日本には古くからの木造建築物が多く残されています。その中には歴史的価値があるものもあり、修学旅行や観光で訪れたことがある方も多いでしょう。
一方で、現在の都市部にある建物、特に高層建築物のほとんどは木造ではありません。なぜ高層の木造建築物は建てられなくなってしまったのでしょうか。
長らく大規模な木造建築は造られていませんでしたが、2020年前後から少しずつ木造高層建築が増えてきています。現代に入り登場した、新しい木造高層建築物とはどのようなものでしょうか。
日本の木造建築の変遷
世界最古の現存する木造建造物は、7世紀初めに建立された法隆寺であることをご存知でしょうか[*1]。
他にも、18世紀中ごろに建てられた伝統的な沖縄の家屋・中村家住宅、18・19世紀の大型木造民家約50棟が集中して残る岐阜県の白川郷など日本には数多くの木造建築が今もなお残っています[*2, *3]。
18世紀というと江戸時代、今から200年~300年も前の時代です。法隆寺に至っては1400年の時を経ても、歴史ある姿を私達に見せてくれます(図1)。
図1: 法隆寺の外観
出典: 文化遺産オンライン「法隆寺」
https://bunka.nii.ac.jp/special_content/component/21
数百年前、千年以上前の木が現在に残っていることだけでも驚きですが、これらの歴史的木造建築に使われている木材たちは、ずっと快適な環境にあったわけではありません。
沖縄県の中村家住宅は幾度となく台風に見舞われ、岐阜県の白川郷は何度も深い雪に包まれています。もちろん法隆寺も数え切れないほど雨や風、雪にさらされてきました。
これらのことを考えると、木は建物の材料として優秀であることがわかります。
また、日本の国土面積の約7割が森林であり、豊富に存在していた木を建物に使うようになったことは不思議ではありません[*4]。
しかし、現在の建物を見てみるとその多くは木以外の材料で建てられています。
その理由を探るために、少し日本の歴史を振り返ってみましょう。
1923年、日本では関東大震災が発生し、約10万人の死者を出しました。亡くなった方の約9割は焼死と言われています[*5]。
先程、木は建物の材料として非常に優秀と紹介しましたが、欠点もあります。それは、燃えてしまうことです。
関東大震災以外にも、1939年には第二次世界大戦が始まり、数々の木造建築が焼失しました。
このように、木材は燃えやすいため、1950年当時の法律では延べ床面積3,000㎡超、最高高さ13m超、軒高9m超の木造建築物は建築制限されていました[*6, *7]。
さらに、1959年に伊勢湾台風で大きな被害を受けたことを受け、特に被害が著しい地域に対する建築制限のひとつとして「木造禁止」が提起されます。
これは木造建築全般の禁止を一律に求めるものではありませんでしたが、「木造禁止」という単語が独り歩きし、木造建築が少なくなってしまったのです。
他にも戦中戦後に多くの木材が使われ、1960年代後半に入ると使える木材が少なくなっていたことや、海外から新しい建材が入ってきたことも影響しています。
1970年代後半からはコンクリートブームが起き、鉄筋コンクリート造の建物が増えていきました[*7, *8]。
脱炭素社会と木造建築
前述の通り、大規模建築物は1970年代後半から鉄筋コンクリートで造られてきました。
しかし、近年、木造建築が再評価されつつあることをご存知でしょうか。
実は今、日本各地で木造の高層ビルが次々と登場しています。
そのひとつが、2022年4月にオープンした「Port Plus®」です(図2)。
図2: Port Plus®の外観
出典: 株式会社大林組「日本初の高層純木造耐火建築物『Port Plus®』(次世代型研修施設)が完成」(2022)
https://www.obayashi.co.jp/news/detail/news20220520_1.html
Port Plus®は株式会社大林組が設計・施工を担った11階建ての「純木造高層ビル」で、純木造耐火建築物としては、国内最高となる高さ(44m)があります[*9, *10]。
他にも、銀座の中⼼に建てられた「HULIC &New GINZA 8」や、建物内外から⽊の温もりを感じられるオフィスビル「COERU SHIBUYA」なども木材を利用した高層建築物です[*11]。
このように木造高層建築物が増えてきた理由の背景には、「制度改革」「技術の向上」「環境」「資源」の4つがあります。
前述の通り、これまでは一定規模の建築物に対して木材の使用が規制されていましたが、2000年の法律の改正で、火に耐えられる性能を満たせば、使うことができるようになりました。
また、長尺の部材を製造できるLVL(Laminated Veneer Lumber:単板積層材) 、強度を上げた「CLT(Cross laminated timber: 直交集成板 )」などが開発され技術革新も進んでいます[*11, *12, *13], (図3)。
