ダイヤモンドは「宝石の王様」とも呼ばれる美しい宝石ですが、その用途は宝飾品だけではありません。製造業の現場では工具材料として欠かせないものでもあります。
最近は天然ダイヤモンドだけでなく、さまざまな製造法による人工ダイヤモンドにも注目が集まっています。
では、天然ダイヤモンドと人工ダイヤモンドの違いはどこにあるのでしょうか。
そこから見えてくる環境への影響とは?
天然ダイヤモンドと人工ダイヤモンドの違い
昔から装飾品として特別な輝きと存在感を放ってきたダイヤモンドですが、一方でものづくりの世界に欠かせない工具材料であるという一面もあります。
最近、どちらの用途にも精巧な人工ダイヤモンドが用いられるようになってきました。
では、天然ダイヤモンドと人工ダイヤモンドの違いとはどのようなものなのでしょうか。
天然ダイヤモンドの形成
ダイヤモンドは、普通約99.95%の炭素からできています。このように単一の元素だけでできているのは、宝石の中で唯一ダイヤモンドだけで、鉱物界の中でも独特な存在です[*1-1]。
では、天然ダイヤモンドはどのようにして形成されたのでしょうか。
時は約33億年前に遡ります。
地表から地球の中心・コアに向かって百数十kmもの深部にマントルと呼ばれる層があります。マントルはおよそ6万気圧、2,000度という高圧高温ですが、ダイヤモンドはそのマントルの中で、さまざまな条件がそろったために結晶したといわれています[*2]。
こうしてできたダイヤモンドの原石は、数億年前の火山活動の際に、マグマに取り込まれて地表に噴出しました。
冷えたマグマは、ダイヤモンド原石を含んだ「キンバーライト」と呼ばれる岩石になりました。
そして、地中には、マグマの噴出によってダイヤモンドが含まれる「キンバーライトパイプ」と呼ばれる場所が円筒状に残りました。
現在、ほとんどのダイヤモンドは、このキンバーライトパイプで発見されています[*1-2], (図1)。
図1: キンバーライトパイプ(ダイヤモンドが採れる場所)
出典: GIA「ダイヤモンドはどこからきたか」
https://4cs.gia.edu/ja-jp/%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89-%E3%81%A9%E3%81%93-%E3%81%8B%E3%82%89-%E6%9D%A5%E3%81%9F%E3%81%8B/
図1の左図は地球の内部を表していますが、「MANTLE(マントル)」とは、先ほどみたとおりダイヤモンドができた場所です。
キンバーライトはそれより地表寄りの「LITHOSPHERE(リソスフェア:岩石圏)」にあり、右側の図中の菱形「◆」はダイヤモンドを表しています。
ダイヤモンド産業は、1869年に南アフリカでキンバーライトパイプが発見されたことから始まり、それ以降、毎年数千万カラットのダイヤモンド原石を産出する採鉱事業が発展しました。
その後、1967年にボツワナで主要なキンバーライトパイプが発見された他、アフリカ、オーストラリア、シベリア、カナダのノースウエスト準州などでも発見されています。
一方、ダイヤモンドの原石は風化や浸食によって、長い時間をかけて母岩から分離していきました。そうしたダイヤモンド結晶は、やがて川の流れによって運ばれ、川底の砂利の中に沈み、元の原産地からはるかに離れた場所に堆積していることも珍しくありません。
人工ダイヤモンドの誕生と製造方法
次に人工ダイヤモンドについてみていきましょう。
1955年、アメリカのゼネラルエレクトリック(GE)社が世界で初めて人工ダイヤモンドの合成に成功しました[*3]。
宝石品質の人工ダイヤモンドが初めて発売されたのは1984年です[*1-2]。
天然ダイヤモンドが地球内部で何百万年、あるいは何十億年もかけて生成されるのに対して、ラボで人工ダイヤモンドを製造するのにかかる時間は数週間程度です[*1-3]。
人工ダイヤモンドは、従来、次の2つの方法で製造されています。
- 高圧高温法(HPHT):天然ダイヤモンドが地球内で形成される高圧高温の状態を再現して製造する方法。
- 化学蒸着 (CVHPHTD):真空装置内で、メタンなど炭素が豊富に含まれた気体を利用して製造する方法。メタンガスの分子を炭素と水素の原子に分解し、ダイヤモンドの種結晶に付着させて、四角い平板状の人工ダイヤモンド結晶を生成する。
