東日本大震災では発電所や送配電設備が被災したことで、電力需給がひっ迫し、計画停電や節電などの取り組みがおこなわれました。
近年でも、地震や急激な気温変化などによって、電力不足や停電の危機が繰り返されています。
電力の安定供給において重要な需給バランス調整は、これまでは需要に対して供給側が調整していました。
しかし再生可能エネルギーの導入拡大による電源の分散化により、利用者側が供給に合わせるという新たなアプローチが必要になっています。
このような背景から、注目が集まっているのが、VPP(バーチャルパワープラント)とDR(デマンドレスポンス)です。
VPPとDRはどちらも集中制御とは異なる需給バランス調整の手法で、カーボンニュートラルの実現にも貢献します。
この記事では、VPPとDRの仕組みと必要性、導入の意義についてご紹介します。
需給バランス調整とエネルギー管理の重要性
電力の安定供給のためには、使われる電気(需要)と作られる電力(供給)を、図1のように常に一致させる必要があります[*1], (図1)。
図1: 需給バランス
出典: 電力広域的運営推進機関「全国の需給状況や系統の運用状況の監視を行います」(2021)
https://www.occto.or.jp/occto/about_occto/jukyu_chousei_kinou.html
図1にある同時同量とは、需要と供給が「同じ時に同じ量」であるという意味で、一致していないと周波数(電気の品質)が乱れてしまいます。
需要に対して供給が足りていないと周波数が低下し、反対に供給が過剰になると周波数は上昇します。
そのため、日々刻々と変化する電力需要に合わせて、発電機の出力を調整することで、電気は安定供給されています[*2], (図2)。
図2: 電気の安定供給の考え方
出典: 資源エネルギー庁「日本初の“ブラックアウト”、その時一体何が起きたのか」(2018)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/blackout.html
地震などによって大規模発電所が停止して供給量が落ちたり、急な気温変化で計画よりも多くの需要があった場合、電気が足りなくなり周波数が低下します。
一定以上の周波数が低下すると、安全装置の発動によって正常な発電所も連鎖的に自動停止してしまい、最悪の場合ブラックアウト(全域停電)に至ります。
2018年9月に北海道で発生した日本初のブラックアウトも、地震による発電所の停止や送電線の故障に加えて、周波数低下によって多くの発電所が自動停止したことで引き起こされました[*2]。
大規模停電を引き起こさないためには、需給バランスの調整と周波数の維持がとても重要です。
しかし電気は、「大量に貯めておくことができない」という性質をもっています。
そのため季節や天候に左右される需給バランスに合わせて、リアルタイムで出力を調整する必要があります。
東日本大震災を機に、従来の大規模発電所に依存した電力システムの脆弱性が顕在化しました。
さらに近年は脱炭素化に向けて、風力発電や太陽光発電、蓄電池、電気自動車などの多くの分散型エネルギーリソースの普及が促進されています。
電気の安定供給に不可欠な、需給バランス調整やエネルギー管理に関しても、需要に合わせて供給を調整する、従来の集中制御とは異なるアプローチが必要になっています。
VPP(バーチャルパワープラント)・DR(デマンドレスポンス)とは
VPP(バーチャルパワープラント)とDR(デマンドレスポンス)は、従来型の電力システムから脱却する新しい需給バランス調整の仕組みです。
VPP(バーチャルパワープラント)の仕組み
VPPは「Virtual Power Plant」の頭文字をとった言葉で、仮想の発電所のことです。
太陽光発電や風力発電、蓄電池、電気自動車などの比較的小規模な分散電源をIoTによってまとめ、一つの仮想発電所とみなして需給バランス調整をする仕組みです[*3], (図3)。
図3: VPPのイメージ
出典: 資源エネルギー庁「VPP・DRとは」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/advanced_systems/vpp_dr/about.html
図3の「リソースアグリゲーター」とは、需要家とVPPサービスを直接契約し、各設備の制御をおこなう事業者のことです。
そしてリソースアグリゲーターが制御した電力量をまとめ、「アグリゲーションコーディネーター」が、一般送配電事業者や小売電気事業者と直接電力取引を行います。
アグリゲーターは取引の流れをコントロールする司令塔のような役割で、電力需要の最適化をおこないます。
これまでは火力や水力などの大型発電所から消費者側に送電されるという一方向の流れだったものが、VPPによって双方向につながることで、より細かなコントロールが可能になります。
余った電気を足りないところへ回したり、災害時に備えて蓄電池に貯めておくなど、「電気を無駄なくうまく使う」ことができる仕組みです。
たとえば、とても天候の良い日に需要を上回る太陽光発電の出力があったとしても、蓄電池などによって需要を創出することで、出力抑制をしなくても需給バランスを保つことが可能です[*4], (図4)。
図4: 需要の創出による再生可能エネルギーの導入拡大(太陽光発電の例)
出典: 資源エネルギー庁「VPP・DRの意義」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/advanced_systems/vpp_dr/meaning.html
VPPによって、日射量や風量に左右されやすく出力制御が難しい再生可能エネルギーの有効活用や導入拡大も可能になり、CO2排出削減にも貢献するでしょう。
さらに電力需要の負荷を平準化することによって、ピーク時の予備力として使用されている高コストの火力発電や揚水発電の維持費・設備投資も抑制され、発電コストの削減にもつながります。
DR(デマンドレスポンス)の仕組み
