2050年のカーボンニュートラル達成に向けて、必要不可欠な次世代エネルギーとされる水素・アンモニア。国のエネルギー基本計画でも、2030年の電源構成に初めて位置づけられるなど、近年注目されています[*1]。
また、ロシアによるウクライナ侵略をきっかけに一変した世界のエネルギー情勢のなかでは、国内のエネルギーの安定供給のためにも、水素やアンモニアの活用が求められています。
そこで、政府は2022年12月に開かれた審議会で、水素やアンモニアの導入拡大に向けた支援制度の素案を示しました[*2]。
具体的にどのような支援策が検討されているのでしょうか。また、新たな支援制度が導入されると、市場にどのような影響がもたらされるのでしょうか。詳しくご説明します。
次世代エネルギーとして注目を集める水素・アンモニア
水素が注目を集める背景
2017年12月に、国家戦略として初めて「水素基本戦略」が打ち出されて以来、水素は大きな注目を集めています。その理由は、酸素と結び付けることで発電したり、燃焼させて熱エネルギーとして利用したりできる一方で、利用時にCO2を排出せず、脱炭素の推進に役立つためです[*3], (図1)。
図1: 水素エネルギー利活用の3つの視点
出典: 資源エネルギー庁「『水素エネルギー』は何がどのようにすごいのか?」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suiso.html
水素は電気を使って水から取り出すことができるほか、化石燃料や下水汚泥、廃プラスチックなど様々な資源から作ることができます。現在90%以上の一次エネルギーを海外から輸入する日本にとっては、調達先の多様化につながるため、エネルギー安全保障の面からも期待されています。
また、水素は燃料電池自動車や家庭用燃料電池「エネファーム」など日常生活の様々な場面で活用できるほか、水素を燃料とした水素発電を行うことも可能です[*3, *4], (図2)。
図2: 水素を燃料とした発電の種類
出典: 資源エネルギー庁 燃料電池推進室「水素発電について」
https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy/suiso_nenryodenchi/suiso_nenryodenchi_wg/pdf/004_02_00.pdf, p.2
水素は、化石燃料を使って作る場合にはCO2が排出されますが、海外で既に実用化されているCCS技術(Carbon dioxide Capture and Storage。CO2をほかの気体から分離して集め、地中深くに貯留する技術)などと組み合わせることで、CO2の排出量を抑えることができます[*3]。
アンモニアが注目を集める背景
肥料の原料として使用されることが多いアンモニアも、燃料電池や火力発電の燃料など、エネルギー分野での活用が期待されている次世代エネルギーです[*5],(図3)。
図3: アンモニアの新たな用途
出典: 資源エネルギー庁「アンモニアが“燃料”になる?!(前編)~身近だけど実は知らないアンモニアの利用先」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ammonia_01.html
例えば、通常火力発電は、燃料として石炭や天然ガスなど化石燃料を使用するため、燃焼時にCO2が発生します。しかしながら、石炭火力発電のボイラーにアンモニアを混ぜて燃焼させる混焼や、アンモニアだけを燃焼させる専焼を行うことによって、CO2排出量を削減することができます[*6]。
国内の大手電力会社が保有する全ての石炭火力発電所でアンモニア専焼に転換した場合、電力部門での排出量の半分に当たる約2億トンのCO2削減が見込まれています。
また、アンモニアは、大量輸送が難しい水素の「キャリア」、すなわち輸送媒体として役立つ可能性があります。現在、水素からアンモニアの形に変換して輸送し、利用する場所で水素に戻すという手法が研究されており、早期の実用化が期待されています[*5]。
水素・アンモニア導入の現状と課題
水素大量輸送に向けた実証研究
輸送が難しい大量の水素を長距離輸送する技術実証が行われています[*7]。
例えば、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が推進する「褐炭水素プロジェクト」では、低品質な石炭である「褐炭」を利用して、褐炭ガス化することで水素を製造し、液化水素船で国内に運ぶサプライチェーン構築事業が行われています。
