科学の専門性で気候変動問題に貢献する!IPCC

気候変動が深刻な状況にあります。気候変動やそれに伴ってもたらされる自然災害は、地球環境はもちろんのこと、私たちの生活にも多大な影響を及ぼしています。この問題の解決に向けて、科学の専門性で大きく貢献しているのがIPCCです。

では、IPCCとはどのような組織なのでしょうか。これまでの成果は? そして、今後、期待されることとは・・・・・・?

IPCCとは

まず、IPCCとはどのような組織でしょうか。

IPCCとは、国連気候変動に関する政府間パネル‘Intergrovernmental Panel on Climate Change’の略です。IPCCは、1988年にWMO(世界気象機関)とUNEP(国連環境計画)のもとに設立された組織で、195か国・地域が参加しています 1)。

IPCCの目的

次に、IPCCの目的は何でしょうか。

それは、各国政府の気候変動に関する政策に科学的な知見を与えることです。その知見には、気候変動そのものだけでなく、気候変動がもたらす影響や、将来、起こり得るリスクおよび「適応策」と「緩和策」に関することも含まれています 1)。

 

ここで、「適応策」と「緩和策」について簡単にお話しします。
地球温暖化対策は、「適応」と「緩和」の2つに大別されます。

まず、「適応策(adaptation)」とは、気候変化に対して自然生態系や社会・経済システムを調整することにより温暖化の悪影響を軽減したり温暖化の好影響を強めたりするものです。例えば、海面上昇に対応するための高い堤防の設置や、暑さに対応するためのクールビズ、作物の作付時期の変更などの対症療法的対策がこの適応に該当します 2)。

一方、「緩和(mitigation)」とは、GHG(温室効果ガス:以下、「GHG」)の排出量を削減したり、植林などによって吸収量を増加させたりするものです。GHGそのものを抑制するための国際的ルールや枠組み、自然エネルギーの推進、省エネルギー、大気中のCO2濃度を軽減する技術などの根本的な対策もこの緩和にあたります 2)。

IPCCは以上のような「適応」にも「緩和」にもコミットするものです。

IPCCの活動

以上のような目的を達成するために、IPCCは世界中の科学者が発表する最新の論文や観測・予測データを、政府の推薦などで選ばれた第一線の科学者たちがとりまとめ、報告書として公表しています。

IPCCは参加国のコンセンサスに基づいて意思決定を行う政府間組織のため、IPCCの各報告書も参加国のコンセンサスによって承認・採択されています。したがって、IPCCの報告書は、各国が承認採択した最新の科学的知見として、大変重みがあり、UNFCCC(国連気候変動枠組条約)をはじめとする国際交渉に強い影響力をもつものです 3)。

ただし、IPCCは設立以来、政策的に中立であることを前提とし、特定の政策的な提案を行わない、という科学的中立性を重視しています 3)。

 

なお、IPCCが発表した報告書については、これまでの成果として、後ほど詳しくお話ししたいと思います。

IPCCの組織

IPCCは、すべてのUN(国際連合)およびWMOへの参加国に対して開かれた「政府間パネル」という位置づけのため、先ほどお話ししたように、その活動に関する意思決定は、参加国のコンセンサスに基づいて行われます。そうした意思決定の場は、参加各国の代表が出席する「IPCC総会」で、基本的に年2回程度開催されています 3)。

 

IPCCでは、IPCC総会の「ビューロー(議長団)」のもとに、「作業部会(以下、「WG」)」と「インベントリタスクフォース(以下、「TFI」)」が置かれています。

以下の図1は、IPCCの組織図です。

 

図1 IPCCの組織図
出典:環境省HP(2019)「IPCC 2019年方法論報告書(IPCC温室効果ガス排出・吸収量算定ガイドライン  (2006)の改良報告書)の概要」p.20
https://www.env.go.jp/press/files/jp/111522.pdf

 

図1のように、WGは3つあり、WGIは科学的根拠、WGIIは影響・適応策・脆弱性、WGIIIは緩和策に関わる評価を行っています。

国家温室効果ガスインベントリに関するタスクフォース(以下、「TFI」)は、「IPCC国別温室効果ガスインベントリープログラム(IPCC NGGIP)」に関するタスクを負うものです。同プログラムの目的は2つあり、ひとつは「国別温室効果ガス排出/吸収(量)に関する計算/報告に関する、手法およびソフトウェアの開発/改訂をおこなうこと」、そしてもうひとつは、「IPCC参加各国およびUNFCCC批准国に対し上記手法の広範な使用を促すこと」です 5)。

