バイオリファイナリー(Biorefinery)とは、バイオマスを資源として活用した生産技術や産業の総称です。
再生可能な植物由来の資源であるバイオマスは、バイオエタノールやバイオプラスチック、工業用酵素などを製造することができます。
太陽エネルギーと水、二酸化炭素があれば生成可能なバイオマスは、大気中の二酸化炭素量を増加させないカーボンニュートラルな資源と言われています。
バイオリファイナリーは二酸化炭素を多く排出する化石燃料を利用した産業の代替となることが期待されており、環境負荷を低減し、循環型社会の構築に貢献する技術の一つです。
バイオリファイナリーの推進にあたってはエネルギーセキュリティや環境負荷の観点から、原料となるバイオマスの国産化が求められています。
この記事では、バイオリファイナリーの技術の概要と今後の展望、バイオマスの国産化に向けた取り組みについて紹介します。
バイオリファイナリーとは?
バイオリファイナリーとは、農産廃棄物や未利用の食品廃棄物、古紙などのバイオマスを使用して、バイオ燃料や化学製品を生産する技術や産業のことです。
「リファイナリー」には「精製」という意味があり、石油を精製・分離してガソリンや軽油などの燃料やプラスチック製品を製造することは石油リファイナリー(オイルリファイナリー)と呼ばれています。これに対して、バイオマスを原料として同じような流れで製造する技術がバイオリファイナリーです[*1]。
バイオリファイナリーでは、食糧として用いることのできない非可食バイオマスから糖を取り出し、酵素や微生物などを生体触媒としたバイオ変換プロセスを経て、エタノールやジェット燃料などのバイオ燃料や、自動車部材や包装材などのグリーン化学品を製造します[*2], (図1)。
図1: バイオリファイナリーとは
出典: 公益財団法人 地球環境産業技術研究機構(RITE)「低炭素社会の実現を目指したバイオリファイナリー生産技術の開発」(2017)
https://www.rite.or.jp/news/events/pdf/inui-ppt-kakushin2017.pdf, p.2
図1の増殖非依存型バイオプロセスとは反応槽(タンク)に微生物を高密度充填して反応させる、地球環境産業技術研究機構が開発した独自のバイオ変換プロセスです。
従来の方法と比較して発酵阻害物質に耐性があり、高い生産性を示す手法です[*3]。
バイオ技術・バイオ産業などのバイオリファイナリーと持続可能な循環型社会との融合を、バイオエコノミーと言います[*2], (図2)。
図2: バイオエコノミーの概念
出典: 公益財団法人 地球環境産業技術研究機構(RITE)「低炭素社会の実現を目指したバイオリファイナリー生産技術の開発」(2017)
https://www.rite.or.jp/news/events/pdf/inui-ppt-kakushin2017.pdf, p.3
バイオエコノミー市場は今後も成長が期待されており、世界市場は2030年〜2040年で200兆円から400兆円に達すると予測されています[*4], (図3)。
図3: バイオエコノミーの成長予測
出典: 経済産業省「バイオものづくり革命の実現」(2023)
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/pdf/014_05_00.pdf, p.10
医療・ヘルスケアに加えて、素材・エネルギー・食品の分野も高い成長が期待されており、2030年のバイオ市場400兆円のうち、合計60%以上を占めると予測されています。
バイオリファイナリー推進のメリット
私たちの生活に身近なガソリンやプラスチック製品、化学繊維の衣類などは、石油を原料として製造されています。
資源に乏しい日本では、海外から輸入している化石燃料への依存度が非常に高く、2019年度の時点で一次エネルギーの化石燃料依存度は84.8%、そして石油は全体の37.1%を占めています[*5], (図4)。
図4: 日本の一次エネルギー供給構成の推移
出典: 経済産業省 資源エネルギー庁「2021—日本が抱えているエネルギー問題(前編)」(2021)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/energyissue2021_1.html
国産ではない輸入のエネルギーに依存していると、国際情勢によって、エネルギー安定供給が危ぶまれるリスクがあります。
さらに、石油や石炭などの化石燃料は燃焼時に二酸化炭素を多く排出します。そのため、「2050年カーボンニュートラル」の実現に向けて、化石燃料への依存度をなるべく減らし、環境負荷の低い再生可能エネルギーへの転換が求められています。
このように、化石燃料に依存して成り立っている現代の社会は、地球環境問題やエネルギー安全保障などの観点からさまざまな課題を抱えています。
