畜産とは、牛や豚、鶏などの家畜を飼育することによってそれらの肉や卵、皮革を生産する産業のことです。
主な家畜としては、飲用牛乳やバター、チーズ、ヨーグルトなどの乳製品を生産する乳用牛、肉用の牛や豚、鶏が挙げられます[*1]。
人々の食生活を支えている畜産ですが、家畜を飼育する過程や家畜のふん尿などの影響により温室効果ガスが大量に排出されていることが課題となっています。そこで現在、畜産現場では太陽光発電の導入やふん尿をバイオマス資源として活用するなど再生可能エネルギーの積極的な導入が進んでいます。
それでは、具体的に畜産現場ではどのように再生可能エネルギーが活用されているのでしょうか。詳しくご説明します。
国内外における畜産の現状
世界全体における食肉需要の現状
人口増加や開発途上国等の経済発展に伴う食生活の変化により、世界全体の食肉需要は増加しています。1995年には豚肉7,800万トン、牛肉5,600万トン、家きん肉(鶏肉)5,600万トンであった食肉需要が、2024年には豚肉12,800万トン、牛肉7,500万トン、家きん肉13,300万トンになると予測されるなど、更なる増加が見込まれています[*2], (図1)。
図1: 世界全体の食肉需要の推移
出典: 農林水産省「(1)世界の食料の需給動向と我が国の農産物貿易 イ 食料需給をめぐる今後の見通し」
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/h27/h27_h/trend/part1/chap1/c1_2_01_2.html
食肉需要の中でも特に家きん肉の需要が伸びています。手ごろな価格、健康的なイメージ、宗教的問題の少なさ等の理由から、特に開発途上国における家きん肉需要が急増しています[*2], (図2)。
図2: 先進国と開発途上国の食肉需要の推移と見通し
出典: 農林水産省「(1)世界の食料の需給動向と我が国の農産物貿易 イ 食料需給をめぐる今後の見通し」
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/h27/h27_h/trend/part1/chap1/c1_2_01_2.html
国内における畜産需給の動向
国内における畜産業の産出額も増加しています。2011年における畜産産出額は2兆5,509億円でしたが、2021年の産出額は3兆4,048億円と、10年間で約33%増加しています[*1], (図3)。
図3: 国内の農業産出額に占める畜産の産出額
出典: 農林水産省「畜産・酪農に関する基本的な事項」
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/kikaku/lin/attach/pdf/index-26.pdf, p.1
また、世界全体の畜産物需要の高まりから、2012年から2020年にかけて輸出金額も一貫して増加しており、食肉の中では特に、牛肉輸出量が大きく成長しています[*3], (図4)。
図4: 日本産畜産物の輸出実績
出典: 農林水産省 畜産局「畜産・酪農をめぐる情勢」
https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/tikusan/attach/pdf/211224siryo-3.pdf, p.56
畜産業と地球温暖化の関係
地球温暖化によって打撃を受ける畜産業
人々の食生活を支えている畜産ですが、地球温暖化による悪影響も懸念されています。実際、厳しい暑さによってニワトリが弱り、産む卵の数が減るなどの影響が報告されています[*4]。
例えば、茨城県常陸大宮市の「石黒たまご園」は、暑さ対策として栄養価の高いエサを与え体力をつけさせるなどの工夫をしていますが、暑さが本格化する前と比べると産む卵の数が2割から3割、卵の重さも2グラムから3グラムほど減り、小ぶりのサイズが多くなったと報告されています。
また、茨城県以外の地域でも同様の事例が発生しており、福岡県築上町の養鶏場では、暑さが続き食欲がなくなったニワトリがエサを食べなくなり、産む卵の数が10日で9つから8つに減ったり、サイズが小さくなったりするなど生産量にも影響が出ているといいます[*5]。
養鶏だけでなく、養豚でも同様の問題が発生しています。国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構の研究から、気温の上昇によって肥育豚の飼料摂取量が減少し、1日当たりの体重増加量も減少することが分かっています[*6], (図5)。
図5: 環境温度と増加体重、飼料摂取量の関係
出典: 国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構「地球温暖化による気温上昇が我が国の肥育豚の飼養成績に及ぼす影響予測」
https://www.naro.go.jp/project/results/laboratory/nilgs/2007/nilgs07-26.html
畜産業による地球温暖化への影響
