地球の水は、人間活動で生じた温室効果ガスによる熱エネルギーの9割を吸収することで、大気の温度上昇をやわらげる役割を担っています。
しかしここ数年、水の中でも大きな割合を占める海水の温度は過去最高を更新し続けています。
2019年の海水温は過去最高に
地球全体のおよそ7割を占める海は「地球の体温計」とも言われています。
近年、その海洋の温暖化はかつてないペースで進んでいます。
原爆36億個分の熱エネルギーを吸収
学術誌「Advances in Atmosphric Science」に掲載された海水温についての国際研究結果によると、2019年の海水温は1981年~2010年の平均より0.075度上回ったということです*1。
水深2000m以上の海水温度に関する長期データの蓄積から明らかになりました。
実際のところ、海水の温度は上昇を続けています(図1)。
図1 海水の熱エネルギー蓄積量(出典:Advances in Atmosphric Science)
https://link.springer.com/content/pdf/10.1007/s00376-020-9283-7.pdf p138
※比較対象は1981-2010年の平均。
0.075度の上昇というと実感はあまりないかもしれませんが、2019年では、世界の海洋が直近の数十年で吸収してきたエネルギー量は228ゼタジュール(=ZJ、10の21乗ジュール)にのぼっています*2。
また、過去25年で世界の海洋に吸収された熱量は、広島型原子爆弾36億個分に相当するといいます*3。途方もない数字です。
そしてこの海洋温暖化はすでに地球環境に異常気象を引き起こしていると論文は指摘しています。
温度上昇は海水の蒸発量を増やすため、その結果として大雨や洪水をもたらします。蒸発が進むと大気の循環は非常に大きなものになり、大雨を降らせた後の乾いた空気が他の地域に流れ込みます。こうしてもたらされた乾燥が2019年以降相次いでいるアマゾンやオーストラリア、カリフォルニアの森林火災の一因になっているとしています*4。
また、同時にCO2そのものの吸収が進むことで海中の酸素濃度が減少し、海中の生態系を乱しているともしています。
オーストラリア森林火災の原因「インド洋ダイポールモード」
また、2019年から2020年にかけての大規模なオーストラリアの森林火災を引き起こした原因の一つに、「インド洋ダイポールモード現象」が挙げられています。
インド洋ダイポール(IOD)には「正のイベント」「負のイベント」があります。いずれもインド洋近辺の海水温の変化によって引き起こされます(図2)。
図2 インド洋ダイポールモード現象の2つのイベント(出典:JAMSTEC)
http://www.jamstec.go.jp/aplinfo/sintexf/iod/about_iod.html
※図の白い部分は対流の活発な地域を示す。
インド洋ダイポールモード現象は、インド洋西部の海面温度が平均値より高いか低いかのどちらかに偏った時に発生し、世界の広い地域に異常気象をもたらします。5、6年に一度程度の頻度で、北半球の夏から秋にかけて発生します。
平年よりも海水温の低い「正のイベント」(図2左)が起きた時は、大気の対流活動が活発な地域が西へと移動し、東アフリカで豪雨を、インドネシアやオーストラリアなどに厳しい干ばつを引き起こします。
一方「負のイベント」(図2左)はその真逆の現象を引き起こします。
そして実際、2019年には大規模なインド洋ダイポールモード現象の「正のイベント」が発生しており、オーストラリアで起きた大規模森林火災の大きな原因と捉えられています。
インド洋ダイポールモード現象は日本にも影響を及ぼすようになっていて、日本の暖冬もその一環です。
インド洋ダイポールモード現象と温暖化の関係については研究が進められているところですが、永年的に「正のイベント」が発生しやすくなるとの解釈もあります。
海水温のわずかな変化が、世界各地に甚大な被害をもたらすのです。
日本近海の海水温変化
さて、日本近海の海水温はどのように変化しているでしょうか。
気象庁によると、ここ100年の日本近海の海水温の変化は、以下のようになっています(図3)。基準平年値は1981年〜2010年の30年間の平均値です。
2019年までのおよそ100年間にわたる海域平均海面水温(年平均)の上昇率は100年あたり+1.14℃です。 この上昇率は、世界全体で平均した海面水温の上昇率(+0.55℃/100年)よりも大きく、日本の気温の上昇率(+1.24℃/100年)と同程度の値になっています。
図3 日本近海の全海域平均海面水温(年平均)の平年差の推移(出典:気象庁)
https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/data/shindan/a_1/japan_warm/japan_warm.html
