豚肉や鶏卵、牛乳など人々の生活に欠かすことのできない畜産。世界の人口増加により、今後需要がさらに増加すると予測され、それに伴って生産もさらに加速するとされています。
しかしながら、畜産は排せつ物による水質汚濁を引き起こしたり、地球温暖化を加速させたり、環境問題と切ってても切れない関係にあります。さらに、劣悪な環境での飼育など動物に与える影響も小さくありません。
それでは、具体的に畜産で問題となっている環境問題とはどのようなものなのでしょうか。また、様々な問題に対して、国内外ではどのような取り組みが行われているのでしょうか。
畜産とは
畜産とは、鶏や牛などの家畜を飼育、肥育することによって、家畜の肉や卵、皮革を生産する産業を言います。
飼育される代表的な家畜として鶏や豚、牛が挙げられますが、2019年の世界の畜産物需給で最も高いのが鶏肉の生産量であり、1億3358万トンとなっています。
次に生産量が高いのが豚肉の1億979万トン、牛肉生産量は7261万トンとなっています。
また、2019年の世界の生乳生産量は8億5184万トンであり、畜産は人々の生活を支える産業と言えます[*1]。
畜産業の出荷までの過程
家畜や卵など生産物によって出荷までの過程は異なりますが、畜産業は
- 飼育した動物(生体)を出荷
- 飼育した動物の生産物を収集し出荷
の2つに大別されます[*2]。
具体的に、牛肉の出荷までを見ていきましょう。
品種によって期間は異なりますが、牛肉を作るためには、
- 母牛に子供を産ませ
- 約30ヵ月間育て
- 30ヵ月後に肉として出荷
するのが一般的な流れになります。図1: 牛肉の経営方法
出典: 中央畜産会「畜産のお仕事 牛を作る」
http://jlia.lin.gr.jp/wk/beef/
これらの工程を全て行う農家の経営を一貫経営と言います。しかしながら、出荷までに30ヶ月もかかるため、子牛を生産、販売する「肉用牛繁殖経営」、子牛を購入して、育ててお肉として販売する「肉用牛肥育経営」をそれぞれ行う農家もいます(図1)。
世界の畜産の現状
人々の生活に欠かせない畜産ですが、世界の畜産の現状はどのようなものなのでしょうか。
食肉から得られる動物性たんぱく質は、人間の生活を支える栄養素となっています。
そして人口の増加や貧困率の改善などに伴い、世界全体の食肉需要は年々高まっています。
図2: 先進国と開発途上国の食肉需要の増減率
出典: 農林水産省「平成28年度 食料・農業・農村白書」
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/h28/attach/pdf/zenbun-5.pdf, p.96
鶏などの家きん肉については需要が大きく伸びるとされ、特に開発途上国においては、1995年から2025年までで増減率が188%になると予測されています。
また、牛肉、豚肉についても開発途上国において1995年から2025年までで、増減率がそれぞれ90%、110%と今後も需要が高まるとされています(図2)。
食肉を供給の面から見ると、牛肉の生産量が最も高い国はアメリカで、2020年には1238万トンでした。その後にブラジル、EU、中国が続きます。
豚肉の生産量が最も高い国は中国で、2020年には4350万トン。その後にEU、アメリカ、ブラジルが続きます。
最後に、鶏肉の生産量については米国が最も高く、2020年には2038万トンでした。その後に中国、ブラジル、EUと続いています。
主要な食肉の生産量のトップはアメリカ、中国、EU、ブラジルで占めていることが分かります[*3]。
日本における畜産の現状
日本における畜産の生産額は平成30年において3兆2129億円であり、農業産出額のおよそ36%を占めています。また、その内訳として27%が鶏であり、牛は24%、豚は19%となっています。
図3: 日本における畜産の地位
出典: 農林水産省「畜産・酪農に関する基本的な事項」
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/kikaku/lin/l_hosin/attach/pdf/index-612.pdf, p.1
また、国内で飼育を行う農家の数を表す飼養戸数は牛、豚、鶏ともに減少傾向にありますが、一方で近年、飼養頭数は増加しており、農家の大規模化が進んでいます(図4)。
図4: 乳用牛飼養戸数・頭数の推移
出典: 農林水産省「畜産・酪農に関する基本的な事項」
