生物多様性の保全を目指す「30by30」とは? 再生可能エネルギーは目標達成にどのように貢献できるか

30by30(サーティ・バイ・サーティ)とは、生物多様性の損失を食い止め回復させるというゴールに向け、2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全しようとする目標です。

私たちの生活は、生態系(生態系サービス)によって支えられていますが、生物多様性からはどのような恵みを享受しているのでしょうか。また、30by30とは具体的にどのような目標で、目標達成に向けて日本ではどのような取り組みが計画されているのでしょうか。

さらに、バイオマス資源の活用によって生物の住処である森林の適切な管理につながるなど、再生可能エネルギーは生物多様性と深い関係があります。このような再生可能エネルギーの活用は、30by30目標の達成にどのように貢献できるでしょうか。詳しくご説明します。

 

生物多様性とは

地球上の生物は40億年という長い歴史の中で様々な環境に適応して進化し、現在まで3,000万種ともいわれる多様な生物が誕生しました。これら全ての生物には一つひとつ個性があり、各々の生物が直接的・間接的に支えあって生きています。生物多様性とは、全ての生物が持つ豊かな個性や生物間のつながりを指しています[*1]。

生物多様性には、「生態系の多様性」「種の多様性」「遺伝子の多様性」という3つの多様性のレベルがあります[*1], (図1)。

図1: 3つのレベルの多様性
出典: 環境省「生物多様性とはなにか」
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/about.html

まず、様々な生きものを中心に、大気、水、土壌といった環境要素が相互に関わりながら、森林や里山、河川、海といった、1つのシステムとして機能する環境のまとまり(生態系)が多様に存在することを「生態系の多様性」と呼びます[*2]。

また、動植物から細菌などの微生物にいたるまで様々な生物がいることを「種の多様性」と呼びます。生物は長い時間をかけて環境に適応する中で、突然変異などで種が分かれると考えられています。

そして、同じ種であっても地域ごとに見られる個体の形や模様、生態が異なるなど、遺伝子のレベルで多様な違いがあることを「遺伝子の多様性」と呼びます。例えば、遺伝子が全く同じ農作物を栽培していると、特定の病気や気候の変化によって全滅してしまいます。多様性の低下は、種の遺伝的劣化が進み、絶滅の危険性が高まることを意味します。

生物多様性の重要性

 
私たちが生きる上で欠かせない酸素や水をはじめ、普段食べている動植物や、原料となる木材や繊維まで、全ての資源は生態系サービスの一部であり、私たちの生活は生物多様性の恵みによって支えられています[*3]。

生態系サービスは、「供給サービス」「調整サービス」「文化的サービス」「基盤サービス」の4つに大別できます[*2], (図2)。

図2: 4つの生態系サービスの分類
出典: 神奈川県「生物多様性と生態系サービス」
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/t4i/cnt/f12655/p1061316.html

すべての生命の生存基盤を支える光合成や土壌形成などをはじめ、食料や水などの一次原材料や、海水浴や登山など生態系から得られるレクリエーションなど様々な恵みがもたらされています。

また、生物多様性には、気候調整や水質浄化、さらには、土砂崩れなど災害を緩和するなど環境を調整・安定させる役割もあります。

例えば、2004年に発生したスマトラ島沖地震の際には、海辺にマングローブの林や健全なサンゴ礁が残っていた地域では、それらの自然が津波のエネルギーを吸収してくれたため、被害を抑えることができました。IUCN(国際自然保護連合)の試算によると、生態系サービスの経済的価値は、1年あたり33兆ドル(約3,040兆円)とされています[*3]。

また、保健医療の分野でも生物多様性は大きな役割を果たしています。現在、医療品の成分には、5万種から7万種もの植物からもたらされた物質が使われ、海の生物から抽出された成分で作られた抗がん剤は、年間最大10億ドルもの利益を生み出していると言います。

このように、生物多様性は人々の生活に大きな恩恵を与えてくれています。

危機に瀕する生物多様性

 
人々に多大な価値を提供してくれる生物多様性ですが、20世紀以降、自然環境の破壊・汚染や資源の過剰な利用、外来生物の影響、地球温暖化によって損失の危機に瀕しています[*3], (図3)。

