2018年に開始した非化石価値取引市場 そのメリットや創設後の動向は?

2018年5月から開始した非化石価値取引市場。一般の方々には馴染みのない分野だと思います。

しかし非化石価値取引市場は、再生可能エネルギー(再エネ)や原子力などの非化石電源比率を向上させるために、政府が現在積極的に推進している重要な制度です。

具体的にはどのような制度なのでしょうか。

また、2018年5月の創設後、いくつもの課題が顕在化していますが、具体的にどのような課題が議論されているのでしょうか。

 

非化石価値取引市場とは

非化石価値取引市場とは、再エネや原子力のような非化石燃料由来の電気の取引を後押しするために、2018年5月に創設された市場です[*1]。

非化石価値取引市場が創設されるまでは、発電事業者と小売電気事業者の電気のやり取りは、基本的に卸電力取引所を通じて行われ、化石燃料由来の電気と再エネ由来の電気は一元的に扱われていました。

しかし、非化石価値取引市場が創設されたことで、小売電気事業者が非化石電源を調達しやすくなるとともに、需要家に、小売電気事業者が非化石価値(太陽光などのCO2を排出しない発電方法によって作られた電気であるという環境的な価値)を提供することができるようになりました[*1], (図1)。

図1: 非化石価値取引市場について
出典: 資源エネルギー庁「非化石価値取引市場について 2020年11月27日」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/seido_kento/pdf/044_03_02.pdf, p.2

2018年に創設された非化石価値取引市場の概要

  
化石燃料由来以外に、再エネや原子力など様々な電力源があります。非化石価値取引市場では、非化石証書としてFIT非化石証書(再エネ指定)、非FIT非化石証書(再エネ指定)、非FIT非化石証書(指定なし)の3種類の取引が行われています[*1], (図2)。

図2: 取引される非化石証書の種類(創設当初の概要)
出典: 資源エネルギー庁「非化石価値取引市場について 2020年11月27日」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/seido_kento/pdf/044_03_02.pdf, p.3

非化石証書名にはFITという用語が使われていますが、FITとは「固定価格買取制度」とも言い、「再エネで発電した電気を、電力会社が一定価格で一定期間買い取ることを国が約束する制度」のことです。この制度は、電力会社が対象となる再エネ由来の電気を買い取る費用の一部を、需要家からの賦課金という形で集め、上乗せした価格で発電事業者に支払うというものです[*2], (図3)。

図3: FIT制度(固定価格買取制度)の仕組み
出典: 資源エネルギー庁「固定価格買取制度の仕組み」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saiene/kaitori/surcharge.html

FIT制度で申請の対象となる再エネは、「太陽光」「風力」「中小水力」「地熱」「バイオマス」の5つであり、それらの発電方法によって発電された電気の環境価値が、FIT非化石証書(再エネ指定)として取引されています[*1]。

FIT制度を活用した再エネによる非化石証書のやり取りは、低炭素投資促進機構(GIO)を介して行われます。一方で、FIT制度対象外の再エネ(大型水力やFIT制度の調達期間を過ぎた卒FIT等)を対象とした非FIT非化石証書や、原子力など再エネ以外かつ化石燃料由来以外の電源を対象とした非FIT非化石証書は、発電事業者が日本卸電力取引所(JEPX)へ直接入札・精算することとなっています。

非化石価値取引市場が創設された背景


非化石価値取引市場の概要はイメージできたでしょうか。それでは次に、非化石価値取引市場が創設された背景を見ていきましょう。

2016年に、国際的な温室効果ガス削減に向けた枠組みとして、「パリ協定」が発効されたことをご存じの方も多いかと思います。「パリ協定」では、世界全体で取り組む目標の1つとして、「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力をする」ことが定められています[*3]。

平均気温上昇を抑えるためには、CO2排出量を削減することが不可欠です。また、CO2排出量を抑えるためには、エネルギー供給の低炭素化が不可欠であり、その取り組みの一つとして「非化石電源の比率をアップしていく」ことが各国で求められています。しかしながら、日本の非化石電源比率は2017年時点で19%と、主要国と比べて低水準となっていました[*3], (図4)。

図4: 各国の非化石電源比率とエネルギー消費削減率
出典: 資源エネルギー庁「『パリ協定』のもとで進む、世界の温室効果ガス削減の取り組み① 各国の進捗は、今どうなっているの?」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/pariskyotei_sintyoku1.html

非化石電源比率を向上させるためには、再エネの利用を促進するFIT制度を発展させるとともに、小売電気事業者や需要家が非化石電源を積極的に選択できる環境を促進する必要があります。

そこで政府は、2009年に「エネルギー供給構造高度化法」を制定し、2030年度に非化石電源比率を44%以上とすることを目標として定め、この目標達成を後押しするために非化石価値取引市場が創設されることとなりました[*4]。

