マテリアル革新とは? SDGs達成のカギとなる最新技術を紹介

2015年9月の国連サミットにおいて、全会一致で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)[*1]。

その達成に向けては、物質、材料、デバイスといったマテリアルにおける革新が不可欠だと言われています[*2]。

それでは、マテリアル革新とはどのようなものなのでしょうか。また、SDGsの達成に向けて、どのような取り組みが行われているのでしょうか。詳しくご説明します。

 

SDGsとは

SDGs(持続可能な開発目標)とは、「誰一人取り残さない」持続可能で多様性と包摂性のある社会の実現のために、2030年を年限とする17の国際目標のことです[*1], (図1)。

図1: SDGs(持続可能な開発目標)とは
出典: 外務省「持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けて日本が果たす役割」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/pdf/sdgs_gaiyou_202310.pdf, p.2

貧困や教育、水・衛生、エネルギーなど様々な分野で国際目標が設定されています。また、国際目標の下には、169のターゲット、231の指標が定められています。

 

マテリアル革新とは
マテリアル産業の現状

マテリアルは、材料や部品・加工品の総称です。日本には、世界市場で高いシェアを誇るマテリアル製品が数多く存在しています[*3], (図2)。

図2: 高いシェアを有するマテリアル製品例
出典: 国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構「デジタル技術の活用によるマテリアル産業競争力強化に向けて」
https://www.nedo.go.jp/content/100952006.pdf, p.4

例えば、半導体の製造に欠かせないフォトレジストと呼ばれるマテリアルは、日系シェアが86%となっています。また、自動車の二次電池用の部材に使われる正極材(電池のプラス側の電極)の日系シェアは100%、負極材(電池のマイナス側の電極)のシェアは98%と、日本は高い競争力を持っています。

一方で、世界的な開発競争の激化により、近年では一部のマテリアル製品において日本企業のシェアが奪われつつあります。例えば、自動車用部素材であるポリプロピレンやLIB(正極材)などの素材のシェアが減少しています[*3], (図3)。

図3: 日本企業の自動車用部素材における売上高・世界シェアの経年変化
出典: 国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構「デジタル技術の活用によるマテリアル産業競争力強化に向けて」
https://www.nedo.go.jp/content/100952006.pdf, p.5

マテリアル革新が求められる背景

先述したように、日系シェアが減少しつつあるなかで、マテリアル産業の取り組みを再度活発化することは、日本経済の今後に大きな影響を与えると言えます[*2]。

また、SDGsの達成や社会課題の解決に向けては、さらなるマテリアルの革新が不可欠です。

例えば、SDGs目標6「安全な水とトイレを世界中に」の達成に向けては、後述する「ファインバブル技術」の普及が期待されています[*4]。

また、全ての人々が安価で信頼できる持続可能なエネルギーへのアクセスの確保を目指し、目標7では「エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」が定められており、現在、「熱電材料」と呼ばれるマテリアルの研究開発が行われています[*5, *6]。

 

SDGs達成に向けたマテリアル革新の取り組み事例
ファインバブル技術とは

SDGs目標6は、全ての人が安全に管理された水と衛生施設(トイレ)を持続的に利用できることを示したものです[*7]。

世界には、排せつ物や化学物質に汚染されていない水を得ることができない人々が約22億人、安全に管理されたトイレを利用できない人々が約42億人いるとされています。

これらの問題を解決する手段の一つとして、現在、ファインバブル技術の発展が期待されています。ファインバブルとは、粒径が100マイクロメートル未満の気泡のことで、この気泡を持つファインバブル水は、通常の水では得られない水質浄化機能や洗浄機能があります[*4]。

ファインバブル水の活用は、これまで使っていた薬品や化学物質の使用量を減らすほか、水利用効率の改善や排出される汚水の削減につながります[*4, *8], (図4)。

図4: ファインバブル水使用によるSDGs達成の道筋
出典: 経済産業省「ファインバブル応用技術の持続可能な開発目標(SDGs)への貢献評価を示したガイドラインが国際標準化されました」
https://www.meti.go.jp/press/2021/04/20210427002/20210427002.html

国内では、ファインバブル水の洗浄効果の実証が行われています。サービスエリア内のトイレの床洗浄にファインバブル水を用いた実証事業では、水道水と比較し使用水量が99%削減され、洗剤の使用量も66%削減されました[*4], (図5)。SDGs目標14「海の豊かさを守ろう」達成に貢献する可能性を持った技術と言えるでしょう。

図5: サービスエリアにおけるファインバブル水を使ったトイレ洗浄事例
出典: 経済産業省「ファインバブル応用技術の持続可能な開発目標(SDGs)への貢献評価を示したガイドラインが国際標準化されました」
https://www.meti.go.jp/press/2021/04/20210427002/20210427002.html

