気候変動の影響や増え続ける人口が原因となって、水不足の危機が現実のものとなっています。
一方で、人間が生活していくためにはどんな水でもあれば良いというわけではありません。農業や飲み水に必要なのはあくまで「淡水」です。
しかし、気候変動や人間活動によって地下水の塩分濃度が高くなり、限られた水資源すら使えなくなった地域が多く存在する、という問題が今、世界各地で発生しています。
人間は海水を飲めない
海水をそのまま飲料水として使えていれば、人類は水不足と無縁でいられたかもしれません。しかし、そのようにはいきません。
人体は、その50%~75%が水でできています。そして、体内の塩分濃度を常に一定に保つ仕組みを持っていて、大人で体重の0.3~0.4%、子供で約0.2%程度にコントロールされています。
一方で海水の塩分濃度は場所によって差はあるものの、3%~3.6%程度と人体よりはるかに高い状態にあります。
人がこの海水を大量に飲んでしまうと血管の塩分濃度が濃くなり、それを元の濃度に戻すために、体から血管に水分が送られてしまい、今度は体細胞が水分不足になってしまいます。同時に、増えすぎた塩分は尿と一緒に排出されるため、より多くの水分が尿としても排出されてしまいます、そこに海水を飲むと、結果として体からどんどん水分が失われてしまうという、ある意味では矛盾したループが生じてしまうのです。
人間の体に必要なのは「人体に近い塩分濃度の水」であり、海水では生命が維持できません。
そのため、飲み水としても農業用水としても、川や湖、地下水といった淡水を使う必要があります。
しかし、人間が利用できる淡水のほとんどを占める地下水の塩分濃度が高くなり、飲み水や農業用水を十分に得られない地域が存在するようになっています。
これが、「塩水化」と呼ばれる現象です。
「塩水化」で失われる水資源
塩水化が起きる理由はいくつかありますが、主な特徴は海に近い地域で起きやすいこと、そして一度起きると回復までに長い時間がかかるということです。
塩水化のメカニズム
地下水の元は雨が地中に染み込んだもので、地中をゆっくりと流れています。そして、海岸付近では地下水と海の水が接している状態にあります(図1)。
図1 地下水の仕組み(出典:「農業地域における持続的な地下水利用の手引き」農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/nousin/sigen/tikasuiriyou_tebiki.pdf p1
ここで、何らかの理由で地下水位が下がってしまうと海の水が地中に引き込まれ、陸側に入り込んでしまいます。これが地下水の塩水化と呼ばれる現象です。
例えば、農業などで大量の地下水を汲み上げてしまうと、井戸付近に海水がどんどん引き込まれ、結果として井戸から海水を汲み上げる状態になってしまいます(図2)。
図2 地下水汲み上げによる塩水化(出典:「農業地域における持続的な地下水利用の手引き」農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/nousin/sigen/tikasuiriyou_tebiki.pdf p4
こうして塩水化を招いてしまうと井戸の地下水が使えなくなり、さらに農作物は塩分に浸かって枯れてしまいます。それまでの農地を失ってしまうのです。
温暖化が招く地下水塩水化
また、地下水塩水化のもう一つの理由として、温暖化の影響があります。
温暖化が招く海面上昇によって相対的に海水の水位が上がり、結果として塩水化が起きるという仕組みです(図3、4)。
図3、4 海面上昇による地下水塩水化のイメージ
(出典:「水危機(気候変動等による渇水・塩水障害」国土交通省資料)
http://www.mlit.go.jp/monitor/H21-kadai02/01.pdf p1
温暖化によって渇水の頻度が増えている地域では渇水と海面上昇という2つの理由が重なり、塩水化が進むリスクはさらに高まっています。
また、地盤沈下が起きている地域でも、相対的に海面が上がっている状態にあるため、海面上昇による塩水化が重なると被害の拡大が想定されます。
国内では、すでに塩水化の被害が生じている地域が存在しています(図4)。
図5 塩水化による被害状況(出典:「地下水保全と地盤沈下の現状」国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/mizsei/mizukokudo_mizsei_tk1_000063.html
