地球上には手つかずの自然と、人の手によって守られている自然が存在します。
この記事では、環境と観光というある意味、両立の難しい2つの要素を見事に調和させている、国内外の観光地に焦点を当てて見ていきましょう。
世界一美しい街、パース
「世界で最も美しい街」といわれるオーストラリアのパース。
広大な都市公園、キングスパークをはじめ、町中に緑が溢れるパースは西オーストラリア州の州都でもあり、大変住みやすい町であることでも知られています。
パースでは19世紀半ばに金鉱が発見され、それに伴うゴールドラッシュや地下資源の開発等で環境破壊が進んだ時代もありました。
しかしパース市は、20世期半ばより植樹によって都会に森を造成し、700本以上の植樹を行う※など、環境保全に取り組んできました。*1_ p.16
※2016年現在
持続可能な都会の緑化活動
パース市のビジョンは、都会の緑を保全し、持続可能な街の緑化活動を促進することです。
都会の森は人々に安らぎを与え、景観や生物多様性、気候変動の問題などに貢献します。
同時に、都会の森は緑化計画に関わる人たちの意識を高めることにも繋がっています。*1_p.6
都会のひさしにもなる森を保全するために既存の樹木を保護し、老木を植え替え、樹木の健康を高いレベルで維持しています。
パース市では、新たな目標を定めた植樹のプログラムを通じ、30年間で公共の区域の緑地面積を現在の19%から30%に増やすことを目指しています。 *1_p.8
気候変動に起因する都会の気温上昇は、地球や人々に様々なリスクをもたらします。
そのひとつであるヒートアイランド現象の対策のためにも、都会に森を造ることには大きな可能性があると考えられています *1_p.8
半世紀以上、植樹に力を注ぎ続けているパース市の政策は 、公衆衛生擁護研究所の西オーストラリア地方自治体政策賞を受賞。*2
街路樹が増えたことで、公共のスペースの質が向上したとの調査結果が報告されています。
青々とした街中には涼やかな木陰があり、美しく住みやすい街が実現しているのです。
都会に森を増やすパースの取り組み
パースでは、都会に森を造ることに関して、以下の9つの目標を定めています。
ゴール1:今ある木を保護する
ゴール2:老木を植え替える
ゴール3:持続可能な水の管理を行う
ゴール4:木立ちの日除けを増やす
ゴール5:ヒートアイランド対策として、植樹を優先する
ゴール6:種の性質を調和し回復させる
ゴール7:木の健康を維持する
ゴール8:森全体の管理を行う
ゴール9:緑化活動に関連するコミュニティを促進する
図1「City of Perth Urban Forest Plan」
出所)パース市HP「City of Perth Urban Forest Plan」 *1_p.9
https://www.perth.wa.gov.au/future-perth/major-projects
※URBAN FOREST
大都市であるパースが街中に、ビルではなく緑を増やしていることが、この地を訪れる観光客を魅了し、ここに住む人たちの満足感を高めているのです。
神と自然と人が守るバリ島の植林活動 *3
インドネシア共和国のバリ州は「芸術・芸能の島」「神々の島」とされる、誰もが知る観光地です。
オーシャンブルーの海に囲まれた島に足を踏み入れると、そこは椰子の木、多彩な果物、花々を咲かせる木々といった自然の恵みに満ち溢れています。
しかし、世界の例に漏れず、この地域にも自然環境の破壊が忍び寄っているのです。
乾燥による山火事や畑地などへの無断転用、建材使用のための無断伐採等で森の消失が進み、この影響を受けている場所の一つが島で最大の火山湖、バトゥール湖(Batur Lake) です。
この湖は、住民の飲料水や豊かな棚田を潤す農業用水として使われ島の人たちのみずがめとなっていますが、水量が年々減少し、湖水位は2mあまり低下するなど影響が出ています。*4
高校生発の植林活動
この異変に気づいた高校生たちが、自発的に植林への取り組みを始め、後に高校生が主体の植林グループ「GITAKITA」が誕生。
エリアの異なる国立ギャナール第一高校など計 6校もこの植林活動に参加しています。
高校生の活動に賛同したバリ在住の日本人が作る「バリの森を守る会」も森の植林の活動に参加し、村人にもコミュニティーを拡大。
NPO法人「アジア植林友好協会」などと協働して植林活動を行ってきました。
