トイレや温泉地などで、誰もが一度は嗅いだことがあるだろうツンとした臭い。アンモニアというと、あの強い刺激臭をイメージするかもしれませんが、実は農業や工業など様々な産業分野で役立っている物質です。
また、近年では燃やしてもCO2を排出しない「カーボンフリー」の物質として、エネルギー分野での実用化に向けた研究開発が進んでいます。
それでは具体的に、アンモニアはエネルギー分野においてどのように活用されようとしているのでしょうか。また、活用に向けた課題は現在何があるのでしょうか。
アンモニアとは
アンモニア(NH3)とは、窒素(N)と水素(H)で構成される物質であり、常温だと強い刺激臭を持つ気体です[*1]。
一般的にはあの独特な臭いをイメージしやすいアンモニアですが、アンモニアを水などの液体に溶かすと液化アンモニアになり、運搬が容易になります。
液化アンモニアは運搬技術が確立しているため、後述するように、原料として様々な用途に使われています。
農業用肥料として活用されるアンモニア
毒性があるため劇薬に指定されているアンモニアですが、実は昔から肥料として活用されており、現在でも世界全体で生産されるアンモニアの約8割が肥料用として使用されています[*2], (図1)。
図1: 世界におけるアンモニア消費用途(2012年)
出典: 資源エネルギー庁「アンモニアが“燃料”になる?!(前編)~身近だけど実は知らないアンモニアの利用先」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ammonia_01.html
2019年における世界全体のアンモニア生産量は約2億トン。生産量の多い国は上位から中国、ロシア、米国、インドであり、この4カ国が世界全体の生産量の半分以上を占めています[*2]。
一方、日本国内の年間消費量は108万トン(2019年)。そのうちの23.7万トンは輸入でまかなっていますが、大部分は国内で生産されています[*2]。
大部分が農業用肥料として使用されているアンモニアですが、世界全体の消費の2割は工業用として使われています[*2], (図1)。
身近にある製品として例えば、衣料品に用いられるナイロンの生産には、カプロラクタムと呼ばれる物質が使われますが、その中間原料としてアンモニアが使用されています。
また、ナイロンは繊維以外にも、機能性プラスチックとして機械部品や自動車部品、家電、建材、医療用品などに使われており、衣食住のすべてに関わりを持っています[*1], (図2)。
さらに、アンモニアはプロピレンと呼ばれる物質と合わせるとアクリロニトリルという物質を作ることができます。アクリロニトリルは合成ゴムの主原料になり、家電やOA機器、接着剤などに幅広く活用されています[*1], (図2)。
図2: アンモニア製品の例
出典: 日本肥料アンモニア協会「アンモニアのご紹介」
http://www.jaf.gr.jp/ammonia.html
その他、メッキや塗料、顔料などの原料としても、アンモニアは不可欠な物質です[*1], (図2)。
エネルギー分野でも注目を集めるアンモニア
農業や工業になくてはならないアンモニアですが、エネルギー分野に活用できるとして、さらなる注目を集めています。
水素エネルギーに活用されるアンモニア
近年、CO2を排出しないエネルギーとして、水素エネルギーの実用化に向けた動きが加速しています。水素エネルギーは、日本のように資源が乏しいとされる国や地域においても調達することができる次世代エネルギーです。燃料電池自動車や家庭用燃料電池など様々な場面ですでに活用されていますが、一方で、水素自体は大量輸送が難しいというデメリットが存在します[*3]。
その点、アンモニアは輸送技術が確立しており、水素と窒素で構成されています。
アンモニアを輸送媒体として大量輸送を行い、必要な時に水素を取り出す方法が検討されています[*2]。
ここでは燃料電池を例に挙げて説明します。燃料電池とは、水素と酸素を反応させて電気を取り出す電池です[*4], (図3)。
図3: 燃料電池の仕組み
出典: 日本原子力文化財団「【3-1-6】燃料電池のしくみ」
https://www.ene100.jp/zumen/3-1-6
燃料電池によって電気を作り出すためには、水素をどのように供給するかが課題となっていますが、アンモニアから水素を取り出すことで、より容易に水素を供給することができるようになります。さらには、CO2を排出しない環境に優しい手法ですので、現在、アンモニアを燃料とした燃料電池の研究開発が進んでいます[*4, *5]。
例えば、京都大学や科学技術振興機構、株式会社ノリタケカンパニーリミテド、三井化学株式会社、株式会社トクヤマは共同研究により、アンモニア燃料電池の200W級の発電に成功したと2015年に発表しました[*5]。
また、株式会社IHIは、2018年に1kW級の発電を可能とするアンモニアを燃料とした燃料電池システムを開発しており、実用化に向けた開発が進んでいます[*6]。
石炭火力発電に利用されるアンモニア
アンモニアをエネルギー源とした発電方法の一つとして、石炭火力発電のボイラーにアンモニアを混ぜて燃焼させる「火力混焼」も注目を集めています[*7], (図4)。
図4: アンモニアの混焼の仕組み
出典: 中東協力センターニュース2021年6月号「発電分野におけるアンモニアの利用と課題」