温暖化によって被害が広がらないよう、対策を急ぐ必要があります。
アジアの穀倉地帯を襲う海面上昇
海面上昇で塩水が川を遡上し、塩水化の大きな被害を受けているのが、メコンデルタです。
ベトナム南部のメコン川とその支流流域、通称メコンデルタは、ベトナムの食料の半分以上*1を産む穀倉地帯です。
しかし海面上昇によって塩水の侵入が発生し、収穫量の減少や果実の小型化といった被害を受けています。2015年に生じた塩害では、約1.5兆ドン(約70億円)の被害が生じました*2。
そしてメコンデルタの今後の被害については、農地の大幅な減少を予測する試算結果もあります(図6)。
図6 メコンデルタの塩水遡上と洪水による影響
(出典:「気候変動に伴うアジア・太平洋地域における自然災害の分析と脆弱性への影響を踏まえた外交政策の分析・立案」外務省)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000287334.pdf p15
メコンデルタでの稲作は年3回の作付けをする「三期作」が導入されている地域があります。図6では、白で示された地域がその三期作、薄いグレーで示された部分は二期作、濃いグレーで示された部分が一期作です。
この試算では、基準年(左、1998~2006年)と比較した場合、2090年代(右)には三期作が可能な地域が大幅に失われることを予測しています。
そしてほとんどの地域では、作付けが一期しかできない土地になるという計算結果で、具体的には三期作が可能な地域の面積は31%から6%に減少すると推定されています*3。
現在、塩水遡上を制御する施設などの整備を行うため、日本からJICAが支援することが決まっており、2022年の水門完成を目指しています。
まずは被害の拡大を食い止める所から始めなければなりません。
複雑化する要因をどこまで減らせるか
淡水は地球の「水」のうち、2.5%にすぎません。実際は淡水の7割程度が氷河や氷山として固定されているため、人間が利用できる淡水は地球に存在する全ての水の0.01%でしかないのです*4。
また、温暖化の影響は洪水、干ばつ、森林火災などの形で既に現れています。ここに新たな要因として塩水化が加わると、どのような相互マイナス効果が発生するか、予測もできません。
一方で、地下水の利用なしに人間の生活は成り立ちませんので「使わない」という選択肢がないのも水資源の特徴です。
温暖化を食い止めるのはもちろんのこと、地下水の使用量を管理・調節しながら、人為的要因で失う資源量を可能な限り減らし、同時に技術開発によって問題を解決する必要性もあると言えます。
参照・引用を見る
図1、2 「農業地域における持続的な地下水利用の手引き」農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/nousin/sigen/tikasuiriyou_tebiki.pdf p1、p4
図3、4 「水危機(気候変動等による渇水・塩水障害」国土交通省資料
http://www.mlit.go.jp/monitor/H21-kadai02/01.pdf p1
図5 「地下水保全と地盤沈下の現状」国土交通省
https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/mizsei/mizukokudo_mizsei_tk1_000063.html
図6 「気候変動に伴うアジア・太平洋地域における自然災害の分析と脆弱性への影響を踏まえた外交政策の分析・立案」外務省
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000287334.pdf p15
*1、2 「ベトナム向け円借款貸付契約の調印:塩水遡上制御システムの整備を通じた脆弱性への対応を支援」JICA
https://www.jica.go.jp/press/2017/20170719_01.html
*3 「気候変動に伴うアジア・太平洋地域における自然災害の分析と脆弱性への影響を踏まえた外交政策の分析・立案」外務省
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000287334.pdf p16
*4 「世界の水資源」国土交通省
http://www.mlit.go.jp/mizukokudo/mizsei/mizukokudo_mizsei_tk2_000020.html