「世界の主要国が二酸化炭素の排出量をさらに削減しなければ、南極の氷の融解が進み、今世紀半ばには海面上昇が大きく加速する。そして、今後数百年にわたって『急速かつ止められない』状況を引き起こすことになるだろう」
そんな可能性を示した論文が、世界的に評価の高い科学ジャーナル、『ネイチャー』に発表されました[*1]。
このような予想を受け、ここでは南極の現状や予測されている未来の状況、どのような対策をとれば海面上昇を抑えることができるのかといったことに焦点を当てて見ていきましょう。
暴走が懸念される海面の上昇
「氷の大陸」といわれる南極。
この氷の下には日本のおよそ36倍の広さを持つ陸地「南極大陸」が存在し、大陸の97%あまりは、平均2450m程の厚い氷に覆われています[*2, *3]。また、地球上の氷の90%が南極にあり、もし南極の氷がすべて溶けると海面が40m以上上昇すると考えられています[*4]。
図1: 南極大陸
出典: 環境省HP「氷の世界」
https://www.env.go.jp/nature/nankyoku/kankyohogo/nankyoku_kids/donnatokoro/donnatokoro/index.html
急激に進むことが予想される南極の氷の融解[*1]
2015年に行われたパリ協定のもと、これまでに200カ国近くが二酸化炭素の排出削減目標を定めていますが、今の目標値では今世紀中に少なくとも3℃気温が上昇すると予想されています。
何万年もの間、融けることのない氷に覆われてきた南極ですが、この先、気温の上昇が2℃を超えると、2060年頃から急激に氷の融解が進むことが危ぶまれています。
そして2100年までには、海面上昇値が予想の2倍近くになる可能性が否定できないとの見解が公表されているのです。
また、陸地のほとんどが海抜0m以下にある西南極の氷床は、既に危うい状態にあると危険視されています[*5]。
海面上昇の現状[*6]
それでは、海面水位は以前と比べてどの程度、上昇しているのでしょうか。
図2を見ると、1902〜2015年の間に約16cm、海面水位が上昇していることがわかります。
また、2006~2015年の年間上昇値は3.6mmで1901~1990年の2倍以上の上昇値であったことが示唆されています。
図2: 世界平均海面水位の変化
出典: 気象庁HP「気候変動に伴う海面上昇量に関する最近の議論」
https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/hozen/dai02kai/pdf/doc2.pdf, p.6
日本沿岸の海面水位も1980年代から上昇傾向が見られ、2020年の海面水位は統計を開始した1906年以降で最も高い値を更新しています[*7]。
海面上昇の要因(図3)
次に、海面上昇の要因について見てみましょう。
世界の海面上昇の最も大きな要因は、海水の熱膨張です。
ここで言う「熱膨張」とは、温暖化によって海水温が上昇し、海洋が膨張している状態をいいます。
海洋の膨張によって体積が増すため、海面の上昇を招いているのです[*8]。
図3: 世界の海面水位変動の要因
出典: 国土交通省HP「気候変動に伴う海面上昇量に関する最近の議論」
https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/hozen/dai02kai/pdf/doc2.pdf, p.8
次にあげられるのは、南極やグリーンランドをはじめとする氷河の融解で、このことが海面上昇の大きな要因になっていることがわかります。
これらの要因により、1901年〜1990年までは1.38mmだった年間の海面水位上昇値が、2006年〜2015年には3.58mmにまで増大しています。
地球の未来の岐路、CO2排出シナリオ[*9]
それではここで、将来の海面水位の予測を見てみましょう。
現在では、「RCPシナリオ(Representative Concentration Pathways)」と呼ばれる二酸化炭素の排出シナリオが国際的に活用されています。
このシナリオにより、例えば「気温上昇を0℃に抑えるためには」といった目標主導型の社会経済シナリオを複数作成し、比較検討することが可能となります。
また、RCPシナリオには下図のようにRCP2.6からRCP8.5 まで4つのレベルがあり、この値が大きいほど温室効果ガスの排出量が大きいことを意味します。よってRCPの数値が大きくなると将来的な気温の予測値も増大し、海面水位の上昇につながります。
図4: RCPシナリオとは
出典: JCCCA HP「将来予測における『RCPシナリオ』とは?」
https://www.jccca.org/ipcc/ar5/rcp.html
今後の海面上昇の見通し[*10]
RCPシナリオの値が8.5の時、温室効果ガスの排出量は最大限になります。
また、RCPが最小で2.6の場合、温室効果ガスの排出量は今世紀中にピークを迎え、その後は減少することが予想されています。
図5: 世界平均海面水位の将来変化
出典: 国土交通省HP「気候変動に伴う海面上昇量に関する最近の議論」
https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/hozen/dai02kai/pdf/doc2.pdf, p.9
