地球温暖化問題で議論に上がることが多いのは二酸化炭素ですが、二酸化炭素以外にもメタンが地球温暖化に深刻な影響を及ぼしていることをご存知でしょうか。
メタンは温室効果ガスのひとつで、単位当たりの温室効果は二酸化炭素の20倍以上とされています(図1)。
メタンの発生源は多岐にわたり私たち人間の生産、消費活動にも深く関係しています。
特に近年メタンの発生源として、牛肉や乳製品のために飼育されている牛の飼育が問題視されています。
この記事では地球温暖化に深刻な影響を及ぼすメタンについてご紹介します。
温室効果ガスの一つであるメタンとは
地球温暖化の原因となっている温室効果ガスにはさまざまな種類があります。
図1は地球温暖化の原因となっている主な温室効果ガスの特徴です。
この記事のテーマであるメタンも温室効果ガスのひとつで化学式ではCH4と表記されます。
図1 温室効果ガスの特徴
*出典1:全国地球温暖化防止活動推進センター「温室効果ガスの特徴」
https://www.jccca.org/chart/chart01_02.html
メタンは天然ガスの主成分でもあり、常温で気体の引火性の物質です。
有機物が腐敗または発酵する際にも発生します。
図1を見るとメタンの地球温暖化係数が25となっており、二酸化炭素と比較して温室効果が高いことがわかります。
地球温暖化係数とは二酸化炭素を基準として他の温室効果ガスの単位体積当たりの温暖化能力を表した数字のことです。
次の図2は温室効果ガスの総排出量に対する各温室効果ガスの割合です。
図2 温室効果ガスの特徴
*出典2:気象庁「温室効果ガスの割合」
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/chishiki_ondanka/p04.html
温室効果ガスの総排出量の15.8%を占めているメタンは、二酸化炭素に次いで地球温暖化の原因となっています。
一方でメタンは温室効果が大きいのですが、発生して消滅するまでの大気中の寿命は短いという特徴もあります。
次の図3はメタン(CH4)と大気寿命の長い一酸化二窒素(N2O)の地球全体の収支の比較です。この二つの温室効果ガスの大気寿命には10倍もの差があります。
図3 大気中のメタンと一酸化二窒素収支の概念
*出典3:地球環境研究センター「二酸化炭素以外の温室効果ガス削減の効果」
http://www.cger.nies.go.jp/ja/library/qa/15/15-1/qa_15-1-j.html
寿命が短く消滅が速いメタンは、図のように大きな穴の開いた風呂桶に例えられます。
そのため人間の活動によって排出されているメタンを早急に削減できれば、比較的速くメタンの大気濃度を今より低い水準に戻すことが可能です。
メタンの削減は短期間で気候変動を抑制できる即効性があると考えられています。
では人間の活動によって排出されるメタンにはどのようなものがあるのでしょうか。
次の図4は世界でのメタン循環の概要です。
図4 グローバルなメタン循環の概要
*出典4:国立環境研究所「グローバルなメタン収支」(2017)
https://www.nies.go.jp/kanko/news/36/36-3/36-3-04.html
メタンは牛や羊などの反芻動物の腸内発酵、水田、埋立地、化石燃料の発掘・使用などで排出されます。
これらの人間活動に関係するメタンの排出は図4の赤の矢印で表されます。
黒の矢印は産業革命前の自然状態で、メタンは湿原や淡水、シロアリなどからも放出されています。
また北極域に存在する永久凍土にもメタンが存在しており、地球温暖化によって永久凍土が溶けることで大量のメタンが放出されることが懸念されています。
人間の活動によって排出されているメタンとしては、家畜の腸内発酵が約3割を占めています。(図5)
図5 人間活動に起因するメタンガス排出源の内訳
*出典5:NEDO「米国政府によるメタン市場化パートナーシップ」(2009)p9
https://www.nedo.go.jp/content/100105764.pdf
メタンを多く排出する家畜としてまず挙げられるのが、牛肉や乳製品として私たちの食生活でもなじみのある牛です。
牛をはじめとしたヒツジやヤギなどの反芻動物は4つの胃袋を持っていて、一度食べた草をもう一度口に戻して咀嚼します。
このように反芻することで餌を消化しますが、その消化の過程でメタンを生成します。
反芻動物は消化の過程で生成したメタンをげっぷやおならとして外に排出します。
他にもメタンの排出源として多いのが日本人の生活とは切っても切り離せない稲作です。
水田はいわば人工的な湿原であり、稲わらなどの有機物が分解されることでメタンを排出します。(図6)
図6 水田におけるメタンの発生
*出典6:農環研ニュース「世界の水田からのメタン発生量とその削減可能量の推定」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/sinfo/publish/niaesnews/088/08806.pdf
水田を有しているのは日本だけではなく、アジアを中心に世界各地で稲作は営まれています。
そのため中国やインドなどアジアの各国の水田から多くのメタンが排出されています。
家畜の飼育や稲作によるメタンの排出は産業革命以前からもありましたが、世界の人口増加や食糧事情の変化によってより増加しています。
メタン排出量の現状
