人類は約200万年前に石器を作り出して以来、さまざまな道具を発明してきました[*1]。
特に、産業革命によってもたらされたイノベーションによる社会の工業化は著しく、製品を大量生産する仕組みが形成されています[*2]。
一方で、製品を大量生産することによる弊害が生じているのも確かです。
工場から生じる排水や排ガスによって大気や水質、土壌が汚染されるだけでなく、石油や石炭、レアメタル等の資源は枯渇へと向かっています。
21世紀に入って、新しい産業革命に向けた動きが活発化しています。
それがドイツが最初に主唱した「インダストリー4.0(第4次産業革命)」です。
では、インダストリー4.0はこれまでの産業革命で生じた問題を克服し、人類や環境に幸福をもたらすのでしょうか。
本稿では、インダストリー4.0が人類や社会、環境に及ぼす影響について話していきます。
インダストリー4.0とは何か
インダストリー4.0とは、ドイツが最初に提唱した国家プロジェクトを指します。
ドイツは2000年代以降、好景気が続いていましたが、陰りが見え始めたためにドイツ政府が製造業の活性化を目的に新たな政策を打ち出したのです(図1)。
図1: シュレーダー改革の概念図(2017年)
出典: 内閣府「潮流16年」(2017)
https://www5.cao.go.jp/j-j/sekai_chouryuu/sa16-02/pdf/s2-16-2-3_03.pdf, p.115
インダストリー4.0の仕組みを簡潔に述べると、製造業にIoT(Internet of Things)とIoS(Internet of Services)を導入することです[*3]。
製造機械や製品を製造する生産プロセスを通信ネットワークに接続し、各端末から取得されたデータを共有。
効率的な製品製造に役立てようとします(図2)。
図2: IoT, IoSの一部としてのインダストリー4.0とスマートファクトリー(2017年)
出典: 野村総合研究所(NRI) 「『戦略的イニシアティブ industrie 4.0』の実現へ向けて」(2017)
https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/knowledge/seminar/service/iis/170531_01_2.pdf, p.18
インダストリー4.0という名称にはIoTやIoS以上の意味が込められています。つまり名前が示すように、これまでの3つの産業革命に続くものだと位置づけられています(図3)。
図3: 各産業革命の特徴(2017年)
出典: 内閣府「情報通信白書」(2017)
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h29/pdf/n3100000.pdf, p.107
18世紀後半の第1次産業革命では、石炭エネルギーや蒸気といった動力源が発明され、軽工業が発展しました。
19世紀後半の第2次産業革命では、電気や石油といった動力源により重工業が発展し、自動車産業など大量生産の時代へと突入しました。
そして20世紀後半の第3次産業革命では、コンピューターなど電子技術やロボット技術によりエレクトロニクス製品が進化を遂げています。
これら3つの産業革命によって製品の生産性が大幅に向上しました。
たとえば第2次産業革命を象徴するのが「T型フォード」と呼ばれる米国自動車メーカー・フォードが開発した自動車です。
フォードは自動車の大量生産を可能にし、T型フォードの販売台数は年々増加しました(図4)。
図4: T型フォード販売台数と価格の推移(1908年~1916年)(2017年)
出典: 国土交通省「国土交通白書」(2017)
https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h28/hakusho/h29/pdf/np101300.pdf, p.28
一方で、こうした製品の大量生産によって、大量の原料やエネルギーが消費されます。
世界のエネルギーの消費量は年々増加傾向にあります(図5)。
図5: 世界のエネルギー消費量の推移(2020年)
出典: 経済産業省 資源エネルギー庁「エネルギー白書」(2020)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2020pdf/whitepaper2020pdf_2_2.pdf, p.168
石油や石炭等の資源の消費によって二酸化炭素など温室効果ガスが排出され、地球温暖化を助長しました(図6)。
図6: 世界の二酸化炭素排出量の推移(2017年)
出典: 全国地球温暖化防止活動推進センター(JCCCA)「世界の二酸化炭素排出量の推移」
https://www.jccca.org/download/13172
また、工場からの排水や排気ガスにより水質や大気、土壌が汚染されるといった環境問題が発生しました。
こうした環境問題は近年、徐々に解決されているものの、産業革命が生み出した弊害といえるでしょう。
労働者という視点で産業革命をみると、既存の職種が奪われるという問題も発生しました。
第1次産業革命時には、織機の機械化により英国で「ラッダイト運動」という機械破壊運動が起こっています[*2]。
インダストリー4.0においても、基幹技術であるAIやIoTの登場によって、2030年には約半数の職種が淘汰されうるというレポートが英国・オックスフォード大学によって提出されています(図7)。
図7: 人工知能やロボット等による代替可能性が高い労働人口の割合
出典: 経済産業省「技術革新が労働に与える影響について」
https://www.mhlw.go.jp/content/12602000/000463028.pdf, p.3
インダストリー4.0に対する海外の取り組みーードイツを中心に
ドイツで始まったインダストリー4.0は米国や中国、日本などにも波及し、世界規模での産業革命へと成長しました(図8)。