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/kikaku/lin/l_hosin/attach/pdf/index-612.pdf, p.7
しかしながら、日本の食肉の半数近くは、海外からの輸入に依存しているというのが現状です。令和元年度の鶏肉の食料自給率は64%でしたが、牛肉、豚肉はそれぞれ35%、49%と50%を下回っています(図5)。
図5: 食料自給率の推移
出典: 農畜産業振興機構「令和元年度の食料自給率、前年度から1 ポイント増の38%」
https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001335.html
鶏肉の自給率については、近年は横ばいで推移していますが、牛肉、豚肉については減少傾向にあると言えます。
畜産が環境や家畜、人体へ及ぼす影響
以上のように、国内外において需要が高く、生産量も増加傾向にある畜産物ですが、環境や家畜、人体に与える悪影響など、課題が山積しています。
畜産が環境に与える悪影響
家畜排せつ物による環境汚染
まず、畜産が環境に与える影響として、家畜排せつ物による悪臭や水質汚染といった環境問題の発生が挙げられます。排せつ物を積み上げて放置するといった「野積み」や、地面に穴を掘り貯めておくといった「素掘り」など、排泄物の不適切な処理や管理を行う農家もあります。
また、近年放置された排せつ物が水源を汚染し、人々の健康に被害を及ぼすという問題も指摘されています[*4]。
図6: 畜産環境問題の現状 畜産業と環境問題の関わり
出典: 農林水産省生産局畜産安全課「畜産環境をめぐる情勢」
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/kankyo/taisaku/pdf/210325kmegji.pdf, p.3
メタンガスによる地球温暖化の助長
さらに、排せつ物や家畜のゲップから発生するメタンや一酸化二窒素(メタンはCO2の25倍、一酸化二窒素はCO2の298倍の地球温暖化効果をもつ)により、地球温暖化が進んでいるという問題も指摘されています(図6, 図7)。
特に、家畜のゲップによって発生するメタン(CH4)は、1年でCO2に換算すると約21億t分排出しており、家畜の増加は地球温暖化を助長すると言えます(図7)。
図7: 農業分野における温室効果ガス排出量
出典: 農業・食品産業技術総合研究機構「農業由来温室効果ガス排出削減技術の開発」
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/green_innovation/pdf/003_03_01.pdf, p.2
飼料のための森林開発
次に、家畜の餌となる飼料についても様々な課題が指摘されています。そもそも家畜飼料には、主に乾燥した草など「粗飼料」、とうもろこしなど「濃厚飼料」の2種類があります。
図8: 家畜飼料の種類
出典: 農林水産省「畜産・酪農に関する基本的な事項」
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/kikaku/lin/l_hosin/attach/pdf/index-612.pdf, p.20
家畜を飼育するためには、大量の飼料が必要となります。
具体的には、牛肉1kgを生産するのに穀物を13kg、豚肉1kgでは7kg、鶏肉1kgでは4kgが必要であるとされています[*5]。
大量の飼料を供給するために、家畜の放牧地確保や飼料の生産を行う農地開拓が進んでいます。
その結果、森林開発が進み、特に放牧地については地球の陸地の26%が使われているとされており、環境への影響が懸念されています[*6]。
畜産が家畜に与える悪影響
畜産による影響は環境のみならず、牛や豚など飼育される動物自体にも悪影響を及ぼします。
家畜に与える影響として懸念されているものとして、劣悪な飼育環境によるストレスや、狭く密集した場所で飼育することによって、病気が広がりやすいという点が挙げられます。
家畜が伝染性の高い伝染病に感染した場合、基本的には農場ごと動物を殺処分することになります。そのため、実際には感染していない動物でも疑似患畜として扱われ、殺処分されてしまいます。
実際、2005年以降世界では以下のように、多くの鶏、豚が殺処分されています。
図9: 2005年以降の殺処分数
出典: アニマルライツセンター「家畜伝染病(鳥インフルエンザ、アフリカ豚熱、豚熱(豚コレラ))世界で、これまで殺処分された動物数」(2021年5月)
