近年耳にすることの多い「ビッグデータ」はあらゆるジャンルで活用されています。
環境分野においてもビッグデータへの期待は高く、さまざまな要因が関係する気候変動の将来予測にも活用できます。
さらに低炭素社会の実現を目指すスマートシティにおいてもビッグデータは不可欠な存在でしょう。
この記事では国内外で取り組まれている環境分野におけるビッグデータの活用技術について紹介します。
ビッグデータとは 〜環境問題解決の手がかりとなるのか〜
ビッグデータとは
ビッグデータの世界共通の定義ははっきり定まっておらず、総務省の情報通信白書では「事業に役立つ知見を導出するためのデータ」としています[ *1]。
ビッグデータとは文字通り膨大な量のデータのことですが、その特性は量だけではありません。ビックデータを利用すれば、これまで企業などが行ってきたデータベース解析の範囲を超えた量や構成のデータを解析することが可能です。
つまり従来のデータベースと比較して、扱うデータの種類が多く多様性があるのが特徴です。
IT技術の進化やスマートフォン、IoT(Internet of Things)機器の普及により、現代の社会ではさまざまなデータが蓄積され共有されています。
次の図1はビッグデータを構成する各種データです。
インターネットショッピングの買い物履歴、テレビや動画の視聴履歴、位置情報や交通機関の利用履歴、SNSでのコメントなどもビッグデータに含まれます(図1)。
図1: ビッグデータを構成する各種データ
*出典1: 総務省 情報通信白書「ビックデータとは」(2012)
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h24/html/nc121410.html
それでは集められたデータは一体どのように活用されているのでしょう。
次の図2はビッグデータが収集するデータを、個人、企業、政府の3つに分類した際のデータの流れを示しています。
図2: データ主導社会におけるデータの位置付け・定義
*出典2: 総務省 情報通信白書「ビックデータの定義及び範囲」(2017)
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h29/html/nc121100.html
図2の各データついて説明していきましょう。「データの種別」マークがついている部分を見てみてください。
まず政府や自治体などの公的機関が個人や企業に提供しているのはオープンデータです。オープンデータとはインターネット上に公開されている、誰でも無料でアクセスできる透明性の高いデータのことです。
たとえば地域の人口や医療機関の一覧、防災情報などで、個人や企業が自由に二次利用できるところも特徴です[*3]。
次に、M2M(Machine to Machine)データとはセンサなどの機器から自動的に収集されるもので、個人のスマートフォンやIoT機器が収集するパーソナルデータも含まれます。
個人の行動履歴などを含むパーソナルデータを企業や公的機関に提供することで、個人ー企業間や企業同士のビジネスに活用され、よりよい事業やサービスとして還元されます。
このようにさまざまな種類のデータを提供者、利用者、受益者で適正に循環させることは、個人や企業の利益だけでなく国全体の経済成長につながります。
膨大な量と種類のデータを組み合わせることで、これまでは解決が難しかった課題に対する新たなソリューションを導くこともできます。
ビッグデータと環境問題
ビッグデータは環境問題の分野でも活用されています。
ビッグデータの登場により飛躍が期待されているのは気候変動予測の分野です。
1日や1週間単位の天気予報とは異なり、長期的な気候変動予測は膨大なデータが必要です。
気候変動の発生には数多くの要因が関係しており、そのひとつひとつがどのように変化し影響を及ぼすのかを予測するのは容易ではありません。
ビッグデータを活用すれば、これまで予測が難しかった不確実性の高い自然現象に対する将来予測やリスク解析の精度が上がります。
将来の気候変動は、現在、地球シミュレータなどのスーパーコンピューターと気候モデルによる高度なシミュレーションによって予測されています[*4]。
次の図3は地球シミュレータによって予測された2100年までの温暖化の進行程度です。
図3 地球シミュレータによる2100年までの世界の年平均気温上昇の分布
*出典4:国立環境研究所 環境展望台 「気候変動予測技術」
https://tenbou.nies.go.jp/science/description/detail.php?id=29
さらにこの地球シミュレータによるシミュレーション結果と気象衛星などから得られる観測ビッグデータを組み合わせることで、より高度な気候変動予測が可能になります*5_p2。