生態系の異変の懸念と南極保護
次に、温暖化や観光客の増加による南極の生態系の変化への懸念とあわせ、南極の軍事利用や核兵器の使用などから守る条約についても見ていきましょう。
温暖化で変わる南極の生態系[ *11]
南極大陸とその周辺には1万種以上の生物が生息しています。
コウテイペンギンやアデリーペンギン、血液が無色透明なコオリウオという魚など、他の地域では見られない種類の生き物も、南極では数多く存在しています[*12]。地球温暖化による気温の上昇は、寒冷環境に適応した南極の生物にも致命的な影響を与えることが懸念されています。
図6: 南極に住むペンギンと上昇する海面
出典: 国土交通省HP「上昇する海面」
https://www.mlit.go.jp/river/pamphlet_jirei/bousai/saigai/kiroku/suigai/suigai_2-1-4.html
海水中の二酸化炭素をエサとするプランクトンは水温などの変化に弱く、温暖化によって海水温が上がるとうまく適応できず、プランクトンが減ると二酸化炭素が増加して温暖化の加速に繋がります。
そして、南極の生態系の鍵になるのがナンキョクオキアミです。南極圏に生きる動物たちのエサとなる大切な生物です。
身体は体長6cm、体重最大2gと小さいものの、その資源量は10~20億トンと膨大です[*12]。
地球温暖化で南極海の氷が融解するとナンキョクオキアミの減少が予想され、南極地域の生態系全体に多大な影響を与えることが懸念されるのです。
図7: ナンキョクオキアミ
出典: 環境省HP「南極辞典」
https://www.env.go.jp/nature/nankyoku/kankyohogo/nankyoku_kids/encyclopedia/na/krill.html
南極地域の生態系は、生物の種類は少ないけれど、個体数が多いといった特徴があります。
よって、一部の生物の変動が生態系に大きな影響を与えるものとして懸念されているのです[*5]。
南極観光とその課題
近年、南極への観光客数は以前の10倍近くにまで増加しています。
1990年代後半までは年間6,000~7,000人程度だった観光客がそれ以降は年間10,000人を超過し、現在では年間約50,000人が南極を訪れています[*13]。
南極観光が南極に対する意識の向上や環境学習の機会を提供している一方、課題も指摘され、観光が南極に及ぼす影響などについて議論が行われています[*14]。
現在の南極では特別な許可を受けない限り、外部から動植物を持ち込むことは禁じられています。
しかし、人間が立ち入ることで気付かぬ間に昆虫や微小生物が混入したり、目に見えない細菌類などが持ち込まれることも考えられます。
懸念されるのは、こうして無意識に持ち込まれた生物の繁殖による生態系への影響です[*11]。
南極への観光は、科学的調査活動の場でもある南極の価値やその環境に悪影響を与えないよう、責任を持って行うべきでしょう。
そして本来守られるべき南極の環境や科学調査が、観光によって悪影響を受けることは避けなければなりません[*14]。
南極の平和利用のみを許す「南極条約」
南極とその周辺の海には独特な生態系が存在し、また、40億年前の岩石や多数の隕石が発見されるなど、地球の誕生や宇宙を知るための手掛かりになる貴重な場所です。また南極は、気候変動の影響を調査するバロメーターにもなる場所なのです[*12]。
人間活動などの影響をほとんど受けていない南極の希少な環境は、研究対象としても非常に重要であると考えられています[*15]。
図8: ApRES観測(氷河氷厚レーダー)
出典: 国立極地研究所HP「南極地域観測隊の観測成果」
https://www.nipr.ac.jp/antarctic/jare/topics60-61.html
このように希少な地である南極を様々な観点から守るために定められた条約が「南極条約」です。
この条約には、平和的な目的のためだけに南極を利用するといった内容が定められています[*16]。
〈南極条約の主な内容〉 [*13]
- 南極地域の平和的利用(軍事基地の建設,軍事演習の実施等の禁止)(第1条)
- 科学的調査の自由と国際協力の促進(第2,3条)
- 南極地域における領土権主張の凍結(第4条)
- 条約の遵守を確保するための監視員制度の設定(第7条)
- 南極地域に関する共通の利害関係のある事項について協議し,条約の原則及び目的を助長するための措置を立案する会合の開催(第9条)
南極条約は1961年に発効され、現在の締約国は54カ国になります。日本も1960年にこの条約を締結しています。
南極の環境と生態系を保護する「環境保護議定書」[*15]
南極条約のもと、南極の環境と生態系を保護することを目的として1998年に発効した環境保護議定書。
この議定書では、鉱物資源活動の禁止や環境影響評価の実施、そして動植物相の保存や廃棄物の処分と管理、海洋汚染防止や特別保護地区への配慮などについて定められています。1997年には日本もこの議定書に寄託しました。
図9: 卓上型氷山
出典: 環境省HP「南極地域の景観」