https://www.hopeforanimals.org/broiler/disease/
家畜に投与した抗生物質が人体へ与える影響
不適切な畜産は環境や家畜自体のみならず、人体へも悪影響を及ぼします。
例えば畜産では、家畜の病気の治療や感染症を予防するために、餌に抗生物質を混ぜることがあります。
病気の治療それ自体には問題はありませんが、感染症の予防のために大量の抗生物質を投与することによって、耐性菌が生まれてしまうという点が問題となります。そして投与目的のおよそ4分の3が、予防のために使用されています。
実際、開発途上国では2000年から2018年にかけて、家畜から採取された細菌のうち、治療薬の多くが無効となった細菌の割合は3倍に増加したという研究結果が出ています[*7]。
抗生物質の過剰な投与は動物の身体に悪影響を及ぼすだけでなく、食肉を摂取する人々の健康にも影響を与えることがあります。
実際、エコノミストのJim O’Neill氏の予測では、2050年までに毎年1000万人が耐性菌によって死亡するとしています[*8]。
畜産が引き起こす環境問題に対する国際社会の対応
畜産に起因する環境問題を解決するために、国際社会ではどのような取り組みが行われているのでしょうか。
世界各国は、家畜の飼育環境を良くするための取り組みとして、アニマルウェルフェア(動物福祉。以下「AW」とする)の取り組みが積極的に行われています。
例えば、EUではAWに関する最低基準がEU理事会指令として施行され、2012年には、動物に対してストレスや病気を与えるとされる従来型のゲージを禁止するEU規定が施行されるなど、様々な施策が実施されています(図10)。
図10: EU、米国におけるAWに関する取り組み
出典: 奥山 海平「世界と日本のアニマルウェルフェア畜産ビジネスの新展開(3)」
https://awfc.jp/wp/wp-content/uploads/2019/07/okuyama.pdf, p.8
EU以外でも、アメリカやカナダ、オーストラリアなどの国や州等で、AWに関する取り組みが推進されています[*9]。
また、排せつ物による水質汚濁を防止するための取り組みが各国で行われています。
例えばニュージーランドでは、水質管理のために政府が2011年に淡水管理に関する全国方針声明書を制定し、水質に関する国の最低基準を定めました。
それを受けて、ニュージーランドにあるワイカト地方自治体は、地域の環境に関する規制や管理計画の策定、水質基準の設定を行うなどの政策を実施しています。
例えば、農場で発生した排水の直接的な河川への放流禁止や、農家が設置した貯水池への排水収集の義務化、貯水池が地下水へ汚染しないよう底面への加工義務などを課しています。
さらに、生産者団体は水協定を策定し、水質汚濁の防止のための目標を設定するなど、官民全体での取り組みが実施されています(図11)。
図11: ニュージーランドにおける水協定の取り組み目標と達成状況
出典: 農畜産業振興機構「ニュージーランドの酪農業界における環境問題への取り組み」
https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_000696.html
畜産が引き起こす環境問題に対する日本の対応
日本はまだEUのように、従来型のゲージの禁止などは実施されていません。
その一方で、AWの考えに基づき、「AWの考え方に対応した飼養管理指針」や適切な殺処分の実施に関する通知等が発出されています[*10]。
また、排せつ物から発生するメタンガスを利用したバイオマス発電や肥料の精製を行うなど、環境問題の解決に向けた取り組みが積極的に実施されています。
図12: メタン発酵とバイオガス生産システム
出典: 浅井真康「家畜排せつ物のメタン発酵によるバイオガスエネルギー利用」
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/kankyo/taisaku/pdf/2020_sympo_asai.pdf, p.3
例えば、京都府八木町にある八木バイオエコロジーセンターでは、家畜の排せつ物を利用した発電、熱利用がされています。施設では、一日当たり最大量で約3200kWhの発電が行えるとされています。
さらに、メタンの放出抑制や、水質汚濁、害虫の発生を抑制できるなど、環境負荷削減効果も期待できるとしています[*11]。
畜産の環境問題に向けて私たちができること
畜産に関連する環境問題の解決に向けて私たちができることは何があるのでしょうか。