以上のようなWGおよびTFIのそれぞれに、「技術支援ユニット(TSU)」が設置され、それぞれの活動をサポートしています。

これまでの成果(1):評価報告書

ここでは、まずIPCC評価報告書の概要についてお話しし、次に最新の評価報告書である「第5次評価報告書」(以下、「AR5」)の内容をみていきたいと思います。

「IPCC評価報告書」とは

IPCCは設立以来、5~7年毎に、その間の気候変動に関する科学的知見の評価を行い、その結果をまとめた「IPCC評価報告書」を作成し、発表してきました。

これまで公表された評価報告書は5次にわたり、1990年に第1次評価報告書(FAR)、1995年に第2次評価報告書(SAR)、2001年に第3次評価報告書(TAR)、2007年に第4次評価報告書(AR4)、2013年~2014年にかけて第5次評価報告書(AR5)を発表しました。また、2015年10月からは、第6次評価報告書(AR6)の作成プロセスが始まっています。

ちなみに、これらのうち、「第4次評価報告書」を発表した際に、IPCCはノーベル平和賞を受賞しています 4)。

AR5とは

ここでは、AR5の概要を、「IPCC 第5次評価報告書の概要 ―統合報告書―」6) に基づいてお話ししたいと思います。

 

AR5の統合報告書(SYR)は、2014年10月にデンマークで開催されたIPCC第40回総会において採択されました。

 

同報告書のテーマは以下の4つです。

  1. 「観測された変化及びその原因」
  2. 「将来の気候変動、リスク及び影響」
  3. 「適応、緩和及び持続可能な開発に向けた将来経路」
  4. 「適応及び緩和」

 

これから上記のテーマ毎にそれらの概要をみていきたいと思いますが、その前に、AR5の「可能性」に関する用語の定義、および「確信度」に関する表現の尺度をみてみましょう。

AR5における「可能性」および「確信度」に関する用語と表現

まず、「可能性」に関する用語についてみてみましょう。

AR5では、「可能性」の用語について、「不確実性を定量的に表現する用語であり、観測、モデル結果の統計的解析や専門家に基づいて確率的に表現される」と述べられています 6)。

 

AR5では、「可能性」に関して10段階の用語が用いられていますが、以下の表1は、それらの用語をパーセンテージで定義したものです。

表1 AR5の「可能性」に関する用語の定義
出典:環境省HP(2015)「IPCC第5次評価報告書の概要―統合報告書―」p.9
https://www.env.go.jp/earth/ipcc/5th/pdf/ar5_syr_overview_presentation.pdf/

 

次に、「確信度」の用語についてみてみましょう。

AR5では、「確信度」について、「機構的理解、理論、データ、モデル、専門家の判断などの証拠の種類、頻度、量、質、整合性および見解の一致度に基づいて、妥当性を定性的に表現する用語である」と述べられています。

 

以下の表2は、AR5における確信度の表現の尺度を表したものです。

 

表2 AR5の「確信度」に関する表現の尺度

出典:環境省HP(2015)「IPCC第5次評価報告書の概要―統合報告書―」p.10
https://www.env.go.jp/earth/ipcc/5th/pdf/ar5_syr_overview_presentation.pdf/

AR5には、確信度に関して、表2の右側の「確信度の尺度」の上に記された、「非常に低い」から「非常に高い」に至るまでの5段階の表現が用いられていますが、それらの表現は表中に示された「見解の一致度」および「証拠の信頼性」に基づいています。

 

以上のように、用語と表現を厳密に規定していることからも、IPCCの科学的な態度が伺えます。

AR5の内容(1):「観測された変化及びその原因」

では、これから、先ほどお話ししたAR5のテーマ毎に概要をみていきましょう。

 

まず、ひとつめのテーマ「観測された変化及びその原因」についてです。

このテーマのポイントは以下の2つです 6)。

  1. 「気候システムに対する人為的影響は明らかであり、近年の人為起源の温室効果ガス(以下、「GHG」)排出量は史上最高となっている」
  2. 「近年の気候変動は、人間及び自然システムに対して広範囲にわたる影響を及ぼしてきた」

