地球上には様々な生物が存在しています。
そして、私たち人間は地球環境や他の生物から多くの「サービス」を受けています。
例えば、基本的な飲み水は河川や湖沼などからもたらされるものですし、動植物は「食料」という形で人間に役立っています。
また、森林は木材など生活に欠かせない工業用品の原材料になるだけでなく、CO2の吸収など気候調整のサービスも担っています。
私たちは、自然がもたらすこうした恩恵について普段は「値段」をつけて考えることはありません。
しかしその価値を定量化し、経済活動のあり方を考えようという試みがなされています。これは、わたしたちの日常生活が、気づかないところでどれだけ自然からのサービスを受けて成り立っているかについて考える良いきっかけにもなります。
「生態系サービス」とその種類
生態系サービスの価値について学術的な研究が始まるきっかけになったのが、2007年のG8+5環境大臣会議です。
ここで「生態系と生物多様性の経済学(The Economics of Ecosystem and Biodiversity=TEEB)」のプロジェクトが提唱され、国連の主導の下で研究が始まりました。
自然から受け取る「サービス」は無料ではない
人間が自然界から受け取っている恩恵=サービスは、実に多岐に渡っています(図1)。
図1 TEEBにおける生態系サービスの分類
(出所:「価値ある自然 生態系と生物多様性の経済学 TEEBの紹介」環境省)
http://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/library/files/TEEB_pamphlet.pdf p3
しかしこれらは、常に無料のサービスというわけではありません。
これらの自然資本が、環境許容量の範囲内で利用されている分には問題はありませんが、現代では許容量を超えて資源を採集したり、人間生活の利便性のために自然環境に手を加えたりしています。その結果、多くの生物種が絶滅の危機に晒されており、実際、1日に約200種の生物が絶滅していると言われています。
一定の自然環境の中で多様な生物が互いに影響しあいながらバランスを保っている、という本来の生態系が崩れてしまうと、人間は上記のような恩恵を受け続けられなくなってしまいます。
自然は、人間生活のためにどれだけ負荷をかけても良いというものではありません。
そこで、「自然」とは有限であり、人々にわかりやすくその価値をお金に換算して「見える化」しようというのがTEEB(ティーブ)プロジェクトです。
「自然の恵み」に値段をつける方法
もちろん、全ての自然物や自然現象に値段をつけるのは容易ではありません。
食料など、そのまま売買されるものには市場価格が存在しますが、人間が環境から受けているサービスはそれだけではありません。
そこで、環境経済学ではいくつかの価値評価手法を利用しています(図2)。
図2 自然に対する主な価値評価手法
(出所:「価値ある自然 生態系と生物多様性の経済学 TEEBの紹介」環境省)
http://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/library/files/TEEB_pamphlet.pdf p6
これらの手法を使って、世界の様々な自然や生態系に対する経済的価値の評価がなされています。
生態系サービスの値段
生態系サービスの値段評価は、地球全体という規模での計算と特定の地域での計算が可能です。
現状の漁業では毎年500億ドルが失われる
最もわかりやすい例としては、魚の乱獲による経済的な損失が500億ドルだという評価です。
持続可能な漁業が実施された場合と比較した場合、全世界で毎年500億ドル分の魚が失われているという評価です*1。
上記①の市場価格法での評価です。
別の言い方をすると、持続的に漁業を行える海には、魚の住処としての価値だけを抽出しても現在世界で流通している魚の経済価値に500億ドルプラスした経済価値があるということです。
また、スイスの森林のうち17%は雪崩、地滑り、落石等の危険防止を目的に保護されています。
この危険防止サービスの経済価値は、年間20~35億ドルと推定されました*2。
上記③の「回避費用法」による評価です。
他にも、湿地は河川に排水された水の汚染物質を除去する作用を持っています。
これを人工的な水処理施設で代替した場合の費用に置き換えて価格を評価したり、また食糧生産も同時に行われている場所ならば、その湿地が提供する生態系サービスの値段はより高くなります。
さらに生態系サービスの評価は、人間がレジャーの場所や憩いを享受しているという場合にも価格計算が可能です。
図3 ハワイ・ハナウマ湾(出所:「サンゴ礁のレクリエーション価値」環境省)
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/activity/policy/valuation/pu_a04.html
上記④のトラベルコスト法を用いると、アメリカ・ハワイ州のサンゴ礁の魅力は年間9,700万ドルと計算されました*3。
ダイビングやシュノーケルに訪れる観光客が年間約230万人、その人たちが移動や滞在に使うお金は、サンゴ礁を見ることやサンゴ礁の存在意義に対して支払われているものだという見方もできるからです。
日本国内での経済的価値の評価事例
日本では一例として、希少かつ国の天然記念物であるツシマヤマネコについての価値評価があります。
2014年に行われた調査で、評価方法としては⑥の「仮想市場評価法」を用いています。
図4 ツシマヤマネコ(出所:「自然環境・生物多様性」環境省)
https://www.env.go.jp/nature/kisho/hogozoushoku/tsushimayamaneko.html
この場合、
「ツシマヤマネコの生息数を増加させる基金があればいくら払ってもよいか」
というアンケート調査で評価します。
実際は、
「基金への支払いによって、20年後にツシマヤマネコの生息数が調査段階よりも約40頭増加し、1980年代の生息数である約140頭まで回復する」
と仮定した場合、1世帯当たり年間いくらなら支払っても構わないと思いますか、というアンケートを全国で実施する形です。
そして下図のような結果を得ました(図4)。
図5 ツシマヤマネコ約40頭増加の価値
(出所:「CVMによるツシマヤマネコ保護増殖事業の経済価値評価の結果(概要)」環境省)
