日本でもマラリアやデング熱は流行するのか 気候変動と感染症の関係を知ろう

地球温暖化によって私たちの生活にもさまざまな影響が生じていますが、その一つに蚊を媒介した感染症による健康被害があります。
気温が上昇すると、蚊の生息地が広がり、活動期間も長くなるため、蚊による感染症の流行リスクが高まることが予測されています。蚊が媒介する感染症はマラリアやデング熱などの命を脅かす恐ろしい病気が多く、現在は熱帯、亜熱帯地域を中心に流行しています。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)では、気温上昇によってマラリアの潜在危険地域に日本が含まれる可能性が報告されています。
すでに、デング熱は2014年に日本での感染が確認されており、地球温暖化との関係性も指摘されています。

この記事では、地球温暖化および気候変動と感染症の関係、そして地球温暖化の進行によって日本でマラリアやデング熱が流行する可能性について解説します。

マラリアとは 〜蚊が媒介する感染症の脅威〜

マラリアとは、病原体であるマラリア原虫をもったハマダラカという蚊に刺されることによって感染する病気です。

マラリアは命を脅かす恐ろしい病気で、アジア、オセアニア、アフリカなど、年間を通じて気温が高い熱帯・亜熱帯地域を中心に流行しています。
次の図1は、マラリアのリスクのある国の分布図で、世界人口の約40%がマラリアの危険にさらされています。

図1: 2000年にマラリアの症例が発生していた国とそれらの国の2017年までの状況
出典: 厚生労働省検疫所 FORTH「マラリアについて」
https://www.forth.go.jp/useful/malaria.html

2019年には世界で推計2億2,900万人がマラリアに感染し、40万9,000人が死亡しています[*1]。
マラリアは、1週間から4週間の潜伏期間を経て発熱や寒気などが現れ、脳症や急性腎不全などの合併症が起きることで、死に至ります。

マラリアによる死亡者の約90%がアフリカ地域であり、アフリカの経済成長を1.3%遅らせているとも言われています[*2]。
特に5歳未満の乳幼児がマラリアに感染すると重症化しやすく、アフリカでは毎日3,000人の子どもが命を落としている恐ろしい病気です。

日本では、戦前には土着のマラリアがみられましたが、近年国内の発生例はなく、感染者として報告されているのは、流行地域からの入帰国者による輸入マラリアによるものです。
国内での最後の発生例は1959年、現在は過去の感染症として扱われることも多く、危機感を持たれることも少なくなっています。

しかし、蚊によって引き起こされる感染症は、マラリアだけではありません。

主な蚊媒介感染症にはデング熱、ウエストナイル熱、黄熱、ジカウイルス感染症、チクングニア熱、日本脳炎などがあります。
日本脳炎以外は海外からの輸入感染症ですが、デング熱は2014年に国内で69年ぶりに感染例が報告されています。デング熱もマラリアと同じく、熱帯・亜熱帯地域で多く発生している感染症です(図2)。

図2: デング熱・デング出血熱の発生地域
出典: 政府広報オンライン「『デング熱』にご注意を!」
https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201509/1.html#anc05

デング熱は世界の100か国以上の国で発生しており、年間約1億人のデング熱患者がいると推定されています[*3]。
デング熱の主たる媒介蚊であるネッタイシマカは日本には常在していませんが、日本で生息するヒトスジシマカを介してもデング熱は感染します。

ヒトスジシマカは本州以南に広く分布し、自然環境だけでなく都市部や住宅密集地などにも生息します。
そのため、海外からデング熱ウイルスが持ち込まれた場合、ヒトスジシマカを介してデング熱の感染が広がる可能性が高いです。

地球温暖化と感染症の関係

地球温暖化による気候の変化や海面の上昇は、自然生態系に大きな影響を及ぼします。

蚊による感染症は年間を通じて暖かい地域で流行することから、地球温暖化による気温上昇は感染症の流行にも大きく関係しています(図3)。

図3: 地球温暖化が感染症に影響を及ぼすいくつかの条件
出典: 環境省「地球温暖化と感染症」
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/pamph_infection/full.pdf, p.2, p.3

