近年では、各国で代替肉や培養肉の開発が進んでおり、様々な商品が販売されています。アメリカでは既に本格的に普及しており、日本国内でも大豆などの植物から肉の食感を真似て作られた食品が流通し、健康志向の人やベジタリアンに好まれています。
しかし、最近行われた代替肉のライフ・サイクル・アセスメント(環境影響評価)では、現状の代替肉が長期的には地球環境に悪影響を及ぼす可能性が示唆されました。
そんな中で注目されているのが、社会問題や環境問題の解決に貢献する食材「オルタナティブフード」です。
ワニやダチョウをはじめとする肉がその代表例ですが、これらなら、植物由来の代替肉や培養肉が持つウィークポイントをカバーできるかもしれません。
今回は、代替肉と培養肉の生産にかかる環境負荷を踏まえた上で、オルタナティブフードがもたらす持続可能な食肉の可能性について考察していきます。
増え続ける肉の消費量と環境負荷
地球温暖化が問題とされる中で、家畜である牛や羊などの反芻動物の腸内発酵によって大量の温室効果ガス(メタン)が排出されていることが指摘されています(図1)。地球温暖化係数でいうと、メタンは二酸化炭素の25倍の温室効果です。
他にも、家畜排せつ物による悪臭や水質汚染といった環境問題も存在します[*1]。
図1: 温室効果ガスの特徴
出典: 全国地球温暖化防止活動推進センター(JCCCA)「温室効果ガスの特徴」
https://www.jccca.org/download/13266
一方で、2017年から2019年を基準とすると、経済成長に伴い2030年には世界の1人当たりの肉類消費量が2.1キロ増加すると予想されています(図2)。
図2: 1人当たり肉類消費量に関する予測結果
出典: 農林水産省「2030 年における 世界の食料需給見通し」(2020)
https://www.maff.go.jp/primaff/seika/attach/pdf/210330_2020_01.pdf, p.18
現代の人類は、畜産における環境負荷を訴えつつも、肉類の消費量は増えているという状況にあります。そこで登場したのが「代替肉」です。
代替肉のメリット
代替肉のメリットは、環境負荷が少ないという点です。
植物由来の代替肉を製造・開発するアメリカのビヨンド・ミート社は、ミシガン大学と共同で牛肉と代替肉の生産にかかる環境負荷についての比較実験を行っています。
その結果、代替肉の生産と同じ量の牛肉の生産を比較すると以下のことがわかりました[*2]。
- 水の使用量は代替肉生産のほうが99%少ない
- 土地の使用面積は代替肉生産のほうが93%少ない
- 温室効果ガスの排出量は代替肉生産のほうが90%少ない
- エネルギー使用量は代替肉生産のほうが50%少ない
また、動物の可食部の細胞を人工的に培養し、その塊を集めて肉を形成した培養肉も環境負荷が小さいと言われてます[*3]。
代替肉・培養肉はほんとうに環境にやさしいのか?
環境負荷が少ないと言われている代替肉ですが、近年の研究では、長期的には地球環境に悪影響を及ぼす可能性が示唆されています。
例えば、代替肉の普及は大豆の生産量にも影響を及ぼします。
世界最大の生産量を誇るブラジルの大豆生産量は、2020年から2021年にかけて1億3,700万トンでした[*4]。
仮に、アメリカで代替肉の原料に使われる大豆タンパク質の割合が2026年に10%まで増えた場合、ブラジルの大豆輸出量を現在より65%増やす必要があると言われています。
それに伴い、生産地を拡大すると、アマゾンの熱帯雨林破壊の一因となります[*5]。
他にも、オランダの独立系シンクタンク・CE Delftが2021年に発表したレポートでは、培養肉生産に関わる様々な環境負荷が試算されています。
それによると、化石燃料などによる従来型の電力を使用して培養した肉(CM conv.)は、豚肉や鶏肉よりも温室効果が高いことがわかりました(図3)。
また、CO2排出量の比較においても従来型の電力を使用して培養した肉(CM conv.)は、豚肉や鶏肉以上の温室効果の値を示しています(図4)。
図3: 培養肉と従来のたんぱく源の環境負荷の比較
出典: CE Delft「LCA of cultivated meat. Future projections for different scenarios」(2021)
https://cedelft.eu/wp-content/uploads/sites/2/2021/04/CE_Delft_190107_LCA_of_cultivated_meat_Def.pdf, p.4
図4: 培養肉と従来のたんぱく源のCO2排出量の比較
出典: CE Delft「LCA of cultivated meat. Future projections for different scenarios」(2021)
https://cedelft.eu/wp-content/uploads/sites/2/2021/04/CE_Delft_190107_LCA_of_cultivated_meat_Def.pdf, p.6
培養肉は従来の肉に比べてはるかに少ない土地で生産が可能です[*6]。しかしながら、必ずしも環境負荷が少ないとは言えないのです。
食肉の新たな選択肢 オルタナフードとは
植物由来の代替肉や培養肉のデメリットが浮き彫りになる中、脚光を浴び始めたのが「オルタナティブフード」、通称「オルタナフード」です。
ここでいうオルタナティブとは「主流な方法に変わる新しいもの」という意味で、ワニやダチョウの肉は、食料問題や環境問題の解決につながる食材として期待されています。
ワニ
爬虫類であるワニは変温動物です。
牛などの恒温動物はその体温を維持するために、多量の餌を食べる必要があります。一般的に、体重当たりの摂取エネルギー量を比較すると、恒温動物は変温動物の数十倍~百倍の摂取エネルギー量が必要です[*7]。
一方で、変温動物であるワニを飼育する場合は、牛や豚、鶏に比べて飼育にかかるエネルギー量が少なくて済みます。
実際に、食肉用の牛の飼料給与量が1日あたり9~10kgであるのに対し[*8]、動物園で飼育されているワニの飼料給与量は馬肉、コイ、ラットをそれぞれ週に1回与えるだけで[*9]、非常に生産効率が高い生き物と言えます。
ダチョウ
ダチョウは穀物ではなく、穀物より少ない水で育てられる草を餌にするため、生産効率が高い生き物と言えます。
例えば、食肉1kgをつくるには牛の場合11kgの餌が必要で、豚は7kgといわれています。それがダチョウであれば餌は約3kgで生産可能です[*10]。
