現在、カーボンニュートラル社会の実現に向けて、国内外で風力発電、太陽光発電などの再生可能エネルギーやEV(電気自動車)の需要が高まっています[*1]。
再生可能エネルギーの発電機器や蓄電池、EVのモーター製造時には、リチウム、ニッケル、コバルトなどの鉱物が使われています。これらの鉱物資源は「重要鉱物」と呼ばれ、その需要も近年高まっています。
一方で、重要鉱物のサプライチェーンは一部の国に依存しているなど、重要鉱物の安定的な供給に向けては、課題が山積しています。
そこで、2023年4月に札幌で開催された「G7札幌気候・エネルギー・環境大臣会合」では、重要鉱物の安定確保に向けた行動計画として、「重要鉱物セキュリティのための5ポイントプラン」がとりまとめられました。
それでは、重要鉱物について、G7札幌でどのような内容がまとめられたのでしょうか。重要鉱物を取り巻く国際情勢と併せて、詳しくご説明します。
重要鉱物とは
地下に埋蔵されていて、人々にとって有益な鉱物を「鉱物資源」と呼びます。鉱物資源には、埋蔵量・産出量ともに多く、精錬が比較的簡単な鉄、アルミなどの「ベースメタル」から、チタン、コバルトなど抽出が難しい希少な「レアメタル」など様々な種類があります[*2]。
鉱物資源のなかでも、リチウムやニッケルなどの「様々な工業製品の原材料として、国民生活及び経済活動を支える重要な資源」を重要鉱物と言います[*3]。
例えば、風力発電や大容量蓄電池には、レアアースやニッケル、コバルトなどの重要鉱物が必要となります。また、EVにはリチウムイオン電池等が必要となりますが、それらを製造する際には、リチウムやコバルトなどの重要鉱物が不可欠です[*1], (図1)。
図1: カーボンニュートラル社会の実現に必要な鉱物資源
出典: 資源エネルギー庁「G7札幌でも合意、重要鉱物の安全保障を目指す『5ポイントプラン』とは」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/five_point_plan.html
重要鉱物を取り巻く国際情勢
高まる重要鉱物需要
再生可能エネルギーやEV等の製造に欠かせない重要鉱物の需要は、近年急激に高まっています。国際エネルギー機関(IEA)によると、2022年の主要な重要鉱物の市場規模は、5年前の2倍の3,200億ドル(約45兆円)に拡大しました[*1]。
また、今後も引き続き重要鉱物の需要が高まるとされています。IEAは、各国がカーボンニュートラルを目指した場合、2050年には、2022年と比較して銅で1.6倍、コバルトで3倍、リチウムで10.1倍、ニッケルで2.1倍、ネオジムで2.3倍に需要が拡大すると試算しています[*4], (図2)。
図2: 世界の重要鉱物需要の予測(単位:キロトン)
出典: 独立行政法人 日本貿易振興機構「重要鉱物の生産拡大と持続可能性との両立」
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2023/63e25db316e9cbf8.html
重要鉱物の確保に向けた課題
先述したように、重要鉱物の需要が高まる一方で、供給面では課題が山積しています。具体的には、重要鉱物の産出地域が偏っているため、サプライチェーンが特定の国に依存しやすいという点です[*1], (図3)。
図3: 重要鉱物サプライチェーンにおける集中
出典: 資源エネルギー庁「G7札幌でも合意、重要鉱物の安全保障を目指す『5ポイントプラン』とは」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/five_point_plan.html
例えば、レアアースの主要な産出国である中国は、採鉱量制限や輸出規制によって国際市場の価格をコントロールしようとすることがあります。こうした生産規制や輸出規制は、度々重要鉱物を活用したい企業の利益とぶつかることがあります[*5]。
また、重要鉱物は外交の材料として利用されることもあります。例えば、2010年に日中関係が悪化した際、中国がレアアースの日本向け輸出を制限した結果、価格は約10倍まで高騰しました。
重要鉱物の多くを輸入で賄う日本にとって、このような輸出規制は、カーボンニュートラルの実現に向けて足かせになりかねません。そこで日本は、重要鉱物の輸入先の多角化などを進めています。
2009年時点の日本におけるレアアースの中国からの輸入割合は93%でしたが、2022年には68%まで低下しました。しかしながら、それでも輸入割合は中国が半分以上を占めているため、輸入停止・制限等を実施する可能性のある資源産出国の動向は依然として大きなリスクと言えます。
G7で合意された重要鉱物調達の行動計画
安定的な供給確保に向けては、国際社会が連携して強靭な重要鉱物のサプライチェーンを構築することが不可欠です。そこで、2023年4月に開催された「G7札幌気候・エネルギー・環境大臣会合」では、冒頭でも紹介した重要鉱物の安定確保に向けた行動計画が作成されました[*1]。
行動計画は「重要鉱物セキュリティのための5ポイントプラン」としてとりまとめられ、G7各国は同会合でこれに合意しました[*6], (図4)。
図4: 「重要鉱物セキュリティのための5ポイントプラン」の概要
出典: 環境省「G7札幌 気候・エネルギー・環境大臣会合 結果概要」
https://www.env.go.jp/content/000129182.pdf, p.14
長期的な需給予測
今後さらに需要が高まるとされる重要鉱物については、中長期的な需給動向をより正確に把握することが求められています[*1]。
IEAは既に2021年に重要鉱物に関するレポートを発表しました。しかしながら、より正確な動向を把握するためには、需要と供給の両方の面からの分析が不可欠です。
そこで、同行動計画では、IEAに各国の専門家を入れた内部タスクフォースを立ち上げ、需給予測に関する分析および検証を実施するとしています[*6]。
責任ある資源・サプライチェーンの開発