バイオリファイナリーは、再生可能資源であるバイオマスを用いて、石油リファイナリーによって製造される燃料や化学製品、素材などと同等の製品を作ることができます[*6], (図5)。
図5: 石油リファイナリーとバイオリファイナリー
出典: 公益財団法人 地球環境産業技術研究機構(RITE)「バイオ研究グループの取り組み」https://www.rite.or.jp/bio/effort/
石油リファイナリーをバイオリファイナリーで代替することができれば、さまざまな課題を解決することができます[*6], (図6)。
図6: 石油リファイナリーからバイオリファイナリーへ
出典: 公益財団法人 地球環境産業技術研究機構(RITE)「バイオ研究グループの取り組み」https://www.rite.or.jp/bio/effort/
石油リファイナリーからバイオリファイナリーに転換していくことで、二酸化炭素排出量削減による循環型資源社会の構築、輸入エネルギー資源依存度低下、新産業育成などが可能になります。
バイオマスを原料として製造した製品の場合、廃棄・分解によって排出される二酸化炭素はもともと大気中にあったものです。
バイオマス発電も同様で、燃料の燃焼によって発生する二酸化炭素は、原料である植物が光合成によって吸収したものが大気に還って循環していると考えられます[*7], (図7)。
図7: バイオマス発電の概念図
出典: 国立研究開発法人 国立環境研究所「環境技術解説 バイオマス発電」
https://tenbou.nies.go.jp/science/description/detail.php?id=2
つまり、バイオリファイナリーによる製品の製造や発電は、大気中の二酸化炭素濃度を変化させません。そのため、二酸化炭素排出量実質ゼロを目指す、カーボンニュートラルの実現に貢献する技術と言えます。
また、バイオマスは中東などの一部の地域に偏在している化石燃料とは異なり、地球上のさまざまな地域に豊富に存在しています。
国産のバイオマスを有効活用できれば、国際情勢に左右されることなく、資源の安定供給も可能になります。
バイオマスの国産化に向けた取り組み
バイオリファイナリーを推進することによって、エネルギー自給率の向上が期待されますが、実際には海外から輸入した安価なバイオマスが原料として多く使用されています。
たとえば、木質バイオマス発電に使用されるアブラヤシ核殻(PKS)や木質ペレットは、木質バイオマス発電所が増加するに伴い、海外からの輸入量も増加しています[*8], (図8)。
図8: PKSおよび木質ペレット輸入量の推移
出典: NPO法人バイオマス産業社会ネットワーク「トピックス FITバイオマス発電をめぐる変化」https://npobin.net/hakusho/2021/topix_01.html
海外からの原料の輸入は、輸送の際に多くの二酸化炭素を排出するため、環境負荷も大きくなります。
このように原料のバイオマスを輸入に頼っている状態では、エネルギーセキュリティ(エネルギーを安定的に供給できる状態を維持すること)や環境負荷に関する課題の解決は困難です。
そのため、バイオリファイナリーの推進においては、バイオマスの国産化が望まれます。
2050年カーボンニュートラル実現に向けて、今後国内のバイオ産業は拡大していくことが想定されています。
国産バイオマス産業の規模については、現時点では製品・エネルギー市場の約1%にとどまっていますが、将来的に約10%まで成長させることを目指しています。
マイルストーンとして、まずは2030年に現在の約2倍、2%の市場獲得を目指しています[*9]。
バイオマスの国産化に向けて、国内の企業や研究機関では、さまざまな取り組みが行われています。
2021年に2月には、JALが国内で初めて、国産バイオジェット燃料を搭載した飛行機のフライトを実施しました。
この取り組みでは、全国から不要になった約10万着の衣料品を回収し、衣料品の綿からバイオジェット燃料を製造することに挑戦しています[*10], (図9)。
図9: 10万着で飛ばそう!JALバイオジェット燃料フライト
出典: 国土交通省「エアーラインにおける脱炭素化の取組」(2023)
https://www.mlit.go.jp/koku/content/001587162.pdf, p.5
この取り組みによって、国産のバイオジェット燃料が国内の技術力で製造可能であることが立証できました。そして、2021年6月には、木くずと微細藻類を使用した、国産バイオジェット燃料2種類を同時に搭載した飛行機のフライトにも成功しています[*11]。
その他にもバイオマスの国産化を目指す取り組みとして、日本固有の針葉樹であるスギを原料とした新素材「改質リグニン」の実用化が進められています。
リグニンは、樹木が重力に逆らって高く成長するために必要な成分で、高強度、高耐熱性な材料に加工することができますが、構造が多様であるため、実際に素材として活用された例はありませんでした。
