世界には様々な形で食料問題が存在しています。
温暖化による干ばつ・洪水などでの作物被害や貧困による飢餓が続く一方で、地球の人口は増加の一途をたどっています。現在の食料生産では人口の増加に地球が耐えられない可能性が高まっています。
そこで気候変動や貧困問題を解決に向かわせるひとつとして期待されているのが「代替肉」です。
畜産と穀物の関係および世界需要
地球の人口は増加の一途をたどっています。
世界人口は2019年の77億人から、2030年に85億人(10%増)、2050年には97億人(26%増)、2100年には109億人(42%増)に達すると予測されています*1。
こうした中、世界の肉類の消費量も増加しています(図1)。
図1 世界の肉類消費量の推移(出所:「知ってる?日本の食料事情」農林水産省」
https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/attach/pdf/panfu1-35.pdf p2
そして、肉類の消費量と穀物の消費量は、実は密接な関係にあります(図2)。
図2 世界の穀蜜需要の推移(出所:「知ってる?日本の食料事情」農林水産省」
https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/attach/pdf/panfu1-35.pdf p2
2000年以降の推移を見てみると、肉類生産量の増加に伴って穀物需要も増加しています。
家畜の餌としての需要が増えるためです。
畜産物1kgの生産に必要な穀物量は、牛肉が11kg、豚肉が6kg、鶏肉が4kg、鶏卵が2kgです。
私たちは動物の肉を通して、大量の穀物を食べているとも言えます。
畜産の環境へのインパクトと「代替肉」
肉類の生産は、現在すでに地球環境に大きな負荷を与えています。
必要とされる資源量は、植物とは桁違いです。
広大な土地利用
まず、土地利用です。
現在、地球上で居住可能な土地の半分が食料生産のために使われています。
そして放牧地や飼料生産地も含めると、そのうちの77%は畜産物生産が占めているのです(図3)。
図3 食糧生産に使われる地表面積(出所:「Environmental impacts of food production」Our World in Data)
https://ourworldindata.org/environmental-impacts-of-food
そして、この図の下の方を拡大してみます(図4)。
図4 食糧生産の土地利用割合(出所:「Environmental impacts of food production」Our World in Data)
https://ourworldindata.org/environmental-impacts-of-food
食料生産に使われている土地の77%は肉類生産(赤)が占めています。しかしこの膨大な土地から人間にもたらされる栄養は、カロリーベースで全体の18%にすぎません。
一方の植物生産(緑)の方が少ない面積割合でありながら、カロリーベースでもタンパク質の量でも肉類を上回っています。
現在すでに地球上で居住可能な土地の半分が食料生産に使われている状況だと、人口の増加に対応するには森林伐採によって土地を確保するしかなくなってしまいます。
なお、1kgを生産するのに必要な土地の面積も、ラムやマトン、牛肉(beef herd)や牛乳(dairy herd)などで多くなっています(図5)。
例えば、牛肉1kgを生産するには、大豆1kgを生産する土地の約90倍の面積が必要です。
図5 食料1kgあたりの土地使用面積(出所:「Environmental impacts of food production」Our World in Data)
https://ourworldindata.org/environmental-impacts-of-food
水資源と温室効果ガス排出
そして、肉類の生産には大量の穀物が必要だということは、水も大量に必要ということでもあります。
1kgのトウモロコシを生産するには、灌漑用水として1,800リットルの水が必要です。
また、牛はこうした穀物を大量に消費しながら育つため、牛肉1kgを生産するには、結果としてその約20,000倍もの水が必要です*2。
人間が利用可能な地球の淡水はごくわずかしかありません。現在その7割が、食料生産に使われています(図6中央)。
図6 食料生産と資源利用(出所:「 Environmental impacts of food production」Our World in Data)
https://ourworldindata.org/environmental-impacts-of-food#scarcity-weighted-water-footprint-of-food
肉類の生産は植物よりも膨大な水を必要とすることから、その多くが肉類の生産に使われていると推察できます。
また、温室効果ガス排出量の増加にも関わっています(図6左)。
人間活動で排出される温室効果ガスのうち、26%が食料生産によるものです。
その内訳は下のようになっています(図7)。
図7 食糧生産で排出される温室効果ガスの内訳(出所:「 Environmental impacts of food production」Our World in Data)
https://ourworldindata.org/environmental-impacts-of-food#scarcity-weighted-water-footprint-of-food
この26%のうち、食料が生産され消費されるまでのどの過程で温室効果ガスが発生しているかの内訳を示したのが図7の左の棒グラフです。
上から見ていくと、
- 輸送や容器製造などサプライチェーンによるものが18%
- 動物が食べ物を消化する際に放出する「げっぷ」などのメタンガスや漁業に必要な燃料など生産段階で直接発生するものが最も多く31%
- 食用と飼料用をあわせた農作物生産で発生するものが27%
- 一番下は、土地を農地に変更する過程。ここで排出される温室効果ガスが24%
です。
農地拡大のための森林伐採や熱帯雨林の焼き払いなどによって、多くの温室効果ガスが排出されます。
「代替肉」の製造方法と普及
このように、畜産によって生じる様々な問題を軽減し、同時に人口増加にも対応できる技術として注目されているのが「代替肉」です。
その製造方法は2種類あります。
植物を原料とした「肉のようなもの」(PBM)
大豆などの植物から肉の食感を真似た食品を作るという、以前からある代替肉です。
かつては風味や食感が肉とは程遠いものでしたが、技術の進歩によって見た目や味も肉に近づいており、アメリカでは既に本格利用されています(図8、9)。