高まる重要鉱物の需要を賄うため、新たな鉱山やサプライチェーンの開発が不可欠ですが、透明性の高い責任ある方法で開発を進めることが求められています[*1]。
そこで、同行動計画では、各国が連携して環境等に配慮した資源・サプライチェーン開発に関する共同投資を推進するとしています[*6]。
2022年3月、資源・サプライチェーン開発への共同投資を推進する枠組みとして、アメリカ主導で「鉱物安全保障パートナーシップ(MSP)」が立ち上げられました。同枠組みには、G7各国や欧州委員会のほか、オーストラリアやインドなど14の国と地域が参加しています[*1]。
これらの枠組みに各国の財政支援策を活用できるようにすることで、国際社会で一致した資源・サプライチェーン開発を推進する予定です。
また、同行動計画において、G7は、現在G7全体で130億ドルの財政支援の準備があると発表しました。その内、日本は、鉱山開発等の事業に対するJOGMEC(エネルギー・金属鉱物資源機構)の出資による1,100億円の支援と、経済安保推進法による1,058億円の支援の計2,158億円を用意しています。
さらなるリサイクルと能力の共有
重要鉱物の安定的な供給に向けては、まだ活用できるのに廃棄されてしまう重要鉱物の再生利用の取り組みも重要です。廃棄された電子機器等のことを「e-Waste」と言いますが、国連の推計によると、2019年に排出された「e-Waste」の価値は570億ドルと、その活用が重要な課題となっています[*1]。
そこで同行動計画では、「e-Waste」のリサイクル等を促進するため、開発途上国と先進国によるイニシアチブ確立を検討することを発表しました[*6]。
それを受けて日本は、ERIA(東アジア・アセアン経済研究センター)等と連携して、東南アジア諸国でのリサイクル処理の技術指導や人材育成を支援するとしています。また、取り組み結果を各国と共有し、「e-Waste」のリサイクルに関するMSPのプロジェクトも検討しています[*1]。
技術革新による省資源
限りある重要鉱物を効率的に活用していくことも大切です。そこで同行動計画では、各国の産業事情に応じた重要鉱物の省資源・代替技術のイノベーションを推進するとしています[*1, *6]。
具体的には、重要鉱物等に関する政策等の情報交換の場である「クリティカルマテリアル・ミネラル会合」等において、イノベーション等の情報共有を進めていくとしています。この会合は、日本、米国、EU、豪州及びカナダの5カ国・地域の協力の一環として、重要鉱物(クリティカルマテリアル)に関する政策や研究開発等に係る情報交換を行うことを目的に定期開催しています。
供給障害への備え
重要鉱物の安定供給を損なわないようにするため、「供給障害」への対応も重要な課題の一つです。2022年3月に、重要鉱物の短期的な供給障害に対する「重要鉱物の自主的なセキュリティプログラム」の立ち上げがIEAで言及されましたが、同行動計画でG7はこの取り組みを歓迎しています[*1]。
今後、同セキュリティプログラムの始動に向けて、G7はIEAに必要な情報を提供する方針です。
EV市場に与える影響
日本政府が2035年までに乗用車新車販売で電動率100%を目指すなど、現在、各国はEV等の普及促進に力を入れています[*7]。
世界全体でEV需要が高まる一方、EVのバッテリーなどに使われるレアメタルは、急速な需要拡大に対応できるかが懸念されています。EVの車体価格は、その3分の1がバッテリーによって占められているとされ、今後需要過多でレアメタル価格が高騰した場合、EVの量産が困難になる可能性があります[*8]。
重要鉱物の安定的な調達を実現することは、EVの普及促進に不可欠な要素です。各国が協調して同行動計画を実行に移していけるかどうかが、今後の大きなカギとなるでしょう。
参照・引用を見る
*1
資源エネルギー庁「G7札幌でも合意、重要鉱物の安全保障を目指す『5ポイントプラン』とは」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/five_point_plan.html
*2
資源エネルギー庁「世界の産業を支える鉱物資源について知ろう」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/tokushu/anzenhosho/koubutsusigen.html
*3
経済産業省「重要鉱物に係る安定供給確保を図るための取組方針」
https://www.meti.go.jp/policy/economy/economic_security/metal/torikumihoshin.pdf, p.3
*4
独立行政法人 日本貿易振興機構「重要鉱物の生産拡大と持続可能性との両立」
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2023/63e25db316e9cbf8.html
*5
PwC Japanグループ「重要鉱物をめぐる政策競争と将来シナリオ:企業が検討すべき備えとは」
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/geopolitical-risk-column/vol6.html
*6
環境省「G7札幌 気候・エネルギー・環境大臣会合 結果概要」
https://www.env.go.jp/content/000129182.pdf, p.1, p.14
*7
資源エネルギー庁「自動車の“脱炭素化”のいま(前編)~日本の戦略は?電動車はどのくらい売れている?」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/xev_2022now.html
*8
資源エネルギー庁「EV普及のカギをにぎるレアメタル」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ev_metal.html