ICタグの普及を妨げるコスト・リサイクル・プライバシーの問題を解決するには

ICタグとは、無線通信で情報をやり取りする超小型の電子機器のことです。最近では、商品の値札などに埋め込まれており、モノの高度な管理やトレーサビリティの実現などに活用されています。

また、煩雑な業務を最適化するソリューションとして、倉庫の棚卸の自動化や、レジの無人化などの実現に必要な自動認識技術の一種でもあり、現在問題となっている人手不足の解消にも役立つとされています。

しかし、コストの高さや廃棄物処理など、広く普及するためにはいくつかの解決すべき課題があります。

この記事では、ICタグとはどのようなもので、どのような用途があり、どのように役立つのかを説明します。また、ICタグの普及と持続的な利用のために解決しなくてはならない課題についてもご紹介していきます。

ICタグの基礎知識とコストの問題

ICタグとは、無線電波によって遠隔でデータの授受を行う小型の電子機器のことです。データを格納するICチップ(半導体チップ)と小型のアンテナから構成されています[*1], (図1)。

図1: ICタグの構造
出典: 農林水産省「近年の新技術の概要」(2018)
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/sijyo/info/attach/pdf/index-57.pdf, p.36

ICタグは、主に「モノ」の識別に用いられ、これまでバーコードだけでは実現できなかったような、モノの高度な管理やトレーサビリティ、業務の効率化を実現するツールとして注目が集まっています[*2]。

ICタグと類似する用語に、RFタグやRFIDタグ、電子タグ、無線タグなどがありますが、全てICタグと同じ意味を示します。

なお、RFIDとは、ICタグだけでなく、ICタグの情報に対して読み書きを行うICタグリーダやICタグライタなども含めた機器全般とその技術全般を指す言葉です[*1, *3]。

ICタグには、バーコードには無い、以下のような優れた特徴があります[*4]。

  • 非接触で遠隔からデータを読み書きできる
  • 複数のICタグを一括で読み書きできる
  • データを上書きできる
  • 瞬時にデータの読み書きができる
  • 高速移動しながらでも、データの読み書きができる
  • 金属などの電波を遮蔽する素材でなければ、障害物越しでも、データの読み書きができる
  • 小型化・薄型化が可能で、多様なサイズの様々なモノに貼り付けることができる
  • 汚れ・振動・衝撃に強い
  • 経年劣化が少ない

これらの特徴から、ICタグは、高度な自動認識の実現に非常に有効であるばかりか、様々なモノがインターネットに接続されるIoTにおいても重要な役割を果たすとされています[*1]。

また、ICタグには、パッシブ、セミパッシブおよびアクティブの3種類のタイプが存在します。
このICタグのタイプは、電力の供給方式によって分類されており、タイプごとに図2のような特徴を持っています。

図2: ICタグの電力供給方式ごとの特徴
出典: 一般社団法人 日本自動認識システム協会「RFIDの基礎」(2021)
https://www.jaisa.or.jp/about/pdfs/20210928rev9.pdf, p.12

これらのICタグの中でも、パッシブタイプは、電源を持たないためにメンテナンスが不要でコストが低く、ほぼ全ての市販品に付いているバーコードの代替とするのも不可能ではありません[*5]。

ちなみに、パッシブタイプのICタグは、リーダ・ライタから発信される無線電波のエネルギーを利用することで発電し、その電力のみで動作します[*6]。

そのため、もしICタグが広範に利用されたとしても、消費電力の増大が問題となることはありません。
ただし、コストについての課題が存在し、最も安価であるパッシブタイプのICタグでも、現在の単価は5~10円程度と高価です[*7]。
そのため、業務効率化のためにICタグを導入しても、導入コストが削減したコストを上回り、全体としてコストが増大することがあります。

実際に、製造・卸売・小売のサプライチェーン全体を通じてRFIDを活用した、図3の実証実験では、タグ単価が5円の場合、RFIDの導入費用がコスト削減効果をやや上回るという結果が出ています。そして、タグ単価が3円まで低下した場合に、導入費用とコスト削減効果がほぼ均衡すると結論づけています[*8]。

図3: サプライチェーン全体でRFIDを活用した実証実験の内容
出典: 経済産業省「令和2年度流通・物流の効率化・付加価値創出に係る基盤構築事業(サプライチェーン各層でのRFID導入コスト及び効果検証事業)」(2020)
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2020FY/000233.pdf, p.8