https://www.env.go.jp/nature/nankyoku/kankyohogo/kankyou_hogo/kichouna_shizen/index.html
同じく1997年に、この議定書に関わる国内法として「南極地域の環境保護に関する法律」が制定されています。
この法律により、漁業など特定の活動を除いて南極での活動を計画する際には、必ず環境大臣の確認を受けることが義務付けられました。
未来の南極と地球を守るために
南極では、日本や世界各国の科学者たちが、地球の過去と未来を知る為の手がかりをつかみ、地球環境の保護に役立てようと、様々な調査や研究を行っています[*17]。
パリ協定では、200カ国の二酸化炭素削減目標値が定められました。
そしてここで想定されているのが、3℃以上の気温上昇と、従来の予想を高く超える海面上昇値です。
2021年4月には、バイデン米大統領ほか数カ国の指導者たちが、それぞれの国の排出削減目標値を引き上げました[*1]。
これらの現実をふまえ、私たち一人ひとりに何ができるのか、そしていかに行動すべきかなのかを考える時期にきているのかもしれません。
参照・引用を見る
*1
日経ナショナル ジオグラフィック社HP「南極の氷融解、40年以内に後戻りできない臨界点到達か、研究」
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/21/051100228/
*2
外務省HP「南極をめぐる課題と南極条約」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/wakaru/topics/vol31/index.html
*3
コトバンクHP「日本大百科全書/南極」
https://kotobank.jp/word/南極-108754
*4
環境省HP「南極の氷が全部とけたらどうなるの?」
https://www.env.go.jp/nature/nankyoku/kankyohogo/nankyoku_kids/hakase/kagaku/toketara.html
*5
環境省HP「南極の自然と環境保護」
https://www.env.go.jp/nature/nankyoku/kankyohogo/kankyou_hogo/kichouna_shizen/index.html
*6
気象庁HP「気候変動に伴う海面上昇量 に関する最近の議論」
https://www.mlit.go.jp/river/shinngikai_blog/hozen/dai02kai/pdf/doc2.pdf, p.6
*7
気象庁HP「日本沿岸の海面水位の長期変化傾向」
https://www.data.jma.go.jp/kaiyou/shindan/a_1/sl_trend/sl_trend.html
*8
一般財団法人 環境イノベーション情報機構HP「環境用語/熱膨張」
https://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&serial=2860
*9
JCCCA HP「将来予測における『RCPシナリオ』とは?」
https://www.jccca.org/ipcc/ar5/rcp.html
*10
環境省HP「IPCC report communication 」
https://ondankataisaku.env.go.jp/communicator/files/SYR_guidebook.pdf, p.7
*11
環境省HP「南極地域における環境問題」
https://www.env.go.jp/nature/nankyoku/kankyohogo/kankyou_hogo/kichouna_shizen/kankyoumondai.html
*12
FoE Japan HP「南極保全」
https://www.foejapan.org/climate/antarctica/ecosystem.html
*13
外務省HP「南極条約・環境保護に関する南極条約議定書」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/jyoyaku/s_pole.html
*14
環境省HP「観光の現状と課題」
https://www.env.go.jp/nature/nankyoku/kankyohogo/kankyou_hogo/tetsuzuki/index.html
*15
外務省HP「地球環境問題に対する 日本の取組」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/pr/pub/pamph/pdfs/t_kankyo.pdf, p.9
*16
環境省HP「南極条約」
https://www.env.go.jp/nature/nankyoku/kankyohogo/kankyou_hogo/pdf/jyouyaku/nankyoku_jyouyaku.pdf, p.1
*17
環境省HP「南極の持つ固有の価値」
https://www.env.go.jp/nature/nankyoku/kankyohogo/kankyou_hogo/kichouna_shizen/koyukachi.html