「エネルギー」をみんながつくれる社会は、世界の平和もつくってくれる。技術開発でエネルギーの民主化を支える、阿部力也さんが語るエネルギーの未来

この特集はgreenz.jpと自然電力が共につくっています(greenz.jpより転載)

 

日本で、もっと自然エネルギーが普及するためにはどうしたらいいのか。その問いの答えは単純ではありません。技術、制度、意識などさまざまな問題をクリアしなければ、そこへはたどり着けません。特に、送電網ネットワークについては、様々な議論や取り組みが検討されているところです。

自然エネルギーの普及に不可欠な送電網ネットワークの課題を解決できるかもしれないのが、「デジタルグリッド」と呼ばれる、自然エネルギーを最適に、必要に応じて利用することができる技術です。

今回はそんな夢のような技術「デジタルグリッド」の開発、普及に取り組んでいるデジタルグリッド株式会社阿部力也さんに話を聞きました。

阿部力也(あべ・りきや)
1977年、東京大学工学部電子工学科卒業、電源開発株式会社入社。2001年、アクティブパワー専務取締役に就任。2002年から、電源開発(株)技術開発センターでエネルギー貯蔵技術開発GL、所長代理、上席研究員を歴任、2008年から東京大学大学院技術経営戦略学専攻特任教授、2017年、デジタルグリッド株式会社代表取締役会長に就任。

このままでは自然エネルギー100%にはならない

まず「デジタルグリッド」とは何かを説明する前に、今の日本の電力システムにおいて、自然エネルギーが普及するために解決すべき課題のひとつについて説明します。その課題は、阿部さんが最初にデジタルグリッドを発想するきっかけになりました。

僕は電力会社で発電所建設から新事業、技術開発などあらゆることを担当してきました。10年ぐらい前、スマートグリッド(次世代送電網)が流行り始めた時にその中身を調べてみると、いろいろ問題があることに気づいたんです。電気には周波数や電圧をコントロールするというルールがあるんですが、それが自然エネルギーではあまり考慮されていませんでした。

スマートグリッドとは、通信に制御機能を付け加えた電力ネットワークのことで、供給元(発電所など)と供給先(一般家庭や事務所など)を光ファイバーでつなぎ、供給先の消費電力などの情報をリアルタイムで供給元に伝えることで、効率よく電気を管理するシステムのこと。

周波数や電圧という言葉が出てきましたが、送配電ネットワークにおいてはこの「周波数の安定性」が重要だと阿部さんは言います。詳しくは阿部さんの著書『デジタルグリッド』に書かれていますが、簡単に言うと、送配電ネットワークにつながっている発電所の発電機は全て同期されていて、同じ周波数(東日本なら50ヘルツ)に安定するよう運転しているのだそうです。周波数を安定させる役割を果たす発電機を同期発電機といい、ガスタービンや蒸気タービンの「回転機」と呼ばれる発電機がこの役目を果たします。

なぜ周波数を安定させる必要があるかというと、周波数が不安定になると電気で動く機器に影響が出たり、発電機に負荷がかかり停止してしまうリスクがあるからです。周波数は、送配電ネットワーク全体で需要が供給を上回ると下がり、供給が需要を上回ると上がるのですが、同期発電機はこの周波数の微妙な変化を読み取って、周波数が一定になるように出力を調整しています。

しかし、自然エネルギーの発電機はそうではないのです。

例えば太陽光発電機は、電圧と周波数の安定している送配電ネットワークに電流を送り出しています。それ自体では周波数を調整する機能はないんです。だから、周波数が不安定になると電気を送電できなくなり、多数の太陽光発電機が一斉に停止するという問題が起きます。送配電ネットワークの電圧と周波数を維持するためには、送配電ネットワークの約半分の電力は回転型の発電機でつくらないといけないんです。電力会社が「自然エネルギーを系統に入れるのはほどほどの量にして欲しい」と言う理由はここにあります。

最近、「太陽光発電の発電量が多すぎて自然エネルギーの電気を受け入れられない」と一般送配電事業者が言うことがありますが、それならば、仮に自然エネルギー50%以上の社会を実現するには、自然エネルギーの発電機も電気を送配電ネットワークに送る際に、周波数の調整が必要なのでしょうか?

