需要の高まる「ヤギレンタル」に見る、農薬に変わる生き物と地力の向上

4つの胃袋を持ち、食欲旺盛なヤギをレンタルして草を食べさせるヤギ除草が注目を集めています。
ヤギによる除草がこれからの時代に期待されるのは、農薬を使わない点です。

日本の化学肥料や化学農薬の使用量は世界で1、2位を争うとされ、規制の厳しい欧州諸国等と比べると、その量は数倍から10倍にもなるといわれています。*1(図1)

国連で採択された持続可能な開発目標、SDGsのゴール12.4には「化学物質の大気、水、土壌への放出を大幅に削減する」という目標が定められています。
ここではヤギや合鴨、微生物といった生き物を農薬代わりに用いる、環境への負荷が少ない農業などの事例を見ていきましょう。

図1「化学肥料使用量の比較(1haあたり)」
出所)立命館大学研究活動報 HP「日本の農業を土から変える『微生物』」
http://www.ritsumei.ac.jp/research/radiant/gastronomy/story5.html/

ヤギレンタルで無農薬除草

反芻動物であるヤギが草を食べ続ける特性を活かしたヤギ除草。
ヤギ1頭あたり平均して、1日約4.5キロ(乾重量※)の草を食べるとされています。*2
ヤギをレンタルするのは個人や企業、自治体など様々で、時には団地の中でヤギ除草が実施されるケースも。
ヤギは1日単位で契約できるケースが多く、1ヵ月の平均的な貸出料は15,000円程度です。*3_p.13_14
柵や小屋などを借りて放し飼いにし、草を食べさせます。

ヤギ除草の費用は、草刈り機による除草作業と比較すると2/3から同額程度と試算されています。*3_p.11,12
また、ヤギは身軽で高所を好み、人の手による除草が難しい急傾斜地や河川敷等でも除草が可能です。*2

※乾重量・・・水分を除いた草の重量。

朝は搾乳、昼は除草の「通勤ヤギ」 *3_p.12

過去の事例では、福井県池田町と同町内の後藤農園がユニークなプロジェクトを行っています。
池田町では、後藤農園で朝の搾乳を終えたヤギを軽トラックに載せて放牧地へ運び、夕方にヤギを迎えに行くという「通勤型」放牧を実施。
春先は、人による除草が難しい河川の堤防や棚田のあぜ道で除草を行い、夏は里山の林地除草といったように様々な場所で放牧し、3〜4日ごとに移動する方式です。

この事例では除草だけが目的ではなく、ヤギを放牧することで山羊乳の生産加工販売も行い、飼料費を軽減して収益性も確保している、注目すべき経営スタイルであると評価されています。

ほかにも、イノシシ被害の対策と除草を期待してヤギをレンタルする自治体のケースもあり、それぞれに効果が現れたとの結果が報告されています。

ヤギレンタルの課題  *3_p.13

ヤギのレンタル利用を希望する事業主は少なくありませんが、毒草によるヤギの中毒や熱中症、病気や事故などに対応する家畜共済制度が十分でなく、この必要性が指摘されています。

世界農業遺産「中国の水田養魚」

お隣中国では、2000年前の漢王朝時代の土器に、水田で泳ぐ魚の姿が描かれています。
少数民族・トン族は1000年以上もの間、水田での養魚・養鴨システムを継続している唯一の民族です。*4

米も魚も出荷される、豊かな水田養魚 *4

田魚を水田に放す水田養魚では、田魚が水田の雑草や害虫を食べ、その魚の糞が代替肥料となることで、循環型の農業が成り立っています。
また、化学肥料や農薬を必要としないことから地域農業のコスト削減や、土壌と水の保全にも繋がっています。

低いコストで経済的利益を生むことは水田養魚の特徴のひとつで、1haの水田あたり約800kgの田魚の出荷に加え、稲の収穫量は通常の農法に比べて10%〜15%の増加が見込めます。
水田養魚で活躍する田魚は農家の収入源のほか、日々の食料にもなり、この地域で様々な役割を担っているのです。

田魚を水田に放す「水田養魚」

図2「水田養魚(中国)」
出所)農林水産省HP「世界農業遺産」
https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1307/spe1_02.html