その餌も、草が主食であるため、穀物を人間と取り合うこと無く飼育でき、食糧不足問題の解決に貢献できます。
ダチョウの成鳥から取れる肉の量は豚1頭と同程度ですが、餌になる穀物の量は4分の1程度です[*10]。
また、牛のようなゲップによるメタンガス排出がほとんどありません[*11]。
持続可能な食料生産に向けて
アメリカの調査会社Markets and Marketsの研究によると、代替肉の世界的な市場規模は、2018年からは年平均成長率6.8%で拡大し、2023年には64.3億米ドル(約7,152億円)に達すると推定されています。市場規模はヨーロッパが最大シェアを占め、北アメリカ、アジア太平洋地域が続くと見込まれています[*12], (図5)。
同様に、培養肉も2022年以降、年4%の割合で成長すると予想されています[*12], (図6)。
図5: 代替肉の世界市場規模(2018年&2023年)及び地域別の代替肉市場規模(2023年)と成長率(2018年-2023年)
出典: 一般財団法人日本経済研究所「代替肉と培養代替肉に関する調査研究」(2019)
https://www.jeri.or.jp/membership/pdf/research/research_1910_01.pdf, p.4
図6: 培養肉の世界市場規模
出典: 一般財団法人日本経済研究所「代替肉と培養代替肉に関する調査研究」(2019)
https://www.jeri.or.jp/membership/pdf/research/research_1910_01.pdf, p.5
代替肉や培養肉は発展途上の技術です。今後の開発課題もさかんに取り上げられていますが、議論の中心になっているのは、低コスト化や肉のテクスチャーをどうやって再現するかという点です[*12]。
ライフ・サイクル・アセスメントに基づいた問題には、まだそれほど注目が集まっていません。
代替肉や培養肉の環境へのインパクトについて、さらに検証を続けていく必要があります。
現時点では、長期的な視点でみるとダチョウ肉やワニ肉などのオルタナフードのほうが環境負荷を抑えつつ、食料生産ができる可能性があるといえるでしょう。
しかしながら、オルタナフードも代替肉や培養肉と同様に発展途上であり、以下のような課題があります[*10, *13, *14]。
- 圧倒的に生産量が少ない
- 生産方法が確立していない
- 生産量が少ないため、認知度が低い
特に日本ではダチョウやワニなどを食べる文化がなかったため、消費者に受け入れてもらえるかが課題です。
オルタナフードの流通が増えれば、環境問題について考えるキッカケにもなります。
持続可能な食料生産を実現するためには、オルタナフードの安定生産と、消費者である私達のちょっとした意識改革が鍵になるかもしれません。
参照・引用を見る
*1
農林水産省「畜産環境問題とは」
https://www.maff.go.jp/j/chikusan/kankyo/taisaku/t_mondai/01_mondai/
*2
日経ESG「植物肉、外食チェーンが続々と採用」(2020)
https://project.nikkeibp.co.jp/ESG/atcl/news/00097/
*3
三井物産戦略研究所「培養⾁⽣産技術の課題と今後の展開」(2020)
https://www.mitsui.com/mgssi/ja/report/detail/__icsFiles/afieldfile/2020/11/10/2011t_sato.pdf, p1
*4
オアンダラボ「大豆の生産量|消費や主要輸出国、米国の生産動向などについて解説」
https://www.oanda.jp/lab-education/agricultural_basic/soy2/soy_global_production_trends/
*5
日本経済新聞「バイオ燃料、環境負荷という難題 新興国で森林破壊」(2021)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUB18AVH0Y1A111C2000000/
*6
CE Delft「LCA of cultivated meat. Future projections for different scenarios」(2021)
https://cedelft.eu/publications/rapport-lca-of-cultivated-meat-future-projections-for-different-scenarios/
*7
中村和弘「恒温動物と変温動物」(2020)名古屋大学大学院医学系研究科
https://www.nips.ac.jp/thermalbio/handbook2/2-24.pdf
*8
日本の畜産の将来を考える会「食肉と飼料のはなし(牛肉編)」
https://chikusangenki.jp/story04/story04_002/
*9
公益財団法人 東京動物園協会「イリエワニ」
https://www.tokyo-zoo.net/encyclopedia/species_detail?species_code=175
*10
LIFULL「ダチョウで食料問題の未来は変えれない、なんてない。」(2020)
https://media.lifull.com/stories/2020021084/
*11
毎日小学生新聞「ダチョウ肉が環境救う? ゲップなし、餌も少なめ」(2020)
https://mainichi.jp/maisho/articles/20200410/kei/00s/00s/016000c
*12
一般財団法人日本経済研究所「代替肉と培養肉に関する調査研究」(2019)
https://www.jeri.or.jp/membership/pdf/research/research_1910_01.pdf, p.3, p.4, p.5, p.6, p.7
*13
農林水産省「特集1 とり(6)」
https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/1612/spe1_06.html
*14
日本オーストリッチ事業協同組合「『国産ダチョウ肉が売れる理由』販路開拓・認知普及について その7」
http://japan-ostrich.org/media/view/topic_serial_doc1/doc/da26c174e7d9f953aa30fdc096a7d614.pdf, p.12