自然エネルギーがある程度増えても、同時同量を守っていれば理屈としては大丈夫なんです。でも、送配電ネットワークの維持は、難易度が上がっていくと思います。今は自然エネルギーの割合が小さいから問題は起きていません。しかし、データを見ると太陽光で発電された自然エネルギー量はここ5年で4.5倍に増えています。特に、太陽光の発電コストはどんどん下がっており、経済的なメリットからも、ますます増えていくでしょう。そうなると、送配電ネットワークの安定が維持できないという理由で、自然エネルギーに厳しい接続制限が課される時が来るだろうと思います。

同時同量というのは、電気を送る側と受ける側が同時に同じ量を送り、受け取るということです。そうすれば需要と供給のバランスは崩れず、周波数に大きな変化は生じません。この同時同量が厳密に守られることが送配電ネットワークにとっては非常に重要です。しかし、自然エネルギーの発電機の多くは、自然に委ねるかたちで発電し、その発電した分だけを送配電ネットワークに流しています。

つまり、日本の現状の送配電ネットワークにおいて自然エネルギーをあまり増やすことができない理由は「周波数安定性」、言い換えれば「同時同量の保持」にあるのです。

デジタルグリッドが自然エネルギーの問題を解決する

さあ、ここでいよいよ登場するのが「デジタルグリッド」です。

デジタルグリッドは、デジタルグリッドルータという装置を介して送配電ネットワークとローカルグリッド(地域を限定したスマートグリッドのこと)を接続する仕組みです。その装置を現在開発中なのですが、家庭用の場合、室内にある分電盤サイズの大きさにしたいといいます。

デジタルグリッドルータは、インターネットに接続して電力を制御する装置ですが、電気を混ぜたり分配したりする装置(電力ルータ)に、周波数や電圧を安定させる動作を加えたものです。30分ごとに売る側と買う側の電気の量を予約して制御することで同時同量が実現できます。

一番単純なモデルで考えると、発電所と送配電ネットワークの間にルータを入れ、家庭のスマートメーターにもルータを入れます。そうすると、通常通りに電気を購入するのに加えて、消費者が発電所に対して「何日の何時に何キロワット送ってください」と注文を出すと、そのとおりに電気が送られてくるという仕組みです。

そして、送配電ネットワークにつなぐのは一つの発電所や一軒の家でもいいし、複数がまとまって小規模のグループになってもいいそうです。そのグループの中で発電した電気の一部を消費して、一部は販売して送配電ネットワークに流したり、逆に他から電気を買って取り入れたりすることができます。

これが実現すれば自然エネルギーの電気をより多く送配電ネットワークに送れるようになるわけですが、阿部さんの狙いはそこにあるわけではありません。

これによって新しい市場ができることが重要なんです。発電と消費の同時同量の約束さえ守ればどんな値段で売ってもいいということになれば、価格競争が生まれますよね。当面は24時間先までですが、30分ごとに市場をつくることを想定しているので、例えば昼間は太陽光が安いから売れるけど、日が暮れてきたら火力が売れるようになるとか、売る側も考えるようになります。そうすると同じ火力発電所でも、大規模なものよりも、出力の調整が簡単な小規模なガスタービン発電のほうが有利になるため、発電設備も変わってくると思います。

そして最大の利点は、消費者が使う電気を細かく選ぶことができるようになるという点です。現在は、電力会社を選んで、その電力会社が調達した電気を使うので、「電気の由来や内訳」は基本的に電力会社におまかせです(一部自分で選べるサービスもあります)。それに対してデジタルグリッドが普及すれば、消費者は自分で使う電気を細かく選ぶことができるようになります。そして売る側も値段を安くしたり、付加価値をつけたりと、様々な商品を用意できるのです。

