今、なぜ宇宙港が必要なのか? その理由と環境への影響とは

「宇宙港」という言葉をご存じでしょうか。

近年、日本の4都市に民間の宇宙港を作る計画が持ち上がっています。既に宇宙港として稼働している都市もあり、注目を集めています。日本以外にも世界中で多くの宇宙港が計画され、実現に向けて準備が行われているところです。

宇宙港のニーズは、衛星が小型化しコンステレーション(低高度に打ち上げた複数の人工衛星を連携させてサービスを提供する方法)を利用した地球環境観測や、衛星通信を行うために発生したものですが、宇宙港によってそれぞれの特徴があります。

今回は、海外や日本の各都市が打ち出している宇宙港の特徴や、宇宙港の意義、環境への影響について解説します。

宇宙港とは

宇宙港とは英語でSpace Port(スペースポート)といい、読んで字のごとく宇宙へ行くための港のことです。

宇宙港の役割は大きく分けて2つあります。

まず1つ目が「宇宙に行くための拠点」です。宇宙旅行客や宇宙飛行士の離着陸、衛星や物資の運搬が行われます[*1]。

2つ目が「地球上の移動の拠点」です。つまり、現在の空港と同じ役割ですが、空気抵抗が少ない宇宙空間に打ち上げてから移動を行い、目的地に着陸すれば飛行機よりも早く移動することができます[*1]。この方法であれば、飛行機だと15時間程度かかるニューヨーク―上海間を39分で移動できると予測されています[*2]。

また、物流、観光、科学技術開発などの拠点として発展することも期待されています[*3]。

もともと宇宙港は、軍事目的の測位・観測・通信衛星システムの配備のために開発が進められていましたが、近年では、衛星コンステレーションを利用した地球環境観測や衛星通信を行うために宇宙港のニーズは拡大しています[*4]。これらの技術が発達すれば、通信ネットワークが拡大し、以下のようなメリットが期待できます(図1, 2)。

  • 必要な時に必要な情報に容易にアクセス可能になる。
  • 地球観測データに基づいた効率的な農作物の栽培が可能になる。
  • 災害や事故発生時において、快適な通信を維持できる。
  • 多種多様な地球観測データが取得でき、自然災害の予測精度を向上させることができる。
  • 自然災害や事故を恐れない快適な社会に近づくことができる。

図1: ネットワーク基盤の宇宙空間への拡大
出典: 総務省「宙を拓くタスクフォース」(2019)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000624305.pdf, p.32

図2: 自然災害や事故を恐れない快適な社会
出典: 総務省「宙を拓くタスクフォース」(2019)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000624305.pdf, p.33

また、近年国内外で宇宙港の開発が盛んになってきた背景には、宇宙ビジネス市場の拡大もあります。

既に米国を中心に宇宙旅行ビジネスが立ち上がりつつあり、2021年12月8日、日本の民間人としては初めて国際宇宙ステーション・ISSに滞在するために、実業家の前澤友作さんらが宇宙旅行に出発したことが話題になりました[*5]。

これまで宇宙に行くことができたのは、訓練を積んだ宇宙飛行士だけでしたが、民間人でも宇宙に行ける時代になったのです。このように、宇宙ビジネスの市場は年々大きくなり、その規模は2016年の36.9兆円から2050年には200.7兆円に達するとも予想されています(図3)。

図3: 宇宙ビジネス市場規模予測
出典: 総務省「長期的な宇宙ビジネス市場規模の試算」(2019)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000603731.pdf, p.4

宇宙港の開発状況

宇宙港はアメリカ、イギリス、オーストラリアをはじめ、世界各国で開発や検討が行われています(図4)。

図4: 宇宙港(水平型)事業の検討・開発状況の代表例
出典: 文部科学省「Space Port Japan」(2020)
https://www.mext.go.jp/content/20200115-mxt_uchukai01-000005304_8.pdf, p.5

海外の開発状況

アメリカ

宇宙ビジネスをけん引していると言われているのがアメリカです。現テスラモーターズCEOのイーロン・マスク氏によって設立されたSpaceXをはじめ、様々なベンチャー企業が設立されています[*6]。前述の前澤氏は、SpaceXが2023年に打ち上げを予定している開発中の有人宇宙船「スターシップ」での月一周旅行も計画していると報道されました[*5]。

アメリカでは大きな予算で全ての分野の宇宙技術の開発・利用を進め、産業促進も図っています[*7]。
また、民間宇宙港でありながら、米国連邦航空局(FAA)認証済みの宇宙港が12港もあるのが特徴です[*8]。