大気汚染に関してもビッグデータを活用することで、より精度の高いシミュレーションへと発展させることができます。
例えば、ビッグデータを利用して大気環境を解析することで、PM2.5等のエアロゾルの健康や温暖化への影響を知る手がかりにもなります[図4]。
図4: 大気環境データ同化手法
*出典5: 国立研究開発法人 海洋研究開発機構「観測ビッグデータを活用した 気象と地球環境の予測の高度化」p8
https://www.hpci-office.jp/materials/t_04_pamphlet.pdf
また気候変動を予測するだけでなく、CO2排出抑制に対してもビッグデータは有用です。
AIによるビッグデータ解析は渋滞解消や空調・照明制御などにも利用され、エネルギーの無駄を省くことでCO2削減に貢献します。都市インフラやエネルギーの効率化によって低炭素社会を実現するスマートシティにおいても、あらゆるビッグデータを活用することが想定されています[図5]。
図5 スマートシティとビッグデータ
*出典6:株式会社野村総合研究所「スマートシティ 報告書 2.0 (更新版)」(2020)p2
https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/journal/2020/journal_20200814.pdf?la=ja-JP&hash=98AC67AD982EA66C36351FF02933AD722EA1A9C6
環境分野における海外でのビッグデータ活用事例
次に海外における環境分野でのビッグデータ活用事例をご紹介します。
デンマークの首都コペンハーゲンでは、2025年までにカーボンニュートラル達成を目標としたスマートシティプロジェクトを進めています。
このプロジェクトではビッグデータ活用によって市民の生活の質をあげることを目的としています。
環境分野の取り組みとしてメインになっているのはCO2削減です。収集した人や車の位置情報や気象データから交通インフラの最適化を図り、渋滞解消や移動時間の短縮によるCO2削減と市民の生活向上の両立を目指しています。
また、市内の一角にセンサー付き街灯を設置する実証実験「DOLL(Danish Outdoor Lighting Lab)」も行っており、路上の温度や大気汚染物質の測定をしています[図6]。
図6: コペンハーゲン DOLLの取り組み
*出典7: 総務省 株式会社野村総合研究所「ICTを活用したスマートシティの事例等に関する調査の請負 海外事例調査」(2016), p13
https://www.soumu.go.jp/main_content/000454883.pdf
イギリスのブリストル市では、市と大学が立ち上げたベンチャー企業と民間企業が協力してスマートシティプロジェクトに取り組んでいます。ブリストル市では市内に図7のようなネットワーク環境を構築することで、あらゆるデータを収集し、オープン化することを目指しています。
図7: ブリストル市で整備するネットワーク環境
*出典7: 総務省 株式会社野村総合研究所「ICTを活用したスマートシティの事例等に関する調査の請負 海外事例調査」(2016), p25
https://www.soumu.go.jp/main_content/000454883.pdf
データは希望者を募り、スマートフォンやGPS装置などのセンサーから収集します。
収集されたデータは、渋滞緩和、廃棄物管理、大気汚染対策、エネルギー供給管理などに活用されます。
ビッグデータを活用した日本の環境対策
次に日本国内での環境分野におけるビッグデータ活用事例をご紹介します。
環境省では、個人や家庭の電気やガスの使用実態や車の運転記録などのパーソナルデータを収集することで、省エネ行動を具体的にフィードバックする取り組みの検証を行っています。収集したビッグデータをAIが解析することで家電の使用方法などの省エネ提案を行ったり、エコドライブのアドバイスをしています。
図8はGPSセンサーで車両の加速減速を計測・評価するスマートフォンアプリで、エコドライブ評価やアドバイスをすることで個人の行動の変化を促すことが目的です。
図8: スマートフォンアプリとGPSセンサを活用したエコドライブナッジ
*出典8: 環境省「成長戦略・統合イノベーション戦略・AI戦略等の政府方針に位置付けられたBI-Tech(バイテック)について(ナッジ関連)」(2019)
http://www.env.go.jp/earth/ondanka/nudge/BI-Tech02.pdf
また日本では地球温暖化の進行を食い止める緩和策だけでなく、すでに進行している気候変動によって発生する被害に対する適応策に関してもビッグデータが活用されています。
