温暖化対策の足かせにも!? 資源ナショナリズムの動きと国際的な影響

日常生活や企業の経済活動には欠かせない鉱物資源。特に近年、自然由来の発電や電気自動車のような製品を開発・製造する際の原材料として、鉱物資源の重要性が増しています。

鉱物資源はその特徴から、産出国が限られており、一部の国や地域で産出され、他国に輸出されるということがほとんどです。このような背景から、近年では国際社会における自国の政治的な優位を確立させるため、鉱物資源を外交に活用しようとするなど「資源ナショナリズム」の考え方が台頭してきています。しかしながら、具体的に「資源ナショナリズム」とはどのような考え方なのでしょうか。

また、「資源ナショナリズム」的な施策は鉱物の価格や輸出量に大きな影響を及ぼすため、脱炭素社会に向けた取り組みの大きな足かせとなってしまいます。それでは実際、資源保有国でどのような施策が行われており、国際社会にどのような影響を及ぼしているのでしょうか。

鉱物資源をめぐる国際情勢

自動車やスマートフォンなど商品を製造する際の原料となる鉱物資源ですが、一口に鉱物資源と言っても、様々な種類の鉱物が存在します。

例えば、埋蔵量・産出量ともに多く、精錬が比較的容易な鉄やアルミなどの金属は「ベースメタル」と呼ばれています。一方で、産出量が少なく、精錬等が難しい希少な金属は「レアメタル」と呼ばれています[*1]。

現在の日本は、ベースメタル、レアメタルともに全てを輸入に頼っているため、産出国の政治情勢に左右されやすいのが現状です(図1)。

図1: 海外からの鉱物資源の輸入状況
出典: 資源エネルギー庁「世界の産業を支える鉱物資源について知ろう」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/tokushu/anzenhosho/koubutsusigen.html

また、ドリルなど硬い工具などの原料として用いられるタングステンの85%、液晶などに用いられるレアアースの97%が中国で産出されるなど、各鉱物の産出国は一部の国や地域に偏在しています(図2)。

図2: 主なベースメタル・レアメタルの上位産出国
出典: 外務省「金属鉱物資源をめぐる外交的取組~ベースメタルとレアメタルの安定確保に向けて」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol69/

資源ナショナリズムとは

繰り返しになりますが、鉱物資源は一部の国や地域に偏在しているため、資源を持たない国は産出国から輸入を行う必要があります。しかしながら、産出国が少ないため、産出国の交渉力が強くなってしまうケースが多く、価格面や供給量について産出国の政治的意向に左右されることがあります。

このように、鉱物資源を資源保有国が管理することにより、自国の利益に還元しようとする動きや考え方を「資源ナショナリズム」と言います[*2]。

例えば、世界のレアアース産出量の大部分を占める中国では、2011年4月1日にレアアースの資源税を改正し、税額を引き上げました[*3]。また、12月にはレアアースの輸出枠を発表するなど、国家が鉱物資源の価格や輸出量を管理する資源ナショナリズムが加速しています。さらに2021年には、レアアース輸入の8割を中国に依存するアメリカへの対抗手段として、米防衛産業向けのレアアースの輸出制限を中国が検討していると報道されるなど、資源が外交の手段として用いられています[*4]。

脱炭素社会と鉱物資源の関係性

鉱物資源は外交手段の一つとして使われることがありますが、今後、脱炭素社会を作り上げていくために必要不可欠な存在です。

脱炭素社会とは、太陽光発電や風力発電など自然エネルギーや電気自動車のように化石燃料を使わない社会を言います。進行している地球温暖化を防ぐためには、脱炭素化に向けた取り組みが求められており、鉱物資源は重要なカギとなります。

化石燃料を使わない製品に不可欠な鉱物資源

それでは、脱炭素化に向けた取り組みに鉱物資源が欠かせないのはなぜなのでしょうか。その理由としては、電気自動車の製造や風力発電などクリーンエネルギーの設備開発の原材料に鉱物資源が用いられているためです。

例えば、電気自動車にはリチウムイオンバッテリーや発電機・駆動モーター用の高性能磁石が使われていますが、バッテリーの製造にはリチウムやニッケル、コバルトのようなレアメタルが必要となり、高性能磁石の製造にはレアアースが不可欠です。

図3: 電気自動車に必要な機器の例
出典: 石油天然ガス・金属鉱物資源機構「金属鉱物資源開発の推進及び脱炭素化」
https://www.jogmec.go.jp/carbonneutral/carbonneutral_01_00009.html

実際、国際エネルギー機関が発表した報告書によると、従来の自動車に比べて電気自動車の鉱物資源の使用量はおよそ6倍と、レアメタルが多く必要であることが分かります(図4)。

図4: 自動車、発電における鉱物資源使用量の比較
出典: IEA「The Role of Critical World Energy Outlook Special Report Minerals in Clean Energy Transitions」
https://energycentral.com/system/files/ece/nodes/481551/theroleofcriticalmineralsincleanenergytransitions.pdf, p.6

