老朽化する日本のライフラインが抱える問題とは 海外の事例から学ぶ今後の対応策

電気・ガス・上下水道・交通・通信設備などのライフラインは、私たちの生活に欠かせない存在です。

国内のライフライン設備の多くは、1955年から1973年の間の高度経済成長期に集中的に整備されたため、現在は老朽化が進んでいます。
ライフラインの老朽化による問題はすでに顕在化しており、水道管老朽化によって全国で毎年2万件以上の配水管への濁水混入が起こる管路事故が発生しています。

電力設備に関しても、老朽化による発電設備の設備更新や、耐震対策の強化などの課題が浮き彫りになっています。

一方で1930年代にニューディール政策によって大規模にインフラ整備がされたアメリカでは、1980年代にすでにライフラインの老朽化問題に直面しています。
ライフライン設備の老朽化問題に先行して対応してきた欧米諸国の事例は、日本のライフラインの将来に対するヒントになると考えられます。

私たちの生活を支えるライフライン

ライフラインとは

ライフラインとは、電気・水道・ガスをはじめとして物流や通信などの社会を支えるシステムの総称です。
ライフラインは私たちの生活の維持に欠かせないもので、生活インフラとも呼ばれています。

社会基盤を支えるライフラインは、どれかひとつでも欠けてしまうと生活が成り立たなくなるほど重要なものです。
近年の日本では、大型台風や地震などの自然災害によってライフラインが被害を受けることも多く、その重要性を実感する機会も増えています。

国内のライフライン整備の変遷

代表的なライフラインの一つである水道設備は、水源からそれぞれの家庭へ飲用や生活用水となる水を供給するシステムです(図1)。

図1: 水道事業の概略
出典: 厚生労働省「水道の現状と基盤の強化について」(2019)
https://www.gyoukaku.go.jp/review/aki/r01tokyo/img/s3_2.pdf, p.1

日本で初めて近代水道が導入されたのは、1887年に給水を開始した神奈川県の横浜水道です[*1]。
近代の日本では水道が整備されたことで、コレラなどの伝染病の防除、安全な水の供給、消火用の水の確保が可能になりました。

日本のように水道水を飲み水として安心して使える国は、世界のなかでも少数派です。
水道事業は都市生活の基盤を支えるとともに、公衆衛生施設としての役割も担っています。

全国の水道設備は高度経済成長期を中心に整備され、国内での普及率はほぼ100%になっています(図2)。

図2: 水道の普及率と投資額の推移
出典: 厚生労働省「最近の水道行政の動向について」(2019)
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000486455.pdf, p.5

水道と並んで重要なライフラインである、電気・ガス事業は明治初期から本格的な整備が始まりました。
大正から昭和にかけて軍需需要によってエネルギー設備が急速に整備され、東京都内の家庭では完全に電灯が普及しました。

戦後は、都市部に整備された都市ガスに加えてガス管が不要なLPガスが普及し、ガスが家庭燃料として定着しました(図3)。

図3: LPガス需給の推移
出典: 経済産業省 資源エネルギー庁「【日本のエネルギー、150年の歴史③】エネルギー革命の時代。主役は石炭から石油へ交代し、原子力発電やLPガスも」(2018)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/history3shouwa.html

明治から昭和にかけて整備された電気・ガス・水道などのライフラインは、現在の日本ではどの家庭でも当たり前にある存在となっています。

ライフラインの老朽化が抱える問題

昭和の高度経済成長期に整備された日本のライフライン設備は、現在では老朽化が進んでいます。
次の図4は全国の送電鉄塔の建設年別の内訳ですが、1970年代に集中して建設されていることが分かります。

図4:全国の送電鉄塔の建設年別の内訳
出典: 経済産業省「大規模災害時における停電対策について」 (2019)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/resilience/dai51/siryo2-1.pdf, p.15

1970年代に建設された多くの電力設備は、耐用年数の50年を超過しており、設備更新や大規模修繕の必要性が高まっています。
さらに、鉄塔や電柱の技術基準が台風の大型化など近年の気候変動に適応していないことも問題となっています。