しかし、スギに含まれるリグニンは均一で、構造にばらつきがないことから、素材として実用化することが期待されています。
スギに含まれるリグニンを、ポリエチレングリコールという化合物によって抽出した改質リグニンは、熱を加えることでさまざまな形に加工することが可能です[*12], (図10)
図10: 改質リグニンの製品展開例
出典: 農林水産省「暮らしと地域を豊かに!植物由来の『新素材』研究の最前線」(2022)
https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/2209/spe1_03.html
図10のように、電子基盤やスピーカーの振動板、カーボン繊維強化材、自動車のボンネットなどの製品に展開でき、従来の技術よりも製造コストをカットできる製品もあります。
幅広い用途に使用できることから、将来的な市場規模は3兆円にのぼるとも注目されています。
日本は、国土の約7割が森林であり、そのうち約2割がスギの人工林です。そのため、改質リグニンの実用化が進んだ場合も、安定的に国産の原料を供給することが可能です。
さらに改質リグニンの活用は、中山間地域に新しい産業を生み出し、地域活性化にもつながります。
まとめ
バイオマスを活用して燃料や製品を生産するバイオリファイナリーは、今後成長する産業として世界的にも注目されています。
生物由来のバイオマスは、気候変動の進行を抑制しながらも、本来なら廃棄物となっていたものを循環利用ができるという優れた特徴を持っています。
さらに、バイオマスの国産化が進めば、海外からの化石燃料の輸入量を減らすことができ、エネルギー自給率の向上にも貢献できます。
現在国内では、バイオマスの国産化に向けたさまざまな取り組みが行われており、国産バイオジェット燃料の実用化や、日本固有のスギを利用した新素材の開発が進められています。
循環型社会の実現に貢献するバイオリファイナリーは、持続可能な社会の実現に一歩近付く、重要な産業と言えるでしょう。
参照・引用を見る
*1
一般社団法人日本有機資源協会「バイオマス利用に関する3つのキーワード」
*2
公益財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE)「低炭素社会の実現を目指したバイオリファイナリー生産技術の開発」(2017)
https://www.rite.or.jp/news/events/pdf/inui-ppt-kakushin2017.pdf, p.2, p.3
*3
公益財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE)「RITE Bioprocess(増殖非依存型バイオプロセス)」
https://www.rite.or.jp/bio/core/process.html
*4
経済産業省「バイオものづくり革命の実現」(2023)
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/shin_kijiku/pdf/014_05_00.pdf, p.10
*5
経済産業省 資源エネルギー庁「2021—日本が抱えているエネルギー問題(前編)」(2021)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/energyissue2021_1.html
*6
公益財団法人 地球環境産業技術研究機構(RITE)「バイオ研究グループの取り組み」https://www.rite.or.jp/bio/effort/
*7
国立研究開発法人 国立環境研究所「環境技術解説 バイオマス発電」https://tenbou.nies.go.jp/science/description/detail.php?id=2
*8
NPO法人バイオマス産業社会ネットワーク「トピックス FITバイオマス発電をめぐる変化」
https://npobin.net/hakusho/2021/topix_01.html
*9
農林水産省「バイオマスの活⽤をめぐる状況」(2023)
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/biomass/attach/pdf/index-34.pdf, p.15
*10
国土交通省「エアーラインにおける脱炭素化の取組」(2023)
https://www.mlit.go.jp/koku/content/001587162.pdf, p.5
*11
JAL「SAF(持続可能な航空燃料)の開発促進と活用」
https://www.jal.com/ja/sustainability/environment/climate-action/saf/
*12
農林水産省「暮らしと地域を豊かに!植物由来の『新素材』研究の最前線」(2022)