また、発電量に対する鉱物資源の必要量を見ると、石炭や石油など化石燃料由来の発電と比較して、太陽光発電や風力発電には大量の鉱物資源が必要となります。今後、再生可能エネルギーの需要が高まるにつれて、鉱物資源需要も増加するとされており、2040年には、リチウムを中心にグラファイトやコバルト、ニッケルなど鉱物資源の需要がさらに増加するとされています(図5)。

図5: 自然エネルギーの需要増加による鉱物資源需要の成長
出典: IEA「The Role of Critical World Energy Outlook Special Report Minerals in Clean Energy Transitions」
https://energycentral.com/system/files/ece/nodes/481551/theroleofcriticalmineralsincleanenergytransitions.pdf, p.9

脱炭素化を取り巻く資源ナショナリズム

このように、脱炭素社会を形成するためには、製品等の原材料となる鉱物資源はとても重要です。しかしながら、様々な資源保有国において、重要性が高まっている鉱物資源を利用して、自国に経済的及び政治的な利益を誘導する資源ナショナリズム的な動きが近年強まっています。

銅を取り巻く国際情勢―チリで高まる資源ナショナリズム

伝導率が高く、加工しやすいため電線には不可欠な鉱物として銅がありますが、自然エネルギーや電気自動車の需要増加によって、銅の需要も高まることが予想されます[*5]。

実際、2021年5月には、ロンドン金属取引所の銅3カ月先物の価格は1トン1万250ドル前後まで上昇し、過去最高値を上回るなど、供給量に対して需要が大きく伸びています[*6]。一方、銅鉱山の生産予測を見ると、2025年を境に減少に転じるとされており、需要に対して供給が追い付かない状況が予測されています(図6)。

図6: 銅の需給見通し(世界)
出典: 石油天然ガス・金属鉱物資源機構「JOGMEC NEWS 日本の未来を、ボトムから支える Vol.64 2021」
https://www.jogmec.go.jp/content/300371541.pdf, p.9

このような状況の中で、世界の銅鉱石生産のおよそ30%を占めるチリでは、鉱山会社への増税が提言されるなど、資源ナショナリズム的な動きが顕在化しています。

チリでは現在、鉱山会社に対する課税として鉱業特別税があります。2010年に改正された内容が現行のものとなりますが、本税は年間50千トン(銅量換算)の販売量を超える鉱山会社が対象となっており、以下2つのどちらかの課税方式を会社が選択できるようになっています(図7)。

図7: チリにおける鉱業特別税
出典: 石油天然ガス・金属鉱物資源機構「チリ共和国、国会審議中の新鉱業ロイヤルティ法案」
https://mric.jogmec.go.jp/reports/current/20210520/155779/

外資系企業による鉱山会社への投資や運営が多く行われる中で、増税等により外資系企業の利益を国内でコントロールしようとする動きです。

海外からの投資が積極的に行われ、外国資本が多く参入しているチリの鉱山会社は、課税の対象となることが多くあります。

実際、2018年以降、鉱業特別税を改正する動きが加速しており、年間12千トンの銅あるいは50千トンの炭酸リチウムを生産する企業に、生産鉱物価値に対して3%の新たな税を課すという法案が2018年9月に議会に提出されました[*7]。

既にチリの大手鉱山会社は27%の法人税と鉱業特別税を支払っていますが、新法案が通過すると、法人税と既存の鉱業特別税に加え、生産鉱物価値に対する3%の新たな税が課されることとなり、鉱山会社にとっては大きな負担となります[*8]。

増税によって、銅の産出コストが高まると、電気自動車や風力発電など再生可能エネルギーの製造コストが高まるとともに、外資系企業からの鉱山や鉱山会社への投資が停滞してしまう可能性があります。資源ナショナリズムの動きが活発化することで、環境に配慮した製品の製造が停滞し、脱炭素化の取り組みが阻害されてしまうと言えます。

ニッケルを取り巻く国際情勢―インドネシアで高まる資源ナショナリズム

ニッケルは、電気自動車の動力となるリチウムイオン電池の原料として使われています。現在広く使用されているニッケル・コバルト・アルミニウム酸リチウム(NCA)というタイプの電池では、およそ80%をニッケルが占めており、電気自動車の製造にニッケルは不可欠です[*9]。

ニッケルの主な産地は、インドネシアやフィリピン、ニューカレドニア、オーストラリアなど東南アジアやオセアニアが中心です(図8)。

図8: ニッケル鉱石生産量国別推移
出典: 石油天然ガス・金属鉱物資源機構「世界のニッケル需給と今後の動向2020」
https://mric.jogmec.go.jp/reports/mr/20200904/127437/

