近年、無人航空機(UAV:Unmanned Aerial Vehicle)・通称ドローンは目覚ましいスピードで普及しており、農業、測量、災害対応といった様々な分野で活用されています。
規制はあるものの、個人で所有することも可能で、趣味としてドローンを操縦する人もいます。ドローンが飛ぶ姿を見かけることも、決して珍しいことではなくなってきました。
一般的にドローンといえば、遠隔操作が可能な無人航空機(UAV)のことを指しますが、それとは違う「水中ドローン」という存在をご存知でしょうか。
現在、水中ドローンは実務的な利用のための開発が進んでいます。
今回は、水中ドローンのこれまでの活用事例、今後の可能性や課題についてご紹介します。
水中ドローンとは
水中ドローンは、水中に潜水・潜航して自由に移動しながら撮影などの作業ができる水中ロボットの一種です。
市場調査、技術動向、戦略分析などを行うインプレス総合研究所が作成した「水中ドローンビジネス調査報告書2021」によると、水中ドローンは、 以下のように定義されています[*1]。
深度数10〜100m程度の比較的浅い水域において有線で遠隔操作でき、重量10〜100kg程度まで、機体サイズ40〜100cm程度までのROV(Remotely operated vehicle)。
上記の定義からは外れますが、ケーブルを持たず自律航行や自律制御により稼働する機体・AUV(Autonomous Underwater Vehicle)、人が乗り込んで操作するHOV(Human Occupied Vehicle)なども開発されています[*1], (図1)。
図1: 水中ドローンの種類
出典: ドローンジャーナル「『水中ドローン』とは-2021年版 水中ドローンの役割、効果、市場規模、課題と今後の展望まとめ-」(2021)
https://drone-journal.impress.co.jp/docs/special/1183422.html
海に囲まれた日本にとって、水中ドローンの活用は大きな可能性を秘めています[*2]。
本格的なビジネス活用という意味では空中ドローンに4〜5年遅れをとっていますが、様々な分野で利用され始めています[*1]。
様々な分野における水中ドローンの活用
以下では、水中ドローンの活用事例、今後の展望を紹介します。
土木分野
水中にある橋脚や港湾施設などの海洋構造物は、安全確保のため、部材や海底地盤の状態確認、鋼材の肉厚測定等の作業が必要です。それらはこれまで、主に潜水士による目視調査によって実施されてきました。
しかし、人間が水中に潜る場合、海の天気、船舶の係留や荷物の積み下ろし作業等の施設の利用状況によって作業が制約されてしまいます。そのため、安全で効率的な調査技術の開発が求められていました[*3]。
そこで、水中ドローンにカメラを設置して、海洋構造物の点検や海底地盤の水深測定を行うことが検討されています[*3], (図2)。
図2: カメラを搭載した水中ドローン
出典: 国立研究開発法人 海上・港湾・航空技術研究所「港湾空港技術研究所資料」
https://www.pari.go.jp/search-pdf/%E8%B3%87%E6%96%991380.pdf, p.6
水中ドローンを使った調査の場合、従来の方法と比べ安全性が高い、経済性に優れるといったメリットがあります[*3], (図3)。
図3: 潜水士と水中ドローンによる調査の比較
出典: 国立研究開発法人 海上・港湾・航空技術研究所「港湾空港技術研究所資料」(2020)
https://www.pari.go.jp/search-pdf/%E8%B3%87%E6%96%991380.pdf, p.5
また、水中ドローンを使用することで、海洋構造物の点検において、作業効率が150%向上したという報告もあります[*4]。
インフラ分野
神奈川県は2021年、相模原にある城山ダムで、水中カメラなどを手掛ける株式会社キュー・アイが、水中ドローンを使ったダム調査の実証実験を始めると発表しました。
その内容は、遠隔操作の水中ドローン型ロボットに搭載した水中カメラで、ダムの水中部分を撮影し、画像を分析することで壁面の亀裂や剝離の有無などを確認するというものです。
有人潜水では危険を伴う場所などでの調査のために、実用化を目指しています[*5]。
水産分野
近年、養殖業界では人材不足や飼料高騰などの課題が生じています。
それらの課題を解決するため、愛媛県では、仕事を機械化することで漁業就業者の間口を広げる取り組みが行われており、水中ドローンも活躍しています[*6]。
愛媛県愛南町にある安高水産では、年間170~180万匹のマダイを出荷しており、海中にあるいけすの管理が課題になっていました。
従来は水中作業をダイバーに委託していましたが、海中の状況は把握しにくいため、実際に潜っても成果を得られないことが多くありました。