図8: 第4次産業革命に係る主要国の取組等
出典: 内閣府「情報通信白書」(2017)
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h29/pdf/n3100000.pdf, p.108
以下では、インダストリー4.0を最初に提唱したドイツの取り組みを確認していきましょう。
インダストリー4.0を特徴づけるのが、マスカスタマイゼーションです。
たとえば自動車産業の場合、同じ型の自動車を大量かつ迅速に生産していたのが従来の方法でした(図9)。
図9: 生産ラインで同じ自動車が製造される様子(2017年)
出典: 野村総合研究所(NRI) 「『戦略的イニシアティブ industrie 4.0』の実現へ向けて」(2017)
https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/knowledge/seminar/service/iis/170531_01_2.pdf, p.58
これに対してインダストリー4.0では、発注先の要望に沿ってカスタマイズされた自動車を柔軟かつ大量に製造対応可能になります[*4], (図10)。
図10: 発注者の要望に沿ってカスタマイズされた自動車を製造する様子(2017年)
出典: 野村総合研究所(NRI)「『戦略的イニシアティブ industrie 4.0』の実現へ向けて」(2017)
https://www.nri.com/-/media/Corporate/jp/Files/PDF/knowledge/seminar/service/iis/170531_01_2.pdf, p.58
ドイツのインダストリー4.0のもうひとつの特徴は、「スマートサービス(Smart Service World)」です。
スマートサービスは、IoTやIoSで収集したデータをもとに効率的なビジネスモデルを新たに構築しようとする仕組みを指します[*5, *6], (図11)。
図11: Smart Service Weltの概念図(2015年)
出典: National Academy of Science and Engineering(acatech) 「SMART SERVICE WELT」(2015)
https://www.acatech.de/publikation/abschlussbericht-smart-service-welt-umsetzungsempfehlungen-fuer-das-zukunftsprojekt-internetbasierte-dienste-fuer-die-wirtschaft/download-pdf?lang=wildcard, p.15
たとえば、効率的な物流サービスや生産性を高める農業サービスなどを構築し、プラットフォームとして提供することが提案されています[*7]。
インダストリー4.0に関する日本の状況
では、日本はどうインダストリー4.0に取り組んでいるのでしょうか。
民間団体としては、IVI(インダストリアル・バリューチェーン・イニシアチブ)が2015年6月に設立され、インダストリー4.0に取り組んでいます[*8]。
オムロンや東芝、トヨタ自動車、パナソニック、日立など、国内外で250社以上が参加し、インダストリー4.0の国際標準化に着手しています。
日本におけるインダストリー4.0の例として、義足の製造が挙げられます。
従来義足は、個人の特性に合わせて作らないといけないため、大量生産できませんでした。
そんな中、3Dプリンターを使って、オーダーメードで作れる生産システムを東京大学の研究室が研究・開発しています[*9]。
熟練工しかできなかった義足を製造する生産プロセスをデータ化し、それをもとにオーダーメードの義足を作ることが可能になります(図12)。
図12: 付加製造技術の最新動向と今後のものづくりシステムへのインパクト
出典: 総合科学技術・イノベーション会議「7つの工法カテゴリー」
https://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/juyoukadai/sinsangyo/6kai/siryo2-3.pdf, p.3
日本でインダストリー4.0が推進される理由は以下の2点です。
まず、少子高齢化による労働力不足の解消です(図13)。
図13: 第4次産業革命による人材・雇用へのインパクト
出典: 経済産業省「通商白書 」(2017)
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2017/pdf/2017_03-04-02.pdf, p.316
日本では少子高齢化が問題となっており、労働供給を増やし労働生産性を向上させることが同時に求められています[*10]。
とくに労働力については、中スキルの製造業の人員が不足しています(図14)。
図14: 職業別就業者シェアの変化
出典: 経済産業省「労働市場の構造変化と課題 」(2019)
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/2050_keizai/pdf/004_03_00.pdf, p.4
こうした中スキルの製造業の人員を機械で置き換えると同時に、インダストリー4.0に携わる人材を育成することで、労働力を上手に配分しようというのが国のスタンスです。
2点目は、長年懸案だった低い労働生産性の解消が挙げられます。
OECD諸国の中では日本の労働生産性の上昇率は平均的です(図15)。
図15: OECD諸国における労働生産性の推移(2016年)
出典: 厚生労働省「厚生労働白書 」(2016)
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/16/dl/16-1-2.pdf, p.70
そこでマスカスタマイゼーションによって、労働生産性を挙げようとします。
インダストリー4.0は人や環境を幸せにするか?