2019年に発生した台風15号は、千葉県に大きな被害をもたらし、大規模停電や断水といったライフラインへの深刻な影響が問題となりました。
台風によって鉄塔の倒壊や倒木・飛来物による設備の損傷が多数発生したことにより、大規模停電が発生しました(図5)。

図5:台風15号による被害状況
出典: 経済産業省資源エネルギー庁 エネルギー白書「持続可能な電力システム構築」 (2019)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2020html/1-2-2.html

被害を受けた鉄塔や送電設備は、1965年に規定された電気学会の標準規格に基づいて建設されており、現行の技術基準も満たしていました[*2]。
技術基準を満たしているにもかかわらず、大きな被害を受けたことから、現行の技術基準について見直しが実施されています。
具体的には地域の実情に踏まえた基準風速の適用や、より詳細な気象データの収集が検討されています。

電力設備と同じく、老朽化が問題となっているのは水道設備です。
水道管の法定耐用年数は40年、1970年代に集中整備された水道管が一斉に更新が必要になっています。
経年劣化が進行しているにも関わらず、設備の更新が進んでいないことから、今後もますます老朽化が進むことが予測されます(図6)。

図6: 管路の老朽化の現状と課題
出典: 厚生労働省「水道の現状と水道法の見直しについて」
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000195380.pdf, p.11

図6の0.74%の更新率から計算すると、すべての水道管を更新するには130年以上もかかるとされています[*3]。

また高度経済成長期に整備された水道管路は、耐震性の低さも問題となっています。
水道施設の基幹管路における耐震適合率は2017年の時点で39.3%に留まっており、大規模災害では断水が長期化するリスクが高いのです[*4]。

次の図7は近年の地震による断水の発生状況です。

図7: 近年の地震による水道の被害状況
出典: 厚生労働省「最近の水道行政の動向について」(2019)
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000203990.pdf, p.11

2016年に発生した熊本地震による断水では、耐震適合率の低かったエリアにおいては解消に約3ヶ月半もの期間を要しています。

さらに、近年では集中豪雨が引き起こす土砂災害や浸水災害による断水も問題となっています。
2018年に発生した平成30年豪雨では、全国18都道府県80市町村において、最大26万戸で断水が発生しています[*5]。

海外のライフライン老朽化対策

日本と同様に海外でも先進国を中心に、ライフラインの老朽化が問題となっています。

アメリカでは、1930年代のニューディール政策によって日本より30年から40年も早く大規模なライフラインの整備が進められました。
世界に先行してライフラインの整備がされたことから、1980年代には「荒廃するアメリカ」としていち早く老朽化問題が顕在化しています。

アメリカではライフラインの老朽化に対応するため、1983年にガソリン税を倍増しています。
20年以上据え置かれていたガソリン税を増税することで、ハイウェイ設備に対する財源を確保し、継続的な維持管理と更新の仕組みを両立しています。この取り組みによって、アメリカでは欠陥のある橋梁数が減少を続けています(図8)。

図8:米国における欠陥のある橋梁数
出典: 国土交通省「「荒廃するアメリカ」とその後の取り組み」
https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h25/hakusho/h26/html/n1132000.html

また、アメリカでは水道管の老朽化による漏水事故も多発しています。
カリフォルニア州サンディエゴ市では、2019年に洪水のような漏水が起こり家屋への被害も発生しています(図9)。

図9: ノースパーク地区 交差点付近の洪水の様子
出典: 公益財団法人 水道技術研究センター「世界の水道事故」(2020)
http://www.jwrc-net.or.jp/chousa-kenkyuu/comparison/abroad08.pdf, p.14

サンディエゴ市では、配水管破裂事故が2018年だけでも61回発生しており、いずれも配水管の老朽化が原因として考えられています。

アメリカでは上水道設備の老朽化対策として、アセットマネジメント手法の導入と普及に向けた取り組みを行なっています。
水道事業におけるアセットマネジメントとは、設備という資産に対し、長期的な視野に立って費用や人員を確保し持続的に管理していくことです。
アセットマネジメントの普及に向けて、水道施設の所有者や管理者、州職員などを対象にガイドラインを公表し、研修なども実施しています。