ご紹介したようにメタンは二酸化炭素の次に地球温暖化に影響を与えている温室効果ガスです。
ここではメタン排出量の世界での現状をみていきましょう。
図7は地球全体のメタン濃度の経年変化です。
メタン濃度はこの30年間で上昇していることがわかります。
2000年代前半は一時的に上昇が緩やかになっていますが、2010年以降は濃度上昇が加速しています。
図7 地球全体のメタン濃度の経年変化
*出典7:気象庁「メタン濃度の経年変化」(2020)
https://ds.data.jma.go.jp/ghg/kanshi/ghgp/ch4_trend.html
また2020年に発表された2000年から2017年までの世界のメタン収支では、メタン排出量は過去20年で10%増加したと報告されています。先にもふれたようにメタンには酪農や農業、化石燃料の使用などの人為起源と湿原や沼地などから発生する自然起源があります。
図8の2000年から2017年までのメタン収支の図でオレンジの部分が人為的起源、緑の部分が自然起源です。
図8 2008年-2017年の世界のメタン収支
*出典8:国立環境研究所「世界のメタン放出量は過去20年間に10%近く増加 主要発生源は、農業及び廃棄物管理、化石燃料の生産と消費に関する部門の人間活動」(2020)
http://www.nies.go.jp/whatsnew/20200806/20200806.html
この報告によれば、メタンの総放出量の約6割は人為起源によるものが占めています。
そして過去20年では自然起源のメタンはほぼ増加しておらず、人為起源のメタンのみが増加しています。
国内外でのメタン排出削減の対策
温暖化に影響を与えるメタンを削減するために国内外で様々な規制や取り組みが実施されています。
メタン排出削減の海外事例
世界ではメタン排出を削減するために2004年から米国主導の「メタン市場化パートナーシップ」というプロジェクトを発足しています。メタン市場化パートナーシップではコスト面で効率の良いメタンの回収・利用を促進することでメタンの削減を目指しています。
このプロジェクトには世界30か国のNGOや金融機関など、約900団体が参加しており、画期的なメタン削減プロジェクトは助成を受けることができます。
また酪農大国であるニュージーランドでは、メタン抑制のために様々な取り組みを実施しています。
図9に示す通り、ニュージーランドの温室効果ガスの排出量の36%が家畜由来となっています。
そしてメタンを含む温室効果ガスが過去30年で20%増加しています。
図9 ニュージーランドでの温室効果ガス排出量の内訳
*出典9:独立行政法人農畜産業振興機構「ニュージーランドの酪農業界における環境問題への取り組み」p98
https://www.alic.go.jp/content/001167487.pdf
そのためニュージーランドでは酪農業界での温室効果ガス削減が急務であり、さまざまな施策や研究が進められています。
具体的にはメタン排出の少ない遺伝子を持つ家畜の改良やメタンの排出を抑えるワクチンの開発などです。
ニュージーランドの乳業メーカーでは、100戸以上の酪農農家を選定し農場における温室効果ガスを測定しレポートを作成しています。(図10)
メタンの排出源などの詳細なデータを収集することで、他の酪農農家と情報共有することを目的としています。
図10 酪農家向けに提供する温室効果ガス排出量に関するレポート例
*出典9:独立行政法人農畜産業振興機構「ニュージーランドの酪農業界における環境問題への取り組み」p100
https://www.alic.go.jp/content/001167487.pdf
また欧米を中心に世界では大豆などの植物由来の代替肉市場が急成長しています。食肉の消費を減らすことで、畜産由来のメタン排出削減の本質的な解決につながります。
海外では環境意識の高い層を中心に「脱ミート」が流れが強まっており、大手ファーストフードチェーンや食品メーカーでも代替肉の導入が進んでいます。次の図11は代替肉の世界の市場規模の予測と地域別の成長率です。最大のシェアを占めているのが欧州でその次に北米が続きます。また今後中国で市場が拡大されることが予想されており、アジア太平洋地域では高い成長率が見込まれています。
図11 代替肉の世界市場規模(2018年&2023年)及び地域別の代替肉市場規模(2023年)と成長率(2018年-2023年)
*出典10:日経研月報「代替肉と培養肉に関する調査研究」(2019)p4
https://www.jeri.or.jp/membership/pdf/research/research_1910_01.pdf
メタン排出削減の日本での取り組み
次に日本国内でのメタン排出削減の取り組みや研究についてご紹介していきます。
日本国内では家畜由来のメタン排出を減らすために、メタンを出しにくい飼料の開発の研究も進んでいます。
信州大ではタンニンを含む食品由来資源を家畜飼料にすることでメタン生成を抑制する研究が行われています。(図12)
図12 未利用資源(食品系素材)の飼料化によるエネルギー循環系の構築
*出典11:信州大学農学部「未使用資源(食品系素材)の飼料化によるエネルギー循環系の構築」
http://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/agriculture/lab/ueno/research/theme01.html
