建設業界にも訪れている脱炭素化の波 建設機械の電動化で何が変わるのか

エンジンは1860年代にフランス人技術者・ジャン=ジョゼフ・ルノワールによってその原型が発明されました。それ以降進化を続け、車や船舶、飛行機など様々な機械に使われています。

建設機械にも昔から動力としてエンジンが使われてきましたが、エンジンはガソリンやディーゼル(軽油)などの化石燃料を使っているため、燃焼時に温室効果ガスを排出することが問題視されてきました。

近年では、あらゆる分野で脱炭素を目指す流れが加速しており、建設業界にも脱炭素を意識した改革が行われるようになっています。それが建設機械の「電動化」です。

建設機械の動力が、化石燃料を使うエンジンから電気を使うモーターに変わることでどのようなメリットがあるのでしょうか。

今回は建設機械の電動化について解説していきます。

 

建設機械の動力はエンジンが主流

エンジンは種々のエネルギーを機械的・力学的エネルギーに変換する装置であり、モーターは電気エネルギーを力学的エネルギーに変換する装置です。

どちらも機械の動力として用いることができますが、古くから建設機械に使われてきたのはディーゼル(軽油)を燃料として動くエンジンで、現在も動力の主流はエンジンです[*1, *2]。建設機械において電動化が進まないのは、以下のような理由が考えられます。

建設機械の電動化が進まない理由

  • 発電機のサイズ

電動化された建設機械に電力を供給する方法は大きく分けて2つあります。発電機からケーブルで送電する方法か、バッテリーを搭載するという方法です。モーターは起動時に大きな電流が流れるため、発電機を使用する場合、運転時に流れる電流よりも容量が大きいものを準備する必要があります[*3]。

大型の建設機械にモーターを使うと、必然的に発電機も大きくする必要があり、場所をとるというデメリットがあります。

  • 作業効率

バッテリーを搭載した場合、充電のために作業を中断する必要があります。中断・再開の回数が増えると作業効率が下がってしまいます[*4]。

  • 耐久性とコスト

現在、自動車はハイブリッド化や電動化が進んでいます。それに比べ建設機械は製造台数が少ないため、電動化のコストも高くなりがちです。そのため、価格も高価になります。

また、一般的なエンジンを使った建設機械は20年以上稼働することも珍しくありません。一方で電動化された機械は実績数が少ないこともあり、耐久性や信頼性の検証が課題として挙げられます[*5]。

  • 選択肢の数

エンジンを使った建設機械に比べると、モーターを使った建設機械は種類が少ないため予算と必要なスペックを満たす機械の選択肢があまりありません[*4]。

これらの理由により、建設機械の動力はエンジンが主流となったのです。

 

建設現場に訪れる脱炭素の波

前述のように、建設現場では「機械の動力はエンジンが当たり前」と考えられてきました。

その常識に一石を投じたのが「脱炭素」の考え方です。

近年では、世界各国で2050年カーボンニュートラルの実現、温室効果ガス排出ネットゼロの実現といった目標が掲げられており[*6]、あらゆるメディアでCO2削減や持続可能な社会の実現について取り上げられています。日本政府も2050年までにカーボンニュートラルを実現することを目指すと宣言しました[*7]。

これらの動きは建設業界にも波及し、現在では、建設機械の電動化に取り組むメーカーが増えています。

例えば、建設機械・運搬機械の製造販売を行っているコベルコ建機株式会社とその親会社である株式会社神戸製鋼所は、油圧ショベルのハイブリット化に着手しています[*8], (図1)。

建設機械・鉱山機械の製造販売を行っている株式会社小松製作所も、中小型クラスの油圧ショベルの電動化に向けて、輸送機器メーカーである本田技研工業株式会社や海外企業と協業・共同開発を行うと発表しています[*9, *10]。

図1: 電動油圧ショベルのコンセプトイメージ
出典: 株式会社小松製作所「中小型クラス油圧ショベル電動化共同実証実験開始」(2021)
https://www.komatsu.jp/ja/newsroom/2021/20210126