この課題については、大手素材メーカーによって、ICタグを1個2円以下で生産できる技術が開発されており、今後需要が拡大していくことが見込まれます[*6]。

しかし、例えば、コンビニでは、全商品にICタグを取り付ける条件として、ICタグの単価が1円以下になることを挙げています[*6]。
つまり、大手小売業が取り扱う商品に限ったとしても、大部分の商品へのICタグ貼付が可能となるには、ICタグのさらなる価格低下が欠かせません。

ICタグのライフサイクルとリサイクルの問題

それでは、ICタグは実際どのように生産され、利用され、廃棄されているのでしょうか。

まず、従来の方法では、ICタグは以下のような手順で製造されます[*9]。

  1. 樹脂フィルムなどのベースを用意
  2. エッチングなどの技法によって、ベース上に金属箔(銅やアルミ)からアンテナを形成
  3. ICチップを加熱圧着することで接合

製造されたICタグは、製造や流通の段階でモノに貼り付けまたは埋め込まれ、タグのIDがデータベース(DB)に登録されてモノとの関連付けが行われます。

登録済みのICタグはモノと共に物流業者によって流通し、そのタグが付いたモノは、小売業者に渡って販売されます。

このとき、物流・流通・小売の各段階にて、流通履歴や販売履歴、商品情報などがDBに蓄積されると同時に、これらの情報は位置情報把握や物流管理、在庫管理などのためにICタグを参照して活用されます[*3]。

また、特に小売の段階では、商品情報検索や消費期限管理、レジの省人化・無人化、盗難防止などにも活用されることがあります[*10]。
物流・流通・小売における役割を終えたICタグは、以下のように取り扱われます[*3]。

  • 店頭などで回収され、別のモノに貼付されて繰り返し再利用(リユース)される。
  • 店頭などで回収されて、廃棄される。
  • 機能停止されて、モノと共に消費者に引き渡される。
  • 機能停止されることなく、モノと共に消費者の手に渡る。

店頭などで回収されて廃棄されたICタグは、事業系一般廃棄物もしくは産業廃棄物として取り扱われます。この廃棄方法の違いは、ICタグが複合素材であり、重量比が一番大きい材料での処理となることが理由です(図4)。そのため、紙の割合が多いICタグは事業系一般廃棄物、プラスチック(樹脂)の割合が多いICタグは産業廃棄物として廃棄されます。

消費者に渡ったICタグも同様で、主要材料が紙であれば可燃ごみ、プラスチックであればプラスチックごみとして捨てることになります[*10, *11]。

図4: ICタグの構造と使用されている主な材料
出典: 一般社団法人 日本自動認識システム協会「UHF帯RFタグ運用ガイドライン(第1版)」(2018)
https://www.jaisa.or.jp/pdfs/180615/03.pdf, p.8

従って、ICタグは、企業や自治体が率先してリサイクルを実施しなければ、焼却されたり、埋め立てられたりして廃棄されてしまうことを意味します。

これは、ICタグの廃棄やリサイクルについての規制が存在しないことが理由です[*10]。

ICタグが貼付されていることで、貼付対象のリサイクルが困難になるという問題もあります。
例えば、ダンボールは、ICタグが貼付されている場合、ICタグの構成材料であるアンテナ金属などによって、ダンボール自体のリサイクルに問題が生じる可能性が高いとされています[*12]。

また、ICタグの家庭用商品への利用が進んだ場合、そのICタグが可燃ごみなどとして排出され、大量の金属がリサイクルされることなく廃棄される可能性があります。

年間1,000億個のICタグが家庭ごみとして排出されるとした試算では、金属材料であるアルミの廃棄量は年間6,250トンとなり、それは家庭ごみにおける年間のアルミ排出量の約8%になると報告しています[*10]。

そのため、今後のことを考えると、ICタグの廃棄物から再びICタグ自体をリサイクルできるシステムを構築する必要があります。

消費者にICタグを剥がしてもらって、プリンタのインクカートリッジのように回収し、まとめてメーカーに返送するなどして、メーカーがリユースもしくはリサイクルするという方法も考えられます[*12]。

ICタグの多様な活用分野

現在のICタグは、アパレルが牽引する形で、幅広い分野へ用途が拡大しています(図5)。

図5: 2015年におけるRFIDの利用分野別内訳
出典: 国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)「RFIDの電波伝搬性に係る技術開発・実証のためのIoTテストベッド供用事業」(2020)
https://www.nict.go.jp/promotion/2019-IoT-testbed_RFID.pdf, p.7

例えば、ZARAなどのブランドを展開し、スペインに本社を置く世界的なファッションチェーン、インディテックス(Inditex)社では、商品の流通全般でICタグを活用しています。
そこでは、ICタグは、衣料品の製造時に取り付け、商品の会計時に取り外し、情報を消去した後に再利用します。