 

AR5では、上記1に関するデータを多数、挙げていますが、そのうちいくつかのグラフをみてみましょう。

 

以下の図2は、AR5の資料に環境省が文言を補足したもので、1986年から2005年の間の平均気温に対する偏差を表しています。

図2 世界平均地上気温(陸域+海上)の偏差出典:環境省HP(2015)「IPCC第5次評価報告書の概要―統合報告書―(2015年3月版)」p.12(‘IPCC AR5 SYR SPM Fig.SPM.1(a)’を環境省が加工)     
https://www.env.go.jp/earth/ipcc/5th/pdf/ar5_syr_overview_presentation.pdf/

 

図2から、世界の平均気温は、1880年から2012年の間に0.85℃上昇したことがわかります。

このような温暖化の原因は、温室効果をもたらすGHGです。GHGには、二酸化炭素(以下、「CO2」)、メタン(以下、「CH4」)、一酸化二窒素(以下、「N2O」)、フッ素化ガスなどがあります。

図3 工業化以降のGHG濃度の変化
出典:環境省HP(2015)「IPCC第5次評価報告書の概要―統合報告書―(2015年3月版)」p.13(‘IPCC AR5 SYR SPM Fig.SPM.1(c)’を環境省が加工)
https://www.env.go.jp/earth/ipcc/5th/pdf/ar5_syr_overview_presentation.pdf/

 

図3は、工業化以降のGHG排出量の変化を表しています。

この図から、工業化以降、人間の行為に由来するGHGの排出が、大気中のCO2、CH4、N2Oの濃度を大幅に高めたことがわかります。

AR5では、こうしたGHG排出増加による影響は、「20世紀半ば以降に観測された温暖化の支配的な原因であった可能性が極めて高い」(95~100%の確率)と述べられています 6)。

 

次の図4は、1970年以降のGHG排出量を表しています。

図4 1970年以降のGHG排出量
出典:環境省HP(2015)「IPCC第5次評価報告書の概要―統合報告書―(2015年3月版)」p.14
(‘IPCC AR5 SYR SPM Fig.SPM.2’を環境省が加工)
https://www.env.go.jp/earth/ipcc/5th/pdf/ar5_syr_overview_presentation.pdf/

 

AR5では、「化石燃料の燃焼と工業プロセスに起因するCO2排出量は、1970年~2010年におけるGHG総排出量増加の約78%を占め、2000年~2010年の増加においても同様の割合を占める(確信度が高い)」と述べられています。

 

次に、2つめのポイントである「近年の気候変動が人間及び自然システムに対して広範囲にわたる影響を及ぼしてきた」ことに関するグラフをみることにします。

図5 気候変動が原因であると特定された広範にわたる影響(AR4以降の入手可能な科学的文献に基づく)
出典:環境省HP(2015)「IPCC第5次評価報告書の概要―統合報告書―(2015年3月版)」p.16
(‘IPCC AR5 SYR SPM Fig.SPM.4’を環境省が加工)       https://www.env.go.jp/earth/ipcc/5th/pdf/ar5_syr_overview_presentation.pdf/

 

上の図5は、AR4以降の入手可能な科学的文献に基づいて気候変動が原因として特定された、広範囲にわたる影響を分布図にしたものです。

図中の青の記号は「物理システム」(気象と自然環境など)を、緑の記号は「生物システム」(森林や海洋に関わる生態系など)を、そして赤い記号は人間および管理システム(食料生産や生計、健康、経済)を表しています。

この図をみると、気候変動は全ての大陸と海洋において、人間の生活や生態系にさまざまな影響を与えていることがわかります。

AR5の内容(2):「将来の気候変動、リスク及び影響」

AR5の2つめのテーマは、「将来の気候変動、リスク及び影響」です。

このテーマのポイントは以下の3つに集約されます 6)。

  1. 「GHGの継続的な排出は、更なる温暖化と気候システムの全ての要素に長期にわたる変化をもたらす」
  2. 上記1により、「人々や生態系にとって深刻で広範囲にわたる不可逆的な影響を生じる可能性が高まる」
  3. 「気候変動を抑制する場合には、GHGの排出を大幅かつ持続的に削減する必要があり、適応と併せて実施することで、気候変動のリスクの抑制が可能となるだろう」