カーボンナノチューブ技術とは

SDGs目標6の達成に向けては、ファインバブル技術だけでなく、カーボンナノチューブと呼ばれる素材の研究開発も進められています[*9]。

カーボンナノチューブとは、「カーボン(炭素)」、「ナノ(10億分の1メートル)」「チューブ」の3つの要素を併せ持つ物質のことです。

この素材は、髪の毛の5万分の1の細さで、軽く、鋼の数十倍の強度を持っています。また、熱や電気を効率よく伝えるため、リチウムイオン電池にも使われ、電池性能の向上にも貢献しています。

現在、安全な水確保に向けて、海水の淡水化が世界各国で進められています。例えば、サウジアラビアでは、「逆浸透膜法」と呼ばれる技術を活用し、海水から塩分をこして淡水を作るプラントを運用しています[*9], (図6)。

図6: サウジアラビアが運用する海水淡水化プラント
出典: 公益財団法人 ニッポンドットコム「カーボンナノチューブ:海水淡水化技術への応用で世界の水問題に」
https://www.nippon.com/ja/in-depth/d00739/

現在、世界各国で逆浸透膜法による海水の淡水化が行われています。しかしながら、既存の方法では塩分を取り除くプロセスで大量の電力が必要になります。

また、1トン当たり約1ドルかかる高額なコストを半額まで抑えることが課題とされています。

さらに、従来の逆浸透膜では、淡水化に使う海水を薬剤で処理して不純物を除去する前処理が必要です。使用された薬剤は、無害化されて海洋に破棄されるものの、海洋環境保全の観点からその量を最小限にすることが求められます。

そこで現在、従来の逆浸透膜よりも強度が高いカーボンナノチューブを使った逆浸透膜の開発が進められています。

例えば、信州大学は2018年、カーボンナノチューブを混ぜた逆浸透膜の開発に成功しました。これにより、膜がプラスの電気を帯びたり、表面の凹凸が減ったりしたことで、不純物が付着しにくくなったため、薬剤使用量の削減を実現しています。

また、同技術は、海水の淡水化だけでなく、下水処理やこれまで十分に活用されてこなかった工場排水の再利用にも応用可能なため、幅広い場面での活用が期待されています。

熱電材料を活用した未利用熱の活用

全ての人が安価で信頼できる持続可能なエネルギーへアクセスできるようにするため、SDGs目標7「エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」が設定されています[*10]。

現在、世界には石炭や薪など一酸化炭素などの有害物質を発生させる燃料を使わざるを得ない人たちが28億人いるとされています。また、これらの燃料を屋内で使用することで早く亡くなる人は、年間400万人にも達すると言われています。

さらに、化石燃料の過度な使用による地球温暖化および生態系への影響も懸念されています。IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)は、「人間による大規模な環境破壊によって、地球上に存在する生物のうち、毎日100種が姿を消している」と発表しました[*6]。

これらの問題を解決するためには、クリーンなエネルギーを効率的に活用することが不可欠です。そこで注目を集めているのが、「熱電材料」を使って未利用熱を再利用するという取り組みです。

石油や天然ガス等の化石燃料を使用すると、燃料の約70%が熱として発生します。この熱は、通常未利用熱としてそのまま大気中に放射され、地球温暖化の原因となります。

そこで、未利用熱をエネルギー資源として再利用する熱電材料の研究開発が進んでいます。例えば、東京理科大学は、「マグネシウム・シリサイド(Mg2Si)」という環境に優しい熱電材料を活用し、未利用熱を電気へ変換することに成功しました[*6], (図7)。

図7: 熱電材料とは
出典: 東京理科大学「環境にやさしい『熱電材料』で、未利用熱を再利用する」
https://www.tus.ac.jp/sdgs/48

未利用熱から変換した電気を効率的に活用することで、SDGs目標7の達成に貢献するとともに、CO2削減にもつながるため、目標13「気候変動に具体的な対策を」も後押しします。

セラミックス分野における取り組み

SDGs目標13において、「気候変動に具体的な対策を」が定められています。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の発表によると、2011年から2020年の世界の平均気温は、1850年から1990年よりも1.09度高くなったとされます[*11]。

気候変動は、食糧不足や水不足、生態系などあらゆる面で、重大な影響を引き起こす可能性があります。これらを解決するためには、2050年ごろまでに世界の温室効果ガス排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」の実現が不可欠です。

カーボンニュートラルの実現に向けて、様々な分野での取り組みが広がっていますが、その一つとしてセラミックス分野での取り組みが挙げられます。

セラミックスとは、固形材料のうち、陶器や磁器、ガラス、セメントなど無機材料のことを指します[*12]。

セラミックスは高温で焼いて作るのが一般的ですが、製造中に排出されるCO2の約6割が焼成工程で発生するとされています。そのため、焼成過程におけるCO2排出削減が求められています[*13]。

