「環境移民」はこのままでは30年後2億人に! 気候変動に責任を負うべき世界の先進国と日本が連携して取り組むべき対策とは?

現在、人の移動は地球のほとんどの地域に及んでいます。
居住地を離れ移動し移住する人々を移民と呼びますが、人々が故郷を離れるのにはさまざまな理由があります。

そのうち、気候変動によって移住を余儀なくされる人々、いわゆる「環境移民」の問題は現在、深刻化しつつあります。
「環境移民」の状況を把握し、その対策を考えてみましょう。

「環境移民」とは

国連機関である国際移住機関(IMO)は、移民を以下のように定義しています[*1]。

当人の (1) 法的地位、(2) 移動が自発的か非自発的か、(3) 移動の理由、(4) 滞在期間に関わらず、本来の居住地を離れて、国境を越えるか、一国内で移動している、または移動したあらゆる人

現在、洪水、砂漠化、森林破壊、土砂崩れ、干ばつ、海水面の上昇などの深刻な気候変動によって故郷を離れ、移住を余儀なくされる人々がいます。
彼らは「環境移民」と呼ばれますが、上の定義のように、国境を越える人々と国内移動の2つのタイプがあり、主に後者が問題になっています。

彼らはときに「環境難民」とも呼ばれますが、それはなぜでしょうか。
1951年の「難民の地位に関する条約」では、難民を以下のように定義しています[*2]。

人種、宗教、国籍、政治的意見やまたは特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受けるおそれがあるために他国に逃れた人々

また、難民と同じように、紛争などによって居住地を離れても、国内にとどまっている、あるいは国境を越えずに避難生活を送っている人々は「国内避難民」と呼ばれています。

移民は理由を問わず移住する人々を指すのに対して、難民・国内避難民が移住する理由は「保護の必要性を生じさせる理由」によるものです。
「環境難民」と呼ばれるのはそのためですが、「環境難民」は、先ほどの難民の定義のように必ずしも「迫害を受ける、あるいは迫害を受けるおそれがある」わけではありません。
したがって、「環境難民」は「環境難民」と呼ばれることがあるものの、法で定められた難民とは認められていません。

ここに「環境難民」の困難な状況があります。
法的に認められた難民や国内避難民なら、他国・他地域に受け入れられ、必要なものを提供される権利を持っています。
しかし、「環境難民」は法的な権利をまったく持っていないのです[*3]。

ただ、「環境難民」は、必ずしも独立した問題というわけではありません。
法的な意味での難民、つまり「国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受けるおそれがあるために他国に逃れた人々」が、さらに気候変動の影響も受け、それらの相互作用によって問題が複雑化しているケースも多くあります。

本稿では、以上のような状況を押さえた上で、「環境移民」という用語を使うことにします。なぜなら、「環境難民」は必ずしも国際的・法的な難民の定義と合致しないためです。

「環境移民」の状況
~地方から都市への移民~

環境移民による移住は多くの場合、発展途上国の国内で生じています。
2016年に5,000万人いた環境移民は2050年までに2億人に上ると推測されています。その90%が途上国に住む人々で、彼らは生活のために自国の都市部に移住しています。
2008年には世界の都市人口が初めて農村人口を超えましたが、今後は環境移民によって途上国の都市部はさらに肥大化していくとみられています[*4]。

~事例~

ここで事例をいくつかご紹介します[*4]。

 

  • ケニア、エチオピア

ケニアとエチオピアでの環境移民問題は深刻です。
これらの地域はアフリカの中でも特に干ばつの被害が深刻ですが、それに加え、牧畜の餌や水をめぐる部族間の抗争が人々を苦しめ、その困難を逃れるために、多くの人々が首都をめざして移動します。

ケニアの首都ナイロビにいる環境移民の74%が1991年~2008年に移住してきた人々です。ナイロビの面積の5%をスラムが占め、そこに人口の約60%が暮らしています。

