電力は送電線を通して私たちに届けられています。その送電ネットワークを地域間、多国間へと広げて、新しいインフラを作る……、海外では、それはもう現実です。そして、私たちの身近な地域でも、そうした構想が実現に向けて動き出しています。
一体、新しいインフラにはどのような意味があるのでしょうか。その構想とは……?
スーパーグリッドとは
まず、スーパーグリッドとは、どのようなものでしょうか。
スーパーグリッドの概要と電力貿易
電力は送電線を通して私たちに届けられます。その送電網を「グリッド」(送電系統)と呼びます。その送電網を他地域、多国間に広げ繋げて新しいネットワークを作る、それがスーパーグリッドです *1。
他国間のスーパーグリッドの場合、その送電網は、技術的には国内送電網と同じですが、海を越えるネットワークでは、海底ケーブルを使います *1。
現在、ヨーロッパや北米では、国同士を結ぶ国際送電網が発展していて、国際送電網を通じた「電力貿易」が常に行われています *1。
日本と同じように、海で囲まれたイギリスやアイルランドも、海底ケーブルを使って電力の貿易をしているのです。
以下の図1は、主要な国、地域の電力輸出率と輸入率を表しています。
図1 主要国・地域の電力輸出率と輸入率(2014年)
出典:自然エネルギー財団HP(2018)「国際送電網よくある質問:国境や海を越えて電気は輸出入できる?」
https://www.renewable-ei.org/activities/qa/ASG.php
この図からもわかるように、現在、ヨーロッパを中心に、電力の貿易が行われています。
ヨーロッパ各国では、発電電力量の約10%を輸出入しています *2。
ヨーロッパ以外では、アメリカや中国、ロシアにおいても電気の輸出入が行われていますが、図1からもわかるように、その割合は発電電力量の1%前後です *2。
スーパーグリッドのメリット
では、スーパーグリッドのメリットとはどのようなものでしょうか。
簡単にまとめると、そのメリットは、以下の3つです *2。
- 災害時などにエネルギーの安定供給ができる
- 自然エネルギーの導入促進に役立つ
- 電力の価格競争により、より安価な電気が利用できる
まず、上記1についてですが、例えば日本では、「東日本大震災(2011年)」や「平成30年北海道胆振東部地震(2018年)」など大きな災害が発生したときに、計画停電や大規模停電(ブラックアウト)を経験しました。
このようなときに、地域や国を越えて電力を融通することができたら、こうした停電が防止できる可能性があります *2。
次に、上記2について、もう少し詳しくお話しします。
太陽光発電や風力発電などの自然エネルギーは、自然条件(日射量や風量)に大きな影響を受けるため、発電量が安定しません。
でも、地域や国を越えて、それらの発電量を互に融通し合えれば、電力の需要と供給のバランスがとりやすくなります。その結果、CO2を排出しないクリーンな自然エネルギーの導入が進むことになるのです *2。
最後に、上記3についてですが、国際送電網によって海外と繋がることで、海外の発電コストの安い電力を利用できるようになると考えられます *2。
自然エネルギ―は自然資源を活用するため、地域によってそのエネルギー源が異なりますが、自国では高コストの電力をよりコストの低い国から輸入するによって、安価な電力を利用できるようになるのです *3 p.3。
海外におけるスーパーグリッドの状況 *1
ここでは、海外におけるスーパーグリッドの状況をみていきたいと思います。
ヨーロッパの国際電力ネットワーク
まず、ヨーロッパの状況をみてみましょう。
先ほどお話ししたように、ヨーロッパでは、国同士を結ぶ国際送電網が発展しています。
以下の図2は、ヨーロッパの国際電力ネットワーク(送電網)を表しています。
図2 ヨーロッパの国際電力ネットワーク
出典:自然エネルギー財団HP(2017)
横山隆一「日本の電力網の特徴と国際連系の課題 再生可能エネルギー有効活用のための次世代ネットワーク」p.25
https://www.renewable-ei.org/activities/events/img/20170517/Ryuichi_Yokoyama.pdf
ヨーロッパの北海スーパーグリッド構想
このように、国同士を結ぶ国際送電網が発展しているヨーロッパでは、今後に向けてさらに発展的な構想が練られています。
例えば、「イギリスの電力需要が低く、風力が速い時に、イギリスの沿岸沖でつくられた余剰風力エネルギーをノルウェーに送って、水力発電所の水をポンプで揚げるのに活用する。その水力発電でつくられた電力を、イギリスの電力需要が高くて、風が吹いていない時に、イギリスに送電する」というように、国際的な電力融通を行い、エネルギーを循環させていこうとする構想です。
以下の図3は、こうした「北海スーパーグリッド構想」を表しています。
図3 ヨーロッパにおける北海スーパーグリッド構想
出典:図2と同資料:p.21
https://www.renewable-ei.org/activities/events/img/20170517/Ryuichi_Yokoyama.pdf
