「カーボンニュートラルの実現に一番近い島」屋久島で出会う 自然とエネルギーのちょうど良い関係を実現する「Sumu Yakushima」とは?

屋久島は、1993年に白神山地とともに日本で初めての自然遺産として世界遺産に登録された鹿児島県の島です。

雨量も多く豊かな自然に恵まれた屋久島は、ほぼ全ての電力が水力発電などの再生可能エネルギーでほぼ100%まかなわれている、カーボンニュートラルの実現にもっとも近い島でもあります。

そんな屋久島に2022年に誕生した「Sumu Yakushima」は、「青い地球を未来につなぐ。」をパーパスに掲げる自然電力がエネルギー設備の設計と設置を協力した実験的宿泊施設です。

さまざまな新しい試みをおこなっている「Sumu Yakushima」はサスティナブルな建築として、世界三大デザイン賞のひとつ「iF Award 2023」のゴールド賞に輝き、国内外のメディアでも注目が高まっています。また、ニューヨークの世界的な建築賞であるA+Awards でJury award (最高賞)を、日本では「日本空間デザイン賞」の金賞を受賞しています。

この記事では、自然と人との共生を目指す「Sumu Yakushima」の魅力について紹介します。

 

自然と人との共生を目指す「Sumu Yakushima」のコンセプト

「Sumu Yakushima」は「人が住むほどに自然が澄んでいく」をコンセプトとした、人が自然の中で生きていく、その中で環境価値を生み出すための実験的宿泊施設です。

水資源の豊かな屋久島ならではの山から海への水の循環や、流域全体の土壌環境を配慮した、高床式・分棟配置を採用しています。

「Sumu Yakushima」は屋久島地杉の広いデッキでつながるダイニング棟、ラウンジ棟、浴室棟と、離れのコテージ(宿泊棟)3棟で構成されています[*1], (図1)。

図1: Sumu Yakushima リビングデッキ
出典: 小野 司『Sumu Yakushima Concept Book Ver.1.2』株式会社 tono, p.23

森に囲まれた静かな敷地は、日当たりや風通しもよく、空気の循環が感じられます[*1], (図2)。

図2: Sumu Yakushima キッチン
出典: 小野 司『Sumu Yakushima Concept Book Ver.1.2』株式会社 tono, p.24

「Sumu Yakushima」は宿泊施設といっても、一般的にイメージされるホテルや旅館とは異なります。

屋久島の自然に触れ、自然とのつながりを感じることで、人間が自然の一部であることを再確認し、「人間が自然や地球に対し、何ができるのかを対話し、行動する」学びの場として機能します。

また、3つの独立した棟には、共用のキッチン・ダイニング・リビングがあります。適度な距離感を持ちながらも、一緒に食事を作ったり、寛ぎの時間を共有することを想定しており、「思想で繋がる仲間との住まいのかたち」を新たに提案しています。

COVID-19のパンデミックの最中に始動した「Sumu Yakushima」のプロジェクトでは、自然と人との関係だけではなく、人間同士の関係性もデザインされています。

 

屋久島で受け継がれてきた自然の循環モデル

「Sumu Yakushima」の舞台である屋久島は、九州の南端から60km離れた場所にある、半径10キロほどのほぼ円形の島です[*1], (図3)。

図3: Sumu Yakushimaの舞台である屋久島
出典: 小野 司『Sumu Yakushima Concept Book Ver.1.2』株式会社 tono, p.3

世界自然遺産にも登録されている屋久島は、日本の南に位置しながらも標高1,936mの九州最高峰「宮之浦岳」を有しています。

そのため、一つの島の中で、南北に長い日本の自然植生を凝縮した生態系を形成しているのが特徴で、多種多様な動植物が生息・生育しています。海岸沿いにはアコウやガジュマルなどの亜熱帯の植物が分布し、標高が上がるにつれて照葉樹林帯やスギ樹林帯が見られ、宮之浦岳の山頂付近には冷温帯性ササ草原や高層湿原が広がっています[*2], (図4)。

図4: 屋久島の自然植生
出典: 環境省「日本の世界自然遺産 屋久島」
https://www.env.go.jp/nature/isan/worldheritage/yakushima/uiversal/index.html

さらに屋久島は、「ひと月に35日雨が降る」と言われるほど、雨の多い島です。

暖かく湿った空気を運んでくる黒潮の影響で、年間降水量は日本の年平均降水量の5倍近く、世界の年平均降水量と比較すると10倍近くにもなります[*2]。

山に降った雨は、豊かな森で育まれ、川に流れ、島内を循環することで、生態系と島に住む人々の生活にさまざまな恵みをもたらしています。

豊富な水資源を農作物、魚介類、家畜などに利用して生きる人間も、この屋久島の循環システムの一員です。

「Sumu Yakushima」は、この循環を堰き止め、澱ませてしまうことのないように、徹底したフィールドワークをもとに設計されています[*1], (図5)。

図5: Circulation Image Sketch
出典: 小野 司『Sumu Yakushima Concept Book Ver.1.2』株式会社 tono, p.6

 

「Sumu Yakushima」が目指す環境再生建築

自然と人の共生がコンセプトである「Sumu Yakushima」は、環境再生建築(Regenerative Architecture)を目指した施設です。

環境再生建築は、単に建物を建設することによる環境へのネガティブな影響を減らしたり、CO2をゼロにしたりする環境配慮型の建築ではありません。周辺環境を、建てる前よりもポジティブな状態に変えるという画期的な発想を持った建築工法です。地球環境を加速度的に再生していくことが期待されます。

