ミツバチをはじめとするポリネーターは、花粉を運ぶことで地球の生態系を支えています。
花を咲かせる植物のほとんどは受粉をポリネーターに依存しており、私たちの食生活を支える野菜や果物、お茶やコーヒーなども例外ではありません。
しかし地球温暖化や農薬の影響によってポリネーターをとりまく環境にも異変が訪れ、その数は急速に減少しています。
世界各地でミツバチの消失現象が報告されており、ポリネーターによって支えられている生態系の崩壊が懸念されています。
この記事ではポリネーターの役割とポリネーターと関係の深い養蜂について紹介します。
ポリネーター(花粉媒介者)とは
ポリネーターとは花粉媒介者や送粉者とも呼ばれる花粉を運ぶ昆虫・動物のことです。
ミツバチに代表されますが、チョウ、アブなどの昆虫をはじめコウモリやカタツムリもポリネーターの仲間です。
陸上生態系の基盤となっている被子植物(花を咲かせる植物)の約90%が受粉をポリネーターに頼っていると言われています。
ではなぜポリネーターは花粉を運ぶのでしょう。
図1はミツバチによる受粉の仕組みです。
図1 ミツバチによる受粉の仕組み
*出典1:兵庫県 みつばち協議会「ミツバチにうまく働いてもらうために 」(2012)p4
https://web.pref.hyogo.lg.jp/nk13/documents/h24mitubatiii.pdf
ミツバチにとって花蜜や花粉は幼虫の栄養や巣の材料になるため、多くの花を訪れます。
花を訪れてそれらを収集し貯蔵するミツバチの行動が、花にとっては受粉となります。
ミツバチにとって花は生きるために必要不可欠な存在であり、また花もミツバチがいなければ子孫を残すことができません。
ミツバチは花を選り好みしないので利用する花の種類が豊富です。
さらにほとんどの農作物の受粉に使えることからポリネーターに特に適している昆虫です。
ポリネーターの行う花粉媒介は生物多様性がもたらす恩恵である生態系サービスのひとつでもあり、地球の環境と私たちの暮らしを支えています。(図2)
図2 生態系サービスの分類例
*出典2:みんなで学ぶ、みんなで守る生物多様性「生物多様性と生態系サービス」
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/activity/policy/valuation/service.html
図2で調整サービスに分類されるポリネーターによる花粉媒介は、植物の多様性を維持する役目を果たしており森林や里山など゙豊かな自然を支えています。
さらに農作物だけでなく、ミツバチの場合は蜂蜜や蜜蝋、ローヤルゼリーなどの自然の恵みももたらします。
ポリネーターによる花粉媒介を安定させることは農作物の収穫の増加につながります。
つまり私たちの食卓に登場する農作物はポリネーターの活躍によって支えられているのです。
次の図3は送粉昆虫の貢献が大きい農作物の図で、第一位のリンゴからメロン、スイカ、梨とおなじみの果物が続きます。
図3 送粉昆虫の貢献が大きい作物
*出典3:農林水産省「花を訪れる昆虫はなぜ農業に必要か?」p8
https://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/files/no111_6.pdf
世界の食料の9割を占める100種の農作物のうち、なんと2/3以上がポリネーターの存在が不可欠と言われています。
つまりミツバチなどのポリネーターがいなくなると、スーパーに並ぶ食品が1/3になってしまうということです。(図4)
図4 ポリネーターが減ると食料不足になる?