図3: 生物多様性を脅かす4つの要因
出典: 公益財団法人 世界自然保護基金ジャパン「生物多様性とは?その重要性と保全について」
https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/3517.html

実際、WWFが公表している自然と生物多様性の健全性を測る指標「生きている地球指数LPI」は、地球全体で脊椎動物(哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類)の個体群で構成され、1970年から2018 年の間に69%低下しています[*4], (図4)。

図4: 生きている地球指数LPIの推移(1970年から2018年)
出典: 公益財団法人 世界自然保護基金ジャパン「生きている地球レポート2022 -ネイチャー・ポジティブな社会を構築するために-」
https://www.wwf.or.jp/activities/lib/5153.html

海外だけでなく、日本国内の生物多様性も危機に瀕しています。例えば、多くの生物の生息の場となっている干潟の面積は、埋立てなどにより約40%が既に失われています。また、海水温の上昇により、北日本に分布するコンブ類の多くが消失する可能性があることも予想されています[*5]。

 

生物多様性保全の国際的な枠組み

生物多様性を長期的に守り続けていくためには、世界各国が足並みを揃えて取り組みを行っていくことが必要です。2010年10月には、COP10(生物多様性条約第10回締約国会議)において、「愛知目標」と呼ばれる世界目標が採択され、179の締結国が20の行動を進めていくとしました[*6]。

その後、2019年9月には、愛知目標の最終評価として、生物多様性条約事務局によって「地球規模生物多様性概況第5版」が公表されましたが、公表時点までに完全に達成された目標はなく、部分的に達成したのは6つの目標にとどまると評価されました[*7], (図5)。

図5: 愛知目標の達成状況
出典: 環境省「ポスト2020生物多様性枠組及び次期生物多様性国家戦略の検討状況の概要」
https://www.env.go.jp/press/01_%E8%B3%87%E6%96%991_1_%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%882020%E7%94%9F%E7%89%A9%E5%A4%9A%E6%A7%98%E6%80%A7%E6%9E%A0%E7%B5%84%E3%81%AE%E6%A6%82%E8%A6%81%20%28002%29.pdf, p.3

生物多様性の保全に向けては、達成できなかった愛知目標も併せて、継続的に取り組んでいく必要があります。

2021年6月に開催されたG7サミットでは、新たな世界目標である「ポスト2020生物多様性枠組」の具体的な目標の一つとして、2030年までに生物多様性の損失を食い止めるために、G7各国は自国での「30by30(サーティ・バイ・サーティ)」目標を約束しました[*8]。

30by30目標とは

 
30by30目標は、2030年までに陸と海の30%以上を保護地域等に設定することで、健全な生態系を効果的に保全することを目指す目標です[*8]。

IUCN(国際自然保護連合)の定義によると、保護地域とは、国立公園や景観保護地域など「生物多様性及び自然資源や関連した文化的資源の保護を目的として、法的に若しくは他の効果的手法により管理される、陸域または海域」を指します[*9]。

なぜ生物多様性保全のために、30by30を目指すことが重要なのでしょうか。日本の2021年時点の陸域、海域それぞれの保護地域割合は20.5%、13.3%です。2030年までにそれらの保護地域を広げていくことによって、健全な生態系を回復させ、豊かな恵みを取り戻すことができます[*8, *10], (図6)。

図6: 30by30ロードマップ
出典: 環境省「30by30とは」
https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/

実際、国内外の研究においても、以下のようなことが指摘されています。

  1. 世界の陸生哺乳類種の多くを守るために、既存の保護地域を総面積の33.8%まで拡大が必要である
  2. 日本の保護地域を30%まで効果的に拡大すると生物の絶滅リスクが3割減少する