一方で、畜産由来の温室効果ガスの排出も問題になっています。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告では、農業活動自体からの温室効果ガス排出量は全体の約10~12%程度、年間54億トン相当のCO2が排出されると推定されていますが、そのうちの66%が畜産由来であるため、増大する世界人口を賄う食肉供給を維持・拡大しつつも環境負荷を限りなくゼロにすることが求められています[*7], (図6)。
図6: 世界の農業部門の温室効果ガス排出において畜産が占める割合
出典: 独立行政法人 農畜産業振興機構「持続可能な畜産経営に向けて~環境負荷の軽減および技術開発により地球にやさしい経営を推進~」
https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001949.html
畜産における温室効果ガス排出の一番の要因が、年間約21億トン排出されていると推計される牛や羊など反すう家畜の腸内発酵によるメタン排出です。次いで多いのが、家畜の排せつ物やその管理の際に発生する温室効果ガス排出量であり、約14億トンとされています。
国内においても、畜産の温室効果ガス排出は無視できないほど大きいものとなっています。
農業部門における2019年のCO2排出量は4,747万トンとされており、その半分程度が家畜生産関連であると推定されています。
精肉1キロ当たりのCO2排出量は、牛肉(国内で育てられた黒毛和牛)が23.1キロ、豚肉が7.8キロ、鶏肉が豚肉の半分程度排出すると試算されており、環境へ大きな負荷がかかっています[*8]。
世界的な環境負荷低減および食肉等を人々にこれからも提供していくためにも、畜産業における環境対策が求められています。
畜産業界における地球温暖化対策
直接的な原因である排せつ物の温室効果ガス排出抑制に向けて、尿由来の窒素を減らすための飼料の改良や、一酸化二窒素を抑制した汚水浄化処理方法の導入など、畜産業界では既に様々な対策が行われています[*7]。
一方、近年は、排せつ物からの温室効果ガス排出を抑える取り組みのみならず、厩舎の屋根や農場の遊休スペースを活用した太陽光発電や、ふん尿などのバイオマス資源を活用したバイオガス発電など、再生可能エネルギーを導入する動きも活発化しています。
畜産事業者による太陽光発電の導入
例えば、環境システム機器などの事業を展開する加茂川啓明電機株式会社は、2017年に株式会社横浜ファームと連携して鶏舎の屋根に太陽光発電システムを設置しました[*9]。
鶏舎では羽毛やホコリがパネルに付着して発電量が低下することが懸念されていましたが、導入した太陽光発電システムでは汚れが付着しにくい特別な形状のパネルを使用したことにより、発電効率を落とすことなく稼働しています。
また、遊休地等を有効活用し、売電収益によって養鶏業の拡大を進めつつ、事業の省エネ化・省コスト化を実現している養鶏業者もいます。青森県南部と岩手県北部に6か所の養鶏場を所有する株式会社青森ポートリーは、2011年から太陽光発電事業に取り組んでおり、農場の電力を賄うとともに、多く生産した電気については東北電力株式会社へ売電しています[*10]。
株式会社青森ポートリーの所有する八木農場では、150kW相当の太陽光発電施設を稼働させており、年間約260万円のコスト減を達成しています。
さらに、太陽光を農業生産と発電とで共有する取り組みである「営農型太陽光発電(ソーラーシェアリング)」が畜産業界においても普及しつつあります。
宮城県・岩手県エリアで太陽光発電システムの設計・施工を手掛ける株式会社パートナーズは、2020年、営農型太陽光発電として「気仙沼猪の鼻発電所」を竣工しました[*11]。株式会社パートナーズは太陽光発電を行い、ソーラーパネルが設置された土地の地権者は、肥育する牛の飼料として同地で牧草を栽培しています。
このように、鶏舎などの施設や飼料用牧草地などで太陽光発電を導入する動きが畜産業界で広がっています。
畜産事業者によるバイオマス資源の活用
太陽光発電だけでなく、飼育の際に発生するふん尿などバイオマス資源を活用した取り組みも加速しています。
例えば、酪農が盛んな北海道上士幌町は、今後も増頭する牛のふん尿をどう適切に処理するかという課題に対応するため、バイオガス発電を推進しています[*12]。
バイオガス発電とは、家畜のふん尿を発酵させて生成したバイオガスを利用して電気を生み出す仕組みのことであり、上士幌町は町内の畜産農家からふん尿を受け入れ、バイオガス発電の原料として活用しています[*12], (図7)。
図7: 上士幌町のバイオガス発電装置
出典: 株式会社生涯活躍のまちかみしほろ「【上士幌町】牛の糞尿がエネルギーに生まれ変わる!~畜産バイオマスを活用した資源循環・エネルギー地産地消のまちづくり~」
https://kamishihoro-horology.com/pr/682/
生み出された電気は契約している畜産農家だけでなく、町内の公共施設や農協施設、一般家庭等にも供給されています。このように、畜産から発生するバイオマス資源を活用することによって、CO2を排出しない再生可能エネルギーの供給を実現しています。