天然ダイヤモンドの採掘法と環境への影響
では、天然ダイヤモンドの製造と人工ダイヤモンドの製造では、どちらが環境にいいのでしょうか。
まず、天然ダイヤモンドの採掘法と環境への影響をみていきましょう。
天然ダイヤモンドの採掘法は以下の3種類に分類できますが、種類によって環境への影響が異なります。
キンバーライトパイプからの採掘
南アフリカやシベリアなどで行われる大規模な採掘で、地下数百mから1kmまでタテ坑を掘り、ダイヤモンドの母岩を採掘します[*4, *5], (図2)。
図2: キンバーライトパイプからの採掘イメージ
出典: Diamonds for peace「環境破壊」
https://diamondsforpeace.org/environmental-destruction/
ダイヤモンド原石の回収率は、採掘したキンバーライトの約2,000万分の1で、宝石用品質のダイヤモンドはそのうちの10〜20%です[*5]。
漂砂鉱床からの採掘
前述のとおり、地上に噴出したマグマの中に含まれていたダイヤモンドは、風化や浸蝕によって長い時間をかけて原石から分離し、河川の流れによって流出したものが川底に堆積しました。
また、一度海に流出したものが、再び海岸に打ち寄せられて、海岸沖積層のダイヤモンド鉱床となっています。これが漂砂鉱床(Alluvial Deposit)です。
漂砂鉱床は南西アフリカの海岸に見られ、ブルドーザー、パワーシャベル、真空吸引器を使って大規模な採掘を行います[*4], (図3)。
図3: 漂砂鉱床からの採掘イメージ
出典: Diamonds for peace「環境破壊」
https://diamondsforpeace.org/environmental-destruction/
これまでみてきたキンバーライトパイプからの採掘と漂砂鉱床からの採掘は大規模なため、企業が現場を管理しています。
最近、採掘を行う企業はISO14001 (環境マネジメントシステムに関する国際企画)を取得し、ダイヤモンド採掘によって環境に悪影響がないように、持続的にマネジメントを改善するためのシステムを構築しています[*6]。
こうした環境保全のための取り組みは、政府、地域社会、非政府組織との日常的な関わりの下で行われています。
またこのような採掘現場は一か所に集中しているため、企業による統制が効きやすく、環境への影響も最小限に抑えることができるといわれています[*4]。
ただし、ISO規格には環境パフォーマンスの評価に関する具体的な取り決めがないため、環境への影響に関する評価は、企業が自主的に、できる範囲で行っているというのが現状です。
川底の砂利を掘り、川の中で洗い流してダイヤモンド原石を探す方法
この方法は、西アフリカ、ブラジルなどで行われている原始的な方法です。
現地の住民が川床の砂利を堀って、パンニングあるいはウォッシングと呼ばれる方法で、大きく平らな椀に砂利を入れ、川の中で洗い流してダイヤモンド原石を探します[*4], (図4)。
図4: ウォッシングの様子(西アフリカ・シエラレオネ共和国)
出典: Diamonds for peace「環境破壊」
https://diamondsforpeace.org/environmental-destruction/
この採掘方法は零細規模で、環境への配慮が十分ではないことが問題になっています。
その原因は大きく分けて2つあります。
まず、現場管理が困難なことが挙げられます。例えば、川に潜って採掘をする場合、採掘エリアを厳密に区切ることが難しいのです。
もう1つの原因は、土地の所有権が不明確なことが多いため、その土地を持続的に活用していこうというモチベーションがもてないことです。
その結果、環境に配慮しない採掘が行なわれ、採掘が終わったあとも元の状態に戻さないというケースが少なくありません。
例えば、こうした方法で採掘すると、人工池ができますが、ダイヤモンドを掘り尽くした後、埋め立てを行ずに放棄するため、地元の住民にとっては危険です。
そのような土地は、採掘後に農地として利用することもできず、放置されています。
こうした零細採掘労働者の多くが低賃金労働による貧困や人権侵害に苦しんでいると言われています[7]。