また、地域別のここ100年温度上昇はこのようになっています(図4)。
図4 日本近海の海域平均海面水温(年平均)の上昇率(℃/100年)(出典:気象庁)
https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/data/shindan/a_1/japan_warm/japan_warm.html
全体的に海面温度は上昇しています。日本海側で海面温度上昇が大きくなっているのが特徴で、特に日本海北部では、日本近海の平均を上回っています。
猛暑の一因になっている可能性が十分に考えられています。
また、海産物の不漁あるいは漁場の北上、漁獲時期の変化などもこうした海水温の変化から起きています。
例えばスルメイカの漁場は、青森近海では7月がピークでした。しかし海水温の変化を元に魚群の位置を予測し直したところ、6月には魚群が青森近海に北上していることがわかっています*5。
漁業では、漁獲場所や漁獲時期の変化への新たな対応を求められています。
また、近年日本近海に出現し、網にかかることで魚の収穫を大きく阻害する巨大クラゲの出現も、温暖化による海水温の変化が一因と考えられています*6。
図5 日本近海に発生するエチゼンクラゲ(出典:水産研究・教育機構)
http://tnfri.fra.affrc.go.jp/kaiyo/POMALweb/photo%20gallery%20jelly%202.html
巨大クラゲの一種であるエチゼンクラゲは冬になると、岸近くで死んで腐敗してしまいます。死骸が微生物などによって分解される際には酸素を必要としますから、海中が低酸素化するという影響も出ます。
海水温が予言する地球環境の変化
現在まで、温暖化の進行は海によって抑えられてきたとも言えるでしょう。人間活動の負の側面の解消を海に頼ってきたとも言えます。
しかし、かつてないペースでの海水温上昇は、陸上に直接的な形で大規模自然災害をもたらし始めました。海の許容範囲を超えてしまったとも言えるでしょう。
また、温度上昇は近年危惧されている氷河や氷床の融解を促進し、海面上昇の大きな原因になっているほか、海のCO2吸収のキャパシティーが増えることで海の酸性化が進み、酸性雨の元になります。海水によるCO2や熱の吸収が限界に達した今、温暖化はこれまで以上のペースで進む可能性があります。
すでに始まっている海からの警告を受け入れ、温室効果ガス排出の大幅な削減を急がなければなりません。
参照・引用を見る
*1、3 「2019年の海水温、記録史上最高 国際研究」AFPBB News、2020年1月
https://www.afpbb.com/articles/-/3263530
*2、4 「 Record-Setting Ocean Warmth Continued in 2019」Advances in Atmosphric Science Vol.37,Feb2020
https://link.springer.com/content/pdf/10.1007/s00376-020-9283-7.pdf p138、p140-141
*5 「水温からスルメイカの漁場・水揚港を予測する」水産研究・教育機構 日本海区水産研究所
http://jsnfri.fra.affrc.go.jp/pub/rt/9/5-6.pdf
*6 「水産資源ならびに生息環境における地球温暖化の影響とその予測」水産研究・教育機構 日本海区水産研究所
https://www.fra.affrc.go.jp/kseika/ondanka/siryo1.pdf p10
図1 「 Record-Setting Ocean Warmth Continued in 2019」Advances in Atmosphric Science Vol.37,Feb2020
https://link.springer.com/content/pdf/10.1007/s00376-020-9283-7.pdf p138
図2 「インド洋ダイポールモード」JAMSTEC
http://www.jamstec.go.jp/aplinfo/sintexf/iod/about_iod.html
図3、4 「海面水温の長期変化傾向(日本近海)」気象庁
https://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/data/shindan/a_1/japan_warm/japan_warm.html
図5 日本近海に発生したエチゼンクラゲ(水産研究・教育機構)
http://tnfri.fra.affrc.go.jp/kaiyo/POMALweb/photo%20gallery%20jelly%202.html