畜産業界における再生可能エネルギーの更なる普及に向けて
畜産業界に広まりつつある太陽光やバイオマスなどの再生可能エネルギー。畜産業界の更なる成長に向けては、環境負荷低減を両立するため再生可能エネルギーの導入をさらに進めていく必要がありますが、一方で課題も山積しています。
先に挙げたように、太陽光発電で作った電気を自家消費する多くは「屋根設置型」です。しかし、畜舎はもともとの構造や老朽化による強度不足で屋根設置が難しいケースがあります。また、畜舎周辺の空き地に野立ての太陽光発電を設置する場合には、家畜がストレスなく動き回れるよう通常よりも太陽光パネルの位置をかさ上げするなど、アニマルウェルフェア(動物福祉)に配慮することが求められます[*13]。
また、バイオガス発電のような再生可能エネルギー普及には、事業性の観点から、原料となるふん尿の安定的な確保が重要になります。小規模農家では単独で安定的な原料確保が難しいため、同じ地域内で複数の農家によるプラントの共同利用が有効です[*14]。
プラントを共同利用する場合には、原料の供給だけでなく、質の均一化も求められます。飼料や飼育方法によって同じふん尿でも水分含有量や形状などが異なるため、農家同士が連携して取り組むことが不可欠です。
参照・引用を見る
*1
農林水産省「畜産・酪農に関する基本的な事項」
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/kikaku/lin/attach/pdf/index-26.pdf, p.1, p.3, p.4, p.5, p6
*2
農林水産省「(1)世界の食料の需給動向と我が国の農産物貿易 イ 食料需給をめぐる今後の見通し」
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/h27/h27_h/trend/part1/chap1/c1_2_01_2.html
*3
農林水産省 畜産局「畜産・酪農をめぐる情勢」
https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/tikusan/attach/pdf/211224siryo-3.pdf, p.56
*4
NHK「暑さでニワトリ弱り産卵数減 飼料も高騰で養鶏場は“二重苦”」
https://www3.nhk.or.jp/shutoken-news/20220816/1000083725.html
*5
株式会社RKB毎日ホールディングス「暑さに弱くニワトリが死ぬことも~エサ代高騰と猛暑で養鶏場が『Wパンチ』」
https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/84703
*6
国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構「地球温暖化による気温上昇が我が国の肥育豚の飼養成績に及ぼす影響予測」
https://www.naro.go.jp/project/results/laboratory/nilgs/2007/nilgs07-26.html
*7
独立行政法人 農畜産業振興機構「持続可能な畜産経営に向けて~環境負荷の軽減および技術開発により地球にやさしい経営を推進~」
https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001949.html
*8
株式会社中日新聞社「バカにできない?肉の生産で出る温室効果ガス」
https://www.tokyo-np.co.jp/article/45380
*9
株式会社鶏鳴新聞社「鶏舎屋根に太陽光発電を設置 養鶏業界の課題解決に取り組む 加茂川啓明電機が提案」
http://keimei.ne.jp/article/20171125p1.html
*10
農林水産省「太陽光発電設備導入で養鶏業の発展を目指す」
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/renewable/energy/attach/pdf/zirei-5.pdf
*11
株式会社 日経BP「気仙沼市で牧草ソーラーシェア、地権者が畜産に活用」
https://project.nikkeibp.co.jp/ms/atcl/19/news/00001/00906/?ST=msb
*12
株式会社生涯活躍のまちかみしほろ「【上士幌町】牛の糞尿がエネルギーに生まれ変わる!~畜産バイオマスを活用した資源循環・エネルギー地産地消のまちづくり~」
https://kamishihoro-horology.com/pr/682/
*13
株式会社日本ビジネス出版「『農業・畜産と太陽光の共存』がもたらす地域活性化 その事業モデルとは?」
https://www.kankyo-business.jp/column/021531.php
*14
農林中金総合研究所「再生可能エネルギーによる農業経営の多角化」
https://www.nochuri.co.jp/report/pdf/n1710re2.pdf, p.34, p.35