 

上のポイントに関連して、まず、今世紀末までの気温上昇がどのように予測されているかみてみましょう。

 

以下の図6は、4段階の温暖化対策別のシナリオに対応する、気温上昇予測を表しています。

図6 シナリオ別20世紀末の平均気温を基準にした21世紀末までの気温上昇予測
出典:環境省HP(2015)「IPCC第5次評価報告書の概要―統合報告書―(2015年3月版)」p.20
(‘IPCC AR5 SYR SPM Fig.SPM.6’を環境省が加工)
https://www.env.go.jp/earth/ipcc/5th/pdf/ar5_syr_overview_presentation.pdf/

 

この図をみると、今後、温暖化対策を取らなかったRCP8.5シナリオの場合、21世紀末(2081年-2100年)には、20世紀末(1986年-2005年)に比べて気温が2.6℃から4.8℃上昇すると予測されていることがわかります。

また、最も厳しい温暖化対策をとった場合のRCP2.6シナリオでも、21世紀末は20世紀末に比べて気温が0.3℃から1.7℃上昇すると予測されています。

 

このような温暖化は2100年以降も続くのでしょうか。

図7は1870年以降の人為起源のCO2累積排出量の長期予測を表しています。

このように、今後、厳しい対策をとらない限り、CO2累積濃度が高まり、それに比例して地球温暖化がさらに進行していくことが予測されています。

図7  1870年以降の人為起源CO2累積排出量予測
出典:環境省HP(2015)「IPCC第5次評価報告書の概要―統合報告書―(2015年3月版)」p.19
(‘IPCC AR5 SYR SPM Fig.SPM.5(b)’を環境省が加工)
https://www.env.go.jp/earth/ipcc/5th/pdf/ar5_syr_overview_presentation.pdf/

 

では、このような気候変動は、今後、自然および人間システムにどのようなリスクをもたらすのでしょうか。

 

図8 気候変動による、各地域の主要なリスクおよびリスク低減の可能性
出典:環境省HP(2015)「IPCC第5次評価報告書の概要―統合報告書―(2015年3月版)」p.22
(‘IPCC AR5 SYR SPM Fig.SPM.8’を環境省が加工)
https://www.env.go.jp/earth/ipcc/5th/pdf/ar5_syr_overview_presentation.pdf/

 

上の図8は、気候変動による、各地域の主要なリスクとリスク低減の可能性を表しています。

この図の各システムに関わる要素は先にみた図5と同じものです。

 

図中のオレンジ色のバーは一番上が「現在」で、下に行くに従い「近い将来(2030年-2040年)、長期的将来(2080年-2100年)となり、一番下のバーは気温が4℃上昇した場合、下から2番目のバーは気温が2℃上昇した場合を表しています。

また、オレンジ色のバーは、左側の塗りつぶしの部分とそれに続く斜線とで構成されています。その斜線の右端は現行の適応下におけるリスク水準をあらわし、左端(オレンジ色に塗りつぶした部分との境界)は、高度な適応下でのリスク水準を表します。つまり、高度な適応策を実施した場合、リスクはある程度、軽減できるということですが、そうでない場合にはどの時期においてもリスクがより高くなると予測されているのです。

この図8をみると、どのシステムにおいても、時間経過とともにリスクが増し、特に気温が4℃上昇した場合には、さまざまなリスクが高くなると予測されていることがわかります。

AR5の内容(3):「適応、緩和及び持続可能な開発に向けた将来経路」

AR5の3つめのテーマは、「適応、緩和及び持続可能な開発に向けた将来経路」です。

このテーマのポイントは以下の2つに集約されます 6)。

  1. 「適応および緩和は、気候変動リスクを低減し管理するための相互補完的な戦略である」
  2. 「今後数十年の大幅な排出削減は、21世紀とそれ以降の気候リスクを低減し、効果的に適応する見通しを高め、長期的な緩和費用と課題を減らし、」持続可能な開発のための気候を確実に実現することに貢献する。

 

