世界各地でイルカの皮膚疾患が発生? 気候変動がもたらす生き物への影響とは

イルカといえば水族館でも人気の生き物です。野生のイルカが生息している地域では、イルカウォッチングや、イルカと一緒に泳ぐドルフィンスイムが観光の目玉になっています。

私たちにとって、イルカは海に住む生き物の中では親しみやすい存在ですが、彼らの生息地域や生態についてはあまりよく知られていません。

実は近年、世界各地のイルカに皮膚疾患が広がっていることをご存知でしょうか。
この皮膚疾患は、気候変動に起因する海水の塩分濃度の低化が原因と報告されています。

今回は、あまり知られていないイルカの皮膚疾患を通して、気候変動が生き物に与える影響について解説します。

気候変動の影響を受けている生き物たち

1970年代、地球温暖化が深刻な問題として科学者の間でも注目されるようになりました[*1]。1988年には「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が設立、2015年には「パリ協定」が採択され、気候変動は国際的に直ちに取り組むべき重要な課題と位置づけられています[*1, *2]。

これまで、IPCCの報告書では「温暖化の主な要因は、人間の影響の可能性が極めて高い」と表現していました。
しかし、2021年に発表された「IPCC第6次評価報告書」では、IPCCとして初めて地球温暖化の原因が人間の活動によるものと断定しました。
人間活動が及ぼす温暖化への影響についての表現は、徐々にその強さを増しています[*3]。

気候変動が引き起こすリスクには様々なものがありますが、今回は生き物への影響を紹介します。

図1: 海氷とホッキョクグマ
出典: BBCジャパン「ホッキョクグマ、2100年までに絶滅の恐れ 気候変動で」(2020)
https://www.bbc.com/japanese/53481987

例えば、ホッキョクグマは北極海の氷が解けたことで狩りができず、食べ物の確保や子育てが困難な状態です。
2020年に発表された研究によると、気候変動の勢いが衰えずに続いた場合、21世紀末にはホッキョクグマが絶滅する可能性があると予測されています[*4], (図1)。

図2:ゾウの死骸を前に立ち尽くす自然保護活動家のイアン・ダグラス・ハミルトン氏
出典:ナショナルジオグラフィック「干ばつ続くケニア、野生動物は激減」(2009)
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/1709/

他にも、アフリカゾウは生息地の乾燥化という危機にさらされています。

象は身体に汗腺を持たないため、体温調節や寄生虫除去のために2日に1回は水浴びか泥浴びが必要です。
しかし、IPCCの第4次評価報告書では、2080年までにアフリカ大陸で乾燥した地域が5~8%拡大し、一部が干ばつに見舞われると予測されています。

密猟の影響もあいまってアフリカゾウは絶滅の危機に瀕しているのです[*5], (図2)。

図3: 脱水症状を起こし負傷したコアラ
出典: AFPBB News「豪森林火災、脱水症状のコアラ2頭救出 数百頭が犠牲の恐れ」(2019)
https://www.afpbb.com/articles/-/3252900?pid=21807130

オーストラリアのマスコット的な存在であるコアラも、気候変動によりその数を減らしています。

もともと、1930年頃までコアラは毛皮を取るために捕獲され、生息数が減少していました。
それに加え、1990年代以降、気候変動が原因と考えられる大規模な干ばつが10年にわたり続き、コアラの生息地や餌であるユーカリが減少したことも大きなダメージを与えています。
ユーカリの葉から水分を取れなくなったコアラが、水を求めて地上に降りたところを他の生き物に襲われたり、事故にあったり、さらには衰弱して死亡する例も増えています[*5]。

2019年には、大規模な森林火災が起こり、5000頭近くが犠牲になりました(図3)。

ニューサウスウェールズ州議会の超党派の委員会によると、気候変動が低木地帯の火災と干ばつを悪化させるとともに、コアラが常食しているユーカリの葉の質を落としていると指摘しています[*6]。

この他にも、気候変動および地球温暖化の影響を受けているのは、哺乳類だけでも145種、鳥類であれば487種、無脊椎動物に至っては1,468種にものぼっているのです(図4)。

図4: 気候変動のリスクにさらされている絶滅危機種の数
出典: 公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)「地球温暖化による野生生物への影響」(2017)
https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/286.html

あまり知られていないイルカの皮膚疾患

一般的に、イルカが気候変動の影響を受けていることは、あまり知られていないかもしれません。

一番初めに報告された異変は、2005年にアメリカを襲ったハリケーン・カトリーナの後、ニューオーリンズ近郊で約40頭のバンドウイルカが皮膚疾患を発症したことでした。