マラリア対策や温暖化防止にも繋がる田魚 *5

水田養魚は、地域の生物多様性を豊かにし、病害虫の抑制にも貢献しています。
田魚は蚊の幼虫であるボウフラを餌とし、蚊の発生を抑えるため、マラリアの予防にも役立っているのです。
また、水田の底にある泥には酸素があまり含まれておらず、メタンを発生させる特定種の細菌にとって快適な場所になります。
しかし、水田に魚を放つことで水中の細菌が変化し、大気に漏れ出すメタンの量が減ることがわかっています。*6,7
水田養魚の事例の場合、田魚の生息によりメタンガスが抑えられることなどから、気候変動対策にも寄与しています。

この農法は、「地域環境を生かした伝統的農法や生物多様性が守られている土地を世界に残す」という目的で創設された「世界農業遺産」にも認定されています。

また、水田養魚は農産物の生産や収穫にまつわる祭りや行事など、多くの伝統文化をも守っているのです。

オーガニック栽培の合鴨農法

日本では、平安時代に中国から鴨やアヒルが渡来し、安土桃山時代には豊臣秀吉が除虫と番鳥を兼ねて、水田でのアヒルの放し飼いを奨励したといわれています。 *8_p.3

農薬で絶えたアヒル除草 *8_p.3

明治・大正時代には、利根川沿いの水田地帯でアヒルの放し飼いの様子が見られ、近代では、アヒルやカモの水田や河川での放し飼いは飼料費の節約にもなると、推奨されていました。

また、戦中・戦後の食糧難の時期にはアヒルやカモなどを水田に放し、稲の収穫後にはそれらを食糧にしていたのです。
こうして畑作と畜産を組み合わせた複合農業が試行されていましたが、この頃には現在用いられているアイガモは、まだ用いられていませんでした。
昭和の半ば以降、稲作に農薬を使用し始めると、農薬の影響でアヒルが死ぬようになり、この農法は廃れてしまいます。

水田で害虫や雑草を食べる合鴨

図3「合鴨農法」
出所)竹ノ原農園HP「合鴨農法とは」
https://takenohara.net/free/anoho

複合農業でもある合鴨農法 *8_p.5

アヒルなどによる農法が途絶えた後、1980年代に入ると、水田の生態系を保つ無農薬農法の一環として「アイガモ除草法」が確立されました。
そもそもアイガモとは、アヒルとマガモの交配種になります。
体は大きいけれども飛ぶことのできないアヒルと、飛ぶことはできるけれども体が小さいマガモを掛け合わせた結果、体は小さくて飛ぶことができないアイガモが誕生しました。

この合鴨農法は、オーガニックといわれている有機農業の一種でもありますが、収穫後にアイガモの肉は畜産物として処理されるので、複合農業に近いといえるでしょう。
合鴨農法の利点としては、アイガモが雑食性であるために、雑草や害虫がほぼいなくなることです。
また、アイガモが水田を泳ぐ際に水かきで土壌の表層を攪拌することにより、根を刺激し肥料の吸収を良くするなど、稲穂の成長を促進する効果もあります。
アイガモの排泄物は稲の養分となり、化学肥料や農薬を不要とすることから、稲作のコストが低減され、化学肥料による稲の弱体化を回避しているのです。

合鴨農法の課題 *8_p.5

通常、農家は水稲の出穂時に、カモが稲穂を食すことを防ぐために水田からカモを引き上げ、飼育します。*9
農家や環境にとって数々のメリットがある合鴨農法ですが、この飼育の際の労力が農業を本業とする農家にとっては大きな負担となっています。

耕地の劣化に歯止めをかける土作り *8_p.5

国連食糧農業機関(FAO)は、人口増加により2050年には、現在と比較して40%~ 70%の食料増産が必要であると報告しています。
食糧を確保するための農業は、病害虫や雑草との戦いという一面があり、第二次世界大戦後に化学農薬が登場すると、病害虫や雑草の化学農薬での防除が効率的と考えられるようになりました。*11

農薬に代わる技術開発の必要性 *10_p.5

その一方で耕地の劣化が指摘されていますが、これは過剰な化学農薬や肥料の使用が一因とされています。
また、農薬の連用により、一部の病害虫に対する農作物の抵抗性や感受性の低下が問題となっています。
FAOでは食糧生産持続のためにも、耕地の劣化を防ぎ、持続可能な土壌を維持することが重要であると報告しています。
そのために、化学肥料や農薬を削減し、これらの代替となる技術開発が必要とされています。