村の呼びかけに応じた島内のボーイ・スカウトやガール・スカウト、近隣の住民やホテルなどの企業も交え、活動は広がりをみせています。
官・民一体の運動が進んだことで、23%程度だったバリ島の森林被覆率を30%にまで回復させました。
図2「回復する大地 たくましい自然の復元力を実感」
出所)特定非営利活動法人 アジア植林友好協会「世界平和の森づくり」http://www.agfn.org/project/project_bali.html
バリ島の哲学により守られてきた循環型社会
バリ島内の大多数はバリ・ヒンズー教徒で、その基盤には「トゥリ・ヒタ・カルナ」という哲学があります。
これは「神と自然と人」が三位一体となって暮らしを守り、維持するという理念です。
スバックと呼ばれる水利組合と棚田も数百年に渡り、この哲学思想に基づいて営みを続けています。
人々が暮らす集落「バンジャール」の周囲には、果物が実り花が咲く豊かな森があり、水や餌となる多様な生態系が存在して自然循環型の流れが形成されています。
地域のコミュニティを活かした植林活動は、この地に住む人や現地を訪れた外国人たちにも環境を保護することの大切さを伝えています。
人々の思いと、人から人へと繋がってゆくコミュニティは、活動を未来に繋げるための何よりの財産ともいえるでしょう。
琵琶湖を守るヨシ原
次に国内を見てみると、自然保護を目的とするラムサール条約に登録され、ほぼ全域が国定公園に属する滋賀県の琵琶湖。
湖岸の湿地帯には広大なヨシ原が広がり、琵琶湖の原風景ともいうべき景観が残されています。
風にたなびくヨシ原では野鳥や魚、昆虫などさまざまな生き物が生息し、数々の珍しい植物が育まれています。
また、ヨシの群生地は琵琶湖に住む魚類の貴重な産卵場所として、自然環境保全の面からも重要であることが知られています。*5
琵琶湖の水を浄化するヨシ *6
ヨシは水中の窒素やリンを吸収しながら、わずか2~3ヶ月で2m程になり、冬から初春にかけての刈り取り時期には4m近くにまで成長します。
これらの窒素やリンを吸収したヨシを刈り取ることにより、水中の汚染物質が湖外へ持ち出されます。
これがヨシの浄化作用となり、琵琶湖の富栄養化を防ぐ仕組みになっているのです。
近江八幡の水郷とヨシ原 *7
近江八幡から見る琵琶湖の景観は、「近江八幡の水郷」と呼ばれ、国の重要文化的景観として認定されています。
滋賀県には琵琶湖を景色の一部とする重要文化的景観の認定地が複数存在しています。
なかでも「近江八幡の水郷」は、国内で初めて認定された地域でもあり、琵琶湖を背景にした近江文化の美しさが際立ちます。
「近江八幡の水郷」が指定された理由として、内湖 ※1 とヨシ原などの自然環境が、ヨシ産業などの生業や内湖と共生する地域住民の生活と結びついていることがあげられています。
この辺りの集落では、今もヨシを加工して簾(すだれ)や葭簀(よしず)をはじめとする夏用の建具の生産地としても知られています。
※1 琵琶湖の湖岸に生じた池や沼など
また、ヨシ原をはじめとした価値の高い文化的景観を形成していることも、重要文化的景観に認定された大きな理由です。
近江八幡の水郷とヨシ原
図3「水郷の夏」
出所)元祖おうみはちまん水郷めぐりHP「思い出写真」
http://www.suigou-meguri.com/html/photo_summer.html
一方で、干拓などによって内湖の多くが農地化され、湿地生態系の衰退やヨシ葺屋根等が減少しつつあります。
このような現状を懸念して、文化的景観を未来に引き継ぐための保護が必要とされたことも選定理由のひとつになっています。
ヨシの保全
湖岸の開発や生活様式の変化のために失われつつあるヨシ原を取り戻すために、水資源開発公団では10年にわたってヨシの人工植栽の研究を行い、昭和59年から平成4年にかけて合計約5haの湖岸にヨシの植栽を実施してきました。
また、滋賀県では「滋賀県琵琶湖のヨシ群落の保全に関する条例」が定められ、この条例のもとに大津市などの自治体が中心となり、ヨシ群落の保全につとめています。*5
ヨシ群落は、地域ごとに生態特性や生育状況が異なり、魚類の産卵繁殖の場や鳥類など生物の生態特性に応じてヨシ群落を管理することが大切とされています。
よって、具体的な地域ごとの維持管理については地域住民や行政を含む関係機関、学識経験者などで構成される地域協議会で策定されています。
