日本社会は地方を中心に、人口減少・少子高齢化、過疎化、地域産業の空洞化といった様々な課題を抱えています。このような課題を解決するには、働きやすい環境の整備や、限られた労働力でも成果を最大化するデジタル技術の活用が欠かせません。
2021年に政府が発表した「デジタル田園都市国家構想」では、デジタルの力を活用して大都市への一極集中から地方・地域への多極集中に転換し、全国どこでも誰もが快適に暮らせる社会を目指しています[*1]。様々な分野におけるデジタル技術の活用を想定しており、地方における再生可能エネルギーの普及にも資するものです。
デジタル田園都市国家構想では、具体的にどのような地域づくりを目指しているのでしょうか。また、デジタルを活用して、地方ではどのように再生可能エネルギーが推進されているのでしょうか。詳しくご説明します。
デジタル田園都市国家構想とは
デジタル田園都市国家構想とは、デジタル技術の活用によって、地方活性化を目指す取り組みです。地域の個性を活かしながら社会課題の解決、地域の魅力向上を図ります[*2]。
暮らしや産業など地方の経済・社会に密接に関係する様々な領域においてデジタルの力を活用し、新たなサービスやビジネスモデルを創出すること、そして、デジタルの恩恵を地域に還元することを目指しています[*3], (図1)。
図1: デジタル田園都市国家構想が目指す地域づくり
出典: デジタル庁「デジタル田園都市国家構想」
https://www.digital.go.jp/policies/digital_garden_city_nation/
デジタル田園都市国家構想実現に向けた施策の方向性
デジタルの力を活用した地方の社会課題解決
デジタル田園都市国家構想が目指す社会の実現のため、政府は2022年に、2023年度から2027年度までの5か年の総合戦略として「デジタル田園都市国家構想総合戦略」を策定しました[*4]。
総合戦略では、施策の方向として、「地方に仕事をつくる」「人の流れをつくる」「結婚・出産・子育ての希望をかなえる」「魅力的な地域をつくる」という4つの取り組みを推進しています[*4], (図2)。
図2: デジタルの力を活用した地方の社会課題解決に向けた4つの取り組み
出典: 内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局「デジタル田園都市国家構想総合戦略」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digital_denen/pdf/20221223_gaiyou.pdf, p.1
まず、ベンチャー企業が創業、成長しやすい環境としてスタートアップ・エコシステムを確立していくととともに、地域の専門家や金融機関による中小・中堅企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)、デジタルを活用した農林水産業・食品産業の推進等を実践することで、「地方に仕事をつくる」としています。
例えば、札幌や仙台、広島など国内の主要8か所をスタートアップ・エコシステム拠点都市に選定し、創業支援の強化等を図っています[*4, *5]。
次に、地方におけるテレワークの推進や、東京圏の大学等の地方へのサテライトキャンパス設置推進などを通じて地方へ「人の流れをつくる」とともに、少子化対策にDX等のデジタル技術を活用することによって、「結婚・出産・子育ての希望をかなえる」ことを目指しています[*4]。
また、「魅力的な地域をつくる」取り組みとして、地域交通やまちづくりにおけるDX、デジタル技術と地域資源を生かした脱炭素やエネルギー地産地消のための取り組みを推進しています[*4], (図3)。
図3: 地方におけるデジタル技術を活用した地域エネルギーの推進
出典: 内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局「デジタル田園都市国家構想総合戦略」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digital_denen/pdf/20221223_gaiyou.pdf, p.14
地方のデジタル実装を下支えする取り組み
以上4つの取り組みを推進するには、地方のデジタル技術導入に向けた環境整備も不可欠です。デジタル田園都市国家構想総合戦略では、地方のデジタル実装を下支えする基礎条件として、3つを掲げています[*4], (図4)。
図4: デジタル実装の基礎条件整備に向けた3つの取り組み
出典: 内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局「デジタル田園都市国家構想総合戦略」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digital_denen/pdf/20221223_gaiyou.pdf, p.1
「デジタル基盤の整備」に向けては、行政サービスのデジタル基盤を整備するとともに、エネルギーインフラのデジタル化等を図るとしています。また、デジタル技術の担い手となる「デジタル人材の育成・確保」も推進しています。具体的には、職業訓練のデジタル分野の重点化や、デジタル人材の地方移住の促進などです。
デジタル化の推進に向けては、「誰一人取り残されないための取組」も欠かせません。デジタル機器やサービスに不慣れな方をサポートするデジタル推進委員の配置等を行っています。
デジタル田園都市国家構想とエネルギー分野
デジタル田園都市国家構想では、農林水産業や交通、分野など様々な分野におけるデジタル化が推進されていますが、エネルギー分野におけるデジタル化も重要な取り組みの一つです。