イギリス

イギリスのコーンウォールにはすでに55社以上の宇宙企業があり、2022年夏に小型衛星を搭載した打ち上げを予定しています[*9]。

イギリスでは、宇宙庁という国の専門機関が存在し、国内の宇宙港を選定しています。
地方自治体及び英国宇宙庁が最大2000万ポンドを投資し、アメリカのヴァージン・オービット社と連携締結を行いました[*8]。
これにより、アメリカ企業がイギリスの宇宙港を利用することが可能になりました。イギリス側としては、宇宙港の顧客獲得、開発推進の目的があると考えられます[*10]。

また、イギリス宇宙庁は日本に本社を置きスペースデブリ除去サービスを展開するアストロスケール社、アメリカに本社を置く衛星通信会社ワンウェブ社と2021年に契約しました。国として宇宙産業の活性化に力を入れていることがわかります[*11]。

日本の開発状況

北海道大樹町

大樹町は1980年代に「航空宇宙産業基地」の候補地とされて以来、官民一体となって「宇宙のまちづくり」が進められていました。2021年には「北海道に、宇宙版シリコンバレーをつくる」というキャッチフレーズのもと、「北海道スペースポート(HOSPO)」が本格稼働しています。

HOSPOは世界の民間企業が利用できるロケット射場(打ち上げ設備)であり、アジア初の事例です[*12]。

既に1つ射場があり、そこからインターステラテクノロジズ社の観測ロケットMOMOの打ち上げが行われ、現在2つ目、3つ目の射場建設も準備が進められています。それぞれ2023年度、2025年度に完成予定です(図5)。

HOSPOは水平離着陸および垂直打上げ対応型の射場であり、現段階では人工衛星用ロケット、スペースプレーンの実験や打上げを主な目的にしていますが、将来的には有人スペースプレーンの発射も想定しています。

図5: スペースポート施設のイメージ図
出典: 大樹町「北海道スペースポート(HOSPO)について」(2022)
https://www.town.taiki.hokkaido.jp/soshiki/kikaku/uchu/hokkaidospaceport.html

和歌山県串本町

新世代小型ロケットおよび関連機器の開発・製造・販売事業を行っているスペースワン社は、和歌山県串本町を小型ロケットを打上げる射場の建設予定地として選定しています[*13]。

串本町は本州最南端の町として有名で、地理的に適している、地元の理解があるなどの点から射場に選ばれました。

「スペースポート紀伊」という名称で建設が進められており、 小型ロケットで人工衛星を打ち上げる商業宇宙輸送サービスを提供することが目的です。契約から打ち上げまでの「世界最短」と、打ち上げの「世界最高精度」をコンセプトにしており、2022年末頃に初号機打ち上げ、2020年代半ばには年間20機の打ち上げを目指しています[*14]。

スペースポート紀伊は、日本初の民間ロケット発射場です。

串本町ではロケット発射場を生かした「宇宙(そら)」「海」「大地」が総合的に体験できる町としての魅力づくりが計画され、以下のような活動が予定されています[*15]。

  • 宇宙教育及び観光、交流の拠点の整備
  • 宇宙(そら)をキーワードとした新たな串本ブランドの構築
  • ロケット+地域資源を最大限活用した体験メニュー開発

大分県国東市

2020年、大分空港はアメリカの小型衛星を打ち上げる事業を行っているヴァージン・オービット社とパートナーシップを締結しました。2022年には大分空港から初の人工衛星の打ち上げ、将来的には10年間で20回の打ち上げを目指しています[*16]。

3000メートル級の長い滑走路がある、海に接する立地で事故発生時の人的被害のリスクが低い、フライトの融通が利きやすく、温泉でリフレッシュできるという点から大分空港が宇宙港として選ばれました[*17]。

大分県の宇宙港の特徴は、「水平型(エアラウンチ)」という方法で打ち上げを行う点です。水平型は、専用の航空機にロケットを載せて離陸後に空中で発射させる方式で(図6)、天候による打ち上げへの影響が少ないというメリットがあります[*18]。

また、垂直式の発射場に比べ、大掛かりな設備が不要でロケットの搭載燃料が少なくなることから環境負荷が小さいという特徴があります[*19]。

図6: 水平型(エアラウンチ)打ち上げのイメージ図
出典: ANA「ANAホールディングスとヴァージン・オービットが人工衛星打上げ事業に係る基本合意書を締結」(2021)
https://www.anahd.co.jp/group/pr/202111/20211105-2.html

