自然エネルギーの利活用やプラスチックの削減など、EUの環境政策は常に世界のお手本とされています。
また、2050年までに域内で「気候中立(温室効果ガス排出実質ゼロ)」を達成することなどを盛り込んだ「欧州グリーン・ディール」を公表し、気候変動を最優先課題に据えています。
欧州グリーン・ディールは産業だけでなく、財政・金融や社会政策など、従来環境問題と直接には結びつきのなかった分野も巻き込んだ大きな政策パッケージです。
社会そのものを変革しようとする試みは、COVID-19の影響で落ち込んだ景気刺激策の側面からも期待されています。
環境政策の牽引役
環境問題に関して、欧州レベルでの行動が始まったのは1960年代です。その後EUは世界で高いレベルの環境政策を制定、実施し、世界を牽引する存在になっています。
例えば温室効果ガス排出量についてです。
EUの化石燃料由来のCO2排出量は、世界全体の8.7%にとどまっています(図1)。
図1 世界の化石由来CO2排出量のシェア(出所:「Fossil CO2 emissions of all world countries」)
https://ec.europa.eu/jrc/en/publication/eur-scientific-and-technical-research-reports/fossil-co2-emissions-all-world-countries-2020-report※pdfファイルp11
また、これまでの温室効果ガス排出量削減への取り組みでも大きな結果を残しています(図2)。
2008年から2012年の間で、1900年に比べて8%削減、これは京都議定書の第一約束期間の目標を超過達成するという結果です。
今後2030年には1990年比で少なくとも40%の温室効果ガス削減を達成するとしていましたが(図2)、この数値目標は2020年10月には60%にまで引き上げられています*1。
図2 EUの温室効果ガス排出量削減に向けた進捗
(出所:「Implementing the Paris Agreement Progress of the EU towards the at least -40% target」)
https://ec.europa.eu/clima/sites/clima/files/eu_progress_report_2016_en.pdf p1
EUの温室効果ガス削減は、経済成長と両立しているのも大きなポイントです(図3)。
1990年に比べ、2015年時点ではGDPを約50%増加させているのと同時に、温室効果ガスは約22%削減するという「デカップリング(切り離し)」を実現させています。
図3 EUのGDPと温室効果ガス(GHG)排出量の推移(出所:「Implementing the Paris Agreement Progress of the EU towards the at least -40% target」)
https://ec.europa.eu/clima/sites/clima/files/eu_progress_report_2016_en.pdf p2
再生エネルギー分野で新しく雇用を生み出すという試みも功を奏していると考えられます。
欧州グリーン・ディールと欧州気候法
そしてEUが2019年12月に就任したフォン・デア・ライエン新委員長のもと、政策指針の柱に据えたのが「欧州グリーン・ディール」です。
似たものとして、2008年にアメリカのオバマ大統領が打ち出した「グリーン・ニュー・ディール」という政策がありますが、これとは少し異なっています。
「持続可能性」への挑戦
2008年にオバマ政権が打ち出した「グリーン・ニュー・ディール」政策は、自然エネルギーの普及など地球温暖化対策に公共投資を振り向け、雇用や経済成長につなげるという狙いでした。
温暖化対策と経済成長を同時に達成しようという考えは欧州グリーン・ディールに似ていますが、「グリーン・ニュー・ディール」には、原油価格が高騰する中で国内のエネルギー安全保障問題を解決するという目的もありました。
そのため、シェールガス革命で国内で生産される安い天然ガスが供給されるようになると、政策としては立ち消えてしまうという結果に終わりました。
一方で欧州グリーン・ディールは景気刺激策というよりは、「脱炭素社会」に向けて社会システムそのものを変革しようという大きな野心を持っています(図4)。
図4 欧州グリーン・ディールの概念(出所:「コロナ危機を受けた海外の動向」NEDO)
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/green_innovation/pdf/001_05_00.pdf p14
目標は「2050年に気候中立(温室効果ガス排出実質ゼロ)の実現を目指す」というものです。
その最大の特徴は、製造業など直接温室効果ガスを排出する分野だけでなく、金融、ITなどを含めるあらゆる分野の政策を環境対策に向けるという点で、50の行動計画が定められていることです。
また、脱炭素社会に向けた社会変革の中で衰退する産業が出現することを見越して「公正な移行メカニズム」を辿るための資金注入も盛り込まれているのも特徴です。
文字通りの「持続可能な経済成長」に向け、社会そのものを変えてしまおうという本気度の表れと言えるでしょう。
そして核となるのが、2020年10月に欧州議会で可決された「欧州気候法」です。
2050年の気候中立を単なる政策ではなく、法的拘束力を持つものにするための法律で、
- 化石燃料産業に対する全ての補助金を2025年末までに段階的に廃止すること
- EUおよび加盟国の気候変動に関する政策を科学的見地から監視する独立の機関「EU気候変動評議会(ECCC)」を設置すること
などが盛り込まれています。
この法律は今後、実際の立法に向けて、欧州議会、EU理事会、欧州委員会の3者での調整が進められます。
コロナ・ショックからの復興に「次世代EU」基金
そして現在、コロナ・ショックで景気が減速する中で、EUは自然エネルギーへの投資での経済復興を呼びかけています。
産業界からは景気回復を優先するために気候変動対策の見直しを求める声が上がっていますが、EUはあくまで欧州グリーン・ディールを推し進める方針です。
そして5月には「Next Generation EU(次世代EU)」という復興計画を発表しました。
図5 Next Generation EUの予算内訳(「コロナ危機を受けた海外の動向」NEDO)
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/green_innovation/pdf/001_05_00.pdf p12
2021年から2027年までの1.1兆ユーロ(約130兆円)の予算に加え、臨時措置として7,500億ユーロ(約90兆円)を投じてその大半を欧州グリーン・ディール関連分野に投じるというものです(図5)。