発見当時、原因は特定されていませんでしたが、2020年、カリフォルニア州の海洋哺乳類センターの科学者たちがこの皮膚疾患の原因を特定したのです。
それは、気候変動がもたらす洪水や暴風雨などにより、大量の雨水が流入することで起こる汽水域の塩分濃度の低下が原因でした[*7]。

イルカは生息水域の塩分濃度の季節変動には適応しているものの、長期にわたって淡水にさらされると皮膚や血液に影響が出てしまいます。体内の必須イオンやタンパク質を失われて、腫れや潰瘍といった皮膚病変が現れ、藻類や真菌、細菌などによる感染症を引き起こす可能性もあります[*7]。

この皮膚疾患は「淡水皮膚疾患」と呼ばれ、ひどい場合にはイルカの体表面の70%にも及び、最終的には臓器不全に陥り死に至ります[*7, *8], (図5)。

図5: イルカの皮膚疾患
出典: The Marine Mammal Center「Fresh water skin disease in dolphins: a case defnition based on pathology and environmental factors inAustralia」(2020)
©Pádraig J. Duignan, Nahiid S. Stephens & Kate Robb
https://www.marinemammalcenter.org/storage/app/media/Misc/PDF/Research%20Publications/2020/Duignan_et_al_2020_Freshwater_skin_disease_dolphins_Australia_Sci%20Rep.pdf, p.7

2020年の研究では、近年、アメリカのルイジアナ州、ミシシッピ州、アラバマ州、フロリダ州、テキサス州、オーストラリアでこれらの現象が多く見られたと報告されています。

特に、干ばつ状態が続いている状況下でハリケーンやサイクロンなどの嵐が発生すると、沿岸海域に異常な量の雨が流れ出し、海水の塩分濃度が低下します。さらに、この塩分濃度の低下は、嵐の後も数ヶ月間持続することがあります[*8]。

多くの人が知らないところでイルカは気候変動の犠牲になっているのです。

異常気象がもたらす海洋環境の変化

2020年に気象業務支援センターが発表した論文では、熱帯低気圧による降水強度は今後ますます高くなると予想されています[*9], (図6)。

図6: 熱帯低気圧の将来変化に関する世界の著名な11名の研究者による見解
出典: 気象業務支援センター「地球温暖化が台風に及ぼす影響 ~これまでとこれから~」(2020)
https://www.jamstec.go.jp/tougou/event/sympo/2020/doc/3C_yamaguchi.pdf, p.4

既に、アメリカでは強力なハリケーンの数が、100年前に比べて3倍に増えており[*10]、日本でも強い雨の頻度が増加傾向にあります(図7)。

図7: 日降水量200ミリ以上の年間日数の変化
出典: 気象庁「激甚化する豪雨災害から命と暮らしを守るために」
https://www.jma.go.jp/jma/kishou/books/hakusho/2020/index1.html

イルカの研究者も「今後も気候変動に伴って、イルカを死に至らしめるような洪水や暴風雨、ハリケーンがより頻発するおそれがある」と述べています[*7]。

また、海水の塩分濃度の低下は、イルカのみならず、海洋環境全体に影響を及ぼすと指摘されています。具体的には、「海洋深層大循環」への影響です。

「海洋深層大循環」とは、世界の海洋を循環する深層水の動きのことです。北大西洋のグリーンランド沖や南極周辺で低温・高塩分で密度の高い海水が深層まで沈み込み、2000年ほどかけて世界の海洋を一周します[*11], (図8)。

図8: 海洋大循環の模式図
出典: 北海道大学 大島慶一郎「塩のさじ加減で決まる海洋大循環」
http://wwwoa.ees.hokudai.ac.jp/readings/2010/ohshima_ice-ocean01.html#fig1

地球上の生き物は、この海流に様々な恩恵を受けています。例えば北極域では、海洋深層大循環によって運ばれた、比較的温かくて栄養豊富な海水が湧き上がり、海洋生物のオアシスになっています[*12]。

また、西ヨーロッパには温暖で湿潤な気候をもたらします[*13]。

しかし、海洋深層大循環が止まれば、北大西洋の温かい海水が高緯度まで流れて来なくなり、ヨーロッパ全体が寒冷化するなど、世界全体の気候に影響する恐れがあります[*11]。