上記1に関して同報告書では、現在以上の追加的な緩和努力がないと、たとえ適応があったとしても、21世紀までの温暖化の影響が世界全体にもたらすリスクは、高い~非常に高い水準に達する(確信度が高い)という記述がみられます。

このことはGHG排出の低減という緩和策が非常に重要であるということを意味し、上記2につながっています。

図9 GHG排出量シナリオと気温上昇の関連
出典:環境省HP(2015)「IPCC第5次評価報告書の概要―統合報告書―(2015年3月版)」p.19
https://www.env.go.jp/earth/ipcc/5th/pdf/ar5_syr_overview_presentation.pdf/

 

上の図9は、AR5による4種類の年間GHG排出量シナリオと工業化以前を基準とした気温上昇との関連を表したものです。

図の縦軸はCO2換算のGHG年間排出量を表しています。図中、左上の凡例はCO2換算濃度を示し、一番下の薄い青色の部分が430-480ppm、その上の濃い青色が480-530ppm、薄いオレンジ色が530-580ppm、濃いオレンジ色が580-720ppm、上から2番目の赤が720-1,000ppm、そして一番上のグレーの部分が1,000ppm以上です。

したがって、グラフの上にいくほど排出量が増加し、CO2換算濃度が高くなることを表しています。

 

この図をみると、2100年に排出濃度が450ppmまたはそれ以下となるRCP2.6排出シナリオでは、工業化以前の気温を基準とした気温上昇が、21世紀を通して2℃未満に抑えられる可能性が高いことがわかります。

また、このシナリオでは、世界全体の人為起源のGHG排出量が、2050年までに2010年と比べて40~70%削減され、2100年には排出水準がほぼゼロ、またはそれ以下になると予測されています 6)。

 

このように、AR5は、GHGの削減が地球温暖化問題の解決に大きく寄与する緩和策であることを明示しています。

AR5の内容(4):「適応および緩和」

では、最後に4つ目のテーマである「適応および緩和」についてみていきたいと思います。

 

このテーマに関するポイントは、「多くの適応及び緩和の選択肢は気候変動への対処に役立ちうるが、単一の選択肢だけでは十分ではない」ということです。

それは、適応策及び緩和策を効果的なものにするためには、国際的、地域的、国家的など、複数の規模にまたがった政策や対策とリンクさせ、統合的に取り組むことが重要である、ということを意味します 6)。

AR5には、以上のことに関連して、より具体的な記述がみられますが、そのうち、確信度が高いのは、以下のようなものです(以下は、AR5の記述どおりではなく、筆者がわかりやすく書き換えたものです)。

 

  • 社会経済システムは、現状を打破することが適応策、緩和策の選択肢を豊かにする(見解一致度が高い、証拠が中程度)
  • 技術革命や環境保全型のインフラ・技術への投資は、GHG排出量を削減し、気候変動からの回復を強化することができる(確信度が非常に高い)

 

以上の「環境保全型のインフラ・技術への投資」の対象には、自然エネルギーも含まれます。

AR5におけるこうした記述は、自然エネルギーが気候変動を解決するために重要な役割を担っていることを明示しています。

これまでの成果(2):「1.5℃特別報告書」と「2019年方法論報告書」

IPCCはこれまでみてきたような「評価報告書」の他に、特別報告書、方法論報告書、技術報告書を発表しています。

 

ここでは、その中から、特に「パリ協定」に強い影響力をもつ、「1.5℃特別報告書」と「2019年方法論報告書」についてお話ししたいと思います。

「1.5℃特別報告書」

「1.5℃特別報告書」(正式名:「1.5℃の地球温暖化:気候変動の脅威への世界的な対応の強化、持続可能な開発及び貧困撲滅への努力の文脈における、工業化以前の水準から 1.5℃の地球温暖化による影響及び関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関するIPCC 特別報告書」) 7)は、パリ協定の実施指針策定に大きな影響を与えたことで知られています。

 

パリ協定とは京都議定書の後継として、2015年にパリで開催された「国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)」において合意され、翌2016年に発効した国際協定です。

発効後、パリ協定をどのように実施していくか協議が重ねられた結果、2018年のCOP24において、パリ協定のルールブックである実施指針が策定され、2020年からパリ協定を実施する準備が整いました 8)。

 