また、技術研究組合「次世代水素エネルギーチェーン技術研究組合(AHEAD)」が推進する「有機ケミカルハイドライド法による未利用エネルギー由来水素サプライチェーン実証実験」では、東南アジアのボルネオ島北部に位置するブルネイにおいて、水素をトルエンと呼ばれる物質と化学反応を起こさせて液体にしたうえで輸送し、国内で再び水素に戻す実証実験を行っています。
一方国内では、水素供給体制の構築に向けて、水素ステーションの普及・整備支援が行われています。例えば、東京ガス株式会社は2020年1月に、燃料電池バスへの水素充填が可能な「東京ガス豊洲水素ステーション」を開所しました。このステーションでは、東京都が100台以上の普及を目指している燃料電池バスへの水素供給が見込まれるなど、需要に対応した供給体制の整備が行われています。
アンモニアについても、国内最大の火力発電会社であるJERAが石炭火力発電所において混焼・専焼を実用化させるための実証事業を行うとともに、東北大学や産業技術総合研究所などが、アンモニアを直接燃焼させてガスタービン発電に使う方法の技術開発を行っています[*6]。
また、京都大学や株式会社IHIなどによって、「固体酸化物形燃料電池(SOFC)」と呼ばれる燃料電池で利用される水素を燃料アンモニアに置き換える研究開発が行われるなど、実用化に向けた様々な取り組みがあります。
導入拡大に向けた課題
様々な取り組みが進む水素・アンモニアですが、実現に向けて課題も山積しています。例えば、水素・アンモニアの現在の供給コストは既存燃料と比較して高いため、商用化に向けては、サプライチェーンの大規模化や技術革新を通じたコスト低減が求められています[*1]。
現在の水素供給コストは100円/Nm3ですが、化石燃料と比較して大きな価格差があります。そこで政府は、2050年までに技術革新等により化石燃料と同等程度の20円/Nm3以下まで引き下げることを目指しています。同様に、アンモニアについても既存燃料と比較して供給コストが高いため、2030年までに10円台後半/Nm3-H2の達成を目指すとしています[*8]。
また、サプライチェーンを立ち上げるためには、初期投資から将来に渡る多額の運営費や、大規模に安定調達を行う需要家が不可欠です。そこで政府は、初期のサプライチェーン構築にかかる支援や販売先となる需要の創出に取り組むとしています。
水素・アンモニア導入拡大に向けた支援制度
2022年12月に開かれた審議会において政府は、水素やアンモニアの導入拡大に向けた支援制度の素案を公表しました[*2]。
商用サプライチェーン支援制度
支援策は2つの柱から成り立っています。一つ目は、事業者が供給する水素に対し、基準価格と参照価格の差額(の一部または全部)を一定期間支援するという内容です[*1], (図4)。
図4: 支援制度イメージ
出典; 資源エネルギー庁「水素政策小委員会/アンモニア等脱炭素燃料政策小委員会 合同会議 中間整理(案)の概要」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/suiso_seisaku/pdf/007_03_00.pdf, p.2
基準価格とは、事業継続に要するコストを合理的に回収でき、かつ適正な収益を得ることが期待される価格のことです。参照価格とは、既存燃料の市場価格のことで、水素の場合は既存のLNG価格、アンモニアの場合は石炭価格です。また、支援期間については、15年(必要に応じて20年)としています。
支援方法として、(1)供給者を直接支援する方法と、(2)需要家の購入費を支援することで間接的に供給者を支援する2種類の方法が考えられますが、本施策では、供給者を直接支援することを予定しています[*8], (図5)。
図5: 支援対象イメージ
出典: 資源エネルギー庁「第4節 燃料アンモニアの導入拡大に向けた取組」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/suiso_seisaku/pdf/007_02_00.pdf, p.72
また、国内製造と海外製造の両方の水素・アンモニア供給を支援する方針であり、国内製造においては初期の設備コストが特に高い電解装置コスト、海外においては製造及び海上輸送の設備コストに対して支援することを予定しています[*8], (図6)。
図6: 支援範囲イメージ
出典: 資源エネルギー庁「第4節 燃料アンモニアの導入拡大に向けた取組」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/suiso_seisaku/pdf/007_02_00.pdf, p.74
効率的な供給インフラの整備支援制度
二つ目は、「カーボンニュートラル燃料拠点」の形成に向けた戦略的な支援です[*8]。