主な導入目的は、以下の通りで、このシステムを700を超えるチェーン店舗に導入して運用しています[*10]。

  • 在庫の管理精度の向上
  • 商品のトラッキングとリアルタイム管理による物流と販売の効率化
  • 盗難防止

日本においても複数のアパレル企業がICタグを導入しており、最大手のファーストリテイリングでは年推計11億点のICタグを運用し、一部の店舗ではICタグを読み取るセルフレジも導入しています[*10, *13, *14]。

一方で、ICタグを食品のトレーサビリティ確保や廃棄ロス削減に役立てる取り組みも始まっています。

コンビニエンスストアを対象とした実証実験では、ICタグによって食品の在庫状況や消費期限を自動的に管理し、消費期限が近い食品についてポイント付与や直接値引きによる販売を実施して、食品の廃棄率低下や省力化などに関する効果を検証しています[*15]。

また、生鮮食品に対するものでは、産地でICタグを貼り付け、出荷以降のサプライチェーン上のトレーサビリティを確保する試みが実施されています。この試みでは、鮮度に応じて価格を変動させる「ダイナミックプライシング」も導入し、食品ロスの削減効果も検証しています(図6)。

図6: 生鮮食品のRFIDによる鮮度予測・トレーサビリティ可視化システム
出典: 経済産業省「電子タグ(RFID)を活用した食品ロス削減に関する実証実験を行います」(2021)
https://www.meti.go.jp/press/2020/01/20210120003/20210120003.html

これらの国内の取り組みは始まったばかりですが、海外ではすでに食品ロス削減や利益増加に成功している事例があります。

ICタグの導入を通じて、スペインでは大手スーパーが食品ロスを3分の1に削減して収入を6.3%増加させ、イタリアでは生鮮食品スーパーが廃棄量を39%減少させた事例もあります[*16]。

そのほか、ICタグを通じて企業が消費者に商品情報やリサイクル情報を提供することも可能です。商品販売後の修理や保守サービスに活用して業務効率化を図るなど、製品ライフサイクル全体での利用効果が期待できます。[*17], (図7)。

図7: ICタグの活用分野
出典: 総務省「地域における安心安全のためのRFIDの利活用に関する調査検討 報告書(2011)」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000274747.pdf, p.6

ICタグのプライバシー問題と省エネ効果

上述したコストや廃棄・リサイクルについての課題のほか、ICタグにはプライバシーの問題もあります。

ICタグは、非接触による読み取りが可能なため、商品に貼付すると第三者に嗜好や行動履歴などの個人情報を読み取られる恐れがあるのです。
このリスクは、ICタグの取り外しや機能停止によって防ぐことができます。
しかし、ある調査では、現状90%以上のICタグが取り外されることも、機能停止されることもないまま、消費者に渡っていると報告されています[*18]。

とは言え、ICタグが取り外されたり、機能停止されたりした場合、消費者にICタグを利用したサービスを提供できなくなるというデメリットが生じます。

この問題を解決する技術や手段として、ICタグからの応答を暗号化したり、ICタグにミシン目を入れて消費者にアンテナ部分を切り取らせたりする方法が提案されています。
しかし、ICタグのコストが上がったり、消費者に手間を取らせたりするという課題が残ります[*19]。

以上のように、ICタグは、アパレル産業などで活用が進んでいるものの、全市販品に貼付するには、ICタグのコスト低下や廃棄・リサイクル方法の確立などの様々な課題があります。

しかし、これらの課題が解決されるならば、ICタグは、持続可能な社会の実現に役立つものとなるでしょう。

そもそも、ICタグの産業・サービスへの最も重要な導入理由は、適切なタイミングで適切な場所に適切な量のモノを用意することです。
物流管理と商品管理の最適化によって、流通・輸送部門における消費エネルギーが約5%削減されるという報告もあります[*20]。

具体的な例として、ICタグの活用による共同配送の普及が挙げられます。

共同配送は、トラックなどによるモノの配送を業種に関わらず複数の企業で共同で実施することです。例えば、これまで一企業の荷物だけしか配送していなかったトラックに、ICタグの高度な自動認識技術を用いれば、複数企業の荷物を同時配送することができます。
これにより、トラックやコンテナなどの輸送車の積載率が向上して、稼働台数を削減できるため、結果としてCO2削減に繋がります[*21]。