以上のことからも、生態系を保全するために、30%以上を目指すことが求められています[*8]。

30by30目標達成に向けた取り組み

 
30by30目標の達成に向けて、環境省は以下のような取り組みを推進する予定です[*8]。

  1. 国立公園等の保護地域の拡張・管理の質の向上
  2. 企業有林や里地里山など保護地域以外の生物多様性保全に貢献している地域「OECM(Other Effective area-based Conservation Measures)」を「自然共生サイト(仮称)」として認定する

OECMとは、2010年に日本で生まれた新たな自然を守る手段であり、保護地域のように法令によって保護するのではなく、地域の人々や民間企業の自発的な取り組みによって地域の自然を守る方法を言います[*8, *11], (図7)。

図7: OECMのイメージ
出典: 環境省自然環境局自然環境計画課「自然共生サイト(仮称)認定に関する検討状況」
https://www.env.go.jp/content/000061234.pdf, p.5

現在、奥山など人々の生活圏から離れた自然環境は国立公園などに認定されることによって保護されていますが、都市部の緑地公園や、人々の生活圏に隣接する里地里山、水源の森など身近な場所にも多くの生物の住処があります。そのような地域を保全するための手段として、OECMによる地域の確保が注目を集めています[*8, *11]。

OECMの国際的な基準

 
現在、2023年度からの「自然共生サイト」認定開始に向けて、制度の仕組みを検討中のため、日本におけるOECMの認定基準はまだ定まっていませんが、COP14で出された付属書「OECMに関する科学技術的助言」によると、保護地域として未指定であるほか、正当な管理当局によって管理されていることが基準となっています[*12], (図8)。

図8: OECMの国際的な定義・基準
出典: 環境省「民間の取組等によって生物多様性の保全が図られている区域を認定する基準の考え方について」
https://www.env.go.jp/content/900489163.pdf, p.3

また、地域内の生物多様性保全に継続的かつ効果的に貢献しているとともに、バイオマス資源の持続的な生産などによる経済の循環、地域を訪れる人々の健康増進・いやしの提供など、生態系サービスのみならず、様々な価値を提供できる地域であるという点も基準の一つです[*12, *13], (図9)。

図9: 30by30実現後の地域イメージ
出典: 環境省「30by30ロードマップ」
https://www.env.go.jp/content/900518835.pdf, 「30by30ロードマップ概要」p.2

つまり、OECMの認定に向けては、申請対象区域において、バイオマス資源など再生可能エネルギーの活用も求められているといえます。

 

生物多様性保全に向けた再生可能エネルギーの推進

30by30目標達成に資するOECM推進に向けて、バイオマスなど再生可能エネルギーの更なる活用も求められていると先述しましたが、なぜ再生可能エネルギーの活用が生物多様性につながるのでしょうか。

例えば、30by30の対象地域である里地里山は、薪などのエネルギーや建材などの素材、食料を手に入れる場所としてはるか昔から人の手によって維持管理されてきました。ところが近年、管理の担い手が減少したことによって荒廃し、生物多様性が損なわれています[*14]。

里地里山に存在する森林を適切に管理するためには、定期的な間伐が求められていますが、間伐が遅れると林内が暗くなって下層植生が消失し、多くの生物の住処が維持できなくなります[*15]。

そこで、木質バイオマスのような再生可能エネルギーを有効活用することが、森林の持続的な維持管理にもつながります[*13]。

間伐材を使った木質バイオマス熱利用はすでに全国各地で行われています。例えば、青森県新郷村では、地元森林所有者と村役場の協働で組織された「木の駅プロジェクト」により、林地残材や間伐材を活用した木質エネルギーの地産地消を推進しています[*16], (図10)。

図10: 新郷村「木の駅プロジェクト」
出典: 林野庁 木材利用課「木質バイオマス熱利用・熱電供給事例集 第2版」
https://www.rinya.maff.go.jp/j/riyou/biomass/attach/pdf/con_4-39.pdf, p.2

プロジェクトでは、収集した間伐材等を地元森林組合が薪に加工したのち、村営の温泉館で薪ボイラーとして活用し、給湯や暖房等の熱源として利用しています。

薪ボイラーの導入後、重油の使用量が約70%解消されるとともに、森林整備の推進にもつながったとされています。このように、OECMで再生可能エネルギーを推進することで、持続的な森林の維持管理が実現し、30by30目標の達成につながります。