一方でイギリスでは、アメリカよりもさらに古く19世紀後半のヴィクトリア朝時代に整備された上下水道、道路、鉄道などが現在も多く使用されています。当時整備された水道管は、漏水や破裂事故が多数発生するなど老朽化が進んでいます。

イギリスでは国家インフラ整備計画 2016-2021を策定しており、5年間で4830億ポンド(約74兆円)のインフラ投資を行いました[*6]。
対象となるのは、道路、鉄道、エネルギー、上下水道などで、最も多く投資されるのは、エネルギーの分野です。

エネルギー分野では、電力の安定供給に加えて低炭素化の観点から新たなエネルギー政策を推進します。

新たなエネルギー政策では、脱炭素と気候変動への適応を目指し、国内の老朽化した石炭火力を順次廃止し、2025年までに石炭火力発電をすべて廃止することを表明しています。
また、欧州のその他の国でも、火力発電の老朽化に伴い低炭素な再生可能エネルギーへの転換が進められています。

ライフラインを今後も維持していくための取り組み

老朽化したライフラインの設備更新には、膨大な時間とコストがかかります。
一方で地震や台風、集中豪雨などの自然災害の多い日本では、早急に解決すべき課題とも言えます。

ライフラインを今後も維持していくために、現在はどのような取り組みが行われているのでしょうか。

水道事業の老朽化対策としては、アメリカで推進されているアセットマネジメント手法が日本でも導入されています。
厚生労働省ではアセットマネジメントの実践を支援するための簡易支援ツールを公表し、2016年にはアセットマネジメントの実施率が7割を超えています[*7]。

簡易支援ツールによって、設備の更新基準と更新規模の精度をあげることができ、効率的かつ計画的に設備更新を進めることが可能になります。
アセットマネジメント手法を導入することで、事業の広域化や過剰な施設の廃止などのダウンサイジングが計画に盛り込まれるきっかけとなっています。

エネルギー分野に関しては、老朽化した設備や相次ぐ自然災害に対応するために、ネットワークの強靭化・スマート化が進められています。
これまで一方向だった電気の流れは、近い将来には図10のように双方向へ変化し分散化されることが予想されています。

図10:デジタル技術を活用した電源の多様化・分散化・最適化
出典: 経済産業省資源エネルギー庁 エネルギー白書「持続可能な電力システム構築」 (2019)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2020html/1-2-2.html

海外でも火力発電所の老朽化に伴って再生可能エネルギーへの転換が進められているように、国内でも電源の多様化・分散化が促進されるでしょう。

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参照・引用を見る

*1

宇都宮市「世界と日本の水道・下水道の起源」
https://www.city.utsunomiya.tochigi.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/013/818/kinensi06.pdf, p13

 

*2

経済産業省「令和元年台風15号における鉄塔及び電柱の損壊事故調査検討ワーキンググループ中間整理(案)」(2019)
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/hoan_shohi/denryoku_anzen/tettou/pdf/003_04_00.pdf, p.30

 

*3

厚生労働省「水道の現状と水道法の見直しについて」
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000195380.pdf, p.11

 

*4

厚生労働省「最近の水道行政の動向について」(2019)
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000486455.pdf, p.7

 

*5

公益社団法人 日本水道協会「平成 30 年(2018 年)7月豪雨 水道施設被害状況調査報告書」(2021)
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000730921.pdf, p.2

 

*6

会計検査院 「イギリス及びアメリカにおける近年の公共事業に対する取組と会計検査に関する調査研究-老朽化対策と官民連携の取組を中心としてー」(2017)
https://www.jbaudit.go.jp/koryu/study/pdf/itaku_h30_2.pdf,p.18

 

*7

兵庫県 「水道におけるアセットマネジメント~水道アセットマネジメント計画の運用と課題~」
https://web.pref.hyogo.lg.jp/kf14/documents/ctc_r2_3.pdf, p.5

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