上の図中の黄色い線はすでに稼働中であることを、赤の実践は調整ずみの沖合を、赤の点線は現在準備が進行中であることを、 そして、緑色の四角はDC(直流)プラットフォームを表します。
DESERTEC構想
よりスケールの大きな構想もあります。
それは、低ロスで長距離輸送が可能な送電線を利用して、ヨーロッパ、北アフリカ、中東間に広がるネットワークを構築しようという「DESERTEC構想」です。
この構想は様々な地域で発電された電力をヨーロッパに輸送する計画で、2050年までに、砂漠と地中海に広がる電力ラインを通して、ヨーロッパの電力の15%を供給することが目標です *1 p.23。
この構想では、①北アフリカと中東の砂漠における太陽熱発電、②北西アフリカ、北ヨーロッパ、西欧沿岸の風力発電、③日照の多い地域における太陽光発電、④アルプス山脈、ピレネー山脈、アトラス山脈の山岳地域における水力発電、⑤地理的条件に合致する場所でのバイオマスおよび地熱発電、というように、広域でさまざまな種類の自然エネルギーを活用しようとしています *1 p.44。
北米における地域連系
次に北米に目を移しましょう。
アメリカ・カナダ間では、1世紀前から電力の貿易が行われていて、2016年時点で37の国際連系線があります。
カナダの水力発電量は世界第2位ですが、年間発電量の11.3%をアメリカに輸出しています。
一方、アメリカの風力と太陽光の設備容量は世界第2位で、自然エネルギーの市場をリードしています *4 p.7。
さらに、メキシコを含む壮大なプロジェクトが立ち上がりました。
2012年以降、アメリカで5,5094km、カナダで1,3604km、メキシコで622km、合計で69,320kmの送電線を建設するというプロジェクトです。
このプロジェクトの目的は、電力供給の安定化が52%、経済性(送電混雑の解消等)が14%、自然エネルギーの連系が20%、水力発電の連系が3%、火力発電と原子力発電の連系が各1%です *1 p.43。
以下の図4は、以上のような北米のプロジェクトを表しています。
図4 北米の電力ネットワークプロジェクト
出典:図2と同資料:p.43
https://www.renewable-ei.org/activities/events/img/20170517/Ryuichi_Yokoyama.pdf
ASEANパワーグリッド構想(APG)
最後に、「ASEANパワーグリッド構想(以下、「APG」)」をみたいと思います。
この構想の特徴は、以下の3点です *1 p.26。
- ASEAN諸国間で電力を融通し合い、資源を有効活用すること
- 電力を通した国際間の融和
- 地域経済・産業の活性化
以下の図5は、APGを表しています。
図5 APG
出典:図2と同資料:p.26
*ジャック・カサッザ原著『忘れられたルーツ 電力産業120年の浮沈とこれからの100年』に筆者が加筆
https://www.renewable-ei.org/activities/events/img/20170517/Ryuichi_Yokoyama.pdf
日本関連のスーパーグリッド構想
ここでは、日本に関連する3つのスーパーグリッド構想をご紹介したいと思います。
ジャパンスーパーグリッド構想
まず、「ジャパンスーパーグリッド構想」についてお話しします。
これは、日本国内でのスーパーグリッド構想で、北海道の一番北の稚内から九州の福岡までの広い地域を縦断する送電網の整備をしようとするものです *1 p.28。
日本では、東日本が50Hz、西日本が60Hzと、地域によって異なる周波数になっているため、それらの地域間で連系して送電網を繋ぐことが困難だという問題があります。
この構想の目的は、この問題を解消することです。
その構想が実現すれば、たとえば稚内で発電した太陽光や風力による電力を首都圏やその他の各地に送ることが可能になるのです。
以下の図6は、以上のようなジャパンスーパーグリッド構想を表しています。
図6 ジャパンスーパーグリッド構想
出典:資料2と同資料:p.28
https://www.renewable-ei.org/activities/events/img/20170517/Ryuichi_Yokoyama.pdf
ASG(アジアスーパーグリッド構想
ジャパンスーパーグリッド構想は、将来的には、日本を含むアジア各国を、大容量の高圧送電線で連結し、互いに電力を融通し合うことを目指しています。
それが、「ASG(アジアスーパーグリッド構想、以下「ASG」)」です *1 p.28。
アジア各地には、太陽光、風力、水力などの自然エネルギー資源が豊富に存在しています。
ASGは、それらの自然エネルギーを、各国が互いに活用できるようにするために、各国の送電網を結んでつくりだす国際的な送電網です *5 冒頭部分。
以下の図7は、ASGを表しています。
図7 AGS
出典:自然エネルギー財団HP「アジアスーパーグリッド(ASG)とは」
https://www.renewable-ei.org/asg/about/