今後、日本の主要産業である自動車、家電、アパレル分野において、ICタグを利用した共同配送が普及すれば、さらなる省エネルギー効果が見込めます。

つまり、ICタグは、上述した食品だけでなく、様々な天然資源の無駄な消費を減らすことにも貢献できるのです。

ICタグが広く普及することによって、私たちはさらに一歩、持続可能な社会の実現に近づけるはずです。

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参照・引用を見る

1.
農林水産省「近年の新技術の概要」(2018)
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/sijyo/info/attach/pdf/index-57.pdf, p.36

2.
根岸英彦「RFIDを活用したセンシング技術」国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieiej/37/10/37_732/_pdf/-char/ja, p.732

3.
独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)「組込みシステムの脅威と対策に関するセキュリティ技術マップの調査 3章. RFID 分野セキュリティ技術マップ」(2007)
https://www.ipa.go.jp/files/000013813.pdf, p.3, p.10, p.11, p.12

4.
大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立情報学研究所(NII)「ICタグとネット社会~電子バーコードがもたらす利便性と危険性とは?~」(2007)
https://www.nii.ac.jp/userdata/shimin/documents/H19/070802_3rdlec.pdf, p.12, p.13

5.
一般社団法人 日本自動認識システム協会「RFIDの基礎」(2021)
https://www.jaisa.or.jp/about/pdfs/20210928rev9.pdf, p.12

6.
国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)「RFIDの電波伝搬性に係る技術開発・実証のためのIoTテストベッド供用事業」(2020)
https://www.nict.go.jp/promotion/2019-IoT-testbed_RFID.pdf, p.4, p.11, p.12

7.
一般財団法人 流通システム開発システム「製・配・販連携協議会リテールテクノロジー勉強会活動報告」(2021)
https://www.gs1jp.org/forum/pdf/2021_retail.pdf, p.12

8.
経済産業省「令和2年度流通・物流の効率化・付加価値創出に係る基盤構築事業(サプライチェーン各層でのRFID導入コスト及び効果検証事業)」(2020)
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2020FY/000233.pdf, p.8, p.26

9.
経済産業省 中小企業庁「環境に配慮した低コスト無線ICタグの開発」(2014)
https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/sapoin/portal/seika/2011/23142203026.pdf, p.4, p.5

10.
経済産業省「RFIDを用いたサプライチェーン高度化に関する調査」(2019)
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/H30FY/000527.pdf, p.27, p.28, p.49, p.60, p.61

11.
一般社団法人 日本自動認識システム協会「UHF帯RFタグ運用ガイドライン(第1版)」(2018)
https://www.jaisa.or.jp/pdfs/180615/03.pdf, p.11

12.
公益財団法人 JKA「電子タグの包装容器リサイクル工程に与える影響への対策に関するフィージビリティスタディ」(2008)
https://hojo.keirin-autorace.or.jp/seikabutu/seika/19nx_/bhu_/zp_/19-1-3.pdf, p.104, p.107

13.
経済産業省「産業標準化推進事業委託費(戦略的国際標準化加速事業:ルール形成戦略に係る調査研究(EPCIS普及促進事業))」(2021)
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2020FY/000231.pdf, p.18

14.
総務省「データ収集技術とウェアラブルデバイス」
https://www.soumu.go.jp/ict_skill/pdf/ict_ev_el_1_3.pdf, p.6
15.
経済産業省「電子タグ(RFID)を活用した食品ロス削減に関する実証実験を行います」(2020)
https://www.meti.go.jp/press/2020/10/20201028005/20201028005.html

16.
奥瀬喜之「デジタル化時代のプライシング」(2020)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/soshikikagaku/54/2/54_16/_pdf, p.18, p.19

17.
財団法人 千葉県産業振興センター「おもしろインターネット活用講座 3.活用が進むICタグ」
https://www.ccjc-net.or.jp/~kouza/rfid/rfid03.html

18.
一般社団法人 日本自動認識システム協会「UHF帯(920MHz)電子タグ利用状況の調査報告書」(2018)
https://www.jaisa.or.jp/pdfs/180427/01.pdf, p.17

19.
一般財団法人 日本情報経済社会推進協会「普及促進・社会受容性検討推進に関する成果報告書」(2007)

https://www.jipdec.or.jp/archives/publications/J0004256, p.29, p.30

20.
環境省「グリーンITについて」(2008)
https://www.env.go.jp/council/06earth/y069-04/ref01.pdf, p.3

21.
公益社団法人 日本ロジスティクスシステム協会「RFID 情報の標準化による物流の効率化調査」(2013)
http://www.logistics.or.jp/jils_news/2013fy_survey3_RFID.pdf, p.56, p.57

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