2020年10月に菅元首相によって表明された「2050年カーボンニュートラル」の実現に向けて、さらなる導入が求められる再生可能エネルギー。政府は、2050年時点での発電量に占める再生可能エネルギー比率を、現在の3倍にあたる50~60%に引き上げる目標を示しています[*1]。
再生可能エネルギーの拡大のためには、主要なエネルギー源の一つである太陽光発電の普及が重要です。
近年では、新技術の研究・開発が進んでおり、「ペロブスカイト」と呼ばれる結晶構造を用いた太陽電池が世界的に注目を集めています[*2]。
そこで今回は、既存の太陽光発電が抱える課題から、それを克服する新技術まで、太陽光発電の最新動向を詳しくご説明します。
太陽光発電導入の現状
2012年から2022年にかけて、太陽光発電システムの累積導入量は世界全体で30GWから240GWと、堅調に増加しています。また、日本における2022年までの累積導入量は85GWと、中国、EU、アメリカに次ぐ導入量となっています[*3], (図1)。
図1: 世界全体の太陽光発電システム年間導入量の推移
出典: 国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構「国際エネルギー機関・太陽光発電システム研究協力プログラム(IEA PVPS)報告書 世界の太陽光発電市場の導入量速報値に関する報告書(翻訳版)」
https://www.nedo.go.jp/content/100785821.pdf, p.8
導入量の増加に伴い、国内の全発電電力量に占める太陽光発電の割合も高まっています。2022年の太陽光発電の年間の発電電力量割合は、前年の9.3%から0.6ポイント増加し、9.9%となりました[*4]。
太陽光発電の仕組み
太陽光発電は、様々な機器から構成されています。具体的には、一般的な住宅用太陽光発電の場合、電力に変換するパワーコンディショナ(パワコン)や、太陽電池からパワコンへ電気を送る接続箱などから成り立っています[*5], (図2)。
図2: 住宅用太陽光発電システムの構成例
出典: 一般社団法人 太陽光発電協会「住宅用太陽光発電システムとは」
https://www.jpea.gr.jp/house/about/
太陽光発電システムの中でも、特に重要な機器が太陽電池モジュールです。太陽電池は、太陽の光エネルギーを電気に変換する装置であり、シリコンや化合物などの半導体で作られています[*6]。
現在最も普及しているシリコン系太陽電池は、性質の異なる2種類の半導体を重ね合わせた構造をしています。太陽電池に太陽光が当たると、電子(-)と正孔(+)が発生し、電子は表面の半導体、正孔は裏側の半導体に引き寄せられます。このため、半導体の両面に電球やモータなどをつなぐことで、電流が流れ出します[*6], (図3)。
図3: シリコン系太陽電池の仕組み
出典: 一般社団法人 太陽光発電協会「太陽光発電の基礎知識」
https://www.jpea.gr.jp/knowledge/about/
太陽光発電のさらなる導入拡大に向けた課題
太陽光発電のさらなる普及に向けては、課題も山積しています。例えば、発電設備の適地およびコストの問題です[*7]。
国内における毎年の導入量の伸びは縮小し続けています。これは、平地が少ない日本において、太陽光発電に適した土地がもともと少なく、また、発電に適した場所の活用が進み、適地が残り少なくなっていることが原因の一つです。一方で、政府は2030年度までに電力全体の14~16%を太陽光発電で賄う方針としており、今後も導入を推し進める必要があります。
適地を確保する手段の一つとして、再生困難な農地等を活用する方法があります。しかしながら、山林化した土地の整地にも多くの費用がかかります。経済産業省の試算によると、平均的な土地造成費が1kW当たり1.2万円に対し、荒廃農地の整地には約4万円が必要とされています[*8]。
荒廃農地の整地に1kW当たり5.6~6.2万円かかった例もあり、太陽光発電のさらなる導入には、コスト低減や発電設備の適地の確保が不可欠です。
太陽光発電の普及を支える新技術「ペロブスカイト太陽電池」
ペロブスカイト太陽電池とは
近年、「ペロブスカイト太陽電池」と呼ばれる新技術が注目を集めています[*9], (図4)。
図4: ペロブスカイト太陽電池
出典: 国立研究開発法人 産業技術総合研究所「『ペロブスカイト太陽電池』とは?」
https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20221124.html
ペロブスカイトとは灰チタン石(かいチタンせき)のことで、その結晶構造は「ペロブスカイト構造」と呼ばれます。このペロブスカイト結晶を太陽電池に組み込み発電する「ペロブスカイト太陽電池」は、2009年に桐蔭横浜大学の宮坂教授によって最初に提案されました[*2, *9]。
ただ、その変換効率は3%台だったため、当初はあまり注目されていませんでした。しかしながら近年、オックスフォード大学と産業技術総合研究所の共同研究で固体型太陽電池の開発に成功し、変換効率10%以上を達成したことでその研究分野は世界的に進展しました[*9], (図5)。
図5: ペロブスカイト太陽電池の仕組み
