギー分野は運用資産総額のうち約16%を占めています[*3], (図5)。
図5: インパクト投資の投資先分野(2020年)
出典: 一般財団法人 社会変革推進財団「『インパクト投資』-その意義と推進-」
https://www.fsa.go.jp/singi/sustainable_finance/siryou/20210325/02.pdf, p.8
例えば、国内企業では、住宅用太陽光発電システムの第三者所有サービス「シェアでんき」の提供を行う株式会社シェアリングエネルギーが、第一生命保険株式会社から1億円のインパクト投資を受けました[*9]。
「シェアでんき」は、同社が太陽光発電設備の所有権を持ち、住宅へ設置後、住宅居住者に発電電力を提供するサービスです。居住者は初期費用・維持費無料で太陽光発電システムが利用できるため、再エネが導入しやすくなるというメリットがあり、CO2排出量の削減につながるとされています。
GSG国内諮問委員会によれば、インパクト投資取り組み機関による今後の投資計画を見ると、「増やしたい」という回答の割合は「再生可能エネルギー」(81%)が最も多く、次いで「気候変動への適応と緩和」(78%)という結果になりました。今後もインパクト投資によって、エネルギー分野への研究開発・事業が進展することが期待されます[*10]。
インパクト投資の今後の展望
GSG国内諮問委員会の調査によると、国内のインパクト投資市場のポテンシャルは最大5兆3,300億円あるとされ、更なる可能性を秘めています[*10]。
再エネの更なる普及にも貢献しうるインパクト投資ですが、一方で、課題も山積しています。例えば、インパクトIPOやソーシャルIPOによる上場となると、機関投資家のみならず個人投資家からの理解も重要となりますが、2021年の一般消費者のインパクト投資認知度は6.6%と一割にも満たない状況です。
また、インパクト測定・マネジメントの方法が体系化されていないことや、投資先候補の企業、商品の情報が不十分であること、インパクト投資対象となる企業が少ないことなど、国内においてはまだまだ市場が成熟していないという課題があります。
今後は、インパクト投資の測定方法の体系化や、企業と投資家との円滑なコミュニケーションなど、より多くの投資を促す仕組みづくりが発展のカギとなるでしょう。
参照・引用を見る
*1
大和証券株式会社「ESG投資とは?」
https://www.daiwa.jp/products/fund/201802_ev/esg.html
*2
一般財団法人 社会変革推進財団「『インパクト投資』-その意義と推進-」(2021)
https://www.fsa.go.jp/singi/sustainable_finance/siryou/20210325/02.pdf, p.2, p.3, p.4, p.5, p.6, p.8, p.23
*3
株式会社三菱総合研究所「課題解決のための新たな資金調達『インパクトIPO』」
https://www.mri.co.jp/knowledge/mreview/202208-2.html
*4
一般財団法人 社会変革推進財団「インパクト企業の新規上場/インパクト上場企業の調査・研究・推進」
https://www.siif.or.jp/case_study/impact_ipo/
*5
GSG 国内諮問委員会「インパクト企業の上場コンセプトペーパー」(2022)
https://www.siif.or.jp/wp-content/uploads/2022/07/concept-paper_final.pdf, p.4, p.5, p.6, p.7, p.9
*6
Forbes JAPAN「僕らが新しい上場『ソーシャルIPO』を目指す理由」
https://forbesjapan.com/articles/detail/22458
*7
日本経済新聞「目指すはソーシャルIPO 起業家たちの挑戦」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOKC242H50U2A120C2000000/?unlock=1