日本の労働時間は世界と比べて長い? ニューノーマル時代の新しい働き方

長時間労働による健康被害や過労死は社会問題となっており、労働時間の是正を目的とした働き方改革が進んでいます。

かつては長時間労働が当たり前の社会であったことから、日本は海外諸国と比較して労働時間が長いイメージがあります。しかし近年ではワーク・ライフ・バランスを推進する企業も増え、仕事と生活どちらも充実させることで生産性を上げるという考えも広まっています。
さらに2020年以降の新型コロナウイルス感染拡大の影響によって、世界的にテレワークやリモートワークが急速に普及しつつあります。

この記事では労働時間や働き方に関する世界と日本との比較と新しい時代の働き方について紹介します。

長時間労働が及ぼす影響とは?

日本では1980年以降、過労が原因で死に至る過労死が社会問題として認識されており、長時間労働による健康被害は依然として問題視されています。

厚生労働省では時間外勤務が月100時間、または2〜6ヶ月平均で月80時間を超えると、健康被害のリスクが高いとしています(図1)。

図1: 時間外・休日労働時間と健康障害のリスク
出典: 厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「過重労働による 健康障害を防ぐために」(2020)
https://www.mhlw.go.jp/content/11303000/000553560.pdf, p.1

長時間労働はさまざまな健康被害のリスクがあります。疲労の蓄積による健康問題だけでなく、精神的負担の増加による精神障害や自殺などの可能性があります(図2)。

図2: 長時間労働と関連する健康問題
出典: 独立行政法人 労働安全衛生総合研究所「長時間労働者の健康ガイド」(2010)
https://www.jniosh.johas.go.jp/publication/doc/houkoku/2012_01/Health_Problems_due_to_Long_Working_Hours.pdf, p.2

過労が原因の健康問題には、図2以外にも胃・十二指腸潰瘍、過敏性大腸炎、腰痛、月経障害などがあります[ *1]。

そして長時間労働は結果的に休養や疲労回復に充てる時間を不足させます。睡眠時間が短くなると健康被害だけでなく作業効率にも影響を与え、事故や怪我の原因にもなります。

次に紹介する図3は睡眠と作業効率に関するアメリカでの実験結果です。
この実験では7日間にわたってさまざまな睡眠時間をとった参加者が簡単なテストを受け、誤りの回数を比較しています。

図3: 慢性的な睡眠不足の影響
出典: 独立行政法人 労働安全衛生総合研究所「長時間労働者の健康ガイド」(2010)
https://www.jniosh.johas.go.jp/publication/doc/houkoku/2012_01/Health_Problems_due_to_Long_Working_Hours.pdf, p.6

睡眠時間が3時間以下でミスが増加したのはもちろん、5時間から7時間の睡眠時間の人もミスが増えています。

そして3日間の回復日を設けてもミスが減っていないことから、たとえ週末にたっぷりと睡眠や休息をとっても効果がないことがわかります。

厚生労働省の健康実態調査の結果では睡眠時間が6時間以上7時間未満の人が男女ともに最も多く、次に多いのが5時間以上6時間未満となっています[ *2]。
日本では多くの人が作業効率に悪影響を及ぼすほど、睡眠を取れていないことがわかります。長時間労働は睡眠不足を引き起こし、結果として生産性を下げることにつながります。

近年国の施策として個人が柔軟な働き方を選択できる社会を目指した、働き方改革を進めています。
働き方改革では労働基準法を改正し、大企業では2019年(中小企業は2020年4月)から残業時間の上限規制が施行されています。この改正は労働基準法制定して以来初めて、罰則を伴うものとなっています。

残業時間の上限は原則として月45時間・年360時間とし、45時間を超える場合は複数月の平均80時間が上限となっています。また月45時間を超えることができるのは年間6ヶ月以内です(図4)。

図4: 改正前と改正後のポイント
出典: 厚生労働省HP「時間外労働の上限規制」
https://www.mhlw.go.jp/hatarakikata/overtime.html

次に紹介するのは1951年から2019年までの平均年間労働時間の推移です(図5)。

1987年の改正労働基準法導入をきっかけとして、週休2日制の普及やパートタイマーなどの短時間労働者が増加したことから、一人当たりの労働時間は特に1990年以降大幅に減少しています。

 

図5: 常用労働者1人平均年間総実労働時間数1951年〜2019年平均
出典: 独立行政法人 労働政策研究・研修機構「労働時間 年間」(2020)
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0501_02.html

一方で正社員にクローズアップしてみると、2000年代以降もリーマンショック後の落ち込みを除いては長時間労働者の比率に大きな変化はありません(図6)。

図6: 長時間労働者割合の推移(正社員)
出典: 内閣府「長時間労働の現状」
https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je17/pdf/p02014.pdf, p.101

労働時間は一見減っているようですが、長時間労働者の比率は変わっていないという事実があります。

日本と海外の労働時間の比較

次に日本と海外の労働時間の比較を紹介していきます。

日本は諸外国と比べて「働きすぎ」「休暇が少ない」などのイメージもありますが、実際のデータではどうなっているのでしょう。
まず紹介するのは世界の主な先進国の労働時間の比較です(図7)。

図7: 一人当たり平均年間総実労働時間(就業者)
出典: 独立行政法人 労働政策研究・研修機構「国際労働比較」(2018)
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2018/documents/Databook2018.pdf, p.203

図7のグラフをみると1980年代の日本の労働時間は海外と比較して圧倒的に多くなっています。しかし先に触れたように1987年の改正労働基準法などを契機に日本の労働時間は減少しています。