この研究では食品廃棄物などの未利用資源を使用することで食品ロスを減らし、資源循環サイクルの構築も目的としています。
また米を主食としている日本では、水田から排出されるメタンの抑制にも取り組んでいます。
水田でのメタン抑制で効果的なのが水管理です。土壌に酸素を供給することでメタンの発生を抑制できます。(図13)
図13 メタン発生を抑制する水田の水管理
*出典12:独立行政法人農業環境技術研究所「メタン:水田から出る温室効果ガス」(2009)
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/114/mgzn11412.html
そのため水田に水を張る湛水と水を抜く落水を繰り返す間断灌漑(かんがい)を実施することで、収穫量をそのままにメタン排出量を減らすことができます。
全国各地の水田で実施された試験結果によると水田の水を抜いて乾かす「中干し」を一週間延長することで平均約30%のメタンの発生が抑制されました。(図14)
図14 中干しの延長によるメタン発生削減効果
*出典13:独立行政法人農業環境技術研究所「水田メタン発生抑制のための新たな水管理技術マニュアル」(2012)p8
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/techdoc/methane_manual.pdf
この方法は費用や労力がかからないことから、アジア諸国での普及も期待されています。
まとめ
地球温暖化というと二酸化炭素にばかり意識が向きがちですが、温室効果が高いメタンも温暖化に重大な影響を及ぼしています。一方でメタンは大気寿命が短いことから排出量を抑制できれば気候変動の緩和に大きく貢献すると考えられています。
エネルギー消費を抑える二酸化炭素排出削減のアプローチとは異なり、メタンの抑制には牛肉や乳製品、米などの私たちの生活に密接な食品の生産・消費が深く関係しています。とはいえメタンを排出するすべての食品を生活から排除することは現実的ではありません。
まずは消費者として私たちの食生活が地球温暖化に関係していることを知り、食品ロスを減らしたり持続可能な製品を選ぶなど、明日からできるアクションについて考えてみることから始めてみましょう。
参照・引用を見る
- 全国地球温暖化防止活動推進センター「温室効果ガスの特徴」
https://www.jccca.org/chart/chart01_02.html
- 気象庁「温室効果ガスの割合」
https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/chishiki_ondanka/p04.html
- 地球環境研究センター「二酸化炭素以外の温室効果ガス削減の効果」
http://www.cger.nies.go.jp/ja/library/qa/15/15-1/qa_15-1-j.html
- 国立環境研究所「グローバルなメタン収支」(2017)
https://www.nies.go.jp/kanko/news/36/36-3/36-3-04.html
- NEDO「米国政府によるメタン市場化パートナーシップ」(2009)p9
https://www.nedo.go.jp/content/100105764.pdf
- 農環研ニュース「世界の水田からのメタン発生量とその削減可能量の推定」
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/sinfo/publish/niaesnews/088/08806.pdf
- 気象庁「メタン濃度の経年変化」(2020)
https://ds.data.jma.go.jp/ghg/kanshi/ghgp/ch4_trend.html
- 国立環境研究所「世界のメタン放出量は過去20年間に10%近く増加 主要発生源は、農業及び廃棄物管理、化石燃料の生産と消費に関する部門の人間活動」(2020)
http://www.nies.go.jp/whatsnew/20200806/20200806.html
- 独立行政法人農畜産業振興機構「ニュージーランドの酪農業界における環境問題への取り組み」p100
https://www.alic.go.jp/content/001167487.pdf
- 日経研月報「代替肉と培養肉に関する調査研究」(2019)p4
https://www.jeri.or.jp/membership/pdf/research/research_1910_01.pdf
- 信州大学農学部「未使用資源(食品系素材)の飼料化によるエネルギー循環系の構築」
http://www.shinshu-u.ac.jp/faculty/agriculture/lab/ueno/research/theme01.html
- 独立行政法人農業環境技術研究所「メタン:水田から出る温室効果ガス」(2009)
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/magazine/114/mgzn11412.htm
- 独l立行政法人農業環境技術研究所「水田メタン発生抑制のための新たな水管理技術マニュアル」(2012)p8
http://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/techdoc/methane_manual.pdf