*出典4:Honda森の学校HP「森を知る。森を守る。」
https://www.honda.co.jp/philanthropy/contents/special/column/kankyo_school/study/forest/
ポリネーターが減ることで豊かな自然の生態系が失われ、さらには深刻な食糧危機を招きます。
普段は意識することのない小さな生き物たちが、地球環境と私たちの生活を維持するために重要な役割を担っているのです。
世界のミツバチ消失現象 〜ポリネーターに迫る危機〜
生態系を維持し食物の生産を助けるポリネーターに、現在深刻な危機が迫っています。
1990年代以降、代表的なポリネーターであるミツバチの大量死や大量失踪が世界各地で報告されています。
ヨーロッパで始まったミツバチの消失現象は蜂群崩壊症候群(Colony Collapse Disorde:CCD)と呼ばれ、2007年春までに北半球の1/4のミツバチが消失しています。(図5)
図5 ミツバチ大量死やCCDが起きた国
*出典5:NPO法人 ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議「新農薬ネオニコチノイドが脅かす ミツバチ・
態系・人間」(2016)p2
https://kokumin-kaigi.org/wp-content/uploads/2017/04/neonicover3-1.pdf
特にミツバチの減少が著しいアメリカでは、2006年秋から現在に至るまでミツバチが一夜にして消失する現象が続いています。
図6は米国農務省が記録している1944年から2008年までの蜂群数の変化で、2008年には最高数を記録した1940年代と比較して約60%が減少しています。
図6 1944年から2008年にかけての蜂群数の変化(1982〜1985年は統計なし)
*出典6:農林水産省 農林水産技術会議事務局 筑波産学連携支援センター「世界におけるミツバチ減少の現状と欧米における要因」(2011)p67
https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2030831164.pdf
なぜミツバチの消失現象が発生しているのでしょうか。
ミツバチの消失現象の原因として地球温暖化による気候変動、農業形態の変化、農薬の使用、寄生虫やウィルスの蔓延などが考えられていますが断定には至っていません。(図7)
図7 ミツバチ減少の原因は?
*出典5:NPO法人 ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議「新農薬ネオニコチノイドが脅かす ミツバチ・生態系・人間」(2016)p5
https://kokumin-kaigi.org/wp-content/uploads/2017/04/neonicover3-1.pdf
環境の異なる世界各地で発生していることから原因は一つだけとは考えにくく、さまざまな要因が複合的に作用していると推測されています。
海外の研究でミツバチ消失の原因として有力視されているのが、ネオニコチノイド系の農薬の使用です。
ネオニコチノイド系の農薬とは、1990年代から使用され始めた殺虫を目的とした農薬です。タバコに含まれるニコチンに似た物質を主成分としています。
ネオニコチノイド系農薬はミツバチの神経系に作用することで帰巣本能や方向感覚を失わせてしまいます。そのため、たとえ低用量でもミツバチが巣に戻れなくなってしまうと言われています。
EUではネオニコチノイド系農薬の影響を危険視しており、万が一のことを考慮して使用を避ける「予防原則」の観点から使用規制が進んでいます。(図8)
図8 EUにおけるネオニコチノイド系農薬の使用制限
*出典7:日本生協連「ミツバチとネオニコチノイド系農薬」p22
https://jccu.coop/food-safety/qa/pdf/qa03_04_04.pdf
海外では規制が進んでいる反面、日本では科学的確証を得るための検証を進めている段階でネオニコチノイド系農薬の規制には至っていません。
当面の対策としてミツバチの活動時間に農薬の散布をしないように注意喚起を呼びかけています。
また一部の農家や養蜂家の間ではネオニコチノイド系農薬を使用しない農作物の認証システムを作る動きもあります。
一方で使用基準の緩和を段階的に実施しており、世界の流れとは逆行しているとの指摘もあります。
ポリネーターを救う?養蜂の役割とは
最後にポリネーター減少の打開策となる、ミツバチを管理し増やす養蜂について紹介します。
養蜂とは蜂蜜や蜜蝋、ローヤルゼリーを採取するために巣箱でミツバチを飼育することです。養蜂は古くから世界各地で営まれており、ロシアや中国、ヨーロッパ、北米などの温帯・亜寒帯地域で特にさかんに行われています。
ミツバチを飼育することは蜂蜜をとることだけが目的ではありません。飼育したミツバチによる花粉媒介の後押しをすることで自然環境や農業に大きく貢献しています。
近年の養蜂では、蜂蜜の採取よりもポリネーターとしての利用の割合が増加しています。
ビニールハウス内で栽培される農作物は野生のポリネーターによる受粉ができないため、管理されたミツバチによる受粉が必要です。