意外に感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、2000年以降はアメリカやイタリアよりも日本の労働時間は少なくなっています。
またOECD(経済協力開発機構)のデータでは、日本の2019年の平均労働時間は1644時間、対して世界平均は1726時間となっています[ *3]。
つまり現在の日本の労働時間は、世界の平均労働時間よりも少ないのです。

一方でこれらはパートタイム労働者も含む結果です。

日本はパートタイム労働者の比率がアメリカやイタリアなどと比較しても高いことから、単純に日本の労働時間は少ないとは言い切れないでしょう[ *4]。

次に紹介するのは先進国の年間休日数です(図8)。

図8: 年間休日数の国際比較
出典: 独立行政法人 労働政策研究・研修機構「国際労働比較」(2018)
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2018/documents/Databook2018.pdf, p.204

日本は週休日以外の休日、つまり祝祭日がもっとも多く、年次有給休暇はもっとも少ないという結果となっています。

またこのデータで示されている年次有給休暇は労使協定で合意した平均付与日数であり、実際の日本の有給取得率はここ数十年にわたり50%前後と低い水準となっています[ *5]。

つまり諸外国と比較して、全体が休みになるいわば強制的な休暇は多いものの、自身の裁量によって選択できる休暇は少ないという状況です。

またアメリカやヨーロッパでは1990年代から自宅で仕事をするテレワークを推進しています。

次の図9は2016年の企業のテレワークの導入率の比較です。新型コロナウイルスの感染拡大による外出規制が求められる以前のデータですが、アメリカではすでに9割に近い企業でテレワークが導入されています。

図9: テレワーク企業導入率
出典: 総務省「テレワーク推進に向けた政府の取組について」(2016)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000433143.pdf, p.1

アメリカでのテレワーク推進の狙いは交通渋滞緩和や通勤に使われる車の排気ガスの削減です。
またガソリンの価格高騰による通勤コスト負担軽減や9.11以降は災害やテロに対する重要な対応策として位置付けられています。

労働時間はどう変わる?新しい時代の働き方

2020年の新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、3密を避け不要不急の外出を抑制するために自宅を就業場所とするテレワークが急速に普及しました。

次の図10は2020年のテレワークの実施状況の調査結果です。この調査では就業者全体の1/3以上がテレワークを経験していることがわかります。

図10: テレワーク企業導入率
出典: 内閣府「選択する未来2.0中間報告」(2020)
https://www5.cao.go.jp/keizai2/keizai-syakai/future2/chuukan_devided/chuukan_1.pdf, p.2

さらに同調査ではテレワークを経験することで仕事と生活のバランスを見直し、仕事より生活を重視したいと変化した人が2/3以上という結果になっています[ *6]。

テレワークの実施により、ワーク・ライフ・バランスを重視しフレキシブルに働く意識が急速に広まっていることがわかります。
テレワークの普及は社会、企業、就業者それぞれに様々なメリットをもたらします(図11)。

図11: テレワークの効果
出典: 総務省「テレワークの推進」(2020)
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/telework/

テレワークはオフィスの規模や機能を見直すきっかけにもなり、オフィスの拠点移転や個人の地方移住の動きも活発化しています。
つまり生産性の向上やワーク・ライフ・バランスなどの働き方改革だけでなく、移住や地域雇用創出などの地域活性化も実現します。

またテレワークやICT活用などにより、ペーパーレス化や通勤による移動を減らすことによるCO2削減など、環境負荷低減に対する効果も期待されています。

出社自体が減ることでオフィスに設置される照明や給湯器、飲料用自動販売機、エレベーター使用を抑えられ、エネルギー消費を大幅に減らせます。
テレワークや長時間労働削減などの働き方の変化は、結果としてCO2削減にも貢献します。

一方でテレワークがより一般的になるには、リモートアクセス等を可能にするICT利活用環境の整備や対面式での会話の機会が減ることによるコミュニケーション不足などのハード面・ソフト面の課題も残されています。

まとめ

日本では多くの弊害をもたらす長時間労働を是正する動きがありながらも、労働時間や働き方に関しては大きな改革は進んでいない現状がありました。

しかし2020年の新型コロナウイルスの感染拡大を機に、感染対策を進めた結果として働き方改革は大きく進展しました。

政府が提唱する「新しい生活様式」ではテレワークやオンラインミーティング、ローテーション出勤、時差出勤などの新しい働き方が提示されています。

満員電車に揺られて定時に出社をする、終電まで残業してがむしゃらに働くといったこれまでの働き方から今、大きく変わろうとしています。長時間労働や働き方を見直すことは、生産性の向上や個人の生活の充実、さらには環境問題の観点からもメリットがあります。

ワーク・ライフ・バランスを見つめ直し、多様で柔軟な働き方・生き方が選択できる時代がすぐそこまで来ているのです。

 

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参照・引用を見る

*1

独立行政法人 労働安全衛生総合研究所「長時間労働者の健康ガイド」(2010)
https://www.jniosh.johas.go.jp/publication/doc/houkoku/2012_01/Health_Problems_due_to_Long_Working_Hours.pdf, p.2

*2

厚生労働省「平成30年度 健康実態調査結果の報告」(2018)
https://www.mhlw.go.jp/content/11130500/000472937.pdf, p.21

*3

OECD:Hours workedTotal, Hours/worker, 2019 or latest available
https://data.oecd.org/emp/hours-worked.htm

*4

独立行政法人 労働政策研究・研修機構「国際労働比較」(2018)
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/databook/2018/documents/Databook2018.pdf, p.117

*5

独立行政法人 労働政策研究・研修機構「年次有給休暇」
https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/timeseries/html/g0504.html

*6

内閣府「選択する未来2.0中間報告」(2020)
https://www5.cao.go.jp/keizai2/keizai-syakai/future2/chuukan_devided/chuukan_1.pdf, p.3

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