単純に値段と発電の仕方で差別化するだけでなく、抽選で温泉旅行が当たるとか、ご当地野菜がもらえるなど、様々な付加価値をつけることもできるようになるでしょう。

イメージとしては、ネットショッピングのような感じでしょうか。消費者が自由に電気を選んで好きな時に買うことができる未来です。そして、これが進んでいけば、自然エネルギー100%の未来も可能なのではないかと思えます。実際、自然エネルギーだけで日本の電力需要を賄うことは可能だと阿部さんも言います。しかし、自然エネルギー100%を目指すことが正解ではないとも言うのです。

自然エネルギーを100%にしようというのは政策論理ですよね。太陽光が常に一番安くていいなんてことはありえないし、何かが100%になったら別の政策意図や利権が動いて、脆い仕組みになっていく可能性もあります。そうではなくて市場論理で競争していく。いろいろな人がいろいろな電源を供給することで、いいものが選べる仕組みになったほうが脆さに強くなるはずです。みんなで競争してサービスが魅力的になっていく、そんな市場をつくるほうが強いと思うんです。

阿部さんは、それによって電力供給だけでなく、例えば電炉で鉄をリサイクルするといった二次加工のコストも下がり、国際競争力を高めることにもつながるかもしれないとも言います。重要なのは自然エネルギーを100%にすることではなく、より自由な市場をつくること。自然エネルギーがその市場の中で価格や社会的な価値において魅力的な商品となり、消費者に選ばれれば自然と普及していくはずです。デジタルグリッドが生み出すのは、そのような社会なのです。

エネルギーの民主化から世界へ

ここまでデジタルグリッドの話を聞いて、私が強く思ったのは、これは「エネルギーの民主化」の話だということです。どのようなエネルギーであるかにかかわらず、エネルギーを自分たち自身でコントロールできるようにすること、それがデジタルグリッドが実現しようとしていることではないでしょうか。

実は阿部さんも、最初からこんなことを言っていました。

エネルギーというのは、どこかに溜まっているものを掘って持ってくるのがここ200年くらいの流れで、それに資本投資した人が資本主義社会の頂点にいたわけです。それに対して自然エネルギーというのは革命的なデバイスで、誰でも電気をつくることができます。しかし、現状ではそれを誰かに届ける部分がグレーゾーンになっていて、電力会社に買ってもらわないと届けることができない。そうではなくて、物々交換の仕組みにしたい。その仕組みとしてのデジタルグリッドをつくっているんです。

自分たちが使うエネルギーを自分たちで選べる、コントロールできるようになることは、社会をサステナブルにし、暮らしのレジリエンス(自発的治癒力のこと。「復元力」などとも訳される)を高めることにつながります。そのための仕組みをデジタルグリッドはつくろうとしているのです。

今すぐにでも実現してほしいと思いましたが、実際に私たちが利用できるようになるのはいつ頃なのでしょうか。

2018年から経産省と環境省のプロジェクトで、埼玉県の浦和美園で数件の家を対象にした実証実験を予定しています。さまざまな企業にも提案をしていて、1年後をめどに2~3,000ヶ所、3年後には30,000ヶ所くらい、コンビニなどの店舗を中心に導入したいと考えています。

実現は、本当にもうすぐそこまで来ていて「2~3年以内には、世の中に見えるかたちになってくる」とのこと。

まずは日本での普及が待ち望まれますが、阿部さんはデジタルグリッドが世界の経済格差の問題の解決にも役立つと考え、すでにアフリカで、エネルギーの民主化への第一歩ともいえる事業を展開しています。

タンザニアで、ランタンのレンタル業をやっています。キオスク(村や集落の簡易な売店)にソーラーパネルを設置してランタンを充電して、使いたい人は家でランタンを吊るす、というわけです。現在800ヶ所くらいのキオスクで、1ヶ所あたり300個くらいのランタンを貸し出しています。キオスクのオーナーは、私たちが手渡す携帯電話で決済をすると充電できるという仕組みで、現地の人がランタンのレンタル業を立ち上げられるようにしているんです。