まず、AWの推進に向けてできることとしては、AWに配慮した農家の商品を選ぶということが挙げられます。現在日本には、アニマルウェルフェア畜産協会によって、AW畜産認証マークが発行されています。
図13: アニマルウェルフェア畜産認証マーク
出典: アニマルウェルフェア畜産協会「アニマルウェルフェア(AW)認証システムの概要[乳牛編]」
http://animalwelfare.jp/wp-content/uploads/2017/12/ninsyousystemgaiyou_nyuugyuu.pdf, p.16
また、水質維持や地球温暖化防止のための取り組みを行う農家を調べ、その農家の扱う商品を購入するというのも私たちができることの一つです。特に、地元の商品は取り組みをチェックしやすく、また地産地消の観点から二酸化炭素排出量の削減にも貢献できるため、地元の商品を中心に調べてみると良いでしょう。
今後さらに需要が伸びるとされる畜産物ですが、消費者である私たちが、環境に配慮した畜産物を選ぶということが畜産における課題解決のための鍵となるでしょう。
参照・引用を見る
*1
農畜産業振興機構「絵で見る世界の畜産物需給」
https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_001274.html
*2
農林水産省「食品トレーサビリティ「実践的なマニュアル」」
https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/trace/pdf/chikusan.pdf, p.6
*3
United States Department of Agriculture Foreign Agricultural Service「Livestock and Poultry: World Markets and Trade」
https://apps.fas.usda.gov/psdonline/circulars/livestock_poultry.pdf, p.4, p.9, p.14
*4
農林水産省「畜産環境問題とは」
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/kankyo/taisaku/t_mondai/01_mondai/index.html
*5
国際交流の会とよなか(TIFA)「肉食(畜産)が影響を及ぼす「地球環境・食糧危機」と「動物虐待」と「生活習慣病」」
http://tifa-toyonaka.org/wp-content/uploads/bf5e75a1eb971dcb5171192902de135c.pdf, p.5
GREENPEACE「肉食と環境破壊の驚くべき意外な関係」
https://www.greenpeace.org/japan/sustainable/story/2018/03/17/6905/
*6
GREENPEACE「肉食と環境破壊の驚くべき意外な関係」
https://www.greenpeace.org/japan/sustainable/story/2018/03/17/6905/
*7
WIRED「畜産業界における抗生物質の乱用が、世界で「耐性菌の脅威」を生んでいる」
https://wired.jp/2020/01/28/farm-animals-are-the-next-big-antibiotic-resistance-threat/
*8
アニマルライツセンター「抗生物質と薬剤耐性菌と畜産」
https://www.hopeforanimals.org/environment/486/
*9
畜産技術協会「アニマルウェルフェアの実践に向けて」
http://jlta.lin.gr.jp/report/animalwelfare/R01/2020_04_pamplets_AW_cattle_2019.pdf, p.2
*10
農林水産省「アニマルウェルフェアについて」
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/animal_welfare.html
*11
栃木県「栃木県地域別エネルギービジョン V章 ケーススタディ及び事例紹介」
http://www.pref.tochigi.lg.jp/kankyoseisaku/home/keikaku/archive/shinenergy/pdf/7.pdf, p.128