年間の気温が上昇することで冬季に死滅していた蚊が越冬したり、夏季の最高気温が上昇することで、蚊の発生数や病原体の自然宿主が増加します。また、気候変動によって降水量や雨のパターンが変化することで、特定時期の雨量が増加することも蚊の発生数や自然宿主の増加に関係しています。

先に述べたように、マラリアは蚊を媒介する感染症で、マラリア患者の血を吸った媒介蚊が他の人を刺すことで広がります。
マラリアの媒介蚊の寿命は1週間から2週間、そして蚊の体内で病原体が活性化するのには、約10日間かかります。この短い期間の中で媒介蚊の体内で病原体が活性化して、新たに他の人へ刺すという条件が揃うことでマラリアが流行します(図4)。

図4: マラリアの感染サイクル
出典: 国立研究開発法人 海洋研究開発機構「気候の季節予測に基づくマラリア発生予測」
http://www.jamstec.go.jp/sdgs/j/case/013.html

地球温暖化が進むと媒介蚊の寿命が伸び、マラリア病原体の活性化が加速します。
さらに、蚊が卵から成虫になるまでの成長速度も速くなり、マラリアが流行しやすい環境に陥ります(図5)。

図5: 室内実験による飼育湿度とマラリア媒介蚊(コガタハマダラカ)の半数蛹化時間と羽化時間
出典: 国立観光研究所 地球環境研究センター「日本でもマラリア流行?」(2010)
https://www.cger.nies.go.jp/ja/library/qa/22/22-2/qa_22-2-j.html

図5では28℃が蚊の生育にとってもっとも最適な気温になっており、31℃からは生育速度は鈍っています。
そのため日本のような温帯地域は、温暖化によって蚊の生息に最適な環境へと近づくことが予測されます。

マラリア以外にも、蚊を媒介するさまざまな感染症が温暖化による影響を受けると想定されています(図6)。

図6: さまざまな感染症と感染経路の例
出典: 環境省「地球温暖化と感染症」
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/pamph_infection/full.pdf, p.8

気候変動によるマラリア・デング熱の流行リスク

日本でマラリアやデング熱が流行する可能性は?

現在はマラリアが根絶されている日本国内でも、再び流行する可能性はあるのでしょうか。

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によると、2100年までに3℃〜5℃気温が上昇することにより、マラリアの年間感染者は世界で5〜8千万人増加すると予測されています[*2]。

さらに、日本の西日本一帯が潜在感染危険地域に含まれる可能性があるとしています。

マラリアの媒介蚊であるハマダラカは、現在は沖縄の宮古島と八重山諸島のみに生息しています。しかし今後温暖化が進むことで、沖縄本島から九州南部、四国の太平洋地域まで生息地の拡大が進むことが予測されています[*4]。

国内にマラリア感染者が多くいること、マラリアを媒介するハマダラカが人間の生活エリアに生息していること、この2つの条件が揃うと日本でもマラリアが流行すると考えられます。

ハマダラカは山間部や渓流、田園地帯などの自然環境を好むうえに飛距離も短いため、都市化の進んだ日本では生活の中で遭遇する可能性は低いです。加えて日本は住環境や公衆衛生の向上によってマラリアを根絶した歴史があることから、再流行する可能性は低いという見方も可能です。

一方で地球温暖化によってマラリアを媒介する蚊が増加すること、生活様式を変化させるような自然災害のリスクが高まることから、マラリアが再発・再流行する可能性はゼロではないでしょう。

マラリアと並んで重要な蚊が媒介する感染症、デング熱は冒頭でも触れたように2014年に国内でも感染が確認され、約160名の感染者を出しました。

デング熱ウイルスを媒介するヒトスジシマカは、マラリア原虫を媒介するハマダラカとは異なり、自然環境だけでなく都市部でも生息できるという特徴をもっています。ヒトスジシマカの分布域は、既に地球温暖化によって徐々に北上していることがわかっています(図7)。