ではインダストリー4.0は従来の産業革命で起きた環境問題や雇用問題を克服しているのでしょうか。
まず、インダストリー4.0における諸問題を整理しましょう。
インダストリー4.0を支えるのが機械や生産プロセスをつなげるIoT(あるいはIoS)、大量のデータ通信を可能にする5G、データを解析するAIなどですが、データを処理するためのデータセンターが電力を大量に消費するかもしれないという懸念があるかもしれません。
事実、IoTの活用増加によりデータ通信料は年々増加しているといいます[*11], (図16)。
図16: インターネット通信料、データセンターの負荷、伴うエネルギー消費量の推移(2010~2019年)
出典: 国際エネルギー機関(IEA)「Data Centres and Data Transmission Networks 」(2020)
https://www.iea.org/reports/data-centres-and-data-transmission-networks
この背景には、通信ネットワークが消費する電力やデータセンターの電力などの効率化があります。電力消費量が横ばいを維持できているのです。
実際、先進国における産業分野での電力消費量は2050年頃まで横ばいだと予測されています(図17)。
図17: 部門別電力消費量の推移(2010-2050)
出典: U.S. Energy (EIA)「EIA projects nearly 50% increase in world energy usage by 2050, led by growth in Asia」(2019)https://www.eia.gov/todayinenergy/detail.ph41p?id=433
一方、半導体機器の材料となる資源(レアメタル)を大量消費するため、枯渇するリスクもあります。
NIMSによると2050年には現有埋蔵量の数倍の金属が必要になるといいます[*12]。
電力はスマートグリッドなど技術革新によって効率化できるものの、材料となる資源は製品の生産のたびに廃棄せざるを得ないので資源の枯渇は避けられません。
続いて、インダストリー4.0における雇用環境の変化を確認していきましょう。
先述したように、中スキルの製造業の雇用を埋め合わせる効果がインダストリー4.0に期待されます。
しかし、労働者数が増加傾向にある低スキルの職業もAIやロボットによって奪われるリスクがあります。
AIやロボットが産業に浸透することで労働生産性は向上する一方で平均収入は減少になると予測されています(図18)。
図18: 労働者の賃金、労働生産性等の推移(1947-2010)
出典: Harvard Business Review「The Great Decoupling: An Interview with Erik Brynjolfsson and Andrew McAfee」(2015)
https://hbr.org/2015/06/the-great-decoupling
では、こうした環境問題や雇用問題を解決するにはどのような対策が期待されるのでしょうか。
環境問題について述べると、欧州は従来維持してきた成長経済からサーキュラーエコノミー(以下、CE)へのシフトを政策として掲げています。
CEとは、資源の再利用やリサイクルによって、資源を枯渇させない経済体系を指します[*13], (図19)。
図19: EUが提案するサーキュラーエコノミーのイメージ
出典: 株式会社JECC「サーキュラーエコノミーとデジタルの融合」(2019)
http://www.jecc.com/news/JECCNEWS201910P4-6.pdf, p.5
こうしたCEとインダストリー4.0とを融合させる取り組みが行われています。
ドイツのシーメンスでは、製品を再利用するリマニュファクチャリングや自然エネルギーの活用、廃棄物の再利用などを実行できるビジネスモデルをインダストリー4.0のプラットフォームに組み込んでいます[*14]。
一方雇用問題の対策として、ドイツはデジタル時代の労働のあり方を「労働4.0」にまとめています[*15]。
労働4.0によると、インダストリー4.0により労働者の仕事が奪われることはないにせよ、デジタル化により仕事のシフトが起こるため、それに対する心構えが必要だと述べられています[*16, *17], (図20)。
図20: デジタル化による雇用の変化(2014-2019)
出典: Federal Ministry of Labour and Social Affairs「White Paper Work 4.0」(2019)
https://www.bmas.de/SharedDocs/Downloads/EN/PDF-Publikationen/a883-white-paper.pdf, p.52
ドイツはこうした雇用環境の変化に対応するため、低スキル層の保障のために既存の協同組合の活用や社会的パートナーシップによる交渉解決を取り込むなど、社会福祉国家とデジタル化との融合を目指しています[*16]。
インダストリー4.0は従来の産業革命同様、生産性の向上につながるというメリットがあります。