図8、9 植物由来代替肉の例(出所:「米国における食肉代替食品市場の現状」農畜産業振興機構)
https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_000777.html
植物由来の代替肉の原料はきのこ類、レンズ豆、大豆、コメ、ニンジン、ズッキーニ、穀類など様々です。
日本でも、大豆で肉の食感を出した食品が販売されており、健康志向の人やベジタリアンに好まれています。
開発が進む「細胞培養肉」
もうひとつは新しい技術として注目されている「細胞培養肉」です。
実際に牛から取り出した細胞を人工的に培養し、その塊を集めて肉を形成するというものです(図10)。
図10 細胞培養肉の概念(出所:「米国における食肉代替食品市場の現状」農畜産業振興機構)
https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_000777.html
現在の所は商品化にむけた研究開発の段階にあります。
アメリカ議会調査局によると、培養環境を整えれば極めて大量に細胞を増殖させることが理論上は可能だということです*3。
また、オランダのモサ・ミート社は例として、1頭の牛から得られる一回分のバイオプシー(生体組織採取)サンプルから、8万個分のクォーターパウンダー(約113グラムのハンバーガーパティ)が生産可能であるとしています*4。
培養肉は、現在はまだコストの高い製品であるため市場には出回っていませんが、研究が進むにつれコストは年々大きく下がっています。
2013年に開発された世界初の培養肉ハンバーガーのコストは1個あたり25万ユーロ(約3000万円)というものでした。
しかし、2019年7月時点では1kgあたり約1万2000円までコストダウンに成功しています*5。
図11 オランダMosa Meat社が開発中の培養肉ハンバーガー (出所:Mosa Meat)
https://www.mosameat.com/press-kit
モサ・ミート社は培養肉を2021年までに市場に投入する予定です*6。
期待される環境への負荷軽減と日本での動き
植物由来の代替肉については、同じ量の牛肉を作るのと比べて
- 水の使用量は99%
- 土地の使用面積は93%
- 温室効果ガスの排出量は90%
- エネルギー使用量は50%
をそれぞれ牛肉の場合より少なくできたという研究結果があります*8。
培養肉が普及すれば、同じ量の肉を生産するのに使う土地や水資源利用量は劇的に変化します。
図12 動物由来肉と培養肉の資源・コスト比較(出所:「この国の食と私たちの仕事の未来地図」農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/p_gal/min/attach/pdf/180403-4.pdf p12
上の図12は、肉1kgを生産することで消費する資源や排出される温室効果ガスを通常の肉と培養肉とで比較したものです。
特に土地に関しては、飼料用の畑も広大な放牧地も必要なく「工場」があれば生産ができるという理論です。
海外での盛り上がりを受けて、日本では農林水産省が食品メーカーや大学と共に研究会を立ち上げています。技術開発だけでなく、品質保証をどのように行うかなどのルール作りに向けた協議を進めていく場所でもあります。
持続可能な食料生産に向けて
代替肉の開発に取り組む企業には、多くの投資が集まっています。
ひとつの理由は、代替肉市場が今後拡大を続けることが予測されていることです。世界の代替肉市場は、2020年には2,572億円と推測され、これがわずか10年後の2030年には1兆8,723億円にまで拡大するとの予測もあります*7。
また、代替肉開発への投資はESG、SDGsの観点からも注目されています。
世界の人口は紀元元年には2~4億人程度だったと推測されています*9。
それが現在は77億人になり、さらに増加しようとしています。
地球にも限界があることを知り、どこまで負荷を小さくできるかは大きな課題です。
参照・引用を見る
図1、2「知ってる?日本の食料事情」農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/attach/pdf/panfu1-35.pdf p2
図3-7「Environmental impacts of food production」Our World in Data)
https://ourworldindata.org/environmental-impacts-of-food
図8-10「米国における食肉代替食品市場の現状」農畜産業振興機構
https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_000777.html
図11 「Press Kit」Mosa Meat
https://www.mosameat.com/press-kit
図12「この国の食と私たちの仕事の未来地図」農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/p_gal/min/attach/pdf/180403-4.pdf p12
*1 「知ってる?日本の食料事情」農林水産省
https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/attach/pdf/panfu1-35.pdf p1
*2「バーチャルウォーター」環境省
https://www.env.go.jp/water/virtual_water/index.html
*3-5「米国における食肉代替食品市場の現状」農畜産業振興機構
https://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_000777.html
*6「Welcome to our new investors」Mosa Meat
https://www.mosameat.com/blog/2018/7/16/welcome-to-our-new-investors
*7「代替肉(植物由来肉・培養肉)世界市場に関する調査を実施(2020年)」矢野経済研究所
https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/2430
*8「植物肉、外食チェーンが続々と採用」日経ESG
https://project.nikkeibp.co.jp/ESG/atcl/news/00097/
*9「世界人口の推移と推計:紀元前~2050年」国立社会保障・人口問題研究所
http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Data/Popular2005/01-08.htm