パリ協定は「歴史的に重要で画期的」だといわれています。それは、その長期目標が「世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に押さえる努力を追求すること」であるためです 9)。このように、野心的(意欲的)な目標内容が具体的な数値で明示されたことはそれまでありませんでした。

そのことにIPCC「1.5℃特別報告書」が大きく寄与しているのです。それはなぜでしょうか。

 

この特別報告書で報告されたのは、以下の4点です 10)。

  1. 近年にみられる進行速度で温暖化が進めば、世界の気温は2030年から2052年の間に産業革命時に比べて1.5℃上昇する可能性がある。
  2. 1.5℃上昇でも影響リスクはあるが、2℃上昇よりはリスクは低い。例えば、海面上昇は2℃上昇よりも10㎝低くなる。
  3. 1.5℃上昇に抑えるための世界のCO2排出量は、2030年までに2010年に比べて約45%削減し、2050年前後には実質0にする。
  4. 2015年のパリ協定採択時に提出された国別目標では、気温上昇を1.5℃に抑えることはできず、社会システムを大きく改革する必要がある。

 

こうした報告内容がパリ協定の長期目標に反映されているのです。

また、パリ協定の実施指針では、今後の議論においてこの「1.5℃特別報告書」の内容を生かすことも呼びかけられています 8)

~「2019年方法論報告書」~

では、最後に、「2019年方法論報告書」についてお話しします。

 

IPCC第49回総会が2019年5月に京都市で開催されました。

この総会では、「2019年方法論報告書」に関する議論が行われ、概要章(Overview Chapter)が採択されるとともに、報告書本編が受諾されました 11)。

この報告書はどのような意味をもつものでしょうか。

 

先ほどお話ししたパリ協定を各国の信頼のもとに実施していくためには、各国の緩和に関して「透明度を確保する枠組みの強化」が必要です 12)。

そのため、パリ協定では、すべての締約国に対して、定期的にGHGの人為的な排出量および吸収量の国家インベントリ(目録)の提出を義務付けています 8)。

 

このインベントリは質が高く、信頼性の高いものであることが求められます。その質と信頼性を担保するために、先ほどIPCCの組織のところでみたTFI(国家温室効果ガスイベントリーに関するタスクフォース)は、GHGの算定方法や算定に必要な各種係数を提供するガイドライン等を作成しています。

 

ここでもう一度、図1をみてみましょう。

図1 IPCCの組織図
出典:環境省HP(2019)「IPCC 2019年方法論報告書(IPCC温室効果ガス排出・吸収量算定ガイドライン (2006)の改良報告書)の概要」p.20
https://www.env.go.jp/press/files/jp/111522.pdf

 

図1の一番右の赤線で囲まれたセクションがこのTFIで、TFIが設立された1999年以降、その技術ユニットは継続して日本に置かれています。

このTFIがパリ協定実施において果たす役割は重要です。

 

パリ協定の実施指針には、次のような記述があります。

  • 「すべての締約国は、インベントリを作成する際、2006年版IPCCガイドライン、また、その更新・改良版がIPCCにより作成され、パリ協定締約国会議(CMA)において合意した場合はそのガイドラインを、使わなければならない。」

このようなルールの下、これまでは2006年版ガイドラインが用いられてきたのですが、IPCCは2016年4月に開催された第43回総会において、このガイドラインの改良報告書の作成を決定しました。

 

以上のような経緯から、TFIは2006年に作成したガイドラインのうち、改良が必要な排出・吸収カテゴリーに対する更新、補足および精緻化を行いました 12)。そのようにして作成された改良報告書が、第49回総会で採択・受諾された「2019年方法論報告書(正式名:「2006年IPCC国別温室効果ガスインベントリガイドラインの2019年改良)」です。したがって、今後は、同報告書がGHGインベントリの作成を支えるものとなります。

 

以上のように、IPCCが提供する知見や技術は、各国・地域がパリ協定を確実に実施していくのに必要不可欠なものなのです。

 

これまでみてきたように、気候変動は地球環境やわたしたちの生活に多大な影響を与えています。この問題を解決するためには、気候変動のこれまでの推移や現状、さらに将来予測を正確に捉え、適切な対策を施す必要があります。

そのために科学の専門性で大きく貢献しているのがIPCCです。

 