その一方で、従来の産業革命では雇用や環境に関する問題が生じていたため、インダストリー4.0でも同様の問題が発生するのではという懸念がありました。
しかし、インダストリー4.0は従来の産業革命の反省を生かして、これらの問題を解決しようとしている点が新しいといえるかもしれません。
とはいえ、デジタル化によって我々の生活は大きく変化すると予測されるため、それに対する心構えをしておく必要がありそうです。
参照・引用を見る
*1
北海道経済産業局 地域経済部 産業技術課 知的財産室「発明・工夫と特許の国」
https://www.hkd.meti.go.jp/hokig/student/j02/index.html
*2
国土交通省「平成28年度 国土交通白書」(2017)
https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h28/hakusho/h29/pdf/np101300.pdf, p.25, 37
*3
野村総合研究所(NRI)「『戦略的イニシアティブ Industrie 4.0』の実現へ向けて」(2013)
https://www.nri.com/jp/knowledge/seminar/lst/2017/iis/0531_01_2, p.12
*4
経済産業省「IoT 等のデジタルツールを活用したマスカスタマイゼーションに係る省エネ可能性等に関する調査」(2018)
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/H30FY/000194.pdf,
p.1
*5
SAPジャパン「インダストリー4.0は、ドイツの対外競争力を高めるため、に非ず
」(2018)
https://www.sapjp.com/blog/archives/21455
*6
日本能率協会(JMA)「インダストリー4.0とビジネスモデル改革」
https://jma-garage.com/column/kumagai10/
*7
National Academy of Science and Engineering(acatech)「SMART SERVICE WELT」(2015)
https://www.acatech.de/publikation/abschlussbericht-smart-service-welt-umsetzungsempfehlungen-fuer-das-zukunftsprojekt-internetbasierte-dienste-fuer-die-wirtschaft/download-pdf?lang=wildcard, p.37
*8
インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI)「標準化」
https://iv-i.org/wp/ja/standard/
*9
東京大学「美しい義足は積層造形の技術で大量オーダーメイドの次元へ」(2020)
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/features/z1304_00055.html
*10
経済産業省「通商白書」(2017)
https://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2017/pdf/2017_03-04-02.pdf,
p.317
*11
国際エネルギー機関(IEA)「Data Centres and Data Transmission Networks」(2020)
https://www.iea.org/reports/data-centres-and-data-transmission-networks
*12
国立研究開発法人物質・材料研究機構(NIMS)「資源枯渇リスク」https://www.nims.go.jp/research/elements/rare-metal/probrem/dryness.html
*13
株式会社JECC「サーキュラーエコノミーとデジタルの融合(2019)
http://www.jecc.com/news/JECCNEWS201910P4-6.pdf, p.4
*14
21世紀政策研究所「欧州CE政策が目指すもの」(2019)
http://www.21ppi.org/pdf/thesis/190405.pdf, p.5
*15
労働政策研究・研修機構 「白書『労働4.0』」(2017)
https://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2017/04/germany_01.html
*16
労働政策研究・研修機構 「労働政策研究報告書No.209」(2021)
https://www.jil.go.jp/institute/reports/2021/documents/0209.pdf, p.18
*17
Federal Ministry of Labour and Social Affairs「White Paper Work 4.0」(2019)
https://www.bmas.de/SharedDocs/Downloads/EN/PDF-Publikationen/a883-white-paper.pdf, p.54