 

生物多様性に配慮した再生可能エネルギーの推進がカギ

間伐材等の利用によって持続的な森林整備につながるなど、再生可能エネルギーは30by30目標の達成に寄与できるポテンシャルはありますが、一方で、風力発電や太陽光発電の設置など土地開発が必要になる再生可能エネルギーの推進については、現地の生態系に配慮した推進が求められています[*17]。

例えば、風力発電施設の設置及び送電線や道路等の敷設に伴い、現地の植生や野生生物の生息地の改変、生物多様性保全への悪影響が懸念されます。海外では実際に、鳥類やコウモリ類等の風車への衝突死に関する事例が報告されているほか、採食地・繁殖地の喪失等を引き起こす可能性も示唆されています。

持続的な生物多様性の保全に向けては、新郷村「木の駅プロジェクト」のような保護地域やOECMにおける地域経済システムの構築が不可欠であり、再生可能エネルギーの推進も手段の一つです。生態系に配慮しながら再生可能エネルギー施設の設置を進めていくことが、効果的なOECM普及のカギとなるでしょう。

 

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参照・引用を見る

*1
環境省「生物多様性とはなにか」
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/about.html

*2
神奈川県「生物多様性と生態系サービス」
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/t4i/cnt/f12655/p1061316.html

*3
公益財団法人 世界自然保護基金ジャパン「生物多様性とは?その重要性と保全について」
https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/3517.html

*4
公益財団法人 世界自然保護基金ジャパン「生きている地球レポート2022 -ネイチャー・ポジティブな社会を構築するために-」
https://www.wwf.or.jp/activities/lib/5153.html

*5

生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学−政策プラットフォーム「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書」
https://www.iges.or.jp/jp/publication_documents/pub/translation/jp/10574/IPBESGlobalAssessmentSPM_j.pdf, p.3

*6
公益財団法人 世界自然保護基金ジャパン「愛知目標(愛知ターゲット)について」
https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/2205.html

*7
環境省「ポスト2020生物多様性枠組及び次期生物多様性国家戦略の検討状況の概要」
https://www.env.go.jp/press/01_%E8%B3%87%E6%96%991_1_%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%83%882020%E7%94%9F%E7%89%A9%E5%A4%9A%E6%A7%98%E6%80%A7%E6%9E%A0%E7%B5%84%E3%81%AE%E6%A6%82%E8%A6%81%20%28002%29.pdf, p.3

*8
環境省「30by30目標が目指すもの」
https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/documents/flyer30by30.pdf, p.1, p.3

*9
IUCN日本委員会「IUCNの活動 保護地域」
http://www.iucn.jp/protection/reserve/reserve.html

*10
環境省「30by30とは」
https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/

*11
環境省自然環境局自然環境計画課「自然共生サイト(仮称)認定に関する検討状況」
https://www.env.go.jp/content/000061234.pdf, p.5

*12
環境省「民間の取組等によって生物多様性の保全が図られている区域を認定する基準の考え方について」
https://www.env.go.jp/content/900489163.pdf, p.3

*13
環境省「30by30ロードマップ」
https://www.env.go.jp/content/900518835.pdf, 「30by30ロードマップ概要」p.2, 本冊 p.11, p.12

*14
環境省「里地里山とは」
https://www.env.go.jp/nature/satoyama/satonavi/satochi/

*15
林野庁「間伐とは?」
https://www.rinya.maff.go.jp/j/kanbatu/suisin/kanbatu.html

*16
林野庁 木材利用課「木質バイオマス熱利用・熱電供給事例集 第2版」
https://www.rinya.maff.go.jp/j/riyou/biomass/attach/pdf/con_4-39.pdf, p.1, p.2

*17
環境省自然環境局「国立・国定公園内における風力発電施設設置のあり方に関する基本的考え方」
https://www.env.go.jp/info/iken/h160315a/a-3.pdf, p.5, p.6

 

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