海運の脱炭素が生み出す新たなビジネスの波とは? 

世界の経済規模の拡大に伴い、2023年の海上輸送量は世界全体で計129億トンと、増加が続く海上輸送量。国際貨物のおよそ8割が海上輸送されており、海運業は世界の物流において重要な役割を担っています[*1]。

日本においても、輸出入の99%を海上輸送に依存しており、海運業は人々の生活になくてはならない存在と言えます。

一方で、国際海運における温室効果ガス排出量は約7億トンと、世界全体の排出量の約3%(ドイツの年間排出量と同程度)を占めています[*2]。

そこで、海運分野に関する国連の専門機関である国際海事機関(IMO)は、温室効果ガス排出削減対策について国際的なルールを策定するなど、脱炭素化に向けた取り組みが拡がっています。また、各国でも官民による取り組みが拡がっており、脱炭素化の実現に向けた新たなビジネスが活発化しています[*3]。

本記事では、海運業における脱炭素化に向けた現状や動向、新たなビジネスの展開等について、詳しくご説明します。

海運分野におけるCO2排出量の現状

先述したように、国際海運における温室効果ガス排出量は年間で約7億トンとされます。年によって増減はありますが、2008年から2022年にかけて、その排出量は増加傾向にあります[*2], (図1)。

図1: 国際海運からのCO2排出量の推移
出典: 独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構「第83回IMO海洋環境保護委員会において合意された燃料GHG強度規制と経済的インセンティブ制度案を巡る一考察」
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1010309/1010512.html

2022年時点では、海運における燃料のほぼすべてが重油等の化石燃料由来であり、脱炭素の観点からは、燃料転換の促進が求められています。

しかし、国際海運における温室効果ガス排出量はどの国がどの程度排出しているのかを正確に把握できないため、各国のパリ協定目標に含まれていません。

そのため、国際海運についてはIMO(国際海事機関)において統一的なルール等が定められています。一方で、内航海運(国内の港から港へ貨物を輸送するサービス)における排出量は、国連気候変動枠組条約の枠組みにおける国別の排出量に計上され、各国で対策が検討されています[*3], (図2)。

図2: 国際海運及び内航海運の温室効果ガス削減対策の違い
出典: 国土交通省「IMOのGHG削減対策の動向~国際海事機関 第83回海洋環境保護委員会の結果~」
https://www.mlit.go.jp/maritime/content/001889546.pdf, p.2

 

国際海運の脱炭素化に向けた動向
IMOによる温室効果ガス排出削減戦略

2023年7月、IMOは「2023年 温室効果ガス削減戦略」を採択し、各国政府は2050年頃までに温室効果ガス排出をゼロにする目標に合意しました[*2, *3], (図3)。

図3: 国際海運からの温室効果ガス削減目標
出典: 国土交通省「IMOのGHG削減対策の動向~国際海事機関 第83回海洋環境保護委員会の結果~」
https://www.mlit.go.jp/maritime/content/001889546.pdf, p.3

同目標を達成するため、2030年にはゼロエミッション燃料の使用割合を5%(目標10%)まで高め、温室効果ガス排出量を20%削減(目標30%)し、2040年には排出量を最低70%削減(目標80%)する計画を打ち立てています[*2]。

ゼロエミッションとは、「人間の活動から発生するあらゆる排出(Emission)をできる限りゼロ(Zero)に近づけることを目指す理念や手法」のことです。あらゆる排出には、廃棄物や温室効果ガスなどが含まれます。海運分野では現在、アンモニアや水素をゼロエミッション燃料とする新型船の開発が行われるなど、ゼロエミッション燃料導入に向けた取り組みが進んでいます[*4]。

IMOにおける新たな温室効果ガス削減対策

目標達成に向けて、IMOは2023年7月に、燃料温室効果ガス強度規制、及び燃料転換のインセンティブ制度を策定し、最速で2027年春の発効を目指しています[*3], (図4)。

図4: IMOにおける温室効果ガス削減対策の導入スケジュール
出典: 国土交通省「IMOのGHG削減対策の動向~国際海事機関 第83回海洋環境保護委員会の結果~」
https://www.mlit.go.jp/maritime/content/001889546.pdf, p.4