生食でのイチゴ消費量が世界一位である日本では、ビニールハウス栽培によるイチゴの生産もポリネーターであるミツバチによって支えられています。
ポリネーターがもたらす生態系サービスは農業に大きく貢献しており、その経済価値は推定で4,731億円にのぼります。(図9)養蜂のセイヨウミツバチの貢献度も高く、730億円になっています。
図9 送粉者別貢献額(2013年)
*出典3:農林水産省「花を訪れる昆虫はなぜ農業に必要か?」p8
https://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/files/no111_6.pdf
近年では国産蜂蜜の需要が高まったことや自然とのつながりを見直すための環境教育として都市養蜂の活動がさかんです。
都市養蜂とは都市部のビルの屋上や公園、遊休地を利用した養蜂で「ミツバチプロジェクト」として全国的な広がりを見せています。
同様のプロジェクトはパリやサンフランシスコ、ニューヨークなど世界の主要都市でも実施されています。
「ミツバチプロジェクト」では蜂蜜の採取だけでなく、環境教育や食育、ご当地ミツバチ販売による地域ブランディング、都市の緑化活動、蜜源調査などさまざまな目的があります。
都市部のミツバチが増えることで受粉機会を失っていた都会の木々の受粉や結実を助け、周辺の緑や草花が増えることも期待されます。
さらに増えた植物を目的に野鳥が戻ってくるなど、健全な生態系の再生にもつながります。
都市においてもミツバチはポリネーターとして生態系サービス(自然の恵み)をもたらしてくれます。(図10)
図10 ミツバチの働き(生態系サービス)
*出典8:鹿島建設株式会社 環境本部「ミツバチプロジェクトによる都市域の生物多様性への取組み」(2011)
http://www.uit.gr.jp/members/thesis/pdf/honb/306/306.pdf
都市養蜂は自然とのつながりを感じることが難しい都市部の子どもにとって、環境に対する興味・関心を促進することが期待されています。
実際に参加してミツバチのライフスタイルについて学ぶことで、環境や自然に対して自分にできることはなにかを考えるきっかけを与えてくれるでしょう。
まとめ
植物の受粉を助けるポリネーターは、私たちの「食」との関わりが深くとても重要な役割を担っています。
しかし近年ポリネーターが大量に消失してしまうなどの深刻な事態に陥っており、それは人間の活動によるものだと推測されています。
ミツバチは環境の異変に敏感な生き物で、ミツバチの消失はその生息地の生態系の崩壊を警告してるとも言われています。
世界各地で発生しているポリネーターの消失現象は、より大規模な自然界の変異の前触れかもしれません。
もしミツバチが絶滅してしまうと、朝コーヒーを飲みサラダやフルーツを食べるそんな普通の生活も失われることでしょう。
ポリネーターの現状と人間の活動との関係について知ることは、環境問題との関わりについて今一度考えてみるきっかけになるかもしれません。
参照・引用を見る
- 兵庫県 みつばち協議会「ミツバチにうまく働いてもらうために 」(2012)p4
https://web.pref.hyogo.lg.jp/nk13/documents/h24mitubatiii.pdf
- みんなで学ぶ、みんなで守る生物多様性「生物多様性と生態系サービス」
https://www.biodic.go.jp/biodiversity/activity/policy/valuation/service.html
- 農林水産省「花を訪れる昆虫はなぜ農業に必要か?」p8
https://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/files/no111_6.pdf
- Honda森の学校HP「森を知る。森を守る。」
https://www.honda.co.jp/philanthropy/contents/special/column/kankyo_school/study/forest/
- NPO法人 ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議「新農薬ネオニコチノイドが脅かす ミツバチ・生態系・人間」(2016)p2
https://kokumin-kaigi.org/wp-content/uploads/2017/04/neonicover3-1.pdf
- 農林水産省 農林水産技術会議事務局 筑波産学連携支援センター「世界におけるミツバチ減少の現状と欧米における要因」(2011)p67
https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2030831164.pdf
- 日本生協連「ミツバチとネオニコチノイド系農薬」p22
https://jccu.coop/food-safety/qa/pdf/qa03_04_04.pdf
- 鹿島建設株式会社 環境本部「ミツバチプロジェクトによる都市域の生物多様性への取組み」(2011)
- http://www.uit.gr.jp/members/thesis/pdf/honb/306/306.pdf