そこで、カメラとソナーを搭載した水中ドローンを導入し、海底にある資材の位置、水深、いけすの状態などを把握しています。
事前に海中の状態を確認することで、ダイバーの作業の効率化、負荷軽減が実現しました[*6]。
損保分野
損害保険ジャパン株式会社は、2018年に自然災害時の損害調査に向けて水中ドローンを導入しました。
同社は、ダイバーによる損害調査と比較して、潜水時間や潜水深度、対応可能潮流、安全性、汚染水域での調査等で水中ドローンに優位性があるとしています[*7]。
通信分野
ソフトバンクとニコンは2021年、世界的にも新技術である、動く物体間の光を使った無線通信を2025年度までに事業化すると発表しました[*8]。
今後到来する6G以降の世界では「光」の活用が期待されています。
しかし、光は電波よりも直進性が高いため、位置がずれると通信が途切れてしまうという性質があります[*8], (図4)。
図4: 通信機器同士の向きのずれと通信状態
出典: 株式会社ニコン「ソフトバンクとニコン、360度追尾可能な『トラッキング光無線通信技術』の実証に世界で初めて成功」(2021)
https://www.nikon.co.jp/news/2021/0318_01.htm
それを解決するため、両社の培ってきた技術を活用して光無線通信機同士が双方向にトラッキングし、途切れることなく通信可能な技術の検討が進められていました。
そして、2021年には通信機それぞれが移動しても途切れずにデータ通信する実証実験に成功しています。これは、2021年3月18日時点で世界初の事例です[*8]。
高速通信規格「5G」が途切れた場合の通信補助や、電波が通らない水中でのドローン同士の無線通信などへの技術応用が期待されています[*9]。
図5: 産業用ロボットやドローンとの通信イメージ
出典: 株式会社ニコン「ソフトバンクとニコン、360度追尾可能な『トラッキング光無線通信技術』の実証に世界で初めて成功」(2021)
https://www.nikon.co.jp/news/2021/0318_01.htm
水中ドローンの技術的・制度的課題
「水中ドローンビジネス調査報告書2021」を作成しているインプレス総合研究所によると、水中ドローンには下記のような課題があるとしています[*1]。
- 法規制
水中ドローン自体を対象とする法規制はない。ルールが存在しないため、ビジネス活用に積極的に取り組めない実情がある。
- 電波
水中では電波が使えないため、GPSによるポジショニングができない。このため位置情報の把握が難しい。
- 光量
水中に届く太陽光は少なく、機体を目視しながらの操縦はほとんどできない。
- 濁度
水中は濁っているため、カメラ映像を確認しながらの操縦や撮影が難しい。
- 水力・潮力
水中の水の流れは地上から予測しづらい。特に海では潮力がある。
- 信頼性
海水による錆や濁水による汚れなどは、水中ドローンについてまわる問題である。
- 動力
ほとんどの機体がバッテリー交換式であり、1回の潜航における動力は限られる。
発展途上の技術であるため、まだまだ課題が残されていることがわかります。
水中ドローンのこれから
空中ドローンは空の産業革命と呼ばれ、物流や農業など幅広い分野で利用されています[*10]。
水中ドローンは空中ドローンに比べると遅れを取っているものの、続々とその利用範囲を広げています。
例えば、アメリカでは国防高等研究計画局(DARPA)でも開発が進められており、将来国防の分野でも利用されるかもしれません[*11]。
しかし、前述の通り課題も残されています。
空中ドローンは「航空法」や「重要施設の周辺地域の上空における小型無人機等の飛行の禁止に関する法律」で規制されていますが[*12]、水中ドローンには、現段階で法規制がありません[*1]。
現在は、一般社団法人日本水中ドローン協会[*2]、一般社団法人日本ROV協会[*13]などの団体が設立され、各団体が認める操縦ライセンスが設けられている程度です。
今後、法律が整備されれば、ビジネスへの活用の幅が広がるでしょう。
技術的な課題については、「自己位置測位」がブレイクスルーになるのではないかと言われています[*14]。
自己位置測位とは、自分がある時点でどこにいるかを知るための技術で、現在は、国内外でできるだけ安価な測位装置の開発が行われています[*14]。
水中ではGPSが使えないため、この技術が重要になるのです。
2021年には、KDDIが、水中での利用が難しいGPSに代わって音波での測位技術を採用し、数十センチメートルの誤差で測位できるドローンを開発しました[*15]。
ソフトバンクとニコンの双方向トラッキング技術の事例もあり[*8]、今後の技術革新が期待されます。
最後に、水中ドローンの市場規模について紹介します。
インプレス総合研究所「水中ドローンビジネス調査報告書2021」によると、2020年度の日本国内の産業用水中ドローンの市場規模は20億円と推測されています。