近年では、温暖化による海水温の上昇と、高緯度での降雨の増加等による海水の塩分濃度の低下で、北大西洋の海水の深層部への流れが止まり、海の循環が停止する可能性が指摘されているのです[*11]。
これまでの研究では、21世紀中に海洋深層大循環が「止まる」可能性は低いとされていますが、循環が「弱まる」可能性は非常に高く、世界全体の気候に影響する危険性は残されたままです[*11]。

気候変動が生き物に与えるさらなる影響

IPCCの報告やその他の研究によると、今世紀末までに以下のような気候変動が起こる可能性が非常に高いと予想されています[*14], (図9)。

  • ほとんどの陸域で、極端な高温がより頻繁になり、より高温になることがほぼ確実。
  • 熱波の頻度や持続期間が増加する可能性が非常に高い。
  • 中緯度の陸域のほとんどと湿潤な熱帯域で、極端な降水がより強く、より頻繁になる可能性が非常に高い。

図9: 気候変動によって各地域・分野で予測される影響の事例」
出典: 環境省「気候変動による影響」(2013)
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/rep130412/report_2.pdf, p.30

さらに、地球の平均気温が2.0℃上昇すれば、生態系には以下のようなダメージがあると予測されています[*14]。

  • サンゴ礁の99%以上が消失する。
  • 海の生態系の不可逆的消失リスクが大きくなる。
  • 昆虫の18%、植物の16%、脊椎動物の8%が生息域の半分以上を失う。

気候変動による生態系への影響は数多く指摘されてきましたが、今回のイルカの事例のように、一般的に広く知られていないものもたくさんあるのではないでしょうか。

私たち人間が便利な生活を送るために、知らないところで数多くの生き物が犠牲になっています。
また、上記のように、これから生態系にさらなる影響が出るかもしれません。

パリ協定の採択もあり、現在では世界各国で気候変動抑制のための取り組みが行われています[*2]。

しかし、ニュースでこれらの取り組みを見ても「国や企業がやるべきこと」と、どこか他人事になっていませんか。

節電に努めたり、リサイクルやごみの削減に徹するなど、個人が日常生活でCO2削減に貢献できることはたくさんあります。また、こうして自分が知り得たことを他者に伝え広めることも、一種の気候変動対策です。

今後、気候変動の影響を受ける生き物を少しでも減らせるように、まずは問題を自分事として捉え、取り組めることについて考えていきましょう。

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参照・引用を見る

*1
一般社団法人地球温暖化防止全国ネット(JCCCA)「いつから地球温暖化が問題とされるようになったのか」
https://www.jccca.org/faq/15922

*2
外務省「2020年以降の枠組み:パリ協定」(2020)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ch/page1w_000119.html

*3
NHK「地球温暖化の原因は人間の活動と初めて断定 国連IPCCが報告書」(2021)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210809/k10013191801000.html

*4
BBCジャパン「ホッキョクグマ、2100年までに絶滅の恐れ 気候変動で」(2020)
https://www.bbc.com/japanese/53481987

*5
公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)「地球温暖化による野生生物への影響」(2017)
https://www.wwf.or.jp/activities/basicinfo/286.html

*6
BBCジャパン「豪ニューサウスウェールズ州のコアラ、2050年までに絶滅の恐れも」(2020)
https://www.bbc.com/japanese/53247907

*7
Newsweek「世界各地のイルカに致命的な皮膚疾患が広がる……気候変動の影響と思われる」(2020)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/12/post-95264_1.php

*8
The Marine Mammal Center「New Skin Disease in Dolphins Linked to Climate Change」(2020)
https://www.marinemammalcenter.org/news/new-skin-disease-in-dolphins-linked-to-climate-change

*9
気象業務支援センター「地球温暖化が台風に及ぼす影響 ~これまでとこれから~」(2019)
https://www.jamstec.go.jp/tougou/event/sympo/2020/doc/3C_yamaguchi.pdf, p.4

*10
BBCジャパン「大型ハリケーン、100年前の3倍 要因は温暖化=米紀要に研究」(2019)
https://www.bbc.com/japanese/50384396

*11
環境省「気候変動による影響」(2013)
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/rep130412/report_2.pdf, p.29

*12
NTT Beyond Our Planet「海洋大循環と生態系との関係」
https://www.rd.ntt/se/media/article/0033.html

*13
Business Insider Japan「温暖化で大西洋の循環が弱まっている…異常気象増加の一因か」(2019)
https://www.businessinsider.jp/post-199692

*14
環境省「おしえて!地球温暖化」(2019)
https://www.env.go.jp/earth/earth/ondanka/oshiete201903.pdf, p.5

 

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