図1: ケニア国境沿いのエチオピア・セスイ村(左・中)、ケニアの首都ナイロビのスラム(右)撮影: Alessandro Grassani-Institute)
出典: ニューズウィーク日本版「世界が抱える環境移民という時限爆弾」(2016)
https://www.newsweekjapan.jp/picture/185372.php

ケニア国境沿いのエチオピア・セスイ村では、降水がなく、食べ物も飲み物も手に入らず、飢餓に苦しむ人々が増加しています(図1 左・中。このような困難から逃れるため、人々は都市部に移住します。

 

  • バングラデシュ

バングラデシュも深刻な気候変動の影響を受けています。
首都ダッカには毎年30万人が新たに流入していますが、その多くは環境移民です。2016年の人口は1,400万人でしたが、2050年までに5,000万人に達すると推計されています。
ダッカのスラムでは、線路脇で数百人の人々が暮らしています(図2)。

 

図2: ダッカのスラム (撮影: Alessandro Grassani-Institute)
出典: ニューズウィーク日本版「世界が抱える環境移民という時限爆弾」(2016)
https://www.newsweekjapan.jp/picture/185372.php

 

  • モンゴル

モンゴルでは2010年の冬は寒雪害が厳しく、全土で800万頭以上の羊や牛、馬などの家畜が死んでしまいました(図3・左)。
その影響で、約2万人の遊牧民が首都ウランバートルへ移住しました。ウランバートルの人口は過去20年間で倍増し、モンゴルの全人口の半分にあたる120万人以上の人々が住んでいます。
そのうちの半数が郊外のスラムに居住していますが、水道や電気などのインフラも未整備です(図3・右)。元遊牧民である環境移民の失業率は高く、生活は困窮しています。

図3: 寒雪害で死んだヤギを引っ張る人(左)、ウランバートルのスラム(右)撮影: Alessandro Grassani-Institute)
出典: ニューズウィーク日本版「世界が抱える環境移民という時限爆弾」(2016)
https://www.newsweekjapan.jp/picture/185372.php

 

  • ハイチ

ハイチでは森林伐採が進んだ結果、干ばつやハリケーン、洪水などの自然災害による影響を受けやすくなっています。
気候変動によって降雨量が増えたことにより、首都ポルトープランスから60キロほどのアズエイ湖の面積は過去10年で倍増しました。アズエイ湖には、枯れたヤシの木々が残っています(図4・左)。
こうした状況の中、農村部から都市部へと移住する環境移民が増加しています。首都へは毎年、数千人の環境移民が流入し、首都の住民のうち約半数が首都以外の出身です。

図4: アズエイ湖(左)、ドミニカ国境のアンス・ア・ピトル難民キャンプ(右)撮影: Alessandro Grassani-Institute)
出典: ニューズウィーク日本版「世界が抱える環境移民という時限爆弾」(2016)
https://www.newsweekjapan.jp/picture/185372.php

ドミニカ国境のアンス・ア・ピトル難民キャンプには、2015年に不法滞在者対策を強化したドミニカから追放された数百人のハイチ人が暮らしています(図4・右)。
こうした状況から、環境移民は難民キャンプにも居場所を見いだせず、大都市を目指すことになります。

以上のように、環境移民は主に途上国の農村部から都市部に移住しています。そのため、都市の人口が増加し、環境移民が暮らすスラムの状況は厳しい状況に置かれています。

特に厳しい3地域の状況と対策
~サブサハラ・アフリカ、南アジア、ラテンアメリカの状況~

世界銀行グループは2018年に、報告書「OPENKNOWLEDGE 大きなうねり―気候変動による国内移住者への備え」を発表しました[*5]。

同グループの研究チームには、コロンビア大学の国際地球科学情報ネットワークセンター(CIESIN)、ニューヨーク市立大学人口研究所、ポツダム気候影響研究所の研究者とモデラ―が参加しました。
チームは多次元的なモデリングアプローチを使って、特に厳しい状況にあるサブサハラ・アフリカ、南アジア、ラテンアメリカの3地域を対象にして、気候変動による国内移住者の潜在的規模を試算しました。

