DXは、社内だけでなく、顧客や取引先などの社外関係者も含めた事業創発や業務変革を通じて企業成長を目指すものです。
デジタル技術を活用して製品やサービス、ビジネスプロセスを変革することにより、新たな価値を生み出していく活動と捉えられます。
近年はエネルギーの分野でも、DX推進の一環でAIやビッグデータ、IoTの活用が進められています。
たとえば、分散型電源をIoTを活用して制御するVPP(Virtual Power Plant:仮想発電所)も電力分野におけるデジタル化の一つで、再生可能エネルギーの普及を後押しする技術です。
他にも、天候によって発電量が左右される太陽光発電や風力発電の出力予測にAIを活用する技術も開発されています。
この記事では、DXとカーボンニュートラルの関係や、電力分野におけるDXの取り組み事例を紹介します。
DX(デジタル・トランスフォーメーション)とは?
近年耳にすることが増えたDXとは、「Digital Transformation(デジタル・トランスフォーメーション)」の略称で、その概念は2004年にスウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授によって提唱されました。
一般的に使用されているDXという言葉に統一された定義はありませんが、総務省の情報通信白書によると「企業が外部エコシステム(顧客、市場)の劇的な変化に対応しつつ、内部エコシステム(組織、文化、従業員)の変革を牽引しながら、第3のプラットフォーム(クラウド、モビリティ、ビッグデータ/アナリティクス、ソーシャル技術)を利用して、新しい製品やサービス、新しいビジネスモデルを通して、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位性を確立すること」という定義が定められています[*1]。
また、2018年12月に経済産業省が発表した「産業界におけるデジタルトランスフォーメーションの推進」では、DXを「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義しています[*2]。
DXは紙媒体のデータ化やデジタルツールの活用など、これまで企業が実施してきた従来のデジタル化とは異なる概念です。
広義でのデジタル化に含まれるデジタイゼーションが物質的な情報をデジタル形式に変換すること、デジタライゼーションがデジタルを産業と一体化させビジネスモデルを変革することであるのに対して、DXは産業内の制度や組織分野の変革を促すものです[*1], (図1)。
図1:「デジタル化」の違い
出典: 総務省「第1部 特集 デジタルで支える暮らしと経済」
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/html/nd112210.html
世界中で急速に進められているDXは、企業の競争力維持・強化のために欠かせない取り組みです。
経済産業省のレポートでは、日本企業がデジタル化に取り組まなければ、2025年から2030年にかけて年間12兆円もの経済的損失を被ると試算されています[*2]。
経済産業省では、企業のデジタル経営のための経営ビジョンや企業戦略の策定・公表などの経営者に求められる対応を「デジタルガバナンス・コード」として取りまとめ、産業界のDXを推進しています。
デジタルガバナンス・コードは全ての事業者が対象で、DXへの取り組み推進のための羅針盤として活用されています。[*3]
DXはカーボンニュートラルの実現を後押しする?
2020年10月、政府は2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指すことを発表しました。
カーボンニュートラルとは、CO2を大幅に削減させたうえで、排出せざるをえなかった分については、吸収・除去することで、社会全体のCO2排出量を実質ゼロにすることです。[*4]。
DXの推進は、CO2排出削減効果があるため、2050年カーボンニュートラルの実現を後押しすることができます。
カーボンニュートラルの実現に向け、CO2排出量を大幅に削減するためには、DX推進によるCO2削減が不可欠であるという試算もあります。
次の図2は、DXが加速した場合の改革シナリオと標準程度に進行した場合の標準シナリオのCO2排出量の比較です[*5]。
図2:改革シナリオと標準シナリオのCO2削減比較
出典: 公益社団法人 日本経済研究センター「DX なくして温暖化防止なし―成⻑の『質』にも寄与」
https://www.jcer.or.jp/jcer_download_log.php?f=eyJwb3N0X2lkIjo2MDQ2OCwiZmlsZV9wb3N0X2lkIjo2MDk0OX0=&post_id=60468&file_post_id=60949, p.91
図2の比較を見ると、DX推進によってCO2削減量が増えれば、環境税が少なくなり、CCS(Carbon dioxide Capture and Storage)の負担も軽減されます。
CCSとは、二酸化炭素を回収・貯留する技術のことで、発電所や化学プラントなどから排出されたCO2を他の気体から分離して回収し、地中の奥深くにある貯留層に貯留します[*6]。
標準シナリオの場合、1億7500万トンものCCSが必要になると試算されていますが、現状では貯留場所を十分に確保できる目処がついていません。CCSでCO2を回収することが現実的に難しいことから、DX推進によるCO2削減が不可欠であると考えられています[*5]。
2021年に経済産業省が関係省庁と連携して発表した「2050年カーボンニュートラルに伴う グリーン成長戦略」においても、「グリーン成長戦略を支えるのは強靭なデジタルインフラであり、グリーンとデジタルは車の両輪である」と記されています。
エネルギー需要の効率化や再生可能エネルギーの導入によってCO2排出量を削減していくためには、電力ネットワークのデジタル制御や家庭のエネルギーをIT技術によって最適化するスマートハウスなどのデジタル技術の活用が不可欠となります[*7]。
エネルギー分野におけるDXの事例
エネルギー業界でもビックデータやAI、IoTなどを活用し、積極的にDXの取り組みが進められています。
次に、エネルギー分野におけるDXの事例を紹介します。
VPP(Virtual Power Plant:仮想発電所)