https://www.jccme.or.jp/11/pdf/2021-06/josei01.pdf, p.5
火力混焼は、既存の設備や技術でも応用できる方法として導入がしやすく、国内では、協議会の設置や実証事業が積極的に行われています[*1]。
実際、経済産業省は、燃料用途でのアンモニア活用推進に向けて「燃料アンモニア導入官民協議会」を設置し、2030年頃までに、石炭火力発電においてアンモニア20%混焼を開始することを目標としています[*7]。
国内の大手電力会社が保有するすべての石炭火力発電所でアンモニアを混ぜて燃やすと仮定した場合、20%混ぜれば約4,000万トン、50%混ぜれば約1億トンのCO2排出量を削減できるとされており、気候変動問題の解決に大きく寄与できるとされます[*2], (表1)。
表1: アンモニアを国内石炭火力発電のエネルギー源として代替した場合のCO2排出削減量(試算)
出典: 資源エネルギー庁「アンモニアが“燃料”になる?!(前編)~身近だけど実は知らないアンモニアの利用先」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ammonia_01.html
石炭火力発電のエネルギー源を全てアンモニアに代替した場合(専焼)には、約2億トンのCO2排出量を削減できるなど、アンモニアは高い可能性を秘めていると言えるでしょう[*1], (表1)。
ガスタービン発電に活用されるアンモニア
さらに、軽油や灯油、天然ガスなどを燃やして動力を得るガスタービン発電にアンモニアを活用する動きも出てきています。
ガスタービンとは、燃料を燃やして、高温高圧となった気体がタービンを回転させることで電力を得るエンジンです[*8], (図5)。
図5: ガスタービンの仕組み
出典: 公益社団法人日本ガスタービン学会「1 : ガスタービンとは何か」
https://www.gtsj.or.jp/gasturbin/index.html
通常は石油や天然ガスなどCO2を排出する燃料を使用しますが、アンモニアを使った石炭火力発電の場合と同様に、既存の燃料とアンモニアを混焼させることで空気を高温にするガスタービンの研究開発が行われるなど、ガスタービンにおいてもアンモニアの使用を検討する動きが高まっています[*9]。
なお、アンモニアの燃焼自体ではCO2は排出されませんが、アンモニアの原料となる水素を石炭や天然ガスなどから製造する場合、CO2が発生します。そこで、再生可能エネルギーを使って生産した水素を使用したり、発生したCO2を地下に回収・貯留する技術(CCS)を活用したりすることによって、カーボンフリーの実現を目指す動きがあります。
実際に、福島再生可能エネルギー研究所では、再生可能エネルギー由来の電力で作った水素からアンモニアを合成する実証研究を開始しています[*9], (図6)。
図6: カーボンフリーの燃料アンモニアを使った電力の流れ
出典: 資源エネルギー庁「アンモニアが“燃料”になる?!(後編)~カーボンフリーのアンモニア火力発電」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ammonia_02.html
将来的には、大型ガスタービンでのアンモニア燃焼の研究が進み、55kW級のガスタービンでの発電が実用化されるようになれば、一基につき年間110万トンのCO2排出削減効果があるとされます[*9]。
アンモニア発電普及に向けた今後の課題
実用化すればCO2排出削減効果も大きく、気候変動問題の解決に大きく貢献できるとされるアンモニア発電ですが、普及に向けた課題も多くあります。
周辺技術の実用化の困難さ
先述したように、カーボンフリーなアンモニア発電の実現を目指して、CCSや、貯留したCO2を利用する技術(CCUS)[*10]の研究開発が進んでいますが、実用化には至っていないため、想定しているCO2削減効果を見込めないという懸念があります[*11]。
実際、2030年までのCCUSの実用化は難しいとされ、アンモニア発電の技術が確立されたとしても、製造時に排出されたCO2がそのまま排出されることになってしまうため、20%混焼によるCO2排出削減量は4%程度にしかなりません[*11], (図7)。
図7: アンモニア混焼時のCO2排出削減効果
出典: 認定特定非営利活動法人 気候ネットワーク「水素・アンモニア発電の課題」
https://www.kikonet.org/wp/wp-content/uploads/2021/11/posision-paper-hydrogen-ammonia.pdf, p.14
また、CCUSが実用化されたとしても、コストが高く採算性がとれないという点も指摘されています。国際環境NGOグリーンピースの試算によると、石炭火力発電所の発電コストが73米ドル/MWhであるのに対し、アンモニア20%混焼による発電コストは98米ドル/MWh、さらにCCUSを導入した場合には106米ドル/MWhにまで増加すると見込まれているなど、導入に際して高いコストがネックとなっています[*11]。
アンモニア需要の増加による食品産業への影響
先述したように、現在世界のアンモニア消費のおよそ8割が肥料用として活用されています[*2], (図1)。このような状況の中で、エネルギー分野でのアンモニア需要が急増すると価格が高騰し、肥料市場にも影響を与えることが懸念されます。