同報告書では、最悪の場合、2050年までにこの3つの地域で1億4,000万人以上の環境移民が発生する可能性があることが指摘されています。その原因は水不足、作物の不作、海面の上昇、高潮などの深刻化です。
これらの地域には、もともと経済的、社会的、政治的な理由による国内避難民が何百万人もいますが、そこに新たに環境移民が加わるおそれがあるのです。

図5: シナリオ別 国内移住者の潜在的規模(試算)
出典: 世界銀行グループ「OPENKNOWLEDGE 大きなうねり―気候変動による国内移住者への備え」(2018)
https://openknowledge.worldbank.org/handle/10986/29461, p.XX(リンク先English pdf) 

図5は3つのシナリオ別に国内移住者の潜在的規模を試算したものです。
黄色いバーは最も「悲観的な」シナリオ(温室効果ガスの排出量が多く、不平等な開発が進展した場合)、青緑のバーは「気候変動に適応した」シナリオ、そして、薄緑のバーは「より包摂的な開発」シナリオに基づいた試算結果です。

適切な計画と支援を行わなければ、図5の黄色いバーのように、農村地域から都市部への環境移民が著しく増加します。
そうなると、都市の限られた資源に圧力がかかり、緊張や紛争が増す可能性も指摘されています。

しかし、温室効果ガス削減への国際的な取り組みを進めるとともに、各国が開発に対して適切に取り組み国際的な連携をとることで、図5の薄緑のバーのように、最悪のシナリオを8割、人数にして1億人以上も低減させることができます。
また、各都市が、農村地域からの移住者の増加に対応して、教育、研修、雇用の機会を改善するなどの対策を講じることができれば、それは長期的によい効果をもたらすことも指摘されています。
さらに、気候変動の影響が厳しい地域の人々に対して、今いる地域にとどまるのか、あるいは新たな土地に移住すべきかについて、適切な判断を下せるようにサポートすることも重要です。

同報告書は、環境移民問題に対して国際社会がとるべき主な対策を以下のように示しています。

  • 世界レベルで温室効果ガスの排出量を削減し、人々の生活や生活手段にかかる気候関連の圧力を軽減、気候変動が引き起こす移住の規模を全体として縮小する。
  • 開発計画において、気候変動による移住のサイクル全体(移住の前、移住の最中、その後)を勘案する。
  • 国内の気候変動による移住の傾向や流れに対する理解を国レベルで深めるため、データ及び分析に投資する。
おわりに

以上、環境移民の厳しい状況と対策をみてきました。
最悪のシナリオでは今後さらに膨大な数の環境移民が発生することが予測されていますが、適切な対策を講じれば、大幅に低減することが可能だと見込まれています。

環境移民のほとんどは発展途上国の人々ですが、それは気候変動に対して責任を負うべき人々ではないことを意味します。
気候変動の要因である二酸化炭素排出に対して責任を負うべきは先進国です。先進国に住む私たちはそのことを自覚し、環境移民の状況を真摯に受け止めて、地球温暖化防止に努めることが必要です。

 

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参照・引用を見る

*1

国際移住機関(IMO)「移住の定義」
https://japan.iom.int/ja/migrant-definition

*2

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)「難民とは」
https://www.unhcr.org/jp/what_is_refugee

*3

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)「気候と避難」(2019)
https://www.japanforunhcr.org/archives/18513

*4

ニューズウィーク日本版「世界が抱える環境移民という時限爆弾」(2016)
https://www.newsweekjapan.jp/picture/185372.php

*5

世界銀行グループ「世界銀行報告書: 気候変動により2050年までに1億4,000万人以上が国内での移住を迫られる可能性を指摘」(2018年3月19日)
https://www.worldbank.org/ja/news/press-release/2018/03/19/climate-change-could-force-over-140-million-to-migrate-within-countries-by-2050-world-bank-report

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