 

非化石価値取引市場の意義

このような背景から創設された非化石価値取引市場は、非化石電源比率を高めるのみならず、事業者(需要家)や、私たち一人ひとりにとっても大きなメリットがあります。

事業者(需要家)にとってのメリット

  
まず、事業者(需要家)にとってのメリットとして、トラッキング付非化石証書を活用することで、低炭素化に取り組む企業として対外的に発信できるようになるという点が挙げられます[*5]。

トラッキング付非化石証書とは、購入した電気がFIT非化石証書由来の発電所からであることが明らかにされた証明書を言い、2019年2月から導入されています[*6], (図5)。

図5: トラッキング付非化石証書のイメージ図
出典: 資源エネルギー庁「トラッキング付非化石証書の販売にかかる事業者向け説明資料」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/electricity_and_gas/electric/nonfossil/2019-4-tracking/20200401_manual.pdf, p.6

トラッキング付非化石証書を活用した電気を小売電気事業者が販売し、需要家が調達した場合、その電気は「再エネ由来」とみなされ、「RE100」(事業で使用する電気の100%を再エネ由来電気でまかなうこと)の取り組みにも活用できるようになるため、環境に配慮していることを対外的に発信したい企業にとっては、大きなメリットとなります。

家計にとってのメリット

  
私たち一人ひとり(家計)にとってのメリットは、電気代の負担を軽減できるという点です。

本来は、電力会社がFIT制度で対象となる再エネ由来の電気を買い取る際の費用の一部は、需要家の電気代から賦課金という名目で徴収されます[*2]。そのため、再エネの供給が増えれば増えるほど、需要家の金銭的な負担が増えることになります。

しかしながら、非化石価値取引市場で取引されたFIT非化石証書の収入の一部は、FIT賦課金軽減の一部に充てられるため、FIT非化石証書の収入が増加すればするほど、家計負担の軽減につながると考えられます[*7]。

実際、2020年度の賦課金総額は約2.4兆円で、FIT非化石証書の収入は約19億円でした。賦課金総額に対して非化石証書の収入は0.08%と数値自体はまだまだ低いのですが、家計からの支出ではなく、非化石価値取引市場の収入の一部が賦課金に充てられることで、家計の負担が軽減されると言えるでしょう。

創設直後の非化石価値取引市場の動向

  
2018年5月から開始された非化石証書のオークションは、3カ月ごとに行われ、非化石証書の価格等が決まります。

初回(2018年5月)のオークションでは、516万kWh分約定し、2018年11月には2,102万kWhまで約定量が増加しています[*1]。2,102万kWhは、一般的な規模の住宅用太陽光発電に置き換えると、約3,400戸分の年間発電量に相当するとされ、当該オークションでは、非化石価値取引市場を通じてそれだけの再エネが活用されたことになります[*5]。

 

非化石価値取引市場における課題と対応

目標達成に向けて着実に約定量を伸ばしていますが、一方で、制度の運用に伴って課題も顕在化しています。

トラッキング付非化石証書の導入

  
トラッキング付非化石証書については先述しましたが、創設当初はトラッキング付非化石証書の取り組みは行われていませんでした。そのため、当初は、FIT非化石証書は低炭素投資促進機構(GIO)を通じて一括して証書化された後に購入される流れとなっており、当該証書がどのFIT電源から発生したものか確認することが困難であるという課題がありました[*1]。

そこで、当該課題に対処するために、2019年2月からトラッキング付非化石証書が導入されました。トラッキングされた情報としては、設備IDや発電設備区分など管理上の情報や、発電出力や設備の所在地など発電所を特定するうえで重要な情報が付与されています。

そのため、小売電気事業者も購入した電気がどの発電によって作られたのかが分かるようになり、現在は「RE100」の取り組みとして活用できるようになっています。

再エネ価値取引市場の開始

  
また、非化石証書を購入できる主体が小売電気事業者のみであり、一般の需要家が非化石証書を購入したいと思っても小売電気事業者を通じてしか購入できないため、中間マージン分の費用がかかってしまうという問題がありました[*7]。

そこで2021年11月から開始されたのが、需要家や仲介事業者も直接参加可能な「再エネ価値取引市場」です。11月のオークションでは、小売電気事業を行わない11の需要家、43の仲介事業者が参加し、約定数も19.29億kWhを記録するなど、需要が拡大していることが分かります。これは、2021年度の電気事業者による太陽光や風力など新エネルギー等の発電電力量546kWhの約3.5%に当たります[*8, *9], (図6)。