具体的には、大規模な発電を行う「大規模発電利用型」拠点や、石油化学や石油精製、製鉄等の産業が集積する「他産業集積型」拠点、地域で再生可能エネルギー生産を行い、水素・アンモニア製造を行う「地域再エネ生産型」拠点などの需要地の形成を支援するとしています[*8], (図7)。
図7: 水素・アンモニアの潜在的需要地のイメージ例
出典: 資源エネルギー庁「第4節 燃料アンモニアの導入拡大に向けた取組」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/suiso_seisaku/pdf/007_02_00.pdf, p.106
政府は、今後10年程度で、上記のような拠点を、大都市圏を中心として3か所程度、地域に分散して5か所程度整備することを目指しています[*1]。
支援制度の導入によるポジティブな影響
今後さらに検討を重ねたうえで開始される新法ですが、支援制度の導入によって市場や環境面でのポジティブな影響が予想されます。
例えば、現段階では未成熟市場においては、設計・建設段階における初期投資を回収できないリスクや、実際に運用した際に販売価格が低く、製造コストをカバーできないリスクがあります[*8]。
しかしながら、支援制度の導入によってそれらのリスクが軽減することで、より多くの事業者が参入しやすくなります。また、「カーボンニュートラル燃料拠点」形成に向けた支援の対象範囲としては、バース(船舶が着岸し荷役を行う岸壁などのこと)等の港湾設備や、複数企業向けのパイプラインや輸送基地など共用部分を重点的に支援するとしています。そのため、直接的な支援対象のみならず、港湾を利用する関連産業の経済活性化にもつながります。
さらに、脱炭素推進など環境への好影響も期待できます。本制度では、事業のCO2排出量に応じて支援額を変えるなどの検討を行っており、事業者が環境に配慮した取り組みを推進するインセンティブが設けられています。また、支援対象は原則として、化石燃料を原料としないクリーンな水素やアンモニアを促進する事業となっています[*1]。
以上のように、支援制度が開始される場合、日本の水素・アンモニアの利用は大きく広がる可能性があります。今後は、事業者が参加しやすく合理的な制度とするため、審議会や研究会を通じて内容を精査することが求められています。
参照・引用を見る
*1
資源エネルギー庁「水素政策小委員会/アンモニア等脱炭素燃料政策小委員会 合同会議 中間整理(案)の概要」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/suiso_seisaku/pdf/007_03_00.pdf, p.1, p.2, p.3
*2
NHK「水素やアンモニア導入拡大へ 支援制度素案取りまとめ 経産省」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221213/k10013921991000.html
*3
資源エネルギー庁「『水素エネルギー』は何がどのようにすごいのか?」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suiso.html
*4
資源エネルギー庁 燃料電池推進室「水素発電について」
https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy/suiso_nenryodenchi/suiso_nenryodenchi_wg/pdf/004_02_00.pdf, p.2
*5
資源エネルギー庁「アンモニアが“燃料”になる?!(前編)~身近だけど実は知らないアンモニアの利用先」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ammonia_01.html
*6
資源エネルギー庁「アンモニアが“燃料”になる?!(後編)~カーボンフリーのアンモニア火力発電」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ammonia_02.html
*7
資源エネルギー庁「2020年、水素エネルギーのいま~少しずつ見えてきた『水素社会』の姿」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suiso2020.html
*8
資源エネルギー庁「第4節 燃料アンモニアの導入拡大に向けた取組」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/suiso_seisaku/pdf/007_02_00.pdf, p.8, p.9, p.62, p.72, p.74, p.85, p.105, p.106, p.116, p.117