自然エネルギー投資の経済効果
コロナ・ショックからの復興について、国際機関はEUのような自然エネルギーへの投資を主張しています*2。
まずIEA=国際エネルギー機関は経済の安定性の側面から、原油は価格・需給が不安定であることをこのように指摘しました。
- 原油価格に支えられる産油国経済はグローバルなエネルギー市場の変化に大きな影響を与える。原油価格は産油国だけではなく、グローバルな社会の安定性に関わる
- エネルギー需要としては、効率向上やEV(電気自動車)の普及が拡大し、各国政府も取り組みを強化していることなどにより、原油の長期的な需要の見通しに疑問が生じている
これらの事情を踏まえて、「原油価格に依存しない経済」「景気回復策としての再生可能エネルギーへの変革」を強調しています。
また、IRENA=国際再生可能エネルギー機関は、現在から2050年までの複数のシナリオを検討し、
- 再生可能エネルギーに大型の投資を行い、2050年までにエネルギー関連のCO2排出量を70%削減するというシナリオにおいては、現状の政策を引き続き実行するよりもコストは19兆ドル多くかかるが、世界GDPを98兆ドル押し上げる効果がある
- また、再エネへの大型投資を行うシナリオでは、再エネ部門での雇用数は、現在から4倍になり、4200万人に達すると予測。気候変動対策にもなり、健康、福祉の面からも利点がある
という見込みを示しています。
国連が指摘する「気候変動と感染症の関係」
国連環境委員会は、感染症と環境問題には密接な関係があるという考えを示しています。
これまでに発生してきた新規の感染症のうち60%は人獣共通の感染症であり、かつこれまでに発生してきた感染症の75%は動物を介して人間の間で広がっているという指摘です*3。
MERS、SARS、エボラ、鳥インフルエンザ(avian flu)がこれにあたり、多数の死者を出し、同時に大きな経済損失をもたらしてきたとしています(図6)。
図6 過去の感染症による経済損失と死亡者数(出所:「Six nature facts related to coronaviruses」UNEP)
https://www.unenvironment.org/news-and-stories/story/six-nature-facts-related-coronaviruses
そして、
- 人獣共通感染症の発生原因は環境の変化であり、それは土地利用から気候変動に至るまでの人間活動の結果である。環境の変化によって動物または人間といった宿主に変化が起き、ウイルスもまたその都度進化を遂げていく
- 例えばコウモリに関するウイルスは、森林伐採や農地の拡大によりコウモリの生息地が失われたことで発生した。夜間の受粉や昆虫を食べるなど、コウモリは生態系において重要な役割を担っている
- 生態系の完全性が、他の動物からのウイルスの漏洩や増幅を妨げる役割を担っており、生物多様性を維持することで感染症をコントロールすることができる
と強調しています(図7)。
図7 環境変化と感染症の関係(出所:「Six nature facts related to coronaviruses」UNEP)
https://www.unenvironment.org/news-and-stories/story/six-nature-facts-related-coronaviruses
人間活動による環境破壊が新しい感染症を生み出し、人間に襲いかかっているのだという指摘です。
「誰ひとり取り残さない」経済成長のために
温暖化対策をはじめとする環境対策と経済成長の両立はSDGsの主要項目です。
コロナ・ショックを逆手に取り、社会システム変革の大きな契機にしようというEUの試みは見習うべきチャレンジです。
中でも、公正な産業移行メカニズムを辿るために「衰退産業への支援資金」を盛り込んでいる点はまさに「次世代」を象徴する画期的なもので、単純な環境対策とは趣を異にしています。
COVID-19のパンデミックによって世界各地でロックダウンが相次いだ間、世界中でCO2の排出が大幅に減少したという出来事がありました(図8)。
図8 COVIDー19とCO2排出量(出所:「コロナ危機を受けた海外の動向」NEDO)
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/green_innovation/pdf/001_05_00.pdf p5
再びロックダウンを行う国が出てくるなど、パンデミックの影響はいつまで続くのか不透明な状況ではありますが、人間と自然環境との関係を改めて考えるきっかけとしても捉えたいところです。
参照・引用を見る
図1「Fossil CO2 emissions of all world countries」)
図2、3「Implementing the Paris Agreement Progress of the EU towards the at least -40% target」
https://ec.europa.eu/clima/sites/clima/files/eu_progress_report_2016_en.pdf p1、2
図4、5、8「コロナ危機を受けた海外の動向」NEDO
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/green_innovation/pdf/001_05_00.pdf p14、12、5
図6、7「Six nature facts related to coronaviruses」UNEP
https://www.unenvironment.org/news-and-stories/story/six-nature-facts-related-coronaviruses
*1「欧州議会の常任委員会、2030年温室効果ガス60%削減の修正案を可決」JETRO
https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/09/8655043fabaeffa9.html
*2「コロナ危機を受けた海外の動向」NEDO
https://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/green_innovation/pdf/001_05_00.pdf p7
*3 「Six nature facts related to coronaviruses」UNEP
https://www.unenvironment.org/news-and-stories/story/six-nature-facts-related-coronaviruses
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