水中ドローンを含めた2020年度の日本国内のドローンビジネスの市場予測規模が1,841億円であることと比較すると、その割合はまだまだ少ない状況です[*16]。
しかし、2023年度には、約2倍の38億円に急成長すると予測されています[*1], (図6)。
図6: 国内の産業用水中ドローンの市場規模予測
出典: ドローンジャーナル「『水中ドローン』とは-2021年版 水中ドローンの役割、効果、市場規模、課題と今後の展望まとめ-」(2021)
https://drone-journal.impress.co.jp/docs/special/1183422.html
水中ドローンの市場規模予測からも、その注目度の高さが伺えます。
今後、法整備やさらなる技術革新が進めば、空中ドローンと同様、その利用の幅はますます広がるでしょう。
参照・引用を見る
*1
ドローンジャーナル「『水中ドローン』とは-2021年版 水中ドローンの役割、効果、市場規模、課題と今後の展望まとめ-」(2021)
https://drone-journal.impress.co.jp/docs/special/1183422.html
*2
一般社団法人日本水中ドローン協会「一般社団法人日本水中ドローン協会について」
https://japan-underwaterdrone.com/
*3
国立研究開発法人 海上・港湾・航空技術研究所「港湾空港技術研究所資料」(2020)
https://www.pari.go.jp/search-pdf/%E8%B3%87%E6%96%991380.pdf, p.4, p.5
*4
国土交通省「水中ドローンを使用した海洋構造物の点検」(2021)
https://www.mlit.go.jp/common/001396459.pdf, p.1
*5
日本経済新聞「キュー・アイ、水中ドローンでダム検査 神奈川県が実験」(2021)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC065RQ0W1A201C2000000/
*6
日本経済新聞「水中ドローンや給餌機 愛媛養殖、機械化で人材難に備え」(2022)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCC234500T20C22A2000000/
*7
損害保険ジャパン株式会社「水中事故の損害調査に『水中ドローン』を導入」(2018)
https://www.sompo-japan.co.jp/~/media/SJNK/files/news/2018/20181120_1.pdf
*8
株式会社ニコン「ソフトバンクとニコン、360度追尾可能な『トラッキング光無線通信技術」の実証に世界で初めて成功」(2021)
https://www.nikon.co.jp/news/2021/0318_01.htm
*9
日本経済新聞「ソフトバンクとニコン、光無線通信を事業化へ」(2021)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQODZ1869V0Y1A310C2000000/
*10
日本経済新聞「ドローン 次の舞台は海」(2018)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO26403150R00C18A2XY0000/
*11
DARPA「DARPA Selects Performers to Advance Unmanned Underwater Vehicle Project」(2021)
https://www.darpa.mil/news-events/2021-02-05a
*12
警察庁「小型無人機等飛行禁止法関係」
https://www.npa.go.jp/bureau/security/kogatamujinki/index.html
*13
一般社団法人日本ROV協会「日本ROV協会とは」
https://j-rov.org/about
*14
ドローンジャーナル「海洋ビジネスと水中ドローン」(2021)
https://drone-journal.impress.co.jp/docs/special/1183454.html
*15
日本経済新聞「KDDI、水空両用型ドローンを開発 音波で水中測位」(2021)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC101YO0Q1A610C2000000/
*16
株式会社インプレス「2020年度の国内のドローンビジネス市場規模は前年度比31%増の1841億円、点検や農業分野が牽引し2025年度は6468億円へと成長」(2021)
https://research.impress.co.jp/topics/list/drone/623