2019年のニッケル生産量が最も多かったのはインドネシアですが、インドネシアでは政府によるニッケル産業の国有化の動きが加速しており、政府の施策によって国際社会に大きな影響を及ぼしています。実際、2014年にはインドネシアの生産量は大きく減少していますが、これは、インドネシア政府がニッケル鉱石を含む未加工鉱物の輸出を全面的に禁止したためです(図8)。

ニッケルの輸出を禁止した理由としては、世界の電気自動車の需要拡大を見越して、国内のニッケル精錬所と電気自動車バッテリー産業の開発を推進するという国内産業育成のためとされています。その後、インドネシア政府は2017年に輸出禁止を条件付きで緩和したため、生産量は緩やかに回復していますが、この緩和措置は2022年1月までの期限付きとなっています。EUは世界貿易機関へ輸出禁止に対する異議申し立てを行っていますが、インドネシア政府は輸出禁止政策を維持するとされており、ニッケル価格の高騰が危ぶまれています[*10]。

資源ナショナリズムが高まることによる脱炭素化への悪影響

チリやインドネシアのように豊富に資源を有する国の中には、鉱山や鉱山会社へ自国で投資する資金力がなく、海外資本が多く入るケースや、電気自動車バッテリー産業など関連産業を育成するにしても資金や技術力がなく、外国企業との競争に破れてしまうケースがあります。

このような場合に、資源を自国の利益に還元するためには、増税や輸出禁止措置などに頼らざるを得ません。こうした背景から、資源保有国による資源ナショナリズムが加速していますが、脱炭素社会形成に向けて、これらの動きは大きな足かせとなります。

例えば、インドネシア政府が2014年にニッケルの輸出禁止措置を開始したことにより、ニッケル価格は一時1トン21,000ドルまで上昇しました(図9)。

図9: ニッケル価格の推移
出典: 石油天然ガス・金属鉱物資源機構「世界のニッケル需給と今後の動向2020」
https://mric.jogmec.go.jp/reports/mr/20200904/127437/

その後、ニッケル価格は下落しましたが、2022年に輸出緩和措置が解除されると、再度価格が上昇する可能性があります。

このように、資源保有国が増税や輸出規制を実施すると、国際市場における資源供給量が減少し、価格が上昇してしまいます。

例えば、2010年に1キロワットあたり1,200ドルであったリチウムイオン電池ですが、技術進歩や生産量の増加により、2021年前半には132ドルまで下がりました。しかしながら、ニッケルの価格高騰により、2021年後半の価格は上昇に転じ、2022年には135ドルまで上昇すると予想されています[*11]。

既存の製品と比べてコストの高い脱炭素化製品は、補助金や減税制度によって普及が図られているのが現状です。それに加え、資源保有国の規制等による原料コスト上昇のリスクも大きいため、企業はそれらのリスク込みで開発・製造しなければならず、場合によっては脱炭素化製品製造を中止することにもなりかねません。そうなると、地球温暖化対策の停滞につながります。

現在、国際社会は自由貿易の推進に向け、資源保有国に輸出規制の解除など呼びかけを行っていますが、十分な成果は出ていない状況です。今後は、資源保有国も納得できるような形で調整を行っていくことが求められるでしょう。

 

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参照・引用を見る

*1
資源エネルギー庁「世界の産業を支える鉱物資源について知ろう」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/tokushu/anzenhosho/koubutsusigen.html

*2
外務省「金属鉱物資源をめぐる外交的取組~ベースメタルとレアメタルの安定確保に向けて」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol69/

*3
石油天然ガス・金属鉱物資源機構「資源ナショナリズムの現状と資源開発」
https://mric.jogmec.go.jp/kouenkai_index/2012/briefing_120326_3.pdf, p.8

*4
Bloomberg「中国、米防衛産業向けのレアアース輸出制限を検討-報道」
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2021-02-16/QOM3ZOT0G1KW01

*5
石油天然ガス・金属鉱物資源機構「JOGMEC NEWS 日本の未来を、ボトムから支える Vol.64 2021」
https://www.jogmec.go.jp/content/300371541.pdf, p.8

*6
日本経済新聞「銅の国際価格、最高値更新 2011年以来10年ぶり」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB011060R00C21A5000000

*7
石油天然ガス・金属鉱物資源機構「チリ共和国、国会審議中の新鉱業ロイヤルティ法案」
https://mric.jogmec.go.jp/reports/current/20210520/155779/

*8
産業新聞「資源国の囲い込み加速 チリ・ペルーで左派政権」
https://news.yahoo.co.jp/articles/39f84164dca3a58b604fd93a6a9028e13caade53

*9
ニッケル協会 東京事務所「車載用電池・蓄電池」
https://www.nickel-japan.com/product/energy_Batterie.html

*10
石油天然ガス・金属鉱物資源機構「インドネシア:ニッケル鉱石の輸出禁止を維持」
https://mric.jogmec.go.jp/news_flash/20210323/154571/

*11
日本経済新聞「リチウムイオン電池価格、22年は上昇へ 21年は6%下落」
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR30DV60Q1A131C2000000/

 

 

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