既に海外では、電動化されたパワーショベルやクレーンなどが使われている現場があります。

香港の建設現場では、バッテリー式クレーンが活用されています[*4]。

他にも、ノルウェーのオスロではゼロエミッション建設現場として、電動の掘削機が使用されました[*4]。

実はこの電動掘削機には、日本の建設機械メーカーである日立建機株式会社の技術が使われています[*11], (図2)。

図2: エンジン機と同等のパワーと長い稼働時間を実現したバッテリー駆動式ショベル
出典: 日立建機株式会社「日立建機グループ 統合報告書2021」(2021)
https://www.hitachicm.com/global/wp-content/uploads/2021/09/2021_41-42.pdf, p.42

欧州では、CO2の排出を少なくする区域「ローエミッション」と、ゼCO2を排出してはいけない区域「ローエミッションゾーン」が増えてきており、電動の建設機械の需要が高くなっています。そんな中、1971年から電動式油圧ショベルの開発を行っていた日立建機の製品は、その性能を評価され今後もオスロ市内への導入台数を増やす予定です[*12]。

このように、建設機械の電動化は国内外で着々と進んでいます。

また、アメリカのカリフォルニア州では、トラック輸送や交通機関の電動化も進められています。カリフォルニア州大気資源局は、2045年までにトラック輸送の電動化を義務付ける規制を行うと発表しています[*4]。

建設関係以外の大型機械の電動化も進んでいるのです。

 

建設機械の電動化による効果

建設機械が電動化することで、具体的にはどのような効果があるのでしょうか。

そのメリットを紹介します。

<燃料削減>

建設機械が排出する温室効果ガスの59%を占める油圧ショベルを例にすると、燃料(通常はディーゼル)を使って運転する場合、実際の仕事に変換されるエネルギーはわずか20%程度しかありません(図3)。

これをハイブリッド化した場合、60%以上の燃料削減効果を得られることが実証試験によって明らかになっています[*8], (図4)。

図3: 油圧ショベルの動力伝達図
出典: 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「世界初のハイブリッドショベル開発、省エネ、CO2削減に大きく寄与」(2012)
https://www.nedo.go.jp/hyoukabu/articles/201112kobelco/index.html

図4: 従来機とハイブリッドショベルの燃費比較シミュレーション
出典: 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「世界初のハイブリッドショベル開発、省エネ、CO2削減に大きく寄与」(2012)
https://www.nedo.go.jp/hyoukabu/articles/201112kobelco/index.html

 

<低騒音>

建設現場の近くを通ると、その音の大きさに「うるさい」と感じる人は多いでしょう。大型のエンジンの駆動音は大きく、騒音問題になることもあります。

電動化された建設機械の場合、機械の駆動に起因する騒音を大幅に低減することができます[*4]。

 

<排気ガス削減>

建設機械の排気ガスには、CO2以外にも窒素酸化物や一酸化炭素などの有害物質が含まれているため、排ガス規制が設けられています[*13]。

電動化された建設機械からは排気ガスが出ないため、環境負荷を軽減することができ、さらに作業員や近隣住民への健康被害も防ぐことができます[*4]。

もちろんCO2削減にも貢献できます。

スウェーデンの採石場で行われた試験では、電動化することでCO2排出量を98%削減することに成功しています[*4]。

 

<工期短縮>

これまで建設現場では、騒音や振動、排ガスなどの関係で、法律で作業時間の制限が設けられていました。

しかし、前述の香港の建設現場では、ディーゼル燃料に代わって電動式の建設機械を使用することで、法定の作業時間の延長が可能となりました。その結果、工期短縮を実現しています[*4]。

 

建設機械の電動化に残された課題

前述の通り、建設機械の電動化は多くのメリットを生み出しますが、以下のような課題も残されています。

<コスト>

電動化された機械は、コストが高いという側面があります[*10]。

しかし、電気系の部品は大量生産することでコスト低減が見込めるため[*5]、今後、市場が拡大すれば価格が下がる可能性があります。

 

<稼働時間>

株式会社小松製作所によると、バッテリーのみでショベルを動かした場合、その稼働時間は1日数時間に限られます。一方で、鉱山のダンプトラックはほぼ24時間稼働しており、長時間機械が稼働する現場では、現状バッテリーのみで電動化に対応することは難しいとの見解を示しています[*14]。

 

<充電インフラ>

電気自動車の充電スタンドは街中でもよく見かけるようになりました。自動車は充電スタンドまで簡単に移動できますが、建設機械はスピードや機械の大きさがネックとなり、自力で充電スタンドまで移動することが困難です。