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/activity/policy/valuation/pdf/t1_03-1_140311.pdf
これも、別な言い方をすれば、ツシマヤマネコ約40頭には、年間約527億円~約1,449億円の経済的価値がある、と見なすことができます。
では、この金額を知ってどうするのでしょうか。
この場合は、仮定したツシマヤマネコ保護事業を実際に行うとなった時、その予算決定のひとつの材料にするのです。
図4の「中央値」は、「支払いたくない(No)」という人と「支払っても良い(Yes)」という人の人数が半々になる値段を弾き出したものです。
政策的にかける金額として、過半数の指示を得られるかどうかの境界線になります。
一方「平均値」は、支払っても良いという金額を足して人数で割った、いわゆる「平均」です。
ただ、支払っても良いという人の中には高額を出しても良い、という人がいますので実態より高い数字が出てしまっています。
この2つの値をどのように使うかは政策立案者、決定者の考え方次第でもあります。
生態系サービス代を徴収し、自然環境に還元
また、もう一歩踏み込んで、実際の評価額を森林の保有者に支払い、保全費用に充てるというシステムが完成している国もあります。
メキシコでは2003年以降、水道料金の一部を森林保護に充当することが認められました。これによって土地保有者は、森林を保護し、農業や牛の飼育などについても特定の森林使用方法を控えると意思表明し、その意思表明に対して公的な保護資金の支払いを求めるようになりました。
地表水の水質を維持し、洪水の頻度と規模を減少させるという生態系サービスの維持に対して支払われるお金を土地保有者が受け取り、実際それらの生態系サービスの維持に使うお金に充てるのです。
この計画によって、森林破壊が大きく減少しました。
年率1.6%で進んでいた森林破壊は0.6%と半分以下に減少したのです*4。
森林のサービスを受ける国民が水道代という形で森林にサービス料金を払い、森林はそのお金を元手にメンテナンスされる。
まさに森林の働きに正当な対価が支払われている状態とも言えるでしょう。
こうした活動は「PES(=Payment for Ecosystem Services」と呼ばれています。
日本でも高知県では「森林環境税」として年間500円を上乗せし、森林保全活動に充てるという制度を取っています(図5)。
令和2年度は2億4519万円が森林保護に使われる予定です5*。
図6 高知県の森林環境税事業の仕組み(出所:「生態系サービスへの支払い(PES)」環境省)
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/shiraberu/policy/pes/forest/forest01.html
こうした環境保全のための税金は、栃木県や神奈川県でも導入されています。
私たちがすべきこととは
このように見ると、自然とその生態系は、金銭的な価値をつけられるものであることがわかります。
もちろん評価方法については今後どこまで厳密性を上げられるかが課題ではありますが、「タダではない」という認識をまず私たち一人一人がしっかり持つ必要があります。
そして、普段できることは、何かを消費する際、環境に何らかの還元をする企業のものであるかどうかを知ることです。
また、日々の生活の中で「この行為は自然からのサービスで成り立っているな」と感じた時には、その自然環境を守るためのアクションを起こすのも良いかもしれません。
身近なところでは寄付がありますし、清掃活動などがあれば興味を持ち参加してみるのも良いでしょう。
また、一部の先進国の過剰な搾取が途上国の資源や自然の恵みを奪っていることも十分に考えられます。
自然は有限、有料であること、特定の誰かが占領して良いものではないことを考えると、サプライチェーンのなかでこうした面にも配慮された商品を選ぶ心がけも必要になってきます。
自然は人類共通の財産であるという認識も必要です。
参照・引用を見る
*1-3 「価値ある自然 生態系と生物多様性の経済学:TEEBの紹介」環境省
http://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/library/files/TEEB_pamphlet.pdf p7、p8、p10
*4 「TEEB 統合報告書(仮訳)」公益財団法人 地球環境戦略研究機関
https://archive.iges.or.jp/jp/archive/pmo/pdf/1103teeb/teeb_synthesis_j.pdf p19-20
*5 「高知県森林環境税 令和2年度・活用事業のご案内」高知県
https://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/030101/files/2015041600421/file_2020644163124_1.pdf
図1、2 「価値ある自然 生態系と生物多様性の経済学:TEEBの紹介」環境省
http://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/library/files/TEEB_pamphlet.pdf p3、p6
図3 「サンゴ礁のレクリエーション価値」環境省
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/activity/policy/valuation/pu_a04.html
図4 「自然環境・生物多様性」環境省
https://www.env.go.jp/nature/kisho/hogozoushoku/tsushimayamaneko.html
図5 「CVMによるツシマヤマネコ保護増殖事業の経済価値評価の結果(概要)」環境省
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/activity/policy/valuation/pdf/t1_03-1_140311.pdf
図6 「生態系サービスへの支払い(PES)」環境省
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/shiraberu/policy/pes/forest/forest01.html
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