地域におけるデジタル利活用や分散型データ処理を支えていくには、再生可能エネルギー等の分散・効率的な供給が重要となります。また、再生可能エネルギーを最大限導入し、電力の安定供給をしていくには、送配電インフラの増強やデジタル化による運用の高度化が欠かせません[*6]。
日本全体を見ると、日本国内には、地方を中心にエネルギー需要の1.8倍の再生可能エネルギーの導入ポテンシャルが存在しています。これらを活用することで、地域の持続可能な成長にもつながります[*6], (図5)。
図5: 地域における豊富な再生可能エネルギーのポテンシャル
出典: 環境省「デジタル田園都市国家構想における環境省の取組について」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digital_denen/dai10/shiryou9.pdf, p.1
デジタル田園都市国家構想では、送配電インフラの増強や、デジタル化による運用の高度化を通じた再生可能エネルギーの導入に取り組む企業を支援しています[*7, *8]。
デジタル田園都市国家構想における再生可能エネルギーの推進
2022年4月以降、エネルギー価格は急激に高騰し、私たちの暮らしや地域経済に大きな影響を与えています。人々が安定的な価格で、安心してエネルギーを消費できるようになるには、国際情勢などの外的要因の影響を受けにくい地産地消のエネルギーの促進が不可欠です[*6], (図6)。
図6: 消費者物価指数 対前年同月比(総合指数)
出典: 環境省「デジタル田園都市国家構想における環境省の取組について」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digital_denen/dai10/shiryou9.pdf, p.1
地方における再生可能エネルギーを普及させるためには、産学官民が連携した取り組みが不可欠です。そこで現在、各都市においてデジタル技術を活用した再生可能エネルギーの導入や、再生可能エネルギーを核としたまちづくりが行われています[*6, *8]。
北海道石狩市における取り組み
北海道石狩市は、人口減少等による地域コミュニティの維持・存続が大きな課題となっています。また、2030年までの市内における年間の温室効果ガス排出量は、将来推計の結果ほぼ横ばいになると見込まれており、削減に向けた取り組みが求められています[*9]。
一方で、札幌圏の港湾が立地する石狩市は、洋上風力発電や、豊富な森林資源を生かした木質バイオマス発電のポテンシャルが高い地域でもあります[*10]。特に、風力発電は全国と比べても高いとされ、2021年3月末時点で、市内には13基の大型風力発電が設置されています。
しかしながら、再生可能エネルギーの電力を地域で活用する仕組みが整っていないことや、再生可能エネルギー発電の開発主体の多くが道外資本であり、開発に伴う地域内での資金循環が担保されていないことが課題にありました。
そこで石狩市では、デジタル技術を活用した再生可能エネルギーの普及を通じて地域活力の創出に力を入れるとともに、CO2排出実質ゼロに取り組んでいます。
例えば、サーバやネットワーク機器などIT機器を収容するデータセンターを設置し、同エリアの太陽光発電、木質バイオマス発電から電力を供給する取り組みを推進しています[*10, *11], (図7)。
図7: 石狩市における脱炭素先行地域
出典: 石狩市「再エネの地産地活・脱炭素で地域をリデザイン」
https://hokkaido.env.go.jp/content/000063021.pdf, p.10
また、石狩湾新港内で洋上風力発電事業を行う事業者と連携して、洋上風力発電の余剰電力を活用した水素の製造・貯蔵・運搬・活用を検討する事業性調査も現在実施しており、同エリアを起点とした水素サプライチェーンの構築も目指しています。
宮崎県延岡市における取り組み
現在、延岡市内の交通手段は主に自家用車であり、公共交通としては民間運営のバスが主流となっています。しかしながら、公共交通の空白地域も存在しており、今後は人口減少や、さらなる高齢化社会となる将来を見据えての地域交通サービスの維持・拡大が課題です。
公共交通の利用し易い環境づくりのため、サービス水準やネットワークの最適化を進める必要があると同時に、公共交通の脱炭素化に向け、次世代車両の導入の検討を進めることが必要とされています。
延岡市では、デジタル技術を活用した様々な事業を進めており、具体的には、脱マイカー社会推進のためのオンデマンド型乗合タクシー(利用者の予約に応じて運航する公共交通サービス)の導入に取り組んでいます[*13], (図8)。
図8: 延岡市におけるデジタル田園都市国家構想推進交付金を活用した事業
出典: 延岡市未来技術地域実装協議会「延岡市におけるデジタル田園都市国家構想推進事業について」
https://www.city.nobeoka.miyazaki.jp/uploaded/life/20128_49620_misc.pdf, p.2
また、再生可能エネルギー普及施策として、循環バスや乗合タクシーのEV(電気自動車)化等による脱炭素化を推進しています[*14], (図9)。
図9: 延岡市における脱炭素化に向けた主な取り組み
出典: 環境省「延岡市: 高度成長期を支えた住宅地のカーボンニュートラルによる再生と強靭化モデル~ニュータウン脱炭素再生戦略~」
https://www.city.nobeoka.miyazaki.jp/uploaded/attachment/11797.pdf