図3: CLTとLVLの外観
出典: 内閣官房「⾼層⽊造ビル事例集」(2021)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/cltmadoguchi/pdf/clt_20220601_jireisyu.pdf, p.4
そして、「環境への配慮」もポイントとなっています。
脱炭素が社会的に重要視される中、植物はCO2を吸収する重要な役割を担っていることは多くの人が知るところとなりました。
もちろん木もCO2を吸収しているのですが、木は成長するとCO2の吸収力が低下してしまいます。CO2吸収という観点から見ると、成熟した木を伐採して新しい木を増やす方がCO2を減らす効果が高いことになります[*12]。
コンクリート材や鉄材を製造する工程でもCO2が発生するため、木材を使用することでCO2を減らす効果も期待できます。
国土交通省の資料によると、住宅1棟を建設する際の構法別製造時CO2排出量は木造建築の場合、RC(鉄筋コンクリート)造と鉄骨造に比べてそれぞれ約47%、約41%削減できるそうです[*12, *14]。
日本の国土の約7割が森林であることはお伝えしましたが、森林面積(約2,500万ha)のうち、約1,000万haが人工林です。
現在、この⼈⼯林の5割以上が⼀般的な主伐期である50年⽣を超えており、⽊材としての利⽤期を迎えています。実際は、利用期を迎える木は毎年増えるため、専門家からは「資源を持て余している状態」であるという指摘があるほどです。
木材の主要用途は3階以下の戸建住宅ですが、人口減少に伴い需要は減っていく可能性が高くなっています。
そのため、木材の新しい用途として高層建築物への利用が注目されているのです[*11, *12]。
木造高層建築物の可能性
高層建築物に使われる木材は強度や耐火性に優れている必要があります。
前述のCLTの他にも、⽊材を⽯膏ボードで被覆したものや、モルタル等の燃え⽌まり層を備えたもの、鉄⾻を⽊材で被覆した木質耐火部材が開発されています。耐久性1.7倍の腐らない木材といったものまであり、高層建築物への木材利用の可能性を高めています[*11, *15]。
「Port Plus®」のように、すべての構造を⽊造としている建物以外にも、以下のように様々なパターンがあります[*11]。
- 中層階までがRC造で上層階を⽊造とする事例
- 耐震壁にCLTやLVLを使⽤する事例
- 建物の⽚側を⽊造とする事例
「HULIC &New GINZA 8」や「COERU SHIBUYA」も、上記のような⾮⽊造と木造の混構造です。
そして、木造建築には以下のようなメリットがあります[*11]。
- 構造が軽量となることで、基礎⼯事が簡素化され、⼯期が短縮できる。
- 建築物に関する環境認証等において評価が⾼まる。
- 環境問題に関⼼があるテナントから選ばれる。
- ESG投資の誘引につながる。
- ⽊の温もりが感じられること等について、利⽤者等からの評価が⾼まる。
- 固定資産税が安くなる。
木造高層建築の建築主は、不動産会社や建設会社などです。それぞれ、ビルで使⽤した⽊材と同等量の伐採・植林を行ったり、施設の一部を一般公開したり社会貢献も行っています。
企業も木造高層建築物のメリットを活かしながら、よりよい社会の実現を目指しているのです。
木造高層建築物への期待
日本以外でも、オーストラリア・シドニーでは木造ハイブリッド構造の39階建ての超高層ビル「アトラシアン・セントラル」が2026年内に完成する予定と発表されています。
この超高層ビルの施工を受注したのは株式会社大林組です[*16]。
2025年に開催予定の大阪・関西万博会場では、会場のシンボルになる大屋根が木造であることが発表されています。
その大きさは、建築面積(水平投影面積)が約6万m2、高さが12m(外側は20m)、内径が約615m、リングの幅は約30m、1周が約2km、完成すれば世界最大級の木造建築物になる見通しです[*17], (図4)。
図4: 大阪・関西万博 大屋根(リング)の新パース図
出典: 公益社団法人2025年日本国際博覧会協会「大阪・関西万博 大屋根(リング)の新パース図を公開」(2022)
https://www.expo2025.or.jp/news/news-20220713-01/
海外で造られる木造高層建築物に日本企業が参画したり、多くの国々が参加する万博のシンボルが木造建築で造られたりすることは、日本の技術力をPRする絶好の機会となるでしょう。
今回紹介したように、木造建築にはたくさんのメリットがあります。
しかし、一方でデメリットもあります。
木造建築における一番の課題は、コストです。特に高層ビルの場合、大量に材料を製造できる工場が少なく、運搬コストが高くなってしまいます[*12]。