人工ダイヤモンドの新たな製造方法と環境への影響
前述した従来のHPHT製法では高圧高温を数週間にわたって保つのに膨大な電気エネルギーが使われます。その際、CO2の排出によって地球環境に悪影響をおよぼすおそれがあります。
現在では、効率化を目指し、より環境への負荷が低い製造方法が各国で検討されています。
世界で一番強くて硬いダイヤモンドを作る直接変換法
ダイヤモンドは宝石の中で最も硬いという特性をもちます。
そのため、人工ダイヤモンドは、硬い材料を磨いたり、削ったりするためにもの作りの現場で使われるようになりました。
日本のある企業は、こうしたニーズに応えるべく、世界で一番強くて硬い「ナノ多結晶ダイヤモンド」の量産に成功しました。このダイヤモンドは「硬さ」「強さ」ともに、これまでの人工ダイヤモンドの2倍です。
その製造方法は直接変換法と呼ばれるものです。
人工ダイヤモンドの原材料であるグラファイト(黒鉛)を、2,000℃を超える温度、大気圧の10万倍にあたる10GPa(ギガパスカル)で数十分間にわたって圧縮し続けると、グラファイトが直接ダイヤモンドに変わっていきます。
これは従来の人工ダイヤモンド製造にかかる数週間に比べてごく短時間のため、使われる電気エネルギーは従来の製法より少なく、したがって環境への負荷も低いものと推測されます。
空気中の炭素から作る人工ダイヤモンド
最近、アメリカのジュエリー会社が空気中の炭素からダイヤモンドを作ることに成功し、注目を集めています。
ダイヤモンドに使用する炭素を採取するのは、スイスのチューリッヒ近郊です。
空気中から二酸化炭素を抽出できる巨大装置を、廃棄物発電が可能なごみ焼却炉の屋上に備え付け、二酸化炭素を採取して、その一部をアメリカ・シカゴにある会社に送ります。
運ばれた炭素は製品用に純化され、2、3週間程度でダイヤモンドに生まれ変わります。
これは、ダイヤモンドを作ることによって温室効果ガスの排出量を減らす「カーボンネガティブ」を世界で初めて実現したものです[*8]。
おわりに
ダイヤモンドは宝飾品としてだけでなく、工具の材料として製造業の現場を支えています。
しかし、これまでみてきたように、ダイヤモンドの美しい輝きの裏には、環境破壊という課題が隠されています。
ただ、現在はさまざまな人工ダイヤモンドが開発され、空気中の炭素を減らし、温室効果ガスの低減に役立つものも出てきました。それは消費者として、環境問題に関わる新たな選択肢が加わったということでもあります。
私たちの消費行動は社会の課題と密接に結びついている――ダイヤモンドはそんなことを改めて私たちに気づかせてくれます。
参照・引用を見る
*1-1
GIA「ダイヤモンドについて」
https://www.gia.edu/JP/diamond-description
*1-2
GIA「ダイヤモンドはどこからきたか」
*1-3
GIA「人工ダイヤモンド:質問と回答」 結晶形
https://www.gia.edu/JP/gia-news-research/manmade-diamonds-questions-answers
*2
ダイヤモンドミュージアム「ダイヤモンドの誕生」
https://www.cgl.co.jp/museum/f1/e1.html
*3
NEDO「ものづくりの“切る・削る・磨く”を革新 最硬・最強の『超ダイヤモンド』を開発」(2013)
https://www.nedo.go.jp/hyoukabu/articles/201305sei/index.html
*4
Diamonds for peace「環境破壊」
https://diamondsforpeace.org/environmental-destruction/
*5
ダイヤモンドミュージアム「ダイヤモンドの採掘方法」
https://www.cgl.co.jp/museum/f1/e2.html
*6
Diamondfacts.org,“DIAMOND MINING AND THE ENVIRONMENT FACT SHEET,”
*7
Diamonds for peace「人権問題」
*8
IDEAS FOR GOOD 「宝石も脱炭素化。「空気」生まれのダイヤモンド」(2021)
https://ideasforgood.jp/2021/03/05/diamond-aether/