対象エリアの一ヶ岡エリアでは、自家消費型太陽光発電や蓄電池を導入するとともに、EV充電器などを導入し、エリア内の再生可能エネルギー促進を図っています。また、デジタル地域通貨「のべおかCOIN」等を活用したニュータウンのリニューアルに伴い公共交通における再生可能エネルギーなど脱炭素化を推進するなど、デジタル技術と再生可能エネルギーを活用した取り組みを推進しています。
デジタル田園都市国家実現に向けた今後の展望
政府は、デジタル技術を活用して再生可能エネルギー等の導入を図り、地方創生と脱炭素を同時に実現するモデル地域「脱炭素先行地域」を、2025年度までに少なくとも100か所選定し、2030年度までに実現することを目指しています[*4], (図10)。
図10: 脱炭素先行地域とは
出典: 内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局「デジタル田園都市国家構想総合戦略」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digital_denen/pdf/20221223_gaiyou.pdf, p.31
脱炭素先行地域とは、民生部門の電力消費に伴うCO2排出の実質ゼロを実現し、その他の温室効果ガス排出削減も地域特性に応じて実施する地域のことです。
2022年12月時点で全国66市町村の46地域が脱炭素先行地域に選定されており、石狩市や延岡市も含まれています。今後は、100地域という目標に向けてさらに多くの地域による取り組みが求められるとともに、成功事例を他地域へ横展開していくことが、再生可能エネルギー分野におけるデジタル田園都市国家構想の実現のカギとなるでしょう。
参照・引用を見る
*1
独立行政法人 日本貿易振興機構「ジェトロ対日投資報告2022 第3章 最近の政府施策 第5節 デジタル田園都市国家構想」
https://www.jetro.go.jp/invest/investment_environment/ijre/report2022/ch3/sec5.html
*2
内閣府「デジタル田園都市国家構想とは」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digitaldenen/about/index.html
*3
デジタル庁「デジタル田園都市国家構想」
https://www.digital.go.jp/policies/digital_garden_city_nation/
*4
内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局「デジタル田園都市国家構想総合戦略」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digital_denen/pdf/20221223_gaiyou.pdf, p.1, p.4, p.14, p.24, p.31
*5
内閣府「スタートアップ・エコシステム拠点都市の選定について」
https://www8.cao.go.jp/cstp/stmain/20200714.html
*6
環境省「デジタル田園都市国家構想における環境省の取組について」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digital_denen/dai10/shiryou9.pdf, p.1, p.2
*7
内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局「デジタル田園都市国家構想基本方針について」
https://www.soumu.go.jp/main_content/000821290.pdf, p.6
*8
デジタル庁「デジタル田園都市国家が目指す将来像について」
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digital_denen/dai2/siryou2-1.pdf, p.7, p.8
*9
石狩市「第3次石狩市環境基本計画」
https://www.city.ishikari.hokkaido.jp/uploaded/attachment/37287.pdf, p.14
*10
石狩市「再エネの地産地活・脱炭素で地域をリデザイン」
https://hokkaido.env.go.jp/content/000063021, p.4, p.7, p.9, p.11
*11
京セラコミュニケーションシステム株式会社「2024年秋 開業予定 北海道石狩市で計画するゼロエミッション・データセンター」
https://www.kccs.co.jp/news/release/2022/1124/
*12
延岡市「延岡市地域公共交通網形成計画概要版」
https://www.city.nobeoka.miyazaki.jp/uploaded/attachment/4704.pdf, p.1
*13
延岡市未来技術地域実装協議会「延岡市におけるデジタル田園都市国家構想推進事業について」
https://www.city.nobeoka.miyazaki.jp/uploaded/life/20128_49620_misc.pdf, p.2, p.11
*14
環境省「延岡市: 高度成長期を支えた住宅地のカーボンニュートラルによる再生と強靭化モデル~ニュータウン脱炭素再生戦略~」
https://www.city.nobeoka.miyazaki.jp/uploaded/attachment/11797.pdf