図7: ヒトスジシマカの分布域の北上
出典: 国立感染症研究所「ヒトスジシマカの分布域拡大について」(2020)
https://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/2522-related-articles/related-articles-484/9694-484r02.html

1950年に米軍による調査では、栃木県北部だった北限が、現在は青森まで拡大していており、今度も温暖化が進めば北海道まで生息地が広がることが予測されています[*5]。

次の図8は、21世紀末までに厳しい温暖化対策をとった場合(RCP2.6)と現状を上回る温暖化対策を取らなかった場合(RCP8.5)のヒトスジシマカの生息可能域への影響です。

図8: ヒトスジシマカ生息可能域への影響
出典: 気候変動適応情報プラットフォーム「将来の気候変動影響(健康分野)」
https://adaptation-platform.nies.go.jp/materials/e-learning/study/el-06_05_01.html?font=standard&prefecture=Hokkaido&model=MIROC5&period=End

赤色がヒトスジシマカの生息可能域を示しており、温暖化対策を徹底しなければ北海道でも多くの地域が生息可能域になります。

現在の日本の気候条件では、デング熱ウイルスを持った蚊が海外から持ち込まれたとしても、冬を越せないため翌年の春にはいなくなります。
しかし、今後地球温暖化によって冬季の気温が上昇し、ヒトスジシマカが越冬できるようになれば、感染症の流行拡大の危険性はより高まるでしょう。

気候変動の適応策としてのデング熱対策

気候変動に対する取り組みには、地球温暖化の進行を食い止めるための緩和策と、既に発生している気候変動に適応するために行動様式を変えていく適応策があります。

地球温暖化への適応策の一つとして、既に国内でも流行する恐れの高いデング熱対策についてご紹介します。

デング熱には現在ワクチンや治療薬はなく、主な治療法は発熱などの個別の症状を抑える対処療法になります。
そのためヒトスジシマカに刺されないことが、デング熱予防において最も有効な方法になります。ヒトスジシマカに刺されないためには、日中に屋外で活動するときは虫除け剤や蚊取り線香を使用し、衣服でガードすることが大切です。

さらに、ヒトスジシマカの発生を抑えるために、家の周囲の不要な水たまりをなくすなど発生環境の除去などの対策も必要です(図9)。

図9: 蚊の発生を抑える
出典: 政府広報オンライン「『デング熱』にご注意を!」
https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201509/1.html

まとめ

気候変動によって気温や降水量、雨量パターンが変化することで、感染症を運ぶ蚊の生息域が広がることが予測されています。
マラリアやデング熱など日本と無縁と思われていた熱帯地域の感染症も、地球温暖化によって身近な問題となる日も近いかもしれません。

特に2014年に都内を中心に流行したデング熱は、都市部でも媒介蚊が生息できることから日本でも流行する条件が揃いやすいのです。デング熱を媒介する蚊の生息域は既に拡大しているので、デング熱が海外から持ち込まれた場合に流行拡大する危険性は高まっています。

マラリアやデング熱の流行を防ぐには、感染症への知識と危機感を持ち、媒介蚊との接触回避や発生環境の除去などの個人個人の地道な対策をすることが重要です。

 

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参照・引用を見る

*1
地方独立行政法人 大阪健康安全基盤研究所「4月25日は世界マラリア・デーです。―マラリアは世界3大感染症―」(2021)
http://www.iph.osaka.jp/li/070/20210419160926.html

*2
内閣府「マラリアについて」(2018)
https://www.cao.go.jp/noguchisho/award/maraliafact.html

*3
政府広報オンライン「『デング熱』にご注意を!」
https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201509/1.html#anc05

*4
国立観光研究所 地球環境研究センター「日本でもマラリア流行?」(2010)
https://www.cger.nies.go.jp/ja/library/qa/22/22-2/qa_22-2-j.htm

*5
公益社団法人 東京都ペストコントロール協会「今どきなぜ東京にデング熱が」
http://www.pestcontrol-tokyo.jp/img/pub/068r/068-04.pdf, p.8

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