科学は日々、進歩しています。常に最新の科学的知見で、今後もこれ以上の地球環境の破壊を防ぎつつ、わたしたちの将来の生活を健全なものにしていくために、各国政府によるIPCCのさらなる活用が期待されます。

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参照・引用を見る
  1. IPCC HP, https://www.ipcc.ch/
  2. 国立環境研究所地球環境研究センターHP(2014)地球環境研究センター 主幹広兼克憲「地球環境豆知識29 緩和策と適応策」(地球環境研究センターニュース 2014年6月号 [Vol.25 No.3] 通巻第283号)http://www.cger.nies.go.jp/cgernews/201406/283002.html
  3. 環境省HP「IPCC関連情報」http://www.env.go.jp/earth/ondanka/ipccinfo/
  4. 全国地球温暖化防止活動推進センターHP 「IPCC 第5次評価報告書特設ページ IPCCとは」https://www.jccca.org/ipcc/about/index.html
  5. 環境省HP「IPCCインベントリ―タスクフォース(TFI)概要」
    http://www.env.go.jp/earth/ondanka/ipccinfo/IPCCgaiyo/detail/ipcc_tfi.html
  6. 環境省HP(2015)「IPCC第5次評価報告書の概要―統合報告書―」
    https://www.env.go.jp/earth/ipcc/5th/pdf/ar5_syr_overview_presentation.pdf
  7. 環境省HP(2018)「1.5℃の地球温暖化:気候変動の脅威への世界的な対応の強化、持続可能な開発及び貧困撲滅への努力の文脈における、工業化以前の水準から 1.5℃の地球温暖化による影響及び関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関するIPCC 特別報告書」https://www.env.go.jp/press/files/jp/110087.pdf
  8. 国立研究開発法人 国立環境研究所HP(2018)亀山 康子(副センター長)「COP24(気候変動枠組条約第24回締約国会議)では何が決まった?」
    http://www.nies.go.jp/social/topics_cop24.html
  9. 環境省HP「パリ協定の概要(仮訳)」http://www.env.go.jp/earth/ondanka/cop21_paris/paris_conv-a.pdf
  10. 環境省HP(2018)「1.5℃の地球温暖化:気候変動の脅威への世界的な対応の強化、持続可能な開発及び貧困撲滅への努力の文脈における、工業化以前の水準から 1.5℃の地球温暖化による影響及び関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関するIPCC 特別報告書  政策決定者向け要約(SPM)の概要」(環境省仮訳)
    http://www.env.go.jp/earth/ipcc/special_reports/sr1.5_spm.pdf
  11. 環境省HP(2019)「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)『2019年方法論報告書の公表(第49回総会の結果)』について」https://www.env.go.jp/press/106691.html
  12. 環境省HP(2019)「IPCC 2019年方法論報告書(IPCC温室効果ガス排出・吸収量算定ガイドライン(2006)の改良報告書)の概要」https://www.env.go.jp/press/files/jp/111522.pdf
  13. 環境省(2014)「IPCC第5次評価報告書の概要―第1作業部会(自然科学的根拠)」
    https://www.env.go.jp/earth/ipcc/5th/pdf/ar5_wg1_overview_presentation.pdf
  14. 国土交通省気象庁HP(2015)[気候変動 2013:自然科学的根拠 技術要約」(気象庁訳)( 気候変動に関する政府間パネル第 1 作業部会により 受諾された報告書より 気候変動に関する政府間パネル 第 5 次評価報告書 第 1 作業部会報告書の一部)
    http://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/ar5/ipcc_ar5_wg1_ts_jpn.pdf
  15. 環境省(2014)「IPCC第5次評価報告書の概要―第2作業部会(気候変動2014:影響、適応、及び脆弱性)」http://www.env.go.jp/earth/ipcc/5th/
  16. 国土交通省気象庁HP「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)」https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/index.html
  17. 経済産業省資源エネルギー庁HP(2018) 田中克政(地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室 主任研究員)「パリ協定の温度目標とゼロ排出目標は本当に整合しているのか?両目標は必ずしも一致しないが、今世紀中盤までにCO2実質ゼロ排出が必要」 (2018年7月号 [Vol.29 No.4] 通巻第331号 201807_331001 地球環境センターニュース)
    http://www.cger.nies.go.jp/cgernews/201807/331001.html

 

 

 

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