沖縄県下地島

沖縄県の下地島では「宇宙に行ける島、下地島」をコンセプトに、2021年「下地島宇宙港事業推進コンソーシアム」が設立されました[*20]。
下地島の宇宙港は、宇宙港の観光スポット化、宇宙にちなんだ食品の開発や販売などリゾート色が強いという特徴があります[*21]。

宇宙港が環境に与える影響

1970年代から2000年代初頭に運用されていた超音速旅客機コンコルドは、騒音、オゾン層への影響など公害問題や環境問題が指摘されていました[*22]。
コンコルドはマッハ2超の速さで飛んでいましたが、ロケットはマッハ20以上にも加速します[*23]。

1971 年から 1975 年にかけて超音速機のエンジン排出物が成層圏オゾンおよび気候・環境に及ぼす影響を研究するプロジェクトが行われました。それによると、多量の窒素酸化物(NOx)が発生することがわかりました。超音速機 500 機を就航させ、1日当たり 8 時間運航すると仮定した場合、年間のNOx生成量は、1961-1962 年に行われた高空核実験による NOx 生成量に匹敵すると推算されています[*24]。

超音速旅客機よりも早く飛行するロケットは、環境への影響はないのでしょうか。

実は既に環境への影響が指摘され始めています。

まずはオゾン層に対する影響です。ロケットの排出物には、オゾン層・電離層などに対し悪影響を与えるものが含まれており、ロケット排出物が環境に及ぼす影響を調べる必要性が指摘されています[*25]。

例えば、ヴァージン・ギャラクティック社の宇宙船「スペースシップツー」は、合成ゴムの一種を燃料として使用しています。その燃料を強力な温室効果ガスである亜酸化窒素の中で燃やすため、成層圏にブラックカーボン(黒色炭素)を排出します。このブラックカーボンは太陽光を跳ね返すため、地球が冷却されると言われています[*26]。

そして、二酸化炭素の排出量が膨大であることも多くの人が指摘しています。

ロケットの排出物には二酸化炭素、水、塩素などの化学物質が含まれていますが、その中で二酸化炭素の排出量はロケットの打ち上げ1回につき、最大300トンに上り、それを数人の乗客で分担する形です。

長距離飛行機のフライトでは、(乗客1人当たり)1〜3トンの二酸化炭素が排出されるのに比べて非常に大きい排出量です。[*27]。
さらに、二酸化炭素をはじめとした排出物は2~3年というスパンで大気の上層部にとどまるため、水のように一見無害なものでさえ、何かしら影響を与える可能性もあります。

発射時に排出される二酸化炭素だけではなく、燃料の製造、ロケットの製造、宇宙港の建設にもエネルギーが消費され、二酸化炭素が排出されています。製造段階までさかのぼったライフサイクルCO2を考えると、宇宙港やロケットに関わる二酸化炭素の排出量は膨大になるでしょう[*26]。

宇宙港のこれから

ロケットという巨大な構造物を高速で宇宙空間まで飛ばすためには、多くのエネルギーを消費します。これまでは地球環境に大きな影響を及ぼすほどロケットの打ち上げは行われていませんでしたが、これから宇宙ビジネスが拡大しようとしている中、どのような影響が出るのかさらなる検証が必要です。

宇宙港の開設によって地球環境観測や通信の分野はさらに発展するでしょう。エンターテイメントや観光という面でも、より充実したサービスが提供されることが予想されますし、宇宙港の建設地や建設予定地は経済的な面でも潤うことが強調されています。

しかしながら、新しい事業を開始するときは、あまり負の側面は強調されません。良い面だけを鵜呑みにして開発を続けると、取り返しのつかない事態になる可能性もゼロではないのです。

宇宙港は私たちの生活をより豊かにする反面、地球温暖化を代表とする環境問題を深刻にしてしまう可能性もあります。
私たちは、今後の宇宙港の開発について注視していく必要がありそうです。

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参照・引用を見る

*1
株式会社電通「日本で実現を目指す『スペースポートシティ構想図』とは何か?」(2020)
https://dentsu-ho.com/articles/7392#:~:text=SPJ%E3%81%A8%E4%BC%9A%E5%93%A1%E5%90%84%E7%A4%BE%E3%83%BB%E5%9B%A3%E4%BD%93,%E3%81%A6%E8%A7%A3%E8%AA%AC%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