現在では、高コストの木造高層建築ですが、建材の開発・供給に挑む企業も現れており、安定した供給体制が確立すれば、さらに利用が加速するでしょう[*18]。
これまで多くの人が抱く都市のイメージは、アスファルトに覆われ無機質な高層ビルが立ち並ぶものではなかったでしょうか。
木造高層建築物が増えていけば、木の温かみを感じることができる新しい都市像が生まれるかもしれません。
参照・引用を見る
*1
文化庁「『伝統建築工匠の技:木造建造物を受け継ぐための伝統技術』のユネスコ無形文化遺産登録(代表一覧表記載)について」(2021)
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/92709001_01.pdf, p.5
*2
文化庁文化財デジタルコンテンツ「中村家住宅」(2020)
https://cb.bunka.go.jp/ja/contents/5a98d34f-79d4-452e-921c-08041404e247
*3
世界文化遺産オンライン「白川郷・五箇山の合掌造り集落」
https://bunka.nii.ac.jp/special_content/hlink4
*4
林野庁「国有林とは?」
https://www.rinya.maff.go.jp/j/kokuyu_rinya/welcome/what.html
*5
前田建設株式会社「木造建築物の法改正は?」(2019)
https://kidetatetemiyou.com/shiru/article41.html
*6
NHKアーカイブス「太平洋戦争 なぜ開戦したの?」
https://www.nhk.or.jp/archives/sensou/special/warmuseum/01/
*7
前田建設株式会社「今なぜ木造?戦後と建築基準法」(2021)
https://kidetatetemiyou.com/shiru/article65.html
*8
前田建設株式会社「今なぜ木造?高度経済成長期と新工法」(2021)
https://kidetatetemiyou.com/shiru/article67.html
*9
日経クロステック「高層ビルも“とことん”木造、大林組や三菱地所設計など大手が本腰」(2022)
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/info/18/00037/091300059/
*10
株式会社大林組「日本初の高層純木造耐火建築物『Port Plus®』(次世代型研修施設)が完成」(2022)
https://www.obayashi.co.jp/news/detail/news20220520_1.html
*11
内閣官房「⾼層⽊造ビル事例集」(2021)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/cltmadoguchi/pdf/clt_20220601_jireisyu.pdf, p.1~5, p.14~18
*12
NHK「木造の高層ビルが増加 国産材利用を拡大するチャンスに」(2023)
https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/700/479145.html
*13
日本農林規格「単板積層材」(2020)
http://lvl.ne.jp/lvl/pdf/kikaku_itiran2-375.pdff, p.2
*14
国土交通省「住宅・建築物に係る二酸化炭素の排出量及び削減量について(案)」
https://www.mlit.go.jp/common/000224667.pdf, p.6
*15
日本経済新聞「耐久性1.7倍の『腐らない木材』、厳島神社や高層ビルに」(2023)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOJC032PT0T00C23A7000000/?n_cid=SNSTW005
*16
日経クロステック「世界最高182mの木造超高層を大林組が豪で受注、日本の最新プロジェクトと独自比較」(2022)
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00154/01500/
*17
日経クロステック「『大屋根』は世界最大級の木造」 (2022)
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/mag/na/18/00005/080300119/
*18
日経クロステック「デベロッパーが建材供給に参戦 巨大木材工場の実力」(2022)
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/mag/na/18/00179/070400005/?i_cid=nbpnxt_sied_blogcard