それでは、「Sumu Yakushima」の再生環境建築で取り入れられている3つのメソッドを紹介します。

土中の環境をデザインする

近年の研究では、樹木の根は土中の菌糸を通じて、栄養や情報をやりとりしていることがわかりました。

しかし、建物の建設で一般的に用いられるベタ基礎は、地面をコンクリートで蓋をすることで建物の重みを支えるため、土壌環境のネットワークは断絶されてしまいます。

そこで「Sumu Yakushima」では、土中の雨や空気の循環を妨げることのない、独立基礎設計を採用しています[*1], (図6)。独立基礎は土を造成せず、自然の地形に沿って設置することで、垂直方向に新たな空気と水の流れを作り出します。

図6: 土中の環境デザイン
出典: 小野 司『Sumu Yakushima Concept Book Ver.1.2』株式会社 tono, p.9

また、基礎に使用する杭は表面を炭化させることで朽ちにくくなり、周辺の植物の根や落ち葉と互いにつながりあうことで、地耐力を発揮します。

建物を支える焼き杭も土壌環境のネットワークに参加しているのです。

風と水の通り道を読み、整える

地面との接点を極力減らす独立基礎設計に加えて、「Sumu Yakushima」では高床式構造を採用し、山から海へ風が抜けていく道を整えています[*1], (図7)。

図7: 高床式構造と独立基礎
出典: 小野 司『Sumu Yakushima Concept Book Ver.1.2』株式会社 tono, p.11

また、建物の周囲に配置されている樹木は、土中の根から水を吸い上げるポンプのような役割があり、風の流れとともに水の流れもつくります[*1], (図8)。

図8: 「Sumu Yakushima」の風の流れと水の流れ
出典: 小野 司『Sumu Yakushima Concept Book Ver.1.2』株式会社 tono, p.11

「Sumu Yakushima」では、建物周辺の大きな樹木は全て残し、小さな樹木は移植することで、自然のなかに建物を配置しています。

樹木と人工物との適切な距離感をデザインし、微調整を繰り返しながら、設計されました。

建築を通して自然と関わり続ける

「Sumu Yakushima」は、杉や漆喰などの自然素材を中心に使用しており、自然との関わりを感じられる建築になっています。

年月によって建物が劣化していくことも、自然の作用のひとつととらえ、最小限の手入れでゆるく住み続けるスタイルを提案しています。

「Sumu Yakushima」の木造部分は、すべて屋久島地杉が使用されており、内装・家具・建具にもふんだんに活用されています[*1], (図9)。

図9: 屋久島地杉板張りの外観
出典: 小野 司『Sumu Yakushima Concept Book Ver.1.2』株式会社 tono, p.16

油分の多い屋久島地杉は、雨量の多い屋久島の気候にも適応できる優れた建材です。デザイン性にも優れ、屋久島の風土に溶け込んでいます。

 

エネルギーの自給自足を実現する太陽光システム

日本では、2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーの主力電源化が急務となっています。

離島のように、大規模系統と連系されていないオフグリッドでは、再生可能エネルギーによって電力を自給自足することで、災害時のレジリエンス(強靭性)向上が可能になります。

日本の縮図とも言える離島の屋久島で、再生可能エネルギーの導入を拡大していくことは、脱炭素化に向けた地域エネルギーシステムのモデルとなる役割も期待されています[*3]。

また、豊かな自然環境で再生可能エネルギーの導入ポテンシャルの高い屋久島は、2050年のカーボンニュートラルの実現に貢献する先進的な地域として注目されています。

すでに鹿児島県では、「屋久島CO2フリーの島づくり」を推進しており、水力発電や電気自動車の活用、地元の木材の地産地消などの取り組みをおこなっています[*4]。

「Sumu Yakushima」では、自然電力が設計・設置した太陽光パネルと蓄電池システムを組み合わせることで、100%再生可能エネルギーによる電力自給・オフグリッドの実現を目指しています[*1], (図10)。

図10: 床下に設置された蓄電池システム
出典: 小野 司『Sumu Yakushima Concept Book Ver.1.2』株式会社 tono, p.19

石油やガスなどの化石燃料は一切使用せず、宿泊施設で使用するエネルギーは、すべて太陽光パネルで発電した電気と薪でまかないます。

さらに高機密高断熱工法によって、建物内は外気の影響を受けにくい仕様になっているため、環境負荷低減と快適性の両立が可能です。

 

「Sumu Yakushima」が紡いでいく新しいライフスタイル

国内外で高い評価を受けている「Sumu Yakushima」は、「人間も自然の一部である」という概念を大切にしています。

独立基礎や高床式構造などの環境再生建築は、自然をただ消費するのではなく、自然界の循環にならって環境にポジティブな影響をもたらし、自然に恩返ししていくという考えに基づいています。

「Sumu Yakushima」は、世代を超え将来にわたって、人間が自然や環境に対して何ができるのかを考え、行動することで、新しい暮らしや住まいづくりを提案する先進的なプロジェクトです。

「Sumu Yakushima」が提示する新しいライフスタイルは、自然と人間との共生を考えるきっかけを与えてくれるでしょう。

 

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参照・引用を見る

*1
小野 司『Sumu Yakushima Concept Book Ver.1.2』株式会社 tono, p.3, p.6, p.9, p.11, p.16, p19, p.23, p.24

*2
環境省「日本の世界自然遺産 屋久島」https://www.env.go.jp/nature/isan/worldheritage/yakushima/uiversal/index.html

*3
環境省 「離島における再エネ自給率向上ガイド」(2023)
https://www.env.go.jp/content/000130649.pdf, p.1

*4
鹿児島県「脱炭素に一番近い島 屋久島 CO2フリーの島めぐり」
https://www.kagoshima-env.or.jp/cms/wp-content/uploads/2022/03/0f7fcd933e4b7c53f9ef23ecdd3aa29c-3.pdf, p.1,p.2

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