*2
日本経済新聞「スペースX、ロケットで旅客輸送 主要都市間30分で」(2017)
https://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ29HND_Z20C17A9000000/

*3
大分県「space port oita」(2021)
https://www.pref.oita.jp/uploaded/life/2153129_3394437_misc.pdf

*4
デロイト トーマツ 「スペースポート(宇宙港)が生み出す価値」(2021)
https://www2.deloitte.com/jp/ja/blog/science-and-technology/2021/spaceport-value.html

*5
NHK「前澤友作さん乗せた宇宙船がドッキング 日本民間人初ISS滞在へ」(2021)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211208/k10013380101000.html

*6
宙畑「宇宙ビジネス×ベンチャー企業一覧アメリカ編 2017」(2018)
https://sorabatake.jp/506/

*7
一般社団法人日本航空宇宙工業会米国の宇宙産業の概要」(2013)
https://www8.cao.go.jp/space/comittee/tyousa-dai2/siryou2.pdf, p.9

*8
文部科学省「Space Port Japan」(2020)
https://www.mext.go.jp/content/20200115-mxt_uchukai01-000005304_8.pdf, p.4, p.5, p.9

*9
SPACE PORT CORNWALL「the-launch」(2022)
https://spaceportcornwall.com/the-launch/

*10
宙畑「国独自の測位システムにOneWeb衛星の利用を検討」(2020)
https://sorabatake.jp/13087/

*11
宙畑「アストロスケールとOneWebが共同で、英国宇宙庁から4億円の契約を受注。2024年のサービス化を目指す」(2021)
https://sorabatake.jp/20568/

*12
大樹町「北海道スペースポート(HOSPO)について」(2022)
https://www.town.taiki.hokkaido.jp/soshiki/kikaku/uchu/hokkaidospaceport.html

*13
スペースワン株式会社「小型ロケット打上げ射場の建設予定地の選定について」(2019)
https://www.space-one.co.jp/doc/pressrelease190326.pdf, p.1

*14
串本町「『スペースポート紀伊』について」
https://www.town.kushimoto.wakayama.jp/sangyo/rocket/2021-1108-1334-11.html

*15
和歌山県「宇宙(そら)と海と大地につながる町・南紀串本プロジェクト」(2021)
http://wave.pref.wakayama.lg.jp/news/file/35488_1.pdf

*16
大分県「宇宙ノオンセン県オオイタ」
https://uchunooita.pref.oita.jp/

*17
大分県「宇宙への挑戦」(2021)
https://www.pref.oita.jp/uploaded/attachment/2124581.pdf, p.5

*18
大分県「スペースポートおおいたPRパンフレット(中面)」(2021)
https://www.pref.oita.jp/uploaded/life/2153129_3394437_misc.pdf

*19
ANA「ANAホールディングスとヴァージン・オービットが人工衛星打上げ事業に係る基本合意書を締結」(2021)
https://www.anahd.co.jp/group/pr/202111/20211105-2.html

*20
下地島宇宙港事業推進コンソーシアム「宇宙港事業コンソーシアム設立のお知らせ」(2021)
https://www.spc.pdas.co.jp/news/%E5%AE%87%E5%AE%99%E6%B8%AF%E4%BA%8B%E6%A5%AD%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%83%A0%E8%A8%AD%E7%AB%8B%E3%81%AE%E3%81%8A%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%9B

*21
下地島宇宙港事業推進コンソーシアム「コンソーシアムの活動内容」
https://www.spc.pdas.co.jp/

*22
NHK「NHK特集 コンコルド」(1976)
https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009010603_00000

*23
講談社現役東大生のサイエンス入門「宇宙ステーションまでたった400キロなのに、ロケットが時速3万キロも出す理由」(2020)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/78123

*24
公益財団法人航空機国際共同開発促進基金「航空機の大気環境へ与える影響評価(2014)
http://www.iadf.or.jp/document/pdf/19-1.pdf, p.3

*25
静岡大学工学部山極研究室「ロケット排出物の地球環境へ及ぼす影響に関する研究」
https://ars.eng.shizuoka.ac.jp/~yamalab501/research/rocket-environment.htm

*26
時事通信社「宇宙観光の活発化、環境負荷への懸念増大」(2021)
https://sp.m.jiji.com/article/show/2602675

*27
the Guardian「How the billionaire space race could be one giant leap for pollution」https://www.theguardian.com/science/2021/jul/19/billionaires-space-tourism-environment-emissions

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