令和3肥料年度春肥価格(11月から翌年5月)における尿素は、輸入・国産ともに、秋肥価格と比較して17.7%上昇、硫安は10%上昇しました。これは、中東の製造工場事故による影響で需給がひっ迫したことや、欧州の天然ガス価格高騰によって生じた原料のアンモニアの価格上昇が原因ですが、エネルギー分野での需要が急増した場合、さらに高騰することが見込まれます[*12], (表2)。
表2: 令和3肥料年度春肥価格(11月から翌年5月)
出典: 農業協同組合新聞「肥料価格 2期連続値上げ 原料の国際市況が高騰-JA全農」
https://www.jacom.or.jp/noukyo/news/2021/10/211029-54817.php
肥料価格の上昇は、食料価格の上昇につながるとされています。また、農産物は価格転嫁が難しいため、コストの上昇は農家の所得減につながってしまうことも懸念されています[*13]。
そのため、肥料用としてのアンモニア供給も確保しつつ、エネルギー分野でのアンモニア供給を安定的に行えるかが課題となっています。
アンモニア発電の将来性
アンモニアは、発電や燃料電池に活用できればCO2排出削減効果も見込め、水素を大量に輸送できる媒体として有効な物質です。実際に、実用化に向けて国内外で様々な研究が進んでいます。
しかしながら、アンモニアの原料である水素生産時に排出されるCO2の処理方法や、アンモニア発電の原料として使用するCO2を如何にして調達するかという課題は依然として残ります。
とりわけ、アンモニア発電には大量のアンモニアが必要となるため、サプライチェーンをどのように確保するかがこれからの検討事項です[*11]。
また、コストの問題や食品産業など既存のアンモニア供給への影響など様々な問題が山積しています。
今後は、アンモニア発電の普及に向けて、燃料アンモニアの新たな市場の創出やサプライチェーンの構築、コスト削減に向けた研究開発への投資など、官民が一体となって取り組みを進めることがカギとなるでしょう。
参照・引用を見る
*1
日本肥料アンモニア協会「アンモニアのご紹介」
http://www.jaf.gr.jp/ammonia.html
*2
資源エネルギー庁「アンモニアが“燃料”になる?!(前編)~身近だけど実は知らないアンモニアの利用先」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ammonia_01.html
*3
資源エネルギー庁「『水素エネルギー』は何がどのようにすごいのか?」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suiso.html
*4
日本原子力文化財団「【3-1-6】燃料電池のしくみ」
https://www.ene100.jp/zumen/3-1-6
*5
京都大学、科学技術振興機構、ノリタケカンパニーリミテド「アンモニアを直接燃料とした燃料電池による発電」
https://www.kyoto-u.ac.jp/sites/default/files/embed/jaresearchresearch_results2015documents150722_201.pdf, p.1, p.2, p.3
*6
株式会社IHI「アンモニアを燃料とした燃料電池システムによる1kWの発電に成功~CO2フリーのクリーンな燃料電池 低炭素社会の実現に寄与~」
https://www.ihi.co.jp/ihi/all_news/2018/technology/2018-5-16/index.html
*7
中東協力センターニュース2021年6月号「発電分野におけるアンモニアの利用と課題」
https://www.jccme.or.jp/11/pdf/2021-06/josei01.pdf, p.5, p.15, p.16
*8
公益社団法人日本ガスタービン学会「1 : ガスタービンとは何か」
https://www.gtsj.or.jp/gasturbin/index.html
*9
資源エネルギー庁「アンモニアが“燃料”になる?!(後編)~カーボンフリーのアンモニア火力発電」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ammonia_02.html
*10
資源エネルギー庁「知っておきたいエネルギーの基礎用語 ~CO2を集めて埋めて役立てる『CCUS』」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ccus.html
*11
認定特定非営利活動法人 気候ネットワーク「水素・アンモニア発電の課題」
https://www.kikonet.org/wp/wp-content/uploads/2021/11/posision-paper-hydrogen-ammonia.pdf, p.2, p.14, p.16, p.17
*12
農業協同組合新聞「肥料価格 2期連続値上げ 原料の国際市況が高騰-JA全農」
https://www.jacom.or.jp/noukyo/news/2021/10/211029-54817.php
*13
産経新聞「肥料価格が高騰 食品価格に波及も」
https://www.sankei.com/article/20220422-54YZIRQJ4JIA5H2WQFW6FIIUJM/