燃料温室効果ガス強度規制とは、5,000GT(総トン数。船舶の大きさを表す単位)以上の国際海運に従事する船舶に対して、使用する燃料のエネルギー当たりのライフサイクル温室効果ガスを規制するものです。同規制において、ライフサイクルの対象範囲は、原料の採取から加工、輸送、船上での燃料の使用までとなっています[*2], (図5)。

図5: 燃料温室効果ガス強度規制が対象とする燃料ライフサイクルのイメージ
出典: 独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構「第83回IMO海洋環境保護委員会において合意された燃料GHG強度規制と経済的インセンティブ制度案を巡る一考察」
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1010309/1010512.html

燃料転換のインセンティブ制度は、規制値および基準値未達成分の温室効果ガス排出量に対してそれぞれ380米ドルと100米ドルの負担金(ペナルティー)を課す一方で、一定以下の排出強度を達成した船舶に対して報奨金を供与する制度です[*2, *3]。

規制値未達成の船舶は、基準値を達成した船舶からクレジットを購入することで相殺することも可能となっています。本制度からの収入はIMOネットゼロ基金にプールされ、ゼロエミッション船などへの報奨金のほか、海運セクターの脱炭素、本制度導入によって影響を受けると予想される食糧安全保障への対応などに用いられるとされています[*2]。

また、規制値や基準値は年々引き上げられる予定となっています。規制初年度に想定されている2028年度の規制値は参照値から4%削減、基準値は17%削減。2030年度の規制値は参照値から30%削減、基準値は43%削減の水準に設定される予定です[*2], (図6)。

図6: IMO新制度案の規制値および基準値
出典: 独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構「第83回IMO海洋環境保護委員会において合意された燃料GHG強度規制と経済的インセンティブ制度案を巡る一考察」
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1010309/1010512.html

内航海運の脱炭素化に向けた動向
日本政府による内航海運における温室効果ガス削減目標

先述したように、内航海運の温室効果ガス排出削減は、国際統一ルールではなく、各国で対策の検討が求められています[*5]。

2023年度における日本のCO2排出量9億8,872万トンのうち、運輸部門からの排出量は1億9,014万トン(19.2%)です。このうち、内航海運由来の排出量は運輸部門の5.1%を占め、日本全体の排出量の0.98%となっています。

内航海運における排出削減に向けて、政府は、モーダルシフトを考慮しない場合、2040年度までに2013年度比で約39%減となる425万トン削減することを目指しています。モーダルシフトとは、トラック等の自動車で行われている貨物輸送を環境負荷の小さい鉄道や船舶の利用へと転換することです[*5, *6]。

一方で、モーダルシフトを考慮した場合の2040年度削減目標は387万トン削減としており、考慮しない場合と比較して削減幅は低くなっています[*5], (図7)。

図7: 日本における内航海運の2040年度温室効果ガス削減目標
出典: 国土交通省「第4期海洋基本計画に係る国土交通省の取組」
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kaiyou/sanyo/dai79/79shiryou_5.pdf, p.12

温室効果ガス削減目標達成に向けた政府の取り組み

日本政府は、温室効果ガス削減目標達成に向け、水素・アンモニア等を燃料とするゼロエミッション船等の開発・実証等を進めています[*5], (図8)。

図8: 日本における内航海運の2040年度温室効果ガス削減目標
出典: 国土交通省「第4期海洋基本計画に係る国土交通省の取組」
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kaiyou/sanyo/dai79/79shiryou_5.pdf, p.14

ゼロエミッション船が普及することで、CO2排出削減が期待できますが、既存の技術水準では、エンジンにおける異常燃焼の発生や燃料となる水素の体積が大きく貨物積載量の減少につながってしまうなど課題が山積しています。そこで政府は、これらの課題を解決するための技術開発にかかる費用への支援を行っています[*5], (図9)。

図9: ゼロエミッション船の開発・実証
出典: 国土交通省「第4期海洋基本計画に係る国土交通省の取組」
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kaiyou/sanyo/dai79/79shiryou_5.pdf, p.15

ゼロエミッション船の普及に向けては、水素・アンモニア等の燃料の受け入れ環境の整備が不可欠です。そこで政府は、水素等の燃料の受け入れ環境や脱炭素化に配慮された港湾機能を備えた港湾として「カーボンニュートラルポート」の形成を推進しています[*5], (図10)。

図10: カーボンニュートラルポートの形成
出典: 国土交通省「第4期海洋基本計画に係る国土交通省の取組」
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kaiyou/sanyo/dai79/79shiryou_5.pdf, p.25