環境を守る欧米の農業スタイル *11

昨今、欧米の農業においては環境と調和する農業がスタンダードになりつつあります。
アメリカでは農薬や化学肥料を必要最小限に抑え、自然生態系の力を利用した低投入持続型農業が、EU諸国では労働や資本の投下が少なく、自然の力に任せた粗放化農業が提唱されています。
日本では、生産性の向上を図りながら環境への負荷の軽減に配慮した持続的な農業、環境保全型農業の推進が、国の農業政策の大きな柱となっています。
そのための技術開発として、農薬の代わりになる天敵の利用による害虫の防除が進められています。

農薬に代わる生き物 *12

農薬代わりになる生き物については、天敵昆虫や天敵線虫、微生物によるものなど複数の種類があります。

害虫の発生を捕食などで抑える昆虫を「天敵昆虫」と呼びます。
ナナホシテントウが、レンゲなどマメ科植物の害虫となるタコゾウムシを捕食し、体長2ミリのオウシュウヒメハナカメムシが花や野菜、果樹の害虫となるアザミウマを捕食するなどし、害虫駆除が行われます。*13

アザミウマを捕らえたヒメハナカメムシ

図4「アザミウマを捕らえたヒメハナカメムシ」
出所)九州大学 農学研究院HP「いろいろな天敵昆虫」
http://www.agr.kyushu-u.ac.jp/lab/ine/tenteki.html

また、特定の昆虫だけに感染し、殺してしまう生き物を天敵線虫(昆虫病原性線虫、スタイナーネマ)とよび、アリモドキゾウムシやコガネムシ類幼虫がこれに該当します。*14

ほかにも、微生物による防除にはバチルス・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis: BT)と呼ばれる枯草菌が、害虫の体内に入って殺虫成分を持つタンパク毒素となる微生物もあります。
この成分は、消化管の中が強アルカリでない昆虫や胃液が酸性の哺乳類では毒性を現さない特徴を持ちます。

また、ウイルスの中には昆虫に感染することで、害虫を防除するものがありますが、標的以外の生物に悪影響を及ぼさないウイルスが選ばれます。

農薬が効かない害虫への天敵農法 *15

ハウスミカンの栽培では、果実の糖度を上げるために撒水を抑えることから、ハウス内は高温で乾燥し、害虫が発生しやすい状態となります。
一番の害虫はミカンハダニで、葉や実の汁を吸い、果皮が白くなるため市場価値も落ちてしまいます。
対策として殺ダニ剤の散布が行われますが、この薬剤を繰り返し使用することでダニに耐性ができて効果が現れなくなり、農家を悩ませてきました。

そこで、ハウスミカンの生産量が国内一の佐賀県で、新たな防除法として注目されているのが、ミカンハダニの天敵「スワルスキーカブリダニ」です。
害虫の産卵場所などに紙製のシート剤を設置することで天敵のダニが発生し、長時間に渡って害虫を抑えることが可能です。
費用は農薬より高めですが、省力化が図られ残留農薬の心配や作業者の農薬被爆もないなど、メリットの大きな農法です。

県の営農センターの技師は「従来にない方法だけに、この考え方を農家に知ってもらい、実際に成果を出すことで、広めていきたい」と話しています。

天敵農法の長所と短所 *16_p.4

従来、自然界に存在する生き物を利用している防除には、環境に対する影響や人畜に対する薬害、収穫物への残留毒性の心配が少ないという長所があります。

一方、この農法は効果が緩やかで速効性に欠け、化学合成農薬と比べて安定感がないといわれています。
また、大量増殖、安定製剤化といった面で製造技術が高度なため、製品価格が高い点などがこの農法の短所とも考えられています。

そして、在来種以外の天敵昆虫の導入は、在来種との競合により本来の生態系のバランスを崩す恐れがあります。

オーストラリアや米国等4か国では、植食性昆虫の輸入の際に、生物学的調査を義務づけるなど農作物への被害を防止するための規約が整備されています。
どの国でも、外来種の天敵による在来生態系への影響を最小限にするため、その輸入や放飼の際に判断基準を設け、規制すべきであると指摘されています。*17_p.8

今後の展望 *10_p.8

農業用微生物群の国内市場には現在、多くの企業が参入しているものの 、全体規模は30億円程度と非常に小さく、成長率も年間5%程度で各国と比較しても低いのが現状です。(図5)
一方、海外では、微生物を用いて栽培した農作物や化学農薬・化学肥料の低減が農業界のトレンドになっています。

国内外の農薬市場

図5「国内外の農薬市場」
出所)新エネルギー・産業技術総合開発機構HP「微生物群の利用及び制御分野の 技術戦略策定に向けて」
https://www.nedo.go.jp/content/100889316.pdf