出典: 国立研究開発法人 産業技術総合研究所「『ペロブスカイト太陽電池』とは?」
https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20221124.html
ペロブスカイト太陽電池は、シリコン系太陽電池と異なり、材料を印刷等で作ることができ、一日に製造できる量が多いことから低コスト化が期待できるというメリットがあります。
また、材料も高価な貴金属などを使わず、比較的入手しやすいヨウ化鉛などが素材になるため、製造コストを抑えられることもメリットと言えるでしょう。
さらに、ゆがみに強く軽量化が可能なため、駐車場や倉庫など、耐荷重の大きくない建物の屋根など、これまで困難だった場所に設置できるという点も大きなメリットです。一般的なシリコン系太陽電池の重量は1平方メートル11kgから13kgですが、ペロブスカイト太陽電池は、将来的にはシリコン系太陽電池の10分の1程度まで下がることが期待されています。
実用化に向けた研究開発動向
ペロブスカイト太陽電池の実用化に向けては、変換効率の向上が不可欠です。先述したように、ペロブスカイト太陽電池の変換効率は、研究が始まった2009年頃には3%程度でしたが、固体にすることで10%以上に高効率化するとともに、材料等の改良によってさらに改善しています[*2, *9]。
例えば、宮坂教授はこれまでの研究において、材料等の最適化によって変換効率21.6%を実現しました。また、ペロブスカイト太陽電池と別種の太陽電池などを組み合わせた構造にすることで、シリコン系太陽電池を大幅に上回る変換効率30%の太陽電池開発にも挑んでいます[*2]。これは、従来のシリコン系太陽電池の変換効率25%を上回るものです。
さらに、ペロブスカイト太陽電池の評価法に関する環境整備も進んでいます。企業が開発に取り組む際、研究成果として作製された太陽電池モジュールの性能を客観的に評価するためには、統一された評価法や、それらを評価できる設備が必要です。しかしながら、現時点では大面積の太陽電池モジュールを評価できる設備がなく、評価方法も統一されていません。そこで、産業技術総合研究所は2025年を目標に、測定の指標や手順を作るとともに、評価に必要な設備を整えるとしています[*9]。
ペロブスカイト太陽電池の普及に向けた今後の展望
研究機関のみならず、民間企業による取り組みも始まっています。例えば、積水化学工業株式会社は研究所の屋上で世界初となる発電試験を行っています。耐久性の問題や、発電効率を確認しており、今後はさらに、フィルムの大型化などに取り組むとしています[*7]。
また、株式会社NTTデータも、2024年4月からデータセンターの壁にフィルムを設置し、実証実験を行う予定です。データセンターは電力の消費量が多いのが課題ですが、ビルの壁面に設置した太陽電池で発電できれば、CO2の削減にもつながると期待されています。
いかに優れた技術でも、市場がなければ普及せずに終わってしまいます。市場形成に向けては、多くの民間企業の参入が不可欠です。民間企業も参入できる仕組みづくりや行政による支援体制を構築することが、ペロブスカイト太陽電池普及のカギと言えるでしょう[*9]。
参照・引用を見る
*1
一般社団法人 太陽光発電協会「太陽光発電の基礎知識」
https://www.jpea.gr.jp/knowledge/about/
*2
国立研研究開発法人 科学技術振興機構「ペロブスカイト型太陽電池の開発」
https://www.jst.go.jp/seika/bt107-108.html
*3
国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構「国際エネルギー機関・太陽光発電システム研究協力プログラム(IEA PVPS)報告書 世界の太陽光発電市場の導入量速報値に関する報告書(翻訳版)」
https://www.nedo.go.jp/content/100785821.pdf, p.8
*4
特定非営利活動法人 環境エネルギー政策研究所「2022年の自然エネルギー電力の割合(暦年・速報)」
https://www.isep.or.jp/archives/library/14364
*5
一般社団法人 太陽光発電協会「住宅用太陽光発電システムとは」
https://www.jpea.gr.jp/house/about/
*6
一般社団法人 太陽光発電協会「太陽光発電の基礎知識」
https://www.jpea.gr.jp/knowledge/about/
*7
NHK「日本発の太陽電池『ペロブスカイト』どこがすごい?」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230525/amp/k10014076631000.html
*8
一般社団法人 日本電気協会新聞部「太陽光発電の大量導入に土地が足りない? 荒廃農地の活用や住宅設置義務化も効果は限定的」
https://www.denkishimbun.com/sp/119428
*9
国立研究開発法人 産業技術総合研究所「『ペロブスカイト太陽電池』とは?」
https://www.aist.go.jp/aist_j/magazine/20221124.html