東アジアスーパーグリッド構想
最後にご紹介するのは、「東アジアスーパーグリッド構想」です。
先ほどもお話ししましたが、日本では2011年に東日本大震災が起こりました。さらに、その後、津波による原子力発電所の事故も起こり、電力供給が著しく低下しました。
この経験から、震災の翌年2012年に提唱されたのが東アジアスーパーグリッド構想です *1 p.27。
以下の図8は、 東アジアスーパーグリッド構想を表しています。
図8 東アジアスーパーグリッド構想
出典:国際環境経済研究所HP(2015)国際環境経済研究所理事、
東京大学客員准教授松本真由美「次世代電力供給ネットワーク(スーパーグリッド)構想」
http://ieei.or.jp/2015/07/special201310_01_006/2/
この構想の目的は、孤立している日本の電力網を外国と相互接続し、国境を越えて電力を融通しあう仕組みを構築することです *1 p.27。
そのために、まず韓国との間で双方の送電線をつなぐ海底ケーブルを敷設する計画が提案されています。
そして、基幹ケーブルの日本側の末端である福岡からは、東日本に向けて伸びる日本列島に別の海底ケー ブルを設置し、日本の電力会社が各地で運用する送電網に基幹ケーブルを接続するという構想です *1 p.27。
スーパーグリッドを実現するために
では、スーパーグリッド構想は、どのようにしたら実現することができるのでしょうか。
スーパーグリッド実現の要件
まず、マクロ的な視点から、国を越えたスーパーグリッドの要件を考えてみましょう。
それは以下の3点にまとめることができます *1 p.44。
- 連系する各国が、政治・経済・社会的に安定していること
- 連系する各国が、友好関係にあること(国境紛争等を抱えていないこと)
- 地域の特性が異なり、自然エネルギーなどのさまざまな資源が分散していること
上記の1と2は、送電線のネットワークを構築し、安定的に維持することに関係しています。
そもそも2の要件が満たされなければ、ネットワークを構築すること自体が困難です。
また、ネットワークが構築できたとしても、1と2の要件が満たされなければ、ネットワークが遮断され、機能しなくなってしまうおそれがあります。
電力を供給する送電網は、日常生活に欠かせない大切なインフラですから、もしそのネットワークに支障が生じれば、社会は大混乱に陥ってしまうでしょう。
最後の3は、エネルギーの多様性に関わることです。
地域の自然環境を活用して発電する自然エネルギーには、様々な種類のものがあり、それぞれに固有の特徴があります。
広い地域に広がるネットワークがあれば、そうした様々な種類の自然エネルギーを組み合わせ、補完的に効率よく利用することができるのです。
スーパーグリッド実現に向けた日本の要件
最後に、日本に関する要件についてお話ししたいと思います。
まず、日本の系統連系(送電系統間の連結)の特徴をみていきましょう。
以下の図9は、日本の系統連系を表しています。
図9 日本の系統連系
出典:自然エネルギー財団HP(2017)
横山隆一「日本の電力網の特徴と国際連系の課題 再生可能エネルギー有効活用のための次世代ネットワーク」p.35
https://www.renewable-ei.org/activities/events/img/20170517/Ryuichi_Yokoyama.pdf
1つ目の特徴は、先ほどお話ししたように、地域により周波数が50Hzと60Hzに分かれていることです。周波数が異なる地域間で電力をやりとりする場合には、これらの地域の間で周波数を変換する必要があります。
そのため、現在、50Hzと60Hzの地域の間に超高圧直流送電線を建設する計画が進行中です *1 p.38 。
2つ目の特徴は、「串型」であるという点です。
これは図2でみたヨーロッパの国際電力ネットワークとは対照的です。
ヨーロッパの送電網はメッシュ状に張り巡らされていて、広範囲にわたる電力の融通が可能な形状になっています。
一方、日本国内の送電網は「串型」であるため、隣のエリアとのみ連系しているのです。
2019年5月、経済産業省は、自然エネルギーの利用促進に向け、地域間で電気を融通する送電線連系の強化(図10の赤い丸で囲った部分)について政府案を示しました *6 p.3 。
次の図10は地域間連系の増強計画を表しています。
図10 地域間連系の増強計画
出典:経済産業省資源エネルギー庁HP(2019)「電力ネットワークの形成及び負担の在り方について」p.6
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/datsu_tansoka/pdf/003_02_00.pdf
この計画は、自然エネルギーの発電量が多い北海道や東北と、消費量が多い東京をつなぐルートを増強しようとするものです *6 p.6。
具体的には、2019年3月に90万KWに増やした北海道-東北の連系線をさらに120万KWに増強し、東北-東京も515万KWから970万KWに増やす計画です。