タンザニアのソーラーキオスク(上)、標準的なソーラーパネル(左下)、ランタンとチャージャー(右下)

巨大なインフラも燃料費も必要とせず、電気と雇用を生み出すことができる、それがこのランタンのレンタル業の仕組みです。これ自体はデジタルグリッドではありません。しかし、電気が必要なところで電気をつくり、使うという考え方はデジタルグリッドの基本的なコンセプトなのです。

電気はあるけれど電力インフラが弱いという地域にこのコンセプトが広がると、エネルギーの問題解決につながります。途上国などでは電気が通っているところでも、供給が不安定で停電が多いという地域があります(著書『デジタルグリッド』ではこのような地域を”ウィークグリッド”と呼んでいます)。

そうした電力インフラが弱い地域では、デジタルグリッドが有効です。大規模な発電所の一つの発電機から電気を送る場合、近い人から順番に電気を使っていくので、遠くの人のところへ届くときには電圧が下がってしまいます。そもそも発電量が十分でなく送配電網も弱いので、途中で大きなロスが生じて、発電所から遠い場所ではたびたび停電が起こったりするのです。デジタルグリッドで自然エネルギーなど小規模な発電機をネットワーク化した場合、送配電ネットワークの電圧を一定にすることができます。

そうすると、電気が利用しやすくなるだけでなく、巨大なインフラが不要になり、途上国にとっては経済的にも大きなメリットが出てきます。

需要地に電源を持っていきましょう、太陽で持っていきましょうという発想です。自然の送電線があると考えて、一極集中型のエネルギー電源ではなく、分散型のエネルギー電源をその土地ごとに使うって考えたほうがいいじゃないですか。いつか、「昔は電線で電気を運んでたんだって」って話になるかもしれませんよ(笑)。

日本のような先進国では、今あるインフラを少しずつデジタルグリッドに置き換えていくことで、自然エネルギーの利用とエネルギーの民主化が拡大し、途上国では弱い電力インフラにデジタルグリッドを接続していくことで、電気が広く行き渡り、同時にエネルギーの民主化も実現できるのです。

では、エネルギーの民主化が実現した先には何があるのでしょうか。

少し大きな話になりますが、20世紀は資源をめぐり世界中の国々が戦争をした世紀でした。エネルギーが民主化されれば人々はみんな必要な分のエネルギーを手にし、国同士で争う必要もなくなります。大げさな話に聞こえるかもしれませんが、エネルギーの民主化は世界平和への道でもあるのです。

阿部さんは、電気が通貨のようになり、世界中の人々が経済活動のひとつのツールとしてやりとりを行う未来の予測についても話してくれました。ブロックチェーンなど、あらたな経済の潮流とともに広がる自然エネルギー。その話を聞きながら、最終的に目指す先にあるのは、誰かに独占されているような巨大な仕組みとしての経済を、自分たちの手に取り戻すことなのではないかと思いました。

自然エネルギーについて考えることはもちろんですが、そもそもなぜ自然エネルギーが普及することが望ましいのか、その先にどのような未来があるのか、そんなことも考えてみてはいかがでしょうか。

ライター/映画観察者:石村 研二
greenz シニアライター。東京生まれ。大学の法学部を卒業するも、法律に向いていないことに気づき、長いモラトリアム期間を過ごしながらひたすら映画を観る。 2000年にサイト「日々是映画」を立ち上げ、書くことを仕事にすべく駄文を積み重ねる。現在、ライター/映画観察者。暮らしと社会の間の様々なトピックについて記事を執筆。2016年には「ソーシャルシネマを楽しむウェブマガジン“ソーシネ”」を立ち上げ。暇なときはSFを読んで未来への希望を見出そうとし、世界は5次元だと信じている。

 

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