そこで、名古屋工業大学は、現在、先進セラミックス研究センターを設立し、焼かずにセラミックスを製造する方法を研究しています。

また、自動車の排ガス浄化用のセラミック製品等の製造販売を手がける日本ガイシ株式会社では、CO2の分離・回収が可能なサブナノセラミック膜の研究開発を進めています[*14]。

サブナノセラミック膜は、混合物から特定の気体や液体を、分子レベルでふるい分けすることが可能な膜です[*15]。

CO2分離に用いられる従来の設備では、巨大な設備が必要なことや、エネルギー消費が大きいといった課題があります。CO2分離の工程で、サブナノセラミック膜を用いることで、エネルギー消費が大きい加熱プロセスが不要になるため、設備のコンパクト化や省エネ化、CO2削減が期待でき、脱炭素につながります[*15], (図8)。

図8: サブナノセラミック膜とは
出典: 日本ガイシ株式会社「分子レベルでの分離が可能な『サブナノセラミック膜』」
https://www.ngk.co.jp/rd/subnano/

現在、サブナノセラミック膜は、石油天然ガス・金属鉱物資源機構等がアメリカのテキサス州で行う原油随伴ガスからCO2を分離・回収する実証事業で採用されるなど、活用が進んでいます。日本ガイシ株式会社は、将来的に、工場から排出される産業排ガスについてもCO2を分離・回収する技術の開発を進めるとしており、幅広い分野での活用が期待されています[*14]。

 

まとめ

今回紹介した以外にも、身の回りの製品の原料となる様々なマテリアルが研究開発され、日々進化しています。マテリアル革新を通じて、改めてSDGs目標や、持続可能な社会について考えてみるのはいかがでしょうか。

 

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参照・引用を見る

*1
外務省「持続可能な開発目標(SDGs)達成に向けて日本が果たす役割」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/pdf/sdgs_gaiyou_202310.pdf, p.2

*2
マテリアル革新力強化のための戦略策定に向けた準備会合「マテリアル革新力強化のための政府戦略に向けて(戦略準備会合取りまとめ)」
https://www.mext.go.jp/content/20200602-mxt_nanozai-000007507_1_2.pdf, p.2

*3
国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構「デジタル技術の活用によるマテリアル産業競争力強化に向けて」
https://www.nedo.go.jp/content/100952006.pdf, p.4, p.5

*4
経済産業省「ファインバブル応用技術の持続可能な開発目標(SDGs)への貢献評価を示したガイドラインが国際標準化されました」
https://www.meti.go.jp/press/2021/04/20210427002/20210427002.html

*5
株式会社朝日新聞社「SDGsとは 17の目標と日本の現状、身近な取り組み事例をわかりやすく解説」
https://www.asahi.com/sdgs/whats/

*6
東京理科大学「環境にやさしい『熱電材料』で、未利用熱を再利用する」
https://www.tus.ac.jp/sdgs/48

*7
株式会社朝日新聞社「SDGs目標6『安全な水とトイレを世界中に』とは?現状と取り組み事例」
https://www.asahi.com/sdgs/article/14674177

*8
一般社団法人 ファインバブル産業会「ファインバブルの作用と活用」
https://fbia.or.jp/fine-bubble/fine-bubble-knowledge/action-and-utilization/

*9
公益財団法人 ニッポンドットコム「カーボンナノチューブ:海水淡水化技術への応用で世界の水問題に」
https://www.nippon.com/ja/in-depth/d00739/

*10
株式会社朝日新聞社「SDGs目標7『エネルギーをみんなに、そしてクリーンに』とは?事例やできることも紹介」
https://www.asahi.com/sdgs/article/14792098

*11
株式会社朝日新聞社「SDGs目標13『気候変動に具体的な対策を』とは?事例付きで解説」
https://www.asahi.com/sdgs/article/14727244

*12
日本ガイシ株式会社「セラミックスとは」
https://www.ngk.co.jp/academy/course01/00.html

*13
名古屋工業大学「取組紹介-CO2排出を削減! カーボンニュートラル時代を支える 低温及び無焼成でつくるセラミックス」
https://www.nitech.ac.jp/news/news/2022/9961.html

*14
株式会社日経BP「日本ガイシ・小林茂社長『セラミックスで脱炭素に貢献』」
https://project.nikkeibp.co.jp/ESG/atcl/column/00006/011400113/
https://project.nikkeibp.co.jp/ESG/atcl/column/00006/011400113/?P=2

*15
日本ガイシ株式会社「分子レベルでの分離が可能な『サブナノセラミック膜』」
https://www.ngk.co.jp/rd/subnano/

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