現在、日本国内の送電網は地域の電力大手10社ごとに整備されていますが、災害などの緊急時には連系線を使って電気を融通する仕組みになっています。
しかし、大量の電気を日常的に送るには容量に限りがあります。
また、繰り返しになりますが、日本の送電網は地域によって周波数が異なること、串型であること、そして、図9でみたように、もともとエリアごとで需給のバランスをとっているため、自然エネルギーの発電量がその地域の需要を上回った場合には、その余剰分を他の系統に流しにくく、発電量を抑制するという事態も生じています。
この計画が実現すれば、こうした需要と供給のバランスがより広い地域で調整できるため、電力の安定供給につながり、自然エネルギーをより効率的に利用することもできるようになります *6 p.3。
このような国内の既存の電力網の整備は、スーパーグリッドが実現して、日本の送電網が海外の送電網に繋がった際に、海外からの電力を有益に利用するために必要なものなのです。
おわりに
今までみてきたように、スーパーグリッドには優れたメリットがあります。
そのため、現在、世界各地でスーパーグリッド構想が練られています。
そうした状況の中、国を越えたスーパーグリッドを実現するためには、各国間の良好な関係が前提となるという事実は示唆的です。
いつか世界中がスーパーグリッドで繋がるような日が訪れるでしょうか。
その答えは、私たちに委ねられているといっていいでしょう。
参照・引用を見る
- 自然エネルギー財団HP(2017)横山隆一「日本の電力網の特徴と国際連系の課題 再生可能エネルギー有効活用のための次世代ネットワーク」
https://www.renewable-ei.org/activities/events/img/20170517/Ryuichi_Yokoyama.pdf - 自然エネルギー財団HP(2018)「国際送電網 よくある質問」
https://www.renewable-ei.org/activities/qa/ASG.php - 自然エネルギー財団HP(2017)「アジア国際送電網研究会 中間報告書」
https://www.renewable-ei.org/activities/reports/img/20170419/ASGInterimReport_170419_Web.pdf - 自然エネルギー財団HP(2018)「アジア国際送電網研究会 第2次報告書 概要版」
https://www.renewable-ei.org/activities/reports/img/20180614/20180614_Summary_ASGSecondReport_JP.pdf - 自然エネルギー財団HP「アジアスーパーグリッド(ASG)とは」
https://www.renewable-ei.org/asg/about/ - 経済産業省資源エネルギー庁HP(2019)「電力ネットワークの形成及び負担の在り方について」
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/datsu_tansoka/pdf/003_02_00.pdf
・国際環境経済研究所HP(2015)国際環境経済研究所理事、東京大学客員准教授松本真由美「次世代電力供給ネットワーク(スーパーグリッド)構想」
http://ieei.or.jp/2015/07/special201310_01_006/2/
・自然エネルギー財団HP(2017)「アジア国際送電網研究会 中間報告書」
https://www.renewable-ei.org/activities/reports/img/20170419/ASGInterimReport_170419_Web.pdf
・自然エネルギー財団HP(2017)上級研究員 分山達也「自然エネルギーの導入拡大に向けた系統運用 —日本と欧州の比較から—」
http://j-water.org/wp-content/uploads/2017/07/wakeyamasama.pdf
・JETRO(日本貿易振興機構) HP(2019)「 ビジネス短信 北東アジアスーパーグリッド」構想実現のため、調整機関設立を提案(モンゴル、中国)」
https://www.jetro.go.jp/biznews/2019/05/c95ab2ee7103defc.html
・JETRO(日本貿易振興機構) HP(2016)「ビジネス短信 遠大な『アジアスーパーグリッド』を5ヵ国で構想-モンゴル経済の現状と課題(4)-(モンゴル)」
https://www.jetro.go.jp/biznews/2016/11/7d2ae0b4e4701370.html
・NEDO(国立開発研究法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)HP(2014)「再生可能エネルギー技術白書 第2版 第9章 系統サポート技術」
https://www.nedo.go.jp/content/100544824.pdf<Photo:Alina Grubnyak>