県では専門家の意見をもとに、ヨシの刈り取りや清掃、火入れや補植、そして生育環境を維持するためのヤナギやハンノキなどの剪定や伐採も実施しています。*8 p.3_4
図4「ヨシ群落の推移」
出所)滋賀県HP「ヨシ群落保全基本計画」
https://www.pref.shiga.lg.jp/file/attachment/53071.pdf
琵琶湖の風景に情緒を添え、ここに住む生物や自然環境の保護にも貢献するヨシ群落。
このヨシ原を手入れし、保全することで、美しい景観と貴重な生態系が守られているのです。
東洋のガラパゴス、小笠原諸島
「東洋のガラパゴス」とも呼ばれる、東京都特別区の南南東約1,000kmの太平洋上に位置する小笠原諸島は、広大な海域に散在する大小30あまりの島から成り立っています。
この島々はユネスコにより、独特の生態系や自然保護の取り組みが評価され、2011年に世界自然遺産へ登録されています。
小笠原諸島に自生する植物(維管束植物)の36%、昆虫類の28%、陸産貝類の94%がここにしか生息しない固有種で、この島々は希少な動植物の宝庫でもあります。 *9
これらの植物の種子は、一体どのようにしてこの島に辿りついたのでしょうか。
海流にのってやってくるもの、鳥の翼などに付着してきたもの、風にのって辿りついたものなど様々で、競争相手や天敵のいない裸地状態だった小笠原の地で独特な進化を遂げていきます。
ところがこれらの植物の中には、人間が持ちこんだヤギやネズミの食害により著しく数が減り、今では希少種となっているものや、絶滅危惧種になっている種もあります。
小笠原村では村民をはじめ、地元のNPOや環境省、 林野庁、東京都と協力して外来種の持ち込み防止に向けた取り組みを行っています。
村では、遊歩道として整備されている道以外は殆ど、林野庁の定める「森林生態系保護地域」に指定されています。
よって、これらの森や山に入るには許可を受けたガイドの同行が必要となります。
島を訪れた人たちには、歩道を外れて歩かないことや動植物を採らない・持ち込まない・持ち帰らない、そしてサンゴ礁等の特殊地形を壊さないことなどを伝えています。
来島する観光客が下船する際には、外来種の持ち込み予防策として、靴底の洗浄なども実施しています。*10
また、東京都自然保護指導員(都レンジャー)が、絶滅が危惧されている動植物の密猟や盗掘が行われることのないよう、日々巡回を行い、島々の自然環境を守っているのです。*11
世界遺産への登録 *12
小笠原諸島の世界自然遺産の登録にあたっては、ユネスコから以下の要請がありました。
a)外来種への対策を継続すること。
b) 観光や諸島へのアクセスなどすべてのインフラ開発について、必ず事前に厳しい環境影響評価を実施すること。
また、以下の点が強く奨励されました。
a) 海域公園地区の拡張を検討すること。このことにより、海域と陸域を結ぶ生態系の健全性が期待される。
b) 気候変動の影響を評価し、それに適応するための研究、およびモニタリング計画の策定と実施を行うこと。
c) 将来的に来島者が増加することを予測し、慎重に観光事業を管理すること。特に、小笠原エコツーリズム協議会を強化するため、科学委員会にそのメンバーを加え、島の環境を保護するような観光方針を助言してもらうこと。
d) 観光による影響を管理するため、観光業者に対して必須条件を示し、認証制度を設定するなどして慎重な規制とこれらを奨励する措置を取ること。
これらの厳しい要請のもと、環境保全に力を入れてきたことによって、小笠原諸島の世界遺産への登録が可能となったのです。
自然エネルギーで電力供給する世界遺産の島々
小笠原村では観光に訪れた人たちに、環境保護のため「移動はできるだけ自分のエネルギーを使うこと」と、歩くことを推奨しています。
また、村は「小笠原村地球温暖化対策実行計画」を策定し、温室効果ガス総排出量の削減計画を実施しています。
地球温暖化対策を率先して行うこの計画では、母島で自然エネルギー100%の電力供給を行うことを目的とした実証事業を行っています。*13
同じく、世界自然遺産に認定されている屋久島でも自然エネルギーで電力を賄っています。
この島は世界的な動植物の移行帯に位置し、湿潤気候にある高山は、生物地理的にも特異な環境下に存在します。
また、年間4,000~10,000mmもの多雨に恵まれ、樹齢数千年のヤクスギをはじめとする極めて特殊な森林植生を有し、これらを守っている美しい観光地でもあります。