これから電動の建設機械が普及するためには、充電インフラの整備も欠かせません。

また、使用環境によっては、給電用のバッテリーからの充電、もしくは発電機からの充電を行う必要があります。

発電機の運転にはディーゼルやガソリンが使われているため、発電機そのもののカーボンニュートラルを検討しなければなりません[*15]。

 

建設機械の電動化でカーボンニュートラルの実現を後押し

2012年時点で、建設機械から排出される温室効果ガスは日本全体の約1%を占めています[*8]。

たかが1%と思われるかもしれませんが、2012年の日本の温室効果ガス排出量はCO2換算で13億4300万トンです[*16]。1%とは言え、1343万トンもの温室効果ガスが建設機械から排出されていることになります。

この数字を見ると建設機械の電動化は、脱炭素化を実現する上で非常に重要な役割があるといえるでしょう。

課題はあるものの、新技術の開発や、新しい取り組みが国内外の建設現場で行われており、大型の建設機械には燃料電池や水素エンジンの活用も検討され始めています[*10]。

建設機械の電動化がさらに進めば、近い将来、作業者や住民だけではなく、環境にも優しい工事が実現するかもしれません。

 

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参照・引用を見る

*1
ヤンマーホールディングス株式会社「建設機械」
https://www.yanmar.com/jp/construction/

*2
株式会社 小松製作所「土木」
https://www.komatsu.jp/ja/industries-we-support/construction

*3
株式会社アクティオ「発電機の選定」
https://www.aktio.co.jp/products/p02/table181016.html

*4
オートデスク「建設機械の電動化が、よりグリーンな建設現場を実現」(2021)
https://redshift.autodesk.co.jp/electric-construction-equipment/

*5
株式会社日立製作所「電動・ハイブリッド化による建設機械の省エネルギー化」(2012)
https://www.hitachihyoron.com/jp/pdf/2012/05/2012_05_05.pdf, p.35

*6
経済産業省「2050年カーボンニュートラルを巡る国内外の動き」(2020)
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/chikyu_kankyo/ondanka_wg/pdf/002_03_00.pdf, p.5

*7
環境省「カーボンニュートラルとは」
https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/about/

*8
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「世界初のハイブリッドショベル開発、省エネ、CO2削減に大きく寄与」(2012)
https://www.nedo.go.jp/hyoukabu/articles/201112kobelco/index.html

*9
株式会社小松製作所「中小型クラス油圧ショベル電動化共同実証実験開始」(2021)
https://www.komatsu.jp/ja/newsroom/2021/20210126

*10
産経デジタル「建設機械にも『脱炭素』 異業種連携で早期開発、電動化急ピッチ」(2021)
https://www.sankeibiz.jp/business/news/210716/bsc2107160559001-n1.htm

*11
Teknisk Ukeblad Media「Japansk gigant utvikler elektriske gravemaskiner i Norge. Første versjon kan grave 1 time på batteri」(2019)
https://www.tu.no/artikler/japansk-gigant-utvikler-elektriske-gravemaskiner-i-norge-forste-versjon-kan-grave-1-time-pa-batteri-br/474498

*12
日立建機株式会社「日立建機グループ 統合報告書2021」(2021)
https://www.hitachicm.com/global/wp-content/uploads/2021/09/2021_41-42.pdf, p.42

*13
国土交通省「建設機械に関する技術指針」
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/kensetsusekou/kankyou/mic/gl-equipment-H190326.PDF, p.8

*14
マイナビニュース「【脱炭素】コマツ社長・小川啓之が進める建機『電動化』戦略の中身」(2022)
https://news.mynavi.jp/techplus/article/20220204-2265049/

*15
株式会社小松製作所「建設機械事業 電動化への対応」(2021)
https://www.komatsu.jp/ja/-/media/home/ir/library/results/2021/irday2021-electrificationjscript.pdf?rev=66ca79c4039c496c93f162f841af300b&hash=0A43D8534BF4A1F52DE62B3CC2365D4B, p.10

*16
経済産業省「2012年度(平成24年度)の温室効果ガス排出量(確定値)」(2012)
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/chikyu_kankyo/chikyukankyo_godo/pdf/041_s03_00.pdf, p.1

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