近年、温暖化による気候変動の影響により、日本国内では記録的な大雨や大型台風が増加し、多くの被害を出しています。
気候変動の適応策として、これまで困難であった雨の降り方の変化や特性を予測する研究が進められています[図9]。
図9 水と気候のビッグデータ研究拠点
*出典9:東京大学 「水と気候のビッグデータ研究拠点」
https://www.u-tokyo.ac.jp/adm/fsi/ja/projects/sdgs/projects_00167.html
集中豪雨などの危険度の高い気象現象を高精度で予測できれば、早期警告や余裕を持った避難などの災害対策につながります。ビッグデータによって予測される複雑な自然環境の変化は、気象災害による被害を減らすことに貢献します。
まとめ
現在、パソコンやスマートフォン以外の家電や建物などがインターネットに接続できるIoT機器が世界中で急速に普及しています。
最後にご紹介する図10は世界のIoT機器の推移と将来予測です。
図10 世界のIoTデバイス数の推移及び予測
*出典10:総務省 情報通信白書「第1章 (2)通信市場の構造変化」(2020)p4
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/summary/summary01.pdf
図10を見ても分かる通り、今後は通信に分類されるスマートフォンなどの通信機器以外の分野の成長が見込まれています。日常生活のあらゆるものがインターネットに接続される時代が、すでに到来しつつあるのです。
今回ご紹介した環境分野におけるビッグデータ活用は、地球温暖化問題に直接貢献するCO2削減から、すでに進行した気候変動への適応策まで多岐にわたります。
ビッグデータ分析による気候変動の将来予測は、日常生活では実感しにくい地球温暖化問題に警鐘を鳴らす役目も担っています。ビッグデータは私たち一人一人の生活の質を高め、環境に優しい社会へと変容を促すために重要な存在です。
参照・引用を見る
- 総務省 情報通信白書「ビックデータとは」(2012)
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h24/html/nc121410.html
- 総務省 情報通信白書「ビックデータの定義及び範囲」(2017)
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h29/html/nc121100.html
- 総務省HP「地方公共団体のオープンデータの推進」
https://www.soumu.go.jp/menu_seisaku/ictseisaku/ictriyou/opendata/
- 国立環境研究所 環境展望台 「気候変動予測技術」
https://tenbou.nies.go.jp/science/description/detail.php?id=29
- 国立研究開発法人 海洋研究開発機構「観測ビッグデータを活用した 気象と地球環境の予測の高度化」
https://www.hpci-office.jp/materials/t_04_pamphlet.pdf
- 株式会社野村総合研究所「スマートシティ 報告書0 (更新版)」(2020)p2
https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/journal/2020/journal_20200814.pdf?la=ja-JP&hash=98AC67AD982EA66C36351FF02933AD722EA1A9C6
- 総務省 株式会社野村総合研究所「ICTを活用したスマートシティの事例等に関する調査の請負 海外事例調査」(2016)p13
https://www.soumu.go.jp/main_content/000454883.pdf
- 「成長戦略・統合イノベーション戦略・AI戦略等の政府方針に位置付けられたBI-Tech(バイテック)について(ナッジ関連)」(2019)
http://www.env.go.jp/earth/ondanka/nudge/BI-Tech02.pdf
- 東京大学 「水と気候のビッグデータ研究拠点」
https://www.u-tokyo.ac.jp/adm/fsi/ja/projects/sdgs/projects_00167.html
- 総務省 情報通信白書「第1章 (2)通信市場の構造変化」(2020)p4
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/summary/summary01.pdf