脱炭素に向けた海運分野の新たなビジネスの展開
アンモニア燃料の普及に向けたビジネス動向

国際機関や各国の取り組み等を追い風に、先述したようにゼロエミッション船の技術開発が活発化しています[*5]。

特に、アンモニア燃料船については、日本郵船株式会社とIHI原動機株式会社の2社によって世界初のアンモニア燃料船を実現するなど、日本企業が先行しています[*7]。

両社によって開発されたアンモニア燃料船であるタグボート(船舶等を押したり引いたりするための船)「魁(さきがけ)」は、2024年8月23日に竣工して以降、3か月間の実証航海を経て、実運航が開始されました[*7], (図11)。

図11: アンモニア燃料タグボート「魁」
出典: 国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構「温室効果ガス90%以上削減、アンモニア燃料船が実運航へ」
https://green-innovation.nedo.go.jp/article/ammonia-fueled-tugboat/

実証航海では、温室効果ガス排出削減率90%を達成するなど、アンモニアが脱炭素に有用であることが示されています。また、元々アンモニアは重油に比べて燃えにくいという課題がありました。そこで同船は、燃焼をしやすくするために、アンモニアと重油を混ぜて燃焼させる「混焼」という手法が用いられています。

次の開発目標として、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)は、同実証で得られた知見等を活用して、アンモニアを運ぶ輸送船へ応用するとしています。現在、2026年11月の就航へ向けてその開発が進められており、さらなる発展が期待されています。

アンモニア燃料船の普及に向けては、燃料となるアンモニアのサプライチェーン(原材料の調達から製品の製造、流通、そして最終的に顧客に届けるまでの一連のプロセス)の構築も不可欠です[*8, *9]。

日本でも、大手商社等によってアンモニアのサプライチェーン構築に向けた新たなビジネスの検討が始まっています。例えば、三菱商事株式会社は子会社が運営する愛媛県今治市にある波方ターミナルにおいて、生産時にCO2排出量を抑えた「クリーンアンモニア」を取り扱う計画の検討を進めています。既に事業化調査は終了しており、順調に進めば2030年までに年間約100万トンのアンモニアを取り扱う予定です[*10]。

実用化が進むEV船の動向

アンモニア燃料船などの本格的な普及はこれからですが、内航船では既にEV船の導入が進んでいます[*5]。

同分野でも、日本企業の取り組みが先行しています。2022年3月20日には、旭タンカー株式会社によって、世界初となるピュアバッテリー電気推進タンカー船「あさひ」が竣工しました[*11], (図12)。

図12: ピュアバッテリー電気推進タンカー船「あさひ」竣工の様子
出典: 旭タンカー株式会社「次世代内航電気推進タンカー船『あさひ』竣工について」
https://www.asahi-tanker.com/news-release/2022/647/

また、同社は、2023年3月28日にも、世界で2隻目のピュアバッテリー電気推進タンカーである「あかり」を竣工させています[*12]。

両船は、船内に搭載した大容量リチウムイオンバッテリーから供給される電力でモーターを駆動し推進するだけでなく、荷役、離着桟、停泊中の動力も全て電気で賄うことが可能な設計となっています。

EV船は、アンモニア燃料船や水素燃料船と比較すると、比較的早い段階での普及が期待されています。また、ディーゼル主機関を搭載した従来船と比較して、EV船は機関部作業が減少するとともに、騒音・振動が軽減されることから、乗組員のメンタルヘルス改善につながることなども期待されています[*13]。

国内における海運分野のスタートアップ

これまで紹介してきたように、大企業による取り組みが多い海運分野ですが、海運の脱炭素に貢献する事業を展開するスタートアップも増えています。

例えば、2022年に創業したシンガポールのピクシス(Pyxis)社は、2025年3月17日に、太陽光発電源のEV船「ピクシスR」の就航を発表しました[*14]。

河岸専用船であるピクシスRは、シンガポールリバーの観光遊覧船として投入されており、この川で観光遊覧船を運航するウオータB社は、2025年内に10隻をピクシスRに交換する予定としています。また、ピクシス社は、2030年までにEV船500隻の就航を目指しており、さらなる導入拡大が期待されています。