水に恵まれた屋久島は、平均標高600メートルの急峻な地形による高低差が、水力発電の理想的な条件を兼ね備えています。
よって、島の電力はすべて水力発電で供給され、自然エネルギー100%を実現しているのです。*14
これからの観光と環境
自然の恩恵の中で観光産業を営む小笠原諸島や屋久島。
これらの島の自然エネルギー事業は、自然を敬う島だからこそ生まれた政策なのかもしれません。
オーバーツーリズムが世界中で問題となるなか、環境保全の姿勢を崩すことのないこれらの島々や前述の観光地では、地域に住む人や行政が、環境を守っているのです。
観光という経済活動以上に自然保護を重視することで、この豊かな美しさが旅人たちの心を魅了します。
また、節度ある観光産業と溢れる緑は、住む人たちにもゆとりを与えます。
町には穏やかな空気が流れ、この雰囲気がさらに、訪れる人たちの心を掴むのです。
これらの緑豊かな観光地に見る、環境と観光の理想的なバランスが、持続可能な観光を実現する鍵ともいえるのではないでしょうか。
参照・引用を見る
*1
出所)パース市HP「URBEN FOREST」
https://www.perth.wa.gov.au/future-perth/major-projects
*2
出所)パース市HP「City of Perth Urban Forest program wins award」
https://www.perth.wa.gov.au/news-and-updates/all-news/city-of-perth-urban-forest-program-wins-award
*3
出所) 公益社団法人 国際緑化推進センターHP
「インドネシア共和国『バリの森を考える会』の活動について」
https://www.jifpro.or.jp/cgi-bin/ntr/documents/NET8663.pdf
*4
出所)NPO アジア植林友好協会 HP「世界平和の森作り」
http://www.agfn.org/project/project_bali.html
*5
出所)国土交通省 近畿地方整備局HP「琵琶湖新発見」
https://www.kkr.mlit.go.jp/biwako/aquabiwa/biwazu/19/biwas19-5.pdf
*6
出所)長浜市郷土学習資料HP「ヨシの水質浄化作用~ヨシ行けどんどん作戦~」
https://www.city.nagahama.lg.jp/section/kyouken/junior/category_03/03_environment/yoshi/index.html
*7
出所)近江八幡市HP「重要文化的景観に関すること」
https://www.city.omihachiman.lg.jp/kanko/rekishi/1/3/14118.html
*8
出所)滋賀県HP「ヨシ群落保全基本計画」
https://www.pref.shiga.lg.jp/file/attachment/53071.pdf
*9
出所)コトバンク「知恵蔵」HP
https://kotobank.jp/word/小笠原諸島-39730
*10
出所)小笠原村観光協会HP「原生の森へ 森・山歩きを楽しむ」
https://www.ogasawaramura.com/about/mori/
*11
出所)東京都小笠原支庁HP「都レンジャー業務紹介」
https://www.soumu.metro.tokyo.lg.jp/07ogasawara/nature/toranger_introduction.html
*12
出所)林野庁HP「世界遺産小笠原諸島 成果と課題」
https://www.rinya.maff.go.jp/j/sin_riyou/sekaiisan/pdf/shiryo5ogasawarakagakuiinkai.pdf
*13
出所)小笠原村役場HP「母島における再生可能エネルギー100%電力供給に向けた協定締結について」
https://www.vill.ogasawara.tokyo.jp/kankyo/hahaene100/
*14
出所)鹿児島県HP「ストップ温暖化!CO2フリーの島づくり」
https://www.perth.wa.gov.au/future-perth/major-projects