VPPに欠かせない需給調整の手法が、DR(デマンドレスポンス)です。
DRとは、企業や家庭などの需要側が、エネルギーリソースを調整することで、需要パターンを変化させることです。
DRには電力が余っている際に需要を創出する「上げDR」と、電力不足に対して需要を抑制する「下げDR」の2つのパターンがあります[*3], (図5)。
図5: 需要制御のパターン
出典: 資源エネルギー庁「VPP・DRとは」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/advanced_systems/vpp_dr/about.html
先ほどご紹介した、太陽光発電によって余った電気を蓄電池に貯めておく方法は、上げDRに該当します。
蓄電池以外にも、電気が余っているタイミングに合わせて電気自動車を充電することで需要を増やす方法もあります。
電気が足りない時に需要を減らす下げDRには、以下のような方法があります[*5], (図6)。
図6: 下げDRの代表的な手法
出典: 資源エネルギー庁「エネルギー・リソース・アグリゲーション・ビジネス・ハンドブック」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/advanced_systems/vpp_dr/files/erab_handbook.pdf, p.10
下げDRには、空調や照明の調整といったいわゆる節電によって需要を減らす方法の他にも、蓄電池に貯めた電気の放電や、工場の生産計画の夜間へのシフトなどがあります。
上げ下げDRは、VPP内の出力調整可能量を把握しているアグリゲーターの指示によって行われます。
VPP・DRの活用とネガワット取引
VPPとDRを活用したビジネスとして、2017年からすでに始まっているのがネガワット取引です。
ネガワットとは、節電などによって消費を抑えた電気に対して、発電した電気と同等の価値をもたせるという考え方です。
ネガワット取引は下げDRの一種で、需要家に節電や需要抑制に協力してもらうことでインセンティブとして電力会社から報酬が支払われる契約です[*6], (図7)。
図7: ネガワット取引のイメージ
出典: 資源エネルギー庁「VPP・DRの活用」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/advanced_systems/vpp_dr/negawatt.html
アグリゲーターと契約すれば、工場や企業などの事業者だけでなく、一般家庭も参加することが可能です。
ネガワット取引は小売電気事業者の需給計画と実績を一致させる目的のものと、一般送配電事業者の需給バランスの調整力として活用するものに区分されます。
欧米ではすでにネガワット取引の普及が進んでおり、米国の電力会社では2015年時点で500億円を超える取引規模になっています[*7]。
ネガワット取引と同様に経済的インセンティブをつけてDRを促す仕組みには、電気料金型DRもあります。
電気料金型DRとは夜間の電気料金を安く、昼間の電気料金を高めに設定することで、消費パターンを変化させる取り組みです。
料金プランの設定のみなので比較的導入が容易ではありますが、実際に節電などの下げDRを行うかは各自の判断によるため、確実性は低い手法です。
また、2021年からは安定供給のための調整力を市場取引する、需給調整市場が創設されました。
広域的に安価な調整力の確保が可能になる需給調整市場は、VPP・DRの活用も期待されています。
まとめ
2050年のカーボンニュートラルの実現のためには、再生可能エネルギーの主力電源化と化石燃料を使用する火力電力の依存を減らすことが必要です。
現在火力電力は需給バランスの調整役としての役目もありますが、VPP・DRの導入により、再生可能エネルギーを調整力として活用することが可能になります。
天候に左右されるため出力予測が困難であるという再生可能エネルギー特有の課題も解消できるので、今後さらなる導入促進の鍵となります。
VPP・DRは、私たちの暮らしに欠かせない電気の安定供給とカーボンニュートラルの実現を両立するための仕組みとなるでしょう。
参照・引用を見る
*1
電力広域的運営推進機関「全国の需給状況や系統の運用状況の監視を行います」(2021)
https://www.occto.or.jp/occto/about_occto/jukyu_chousei_kinou.html
*2
資源エネルギー庁「日本初の“ブラックアウト”、その時一体何が起きたのか」(2018)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/blackout.html
*3
資源エネルギー庁「VPP・DRとは」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/advanced_systems/vpp_dr/about.html
*4
資源エネルギー庁「VPP・DRの意義」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/advanced_systems/vpp_dr/meaning.html
*5
資源エネルギー庁「エネルギー・リソース・アグリゲーション・ビジネス・ハンドブック」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/advanced_systems/vpp_dr/files/erab_handbook.pdf, p.10
*6
資源エネルギー庁「VPP・DRの活用」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/advanced_systems/vpp_dr/negawatt.html
*7
資源エネルギー庁「ネガワット取引の現状と今後」(2016)
http://www.iae.or.jp/wp/wp-content/uploads/2016/09/01-aoshika.pdf, p.4