アンモニア燃料分野のスタートアップとしては、アメリカに本社があるアモジー(AMOGY)社が注目を集めています。2020年に設立された同社は、海運や大型輸送などの分野における脱炭素化を実現するため、アンモニアを水素と窒素に分解する小型で効率の良い化学反応器の開発等に取り組んでいます[*15]。

2023年3月、アモジー社は、商船三井株式会社等とアンモニア発電システムの船舶利用やアンモニアのサプライチェーン構築に向けた覚書を締結しました。同発電システムは、液体アンモニアから水素を生成し、電力を生み出すことが可能で、CO2を排出せずに船舶を動かすことができる仕組みとなっています[*16]。

まとめ

本記事では、海運分野における脱炭素に向けた最新動向やビジネスについて紹介してきました。

国際機関や各国政府が海運分野における脱炭素への取り組みを活発化しており、同分野で脱炭素に取り組む企業にとっては追い風となっています。船舶など設備投資が大きくなる傾向があるため、大企業による取り組みが目立ちますが、スタートアップによる参入も活発化しています。

海運分野における脱炭素ビジネスの展開について注目してみてはいかがでしょうか。

 

参照・引用を見る

※参考URLはすべて執筆時の情報です

*1
公益財団法人 日本海事センター「わが国および世界の海事産業・海事クラスターの動向」
https://www.jpmac.or.jp/data/maritime_commission_document01.pdf, p.3, p.4, p.6

 

*2
独立行政法人 エネルギー・金属鉱物資源機構「第83回IMO海洋環境保護委員会において合意された燃料GHG強度規制と経済的インセンティブ制度案を巡る一考察」
https://oilgas-info.jogmec.go.jp/info_reports/1010309/1010512.html

 

*3
国土交通省「IMOのGHG削減対策の動向~国際海事機関 第83回海洋環境保護委員会の結果~」
https://www.mlit.go.jp/maritime/content/001889546.pdf, p.1, p.2, p.3, p.4, p.6

 

*4
株式会社朝日新聞社「ゼロエミッションとは 国・自治体・企業の具体的な取り組み事例を紹介」
https://www.asahi.com/sdgs/article/15091130?msockid=0a6597da993b6dd20eac85b298416c64

 

*5
国土交通省「第4期海洋基本計画に係る国土交通省の取組」
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kaiyou/sanyo/dai79/79shiryou_5.pdf, p.6, p.7, p.11, p.12, p.14, p.15, p.25

 

*6
国土交通省「モーダルシフトとは」
https://www.mlit.go.jp/seisakutokatsu/freight/modalshift.html

 

*7
国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構「温室効果ガス90%以上削減、アンモニア燃料船が実運航へ」
https://green-innovation.nedo.go.jp/article/ammonia-fueled-tugboat/

 

*8
株式会社日経BP「アンモニア燃料、発電や船舶で活用 実用化急ぐ日本企業、安保にも影響
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00081/092600872/

 

*9
NTTドコモビジネス株式会社「サプライチェーンとは」
https://www.ntt.com/bizon/glossary/j-s/supply-chain.html?msockid=0a6597da993b6dd20eac85b298416c64

*10
株式会社日経BP「三菱商事・三井物産・伊藤忠が火花 アンモニア・水素供給網整備が始動」
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00190/071600039/

 

*11
旭タンカー株式会社「次世代内航電気推進タンカー船『あさひ』竣工について」
https://www.asahi-tanker.com/news-release/2022/647/

 

*12
株式会社商船三井「世界初ピュアバッテリー電気推進タンカー2隻目『あかり』が初めての燃料供給を実施」
https://www.mol.co.jp/pr/2023/23053.html

 

*13
株式会社e5ラボ「連携型省エネ船コンセプトのご紹介『普及型EV貨物船』」
https://www.jrtt.go.jp/ship/seminar/231124_e5_labo.pdf, p.23, p.27

 

*14
独立行政法人 日本貿易振興機構「シンガポールのピクシス、太陽光発電のEV河岸船を就航」
https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/03/ef16592e0d8b73b2.html

 

*15
ヤンマーベンチャーズ株式会社「Amogy」
https://www.yanmar.com/jp/yvs/portfolio/amogy/

 

*16
独立行政法人 日本貿易振興機構「商船三井、アンモニア発電スタートアップの米アモジ―と提携を発表」https://www.jetro.go.jp/biznews/2023/03/81070957f1f27311.html

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