出力予測が難しい再生可能エネルギーの導入を進めていくためには、データやネットワークを活用して需給バランスをコントロールする必要があります。太陽光発電設備や蓄電池、電気自動車などの電力系統に分散して存在するエネルギーリソースをIoTを活用して制御し、架空の発電所として機能させるVPPの構築も進められています[*8], (図3)。
図3:VPPのイメージ
出典: 資源エネルギー庁「2018年、電力分野のデジタル化はどこまで進んでいる?」(2021)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/tokushu/denryokugaskaikaku/digitalization.html#topic01
需給バランスを調整するVPPは、再生可能エネルギーの供給過剰や電力不足にも対応可能で、低コストな新しい調整力としても期待されています。
AIを活用した電力需要予測・気候予測
日本気象協会では、気象予報士のノウハウとAIの技術を組み合わせ、電力エリアごとの電力需要量を予測するサービスを提供しています。
雪が降ると暖房需要が高まったり、猛暑日が続くとエアコン使用が増えるなど、電力需要は天候や気温などの気象条件にも左右されます。
このサービスでは、気象モデルや気象観測データ、地域別電力需要などのビックデータをAIが解析し、高精度な電力需要予測を実現します[*9], (図4)。
図4:電力需要予測サービスの概要
出典: 日本気象協会 「気象予報士のノウハウと人工知能(AI)・機械学習の解析技術を組み合わせ、高精度な電力需要予測サービスを提供します。」
https://www.jwa.or.jp/service/weather-and-data/weather-and-data-02
AIによる電力需要予測サービスは、電気事業者の電力需給管理やVPPのための需要想定に使用されます。AIは高精度な気候予測も可能で、自然条件によって出力が変動する太陽光発電や風力発電の需給バランス調整をサポートすることができます。再生可能エネルギーの発電量をできるだけ正確に予測することができれば、より効率的な供給計画を作成することが可能になります[*10]。
また、太陽光発電と組み合わせて運用される蓄電池の管理にもAIが活用されています。AIによる自動管理は、蓄電池の充電・放電制御を最適化することができるため、太陽光発電や蓄電池の安定運用にもつながります[*9], [*10]。
まとめ
DXとカーボンニュートラルは、今後の持続可能な社会の実現に向けた重要なテーマとしてどちらも認識されており、世界中の企業がさまざまな取り組みを始めています。
この2つは必ずしも同じゴールを目指すものではありませんが、切っても切り離せない関係にあると言えるでしょう。
エネルギー業界におけるDXの推進は、再生可能エネルギーの導入拡大を後押しし、CO2排出削減に貢献します。
カーボンニュートラル実現に向けて電力システムのあり方も変化しつつあり、AIやIoTの活用などによるDX推進は今後ますます求められるでしょう。
参照・引用を見る
*1
総務省「第1部 特集 デジタルで支える暮らしと経済」
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/html/nd112210.html
*2
経済産業省 中小企業庁「『デジタル・トランスフォーメーション』DXとは何か? IT化とはどこが違うのか?
https://mirasapo-plus.go.jp/hint/15869/
*3
経済産業省「デジタル・ガバナンスコード」
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/dx/dgckatuyou.pdf, p.1, p.2
*4
経済産業省「「カーボンニュートラル」って何ですか?(前編)~いつ、誰が実現するの?」(2021)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/carbon_neutral_01.html
*5
公益社団法人 日本経済研究センター「DX なくして温暖化防止なし―成⻑の『質』にも寄与」
https://www.jcer.or.jp/jcer_download_log.php?f=eyJwb3N0X2lkIjo2MDQ2OCwiZmlsZV9wb3N0X2lkIjo2MDk0OX0=&post_id=60468&file_post_id=60949, p.90, p.91
*6
資源エネルギー庁「知っておきたいエネルギーの基礎用語 ~CO2を集めて埋めて役立てる『CCUS』」(2017)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/ccus.html
*7
経済産業省「2050年カーボンニュートラルに伴う グリーン成長戦略」(2021)
https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/ggs/pdf/green_honbun.pdf, p.2, p.3
*8
資源エネルギー庁「2018年、電力分野のデジタル化はどこまで進んでいる?」(2021)
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/tokushu/denryokugaskaikaku/digitalization.html#topic01
*9
日本気象協会「気象予報士のノウハウと人工知能(AI)・機械学習の解析技術を組み合わせ、高精度な電力需要予測サービスを提供します。」
https://www.jwa.or.jp/service/weather-and-data/weather-and-data-02/
*10
内閣府「GXを実現するためのDX・AIの活用」(2024)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/gx_jikkou_kaigi/gx2040/siryou5.pdf, p.3
*11
日本経済新聞「太陽光発電の蓄電池、AIで自動管理 テンサーエナジー」(2024)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC03C8S0T00C24A6000000/