図6: 再エネ価値取引市場の結果推移
出典: 資源エネルギー庁「非化石価値取引市場について 2022年5月25日」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/seido_kento/pdf/065_s01_00.pdf, p.3

再エネ価値取引市場では、今のところFIT非化石証書のやり取りのみとなっていますが、今後は更なる発展に向けて、非FIT非化石証書を取り扱うかどうかも検討されており、需要拡大が予想されます[*10]。

入札価格の高さ

  
その他の非化石価値取引市場の課題として、FIT非化石証書の入札価格は、他の環境価値クレジットと比べて価格が高いことが挙げられます[*7]。

環境価値クレジットとして、FIT非化石証書の他にJ-クレジットやグリーン電力証書と呼ばれるクレジットがあります。例えば、J-クレジット制度とは、省エネ設備の導入や再エネの利用によるCO2等の排出削減量などをJ-クレジットとして認証し、売買する制度です[*11], (図7)。

図7: J-クレジット制度の概要
出典:  J-クレジット制度「J-クレジット制度について」
https://japancredit.go.jp/about/outline/#about

J-クレジットの平均落札価格は、第11回(令和3年4月)開催時には約1.17円/kWh(再エネ発電)と、FIT非化石証書の最低価格1.3円/kWhを下回っており、FIT非化石証書と比べると低価格でクレジットを購入できるようになっています[*12], (図8)。

図8: J-クレジットの入札状況の推移
出典: 資源エネルギー庁「非化石価値取引市場について 2021年9月24日」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/seido_kento/pdf/057_03_01.pdf, p.8

また、海外の環境価値クレジットの価格と比較しても、FIT非化石証書は割高であり、例えば、北米で導入されているREC(Renewable Energy Certificate)の取引価格は2015年以降0.1円/kWhを推移しているなど、FIT非化石証書と比べて大きな差があります[*13]。

需要家からのアンケートからも、0.1~0.3円/kWhを望む声が多く、政府は今後、最低価格を03.~0.4円/kWhを基本として検討していくとしています[*12]。

 

まとめ

上述の課題以外にも、オークション参加者としての仲介事業者の要件や、売れ残った非化石証書の取り扱いをどのようにするかなど課題は山積しています[*12]。

今後は、適正価格の設定や諸課題の解決によって取引市場における需給バランスを調整しながら規模を拡大させていくことが更なる市場発展のカギとなるでしょう。

 

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参照・引用を見る

*1
資源エネルギー庁「非化石価値取引市場について 2020年11月27日」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/seido_kento/pdf/044_03_02.pdf, p.1, p.2, p.3, p.4, p.5, p.11, p.12

*2
資源エネルギー庁「固定価格買取制度の仕組み」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saiene/kaitori/surcharge.html

*3
資源エネルギー庁「『パリ協定』のもとで進む、世界の温室効果ガス削減の取り組み① 各国の進捗は、今どうなっているの?」(2019)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/pariskyotei_sintyoku1.html

*4
中村悠一郎「エネルギー供給構造高度化法 小売電気事業者に求められる対応戦略とは」みずほ情報総研レポート vol.21 2020
https://www.mizuho-rt.co.jp/publication/report/2020/pdf/mhir21_energy.pdf, p.1

*5
資源エネルギー庁「『非化石証書』を利用して、自社のCO2削減に役立てる先進企業」(2019)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/hikasekishousho_jirei.html

*6
資源エネルギー庁「トラッキング付非化石証書の販売にかかる事業者向け説明資料」(2020)
https://www.enecho.meti.go.jp/category/electricity_and_gas/electric/nonfossil/2019-4-tracking/20200401_manual.pdf, p.4, p.6

*7
株式会社日本総合研究所 早矢仕廉太郎、三木優「大きく変わるRE100の達成方法~非化石価値取引市場の抜本改革、環境価値は需要家が直接調達する時代へ~」(2021)
https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=38781

*8
資源エネルギー庁「非化石価値取引市場について 2022年5月25日」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/seido_kento/pdf/065_s01_00.pdf, p.3

*9
資源エネルギー庁「 結果概要【2021年度分】」
https://www.enecho.meti.go.jp/statistics/electric_power/ep002/pdf/2021/0-2021.pdf, p.1

*10
資源エネルギー庁「再エネ価値取引市場について」(2021)
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/seido_kento/pdf/059_03_02.pdf, p.5

*11
J-クレジット制度「J-クレジット制度について」
https://japancredit.go.jp/about/outline/#about

*12
資源エネルギー庁「非化石価値取引市場について 2021年9月24日」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/seido_kento/pdf/057_03_01.pdf, p.2, p.5, p.7, p.8

*13
資源エネルギー庁「非化石価値取引市場について 2021年7月16日」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/seido_kento/pdf/054_04_00.pdf, p.25

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