また、図6からもわかるように農業用微生物群に関する特許出願の増加も続き、この国際市場は年成長率 10%を超える勢いで、今後も大きく拡大することが予測されています。
農業や耕地などの土壌に、より効果の高い微生物群を利用する技術を確立することで、耕地劣化の抑制と食糧生産性の維持への貢献が期待されているのです。*10_p.5

農業用微生物群に関する特許出願数の推移

図6「農業用微生物群に関する特許出願数の推移」
出所)新エネルギー・産業技術総合開発機構HP「微生物群の利用及び制御分野の 技術戦略策定に向けて」
https://www.nedo.go.jp/content/100889316.pdf

過剰な施肥や農薬は、農業経営の観点からも合理的ではないばかりか、水質汚染を引き起こし、健康被害や生態系への影響も指摘されています。
また、地球温暖化の原因となる一酸化二窒素を発生させて、地球環境に負担をかけることにも繋がります。
日本政府は土壌の力を維持・促進する農法などを支援し、化学肥料や農薬の使用等による環境負荷の低減を目指しています。*18

持続可能な土壌や農業、そして私たちの生活のカギになるのが、身近にいる生き物であるということに今、世界中の国や企業が気付き始めています。

そして、私たちには何ができるのでしょう。
環境に配慮して作られた農産物などを選ぶことが、これらの作物を作る農家を支援し、循環型社会を守ることにも繋がるのではないでしょうか。

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参照・引用を見る

*1
出所)立命館大学研究活動報 HP「日本の農業を土から変える『微生物』」
http://www.ritsumei.ac.jp/research/radiant/gastronomy/story5.html/

*2
出所)UR都市機構 HP「環境に配慮した新たな用地管理手法(ヤギ除草)」
https://www.ur-net.go.jp/aboutus/action/kankyo/shoukai/yagi.html

*3
出所)えひめ地域政策研究センターHP「ヤギによる除草の現状と課題」
http://www.ecpr.or.jp/pdf/ecpr36/11-20.pdf

*4
出所)農林水産省HP「特集1 世界農業遺産(1)」
https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1109/spe1_01.html

*5
出所)日本作物学会HP「Globally Important Agricultural Heritag」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcsproc/240/0/240_130/_pdf/-char/ja

*6
出所)Nature Communications HP「Top consumer abundance influences lake methane efflux」
https://www.nature.com/articles/ncomms9787

*7
出所)WIRED HP「水田での稲作は地球温暖化を促進するが、魚を育てれば問題が解決する」
https://wired.jp/2020/06/07/tiny-hungry-fish-fix-rice-global-warming-problem/

*8
出所)日本環境教育機構HP「環境保全型農業における合鴨農法の調査研究報告」
https://www.jp-eco.org/wp_jpeco_org/wp-content/uploads/2016/07/16012d49f8c8c725fc75b64c6bfea2e7.pdf

*9
出所)竹ノ原農園HP「合鴨農法とは」
https://takenohara.net/free/anoho

*10
出所)新エネルギー・産業技術総合開発機構HP「微生物群の利用及び制御分野の 技術戦略策定に向けて」
https://www.nedo.go.jp/content/100889316.pdf

*11
出所)農薬工業会HP「なぜ生物農薬が開発されるようになったのですか」
https://www.jcpa.or.jp/qa/a6_07.html

*12
出所)農薬工業会 HP「農薬はどうして効くの?」
https://www.jcpa.or.jp/sp/qa/a4_13.html

*13
出所)九州大学  農学研究院HP「いろいろな天敵昆虫」
http://www.agr.kyushu-u.ac.jp/lab/ine/tenteki.html

*14
出所)日本生物防除協議会HP「天敵線虫」
http://www.biocontrol.jp/tenteki_sentyu.html

*15
出所)佐賀新聞LIVE  HP「天敵・ダニで害虫からミカン守れ ハウス栽培の防除技術確立」
https://www.saga-s.co.jp/articles/-/480621

*16
出所)ホクレンHP「あぐりぽーと」
https://www.hokuren.or.jp/common/dat/agrpdf/2014_0317/1395038583489615174.pdf

*17
出所)日本植物防疫協会HP「海外における導入天敵のリスク評価」
http://jppa.or.jp/archive/pdf/67_06_08.pdf

*18
出所)環境省HP「SDGsの各ゴールの関係と世界の現状」
https://www.env.go.jp/policy